第15話 過激派担当は帰ってもろて。

聖女とは。創造神であり人を慈しむ女神・アルヘイラの愛娘である。比類無き浄化の力を持って世界に平和を齎し、弱きを助くる心優しき少女である。清廉であり貞淑。慈悲深くまた愛情深い。世界に混沌が蔓延るとき、女神アルヘイラによって遣わされそれを治める存在である。


さて、女神アルヘイラはこの世界における唯一の神であるが、大陸にある5つの国によってその様相を変える。例えば豊穣と繁栄を司り。或いは美と愛を歌い。はたまた勝利と栄光を約束し。癒やし、施し、安寧を見守る。


それら女神たる奇跡はつきること無く語り継がれ、寝物語に伝説に、生まれ落ちて露と消えた後も共にある。敬虔なる信者達は教会に身を置き、女神を讃え、祈りを献げ、教えを説き、少しでもその身を女神の側へと励むのだ。


「聖女様が現れた?」


「まさか、本当か。」


「なんということでしょう。この命ある今、女神様の愛娘にお会いできるとは…っ!」


「ああ、創造神アルヘイラ様、感謝致します。」


その日、聖教国イレオは蜂の巣を突いたような大騒ぎだった。大陸一の精度を誇る鑑定力を持ち、民衆から絶大な支持を持つ青の教皇、ウォンカ・ペルトス様が聖女様を発見なさったとの一報が齎されたからだ。


すぐさま魔道士達により各国の教皇が集められ、会談の席が設けられた。


「女神アルヘイラ様に誓い、嘘偽り無く発言するように。」


赤の教皇、ミトラ・ミストラ様の言葉に、ウォンカ様は三日月の卓に座る四人の教皇様方を眺め、揚々と頷いてみせる。


「先日、小国ライハの王より、『いと尊き方の鑑定を頼みたい。』との手紙を受け取り、参上いたした。」


「ライハ…。あの国は最近代替わりしたばかりでは?」


「ええ、確か。」


「うむ。神官二名を供に向かった所、ライハの若き国王は『聖女召喚』を行っておった。」


「なんと…!?聖女召喚は禁術であるぞ!」


憤る教皇様方に、お付きの神官達も騒めいている。当たり前だ。聖女召喚といえば聞こえはいいが、この世界とは異なる『異世界』と呼ばれる場所より不特定の人間を、本人の承諾なく呼び寄せる…いわば拉致・誘拐の術なのだ。それ故現在教会では人心に背く行為として禁止されている。はるか昔、その召喚は各国で数多く試された。聖女としての召喚成功はまさに一握り程度だったと聞く。それでも、権力者たちは召喚を止めなかった。それは、呼び寄せられた異世界人は大なり小なり必ず『異能』を持っていたからだ。


例えば小魔法を撃てば大魔法の威力を持って敵を打ち。食事を作れば食べた者を癒し。回復魔法で死者の蘇生を行ったりなど、神の御業として遜色のないものだった。しかし、代償は必ずある。呼び出されたことによって精神を病む者、命を絶つ者、惨い扱いを受け殺される者。その力でもって、粛清として国二つを滅ぼした者もいた。果たして、安息と幸せを手に入れたものはどれほどいたのだろうか。


「みな、静粛に。」


ミトラ様のお声に我に返り、水を打った様に静まり返る。それを髭を撫でながら眺めていたウォンカ様は、ミトラ様から続きを。との言葉を受け口を開いた。


「結果から申せば、召喚は成功なさった。呼び出された女性は聖女様としての力に申し分なく、鑑定の結果『大聖女』であることも確認済みじゃ。」


「大聖女…、」


「…しかし、どうする。禁術を行ったライハは罰せねばならぬ。たとえ大聖女様をお呼びした功績を鑑みても、だ。」


そう、功績。いまこの世界は、聖女召喚を禁じたことにより本来の帰結に向かっていた。つまり、魔力が霧散し魔物が現れ、魔物を倒すために魔法を使い、その魔力が霧散するという悪循環から抜け出せなくなっていた。高位神官達による浄化も間に合わず、魔物の影響により寄る辺を失くした子供や職を失う者が増え、結果冒険者として身を立てる以外になく。生きる為に魔法を使いその魔力で魔物を発生させる。自分の首に、自ら手をかけゆるゆると締め上げているのだ。


そんな折に現れた、大聖女。存在が公表されればどれほどの騒ぎになる事か。民衆の心を一度に掌握することも、地位や権力を手に入れることも安いだろう。そう、望めば国さえ統べて手に入れられる程。


「ほっほっほ。それについては、大聖女様に確認致しましょう。なかなか話の分かる面白い方であった。」


「なんと。一体どのような?」


興奮した様子のデュヴァル・オルタンシア様に、ふむ、と一息置いて伝えられた言葉を、皆頭に叩き込む。


語られた大聖女様の為人は、『伝説として語り継がれる聖女』とは程遠く。かといって悪徳を働くこともなく、淡々と仕事をこなすごく普通の大人の女性であった。うんうんと相槌をうちながら熱心に話を聞き、時折質問を挟むデュヴァル様。興味深そうに話を聞くミトラ様。悪人ではないとの言葉に安著の息をつくルール・クローズ様。ニコニコと笑っている黄の教皇ゴルドラ・G・ドール様。


各々含みのある反応にウォンカ様も頷き、最後に。と続ける。


「大聖女様はご自身の意志で女神・アルヘイラ様と対面を可能としておりますので、その意味を十分ご理解した上で、身の振り方をお決めくだされ。」


「なん、なんだと?!」


「アルヘイラ様をお呼びすることができる…っ!?」


「まて、その言い様であるならば、ウォンカ殿はアルヘイラ様にお目通り叶ったというのか!」


ざわめきが一瞬にして静まり返り、一斉にすべての視線がウォンカ様へ向けられる。それに臆すこともなく、いつもの様に笑いながら髭を撫で、揚々と頷いて見せた。それを確認すると、皆気の抜けたように椅子にもたれかかり、大きく息をつく。


「さて、女神アルヘイラ様は尊き大聖女様に騎士を就けられました。小国ライハの若き王は、大聖女様と共に召喚された修道女の少女を『聖女』として扱っております。そして、知らぬこととはいえ召喚した大聖女様を城から追い立て、庇った騎士団長すら首を切り追い出しておる。」


「なんだと!」


「それが本当なら…、いえ、真実なのでしょう。召喚は禁術ですが、召喚された者は身一つ。故に召喚した者が責任を負い、この世界での生活を保障する決まりです。それすら怠っているというのであれば…処罰は免れないでしょう。」


「それだけではありません!修道女ごときが尊き大聖女様を語るなど言語道断!今すぐ首を跳ねアルヘイラ様並びに大聖女様へ許しを請うべきです!」


憤慨し憤るデュヴァル様と紫の神官達を、ルール様と緑の神官達が宥めている。


「落ち着きたまえ。大聖女様がそれを望んでいるのならば、すでにウォンカ殿が手を打っているはずだ。それがないという事は、お望みではないのだろう?」


「ほっほっほ。そうですな。」


ウォンカ様の返答に、ぐっ、と眉間に皺を寄せつつも口を噤み、渋々大人しくなるデュヴァル様。…このお方は、こと聖女様への信心が本当に厚い。まるで忠犬のようですらある。


「ひとまず、報告会は以上としましょう。近いうちに大聖女様と我々での面会の場をお繋ぎいたします。ウォンカ殿、それでよろしいな?」


「問題ありますまい。」


「それでは、今日の所はここまで。」


有無を言わさぬミトラ様の言葉に、各自疑問や疑惑を秘めたまま、大聖女様との対面を待つことになるのだった。





「そんなところですな。」


「気がおもぉい…。」


ほっほっほ。と笑いながら、聖教国での成り行きを説明する私とウォンカ様に、げんなりとしたお顔の大聖女様。その親しみやすく気安いお姿に何というか…、自分の娘が重なってしまい、このお方が大聖女様であるという事を忘れそうになる。


「国を統べるとか戦国ゲームじゃないんだからさ…。地位も権力も面倒な現代一般通過人ピーポーが黒幕張るとか無理ぽ。」


そんなことよりこのお菓子が美味しくてもっと欲しいです。そう言いながら、私が準備したお茶菓子に舌鼓をうって笑っていらっしゃる。まるで子供の様な言動をなさる方だが、先日正装された際にはその美しい神聖さに圧倒された。それこそ伝説に嘘偽りない程の聖女となっていたのだから、女性というものは不思議で、…空恐ろしくなる。


「まぁいいや。聖女様へのお布施お給料はしっかり貰ってますから、その分ちゃんと働きますよ。」


罰が当たりますから。と続ける大聖女様に、女神様はそんなことはなさらないのでは?と思わず笑ってしまう。この教会に滞在していただいている間、身の周りに起こった出来事は些細なことも含め詳細に連絡してくださるのだから、ありがたい。もともとそれとなく窺い、各教皇の出方を知ることができれば。と思っていたのだが…。本当に話が早いというか、察知する能力が高くていらっしゃる。今回もゴルドラ様の管理である黄の神官が危害を加えたという報告を受け、聖女様から直接お話を伺う機会を設けていた。


「やっぱりアルたんを呼び出して、聖女の能力を証明するのが手っ取り早そうですね?」


「それが一番わかり易いでしょうな。鑑定も魔眼も、滅多に使えるものはおりません。神聖力は高ければ感じ取ることも出来るんじゃが。」


「あんまり神聖力を上げ過ぎて聖物が出ちゃうと困るから、注意しないとかぁ。わかりました。」


あっけらかんと、神を呼び出すという事を軽く話されて。できて当然、当たり前のことを当たり前にこなしているだけだと、そういった雰囲気に恐ろしくなるが、なるほど。こういった積み重ねで、伝説というものは出来上がっていくのですね。


「じゃあ、ご馳走様でした。この後はデュオさんとお話ですよね?」


「害の無い男であるが…、少々変わっておるからの。何かあればこの爺に相談してくだされ。」


にっこり笑う大聖女様のお召し物は、さし色に青が使われている。世話係に付けた神官三人が選んだもので、青の教皇であるウォンカ様の色だ。それに気が付いていて着用しているのだろう、それでももしまたこのような機会があれば今回と同じ人選を頼みたい。との申し出を頂く程、信頼できる間柄になったようだ。


「シンジョウ、」


「あ、そうだった。」


ライハの騎士団長から、大聖女の騎士となったバルト・ゼ・ロックス。この男は、随分と人生の振れ幅が大きいというか…。ウォンカ様の後をついて回っていた、小さな子供の頃を思うと感慨深いものがあるな。


「これ、実験で作ったので。どうぞ。」


渡されたのは、何か模様が織り込まれた細く短い紐だった。青色のそれを受け取ったウォンカ様は、一拍ののちに突然大笑いされて。その様子を見た大聖女様も、悪戯が成功した子供のように悪い顔で笑っていらっしゃる。


「これは随分と過分な物を頂いてしまったのう。」


「やっぱり成功するんだ…テンプレばんざーい。」


予想通りの反応だったのか、肩を竦めて笑った後、私ともう一人の神官にも同じものを渡してくださったので、失礼のないように受けとる。見ればやはり、青い糸を束ねて編みこんでいるようだ。


「大怪我すると、勝手に千切れて治してくれるよ。」


「…はい?」


「題して!テンプレ回復ミサンガ!」


手首とか足首とかに付けてね!とウィンクを飛ばされ、眩暈がしてきた。そんな、事実ならとんでもない代物だ。神官の回復魔法は一般のそれより強力ではあるが、教皇様で千切れた手足を接合するのが限界だ。大聖女様の神聖力でもって図られた大怪我を回復させるなど、同じ効果のある魔道具を買うとしたら城が建つ金額を払わねばならない。おもわず壊れた玩具の様にウォンカ様を見れば、孫を見る様な優しい眼で大聖女様を見ていて。


「じゃ、渡すものも渡したし午後の準備をしますか。」


にこにこ楽しそうに笑いながら部屋へ向かう大聖女様は、ロックス殿へダンジョンの話を聞きながらくるくると表情を変えている。


「ウォンカ様。こちらはどういたしますか。」


「うむ、そのままお前達で持っていなさい。大聖女様もそれをお望みじゃ。」


穏やかに笑うウォンカ様へ頷き、手首に結べばほの青く光り、溶ける様に光が消えた。こうしてみる分には、なんの変哲もない飾り紐なのだが。


「今代こそ、聖女様には幸せになって頂かなければ。」


光に透かした水の様に輝くそれに見惚れ、ウォンカ様の小さな呟きは、聞こえていなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ようこそおいでくださいました、大聖女様!」


「わぁお…、」


昨日の不審者撃退談をウォンカ翁と報連相した午後。推しボイスには屈しないんだからな!と強い心を持って案内されたお部屋に入った瞬間、スパパーン!とクラッカーが鳴り響いた。


舞い散る紙吹雪が間抜け顔を晒しているだろう私に降り積もってくんですけども、いつまで撒く気なんだ。もちつけ。


「あ、こちらは異世界人が開発したパーティー用小道具です。お気に召しましたか?」


「なにやってんだ異世界人。」


何人か転生者がいるって言ってたな。転移者も。デュオさんの手にあるクラッカーには《お子様のパーティーに華やかさと驚きを!》と書かれてるし。商魂たくましいな。あ、ゼロさん庇ってくれてありがとう大丈夫だよ。おもちゃだからアレ。


「…で、紫の神官さん沢山いるね?」


「申し訳ありません、これでも間引いたのですがやはり大聖女様にお会いできるとなればいてもたってもいられず、気持ちは痛いほどわかりますので私の方も無下には出来ずこのような」


「いやごめん、ありがとう大丈夫落ち着いて。」


パーティー会場と化しているホールには紫の神官さんのみだけれど、ざっと50人位いないかい?謎の熱気に包まれているし、正直帰りたいでござる。何あのうちわ。こっち見て!とかバーンして!って書いてあるよ。アイドルのコンサートとかで見る奴だよね。なんであるんだまた異世界人か。


「バーン」


「ゥグ…ッ!」「アリオーッ!」「なんて羨ましいッ!」「いい笑顔しやがって…ッ」


「し、死んだ?」


試しにリクエストにお応えしてみたらうちわを持っていたお兄さんがあわ吹いて倒れた。こっわ…いや、ノリが良くてちょっと面白いな。周りの人に介抱されながらアリオさんは退場していった。


「それでデュオさ…、いや、やらないよ?」


「えッ…そ、そうですか…、」


なに待機してんですかどっから出したのそのうちわ。ワクワク顔のデュオさんには悪いけれど、本題思い出そうね?


「こほん…、本日は我々紫の神官へ時間を割いて戴きありがとうございます。大聖女様に置かれましては、我々紫の神官について少しでも認知…ごほん、知っていただき、いずれ信頼いただきそばに置いて戴けたならこれ以上のことはありません。」


「は、はぁ…。」


凄い圧でグイグイ来る…!スマートにエスコートされて席に着いたんだけれど、一息で欲を語られて頷くしかできない。


「あの、この線なんですか?」


「これはこれ以上大聖女様に近づいてはいけないという囲いです。」


「バリケードテープか…。」


お茶の席から5m程度の距離に印がつけられていて、辿るとグルっと囲われているのがわかる。そしてそれが神官さん達の足元ギリギリに位置しているのである。つまり囲まれてんだなこれが。圧が…ッ、圧がヤバい…。


「ちなみに破るとどうなるの?」


「………、」


わぁ、優男系イケメンが満面の笑顔を見せてくれている。無言で。こやつ、腹黒系男子か?


「先日はありがとうございました。」


「そんな、大聖女様のお力に成れたこと嬉しく思います。」


「紫の神官さん達は庭でお会いしたことがありますよね?」


「ああ、すみません。お邪魔でしたでしょうか…?」


「ん、大丈夫です。」


入れられた紅茶はイチゴの香りがして、並べられたお皿にはチョコレートが使われているのがわかるほど甘い匂いがしてくる。どちらも私の好きなもので、こちらに来てから食べていないものだ。一粒のチョコを口に入れて紅茶を飲めば口の中でとろけて幸せの味がする。…あれ?


「…もしかして、これの為に観察されてました?」


「私は別件で席を外していたので大聖女様へのおもてなしの準備を他の者に託していたのですが…その、誰も彼も緊張してしまって話しかけられずにいたそうで…。」


気まずげに逸らされた眼が泳いで、窓の外へ逃げてしまったデュオさんに代わり取り囲んでいる神官さん達を見たら、赤面していたりうちわで顔を隠していたりあちこちに顔が逸らされていて。…これはアレだ。推しを摂取してる時のオタだ!紫の神官さん達は私が推しなんか…ッ!とんでもないことに気が付いてしまった。ノリがいいとか勘違いしてごめんガチうちわなんだねそれ。


「紅茶もお菓子もすごく美味しいです。ありがとうございます。」


謝罪の気持ちも込めつつ、神官さん達に向かって精いっぱい笑ってみる。瞬間、バターン!と大きい音を立てて三人ぐらい倒れた。…あの人達が担当さんだったんかな。限界オタ過ぎん?


「笑顔が尊い…」「控えめに言って神」「存在が大優勝」「俺、涙出てきた…」「生まれてきてよかった」「もう心残りはない」


一部早まってる人いるけど大丈夫か?イキロ。推される経験がないから対応に困るけれど、夢を壊すわけにはいかんよね。


「申し訳ありません、我々は女神アルヘイラ様よりも聖女様に心惹かれ神官を志した者達の集まりでして…。まさか本物の聖女様にこうしてお会いすることが叶うなんて…、ぐすッ、同じ空間同じ世界同じ時代で同じ空気を吸い人間という分類に存在し言葉を交わせることが…奇跡としか…、生きててよかった…、」


「おぁああ泣かないで下さ、えええ大丈夫ですかッ!」


「すびばせん、少々感極まってしまっで、」


合間合間に不穏な空気を挟まれているのにツッコめない!ぼろ泣きしているイケメンに免疫が無いから何も言えない!周りからも同じようにすすり泣きが聞こえてくるし、罪悪感で死にそうじゃ。話を聞いている感じ、デュオさんが聖女推しのトップオタなの?


「ごめんね私が聖女で。君達の夢を壊してないか心配になってきた…。」


「いえ、我々は誰一人として大聖女様の妨げにはなりません。存在を否定致しません。ただ貴女様の話し相手になり、力になることが我々の総意です。どうぞご命令下さい。大聖女様の願いは我々が全て叶えて見せます。」


「…見返りは、」


「必要ありません。大聖女様の為に生きることが我々の存在する理由であり意味であり意義なのです。」


跪いて頭を下げるデュオさんと、それに倣う様に神官さん達も私に傅いた。王様にでもなったかのような光景に、私は。




「シンジョウ」


「…んー、」


デュオさんと紫の神官さん達とのお茶会は最後に握手会に変わって幕を閉じた。三分の一が泣いて何人か過呼吸で倒れてたから、だいぶ阿鼻叫喚だったはずなのに誰一人として止めずに最後まで続行した辺りガチ度がうかがえる。


で、部屋に戻ってぼんやりなう。デュオさんと紫の神官さん達に中てられたというか、なんというか。


「シンジョウ?」


「ん、」


聖女って何なんだろうか。アルたんはこの世界を浄化してくれればいいって笑っていたけれど、人心に根差しすぎじゃない?直近で三桁年数現れていない人なんて普通だったら忘れちゃう。冷めた私と真逆に熱く信仰されて、後ろめたさの様な罪悪感が湧き上がってきて…頭がオーバーフローなのだ。


「おい。」


「ほあッ?!」


突然のゼロさんのご尊顔どアップに心臓がビクリンコして飛び出たかと思った。ちっか!作画良ッ!


「なんだね突然!」


「何度も呼んだが反応がなかったからな。」


「そ、そっか。ごめんなさい…。」


「またマリカの声とやらでも考えていたのか?」


ゼロさんの呆れ声に、そういえば昨日はデュオさんの声に気が付いた時、あんなにはしゃげたのに…今日はそれどころじゃなかったな。と考えてから驚いた。いままでマリカたんのことならば些細な情報も拾い上げて大切にしてきたのに


「まさか、私のマリカたんへの愛が薄れてしまったと言うのか…ッ?!」


考えるだけでゾッとした。私の二十年物の愛が嘘になってしまったというのか。…いや、そんなはずはない。それは私が誰よりも知っていることだ。私が私の愛を疑ってどうする。マリカたんに費やした時間もお金も、愛に換算できるものではない。それは私のプライドと、一方的な想いによって可視化されたいわばお布施。そしてコンテンツの発展と次回のグッズへ期待を込めたいわば投資。実在しない相手に大枚叩くなんてと馬鹿にされたこともあった。無駄な時間だと揶揄されたこともある。でもそれは間違いだと声を大にして言える。だって私はマリカたんの存在によって生きる希望を見出し毎日の活力となっていたのだから。マリカたんの存在は私の血肉。アニメの視聴どころかCMだけでドーパミンがドパドパなのだ。推し色を見れば思いを馳せ、誕生日以外の記念日を作り祭壇も立てる。これは崇拝。マリカたんという名の神は存在などしなくとも私の中に息づき素早くDNAに届き脳は活性化され私の心臓を動かすのだ。それは世界を越えようと変わることはない。


「わかりましたかゼロさん!!!!」


「お前が病気なのはよくわかった。」


人の熱弁を優雅にお茶飲みながら聞くなよ!お行儀悪いぞ!ぷんぷこしたらため息つかれたんですけど。


「それで、教皇の声とやらは良かったのか?」


「うん?…んー、」


そう言えばそんな話だったね。私の疑いようもないマリカたんへの愛と、マリカたん♂似のデュオさんの声。本物(声優さん)じゃないって言うのも理由のひとつではあるんだけど…、もっとしっくりきてしまう心当たりがある。


「なんだ?」


長い脚を組んで首を傾げているゼロさんが疑問符を飛ばしてる。良い声で。…そう、良い声なんだよなぁゼロさん。いやこれは若かりし頃に声豚だったからとかではなくてですね?純粋に、そうとても綺麗な心で聞いてもエッロい重低音ボイスなんですよとんでもねぇ。こんなの聞いてたら耳が孕m


「シンジョウ」


「ひゃあッ!?」


うんうん頷いてたらいきなり耳元で声がして、至近距離に険しい顔のゼロさんが居た。


「なんッ、なんでびっくりさせるの!」


「お前の耳が遠いようだから配慮しただけだ。」


「そんな歳じゃないもん!」


なんてことを言うんだコヤツめ!子ども扱いの次はご老人扱いとか失礼だぞ!っていうか、そのエロボイスで名前囁いてくるの止めてください白状しますが声が好み過ぎて本当にダメなんだよ腰抜ける!


「まったく…、ちょくちょく意地悪してくるの良くないと思うよ。」


「話をはぐらかす方が悪い。」


ゼロさんの眉間にアルプス山脈生成するほどの話なんてしてたっけ?ご機嫌ナナメの理由はわからないけど、呼ばれても気が付かなかった私が悪いから素直に話して許しを請うべきか。


「デュオさんの声よりゼロさんの声の方が好きだったから、その話自体忘れてた。ごめんね。」


「……は、」


「だから、ゼロさんの(声の)方が好きだから忘れてた。お話聞いてなくてごめんなさい。」


人の耳の遠さを揶揄っておいて、キミも遠いのかい?って言いたかったけど飲み込んだ。謝罪中だからね!って、ゼロさんの機能が停止してるんだけどどうした。おーい?


「ゼロさん?」


「……ッ、」


応答せよ!応答せよ!って服を引っ張ってたらみるみるうちにゼロさんのお顔が真っ赤になってしまった。え、激おこ?


「怒ってる?」


「お、っこっては、いない…、そのッ、」


「ごめんなさい。許して?」


「んん゛…ッ、ごほ、…ああ。」


やったぜ。頭の中で愛振のチワワを思い出しながら泣き落とした甲斐があったようだ。さすチワ。許されたことにより手に入れた解放感…これがシャバって奴か…。今度から怒られたら泣き落とそうそうしよう。私の小賢しさレベルがまた一つ上がってしまったな。あ、そうだ。


「ゼロさんのお陰でひとつ、わかったことがあります。」


「…なんだ?」


「崇拝に対するメンタルの安定と、付随する心構えじゃ。」


ある意味悟りを開いたともいう。うむ、これからは紫の神官さん達には用があるとき以外近寄らんとこ。私が居なくともいままで通り偶像聖女崇拝していてくれ。キメ顔で締めた私に、ゼロさんから特大のため息が飛んできた。遺憾の意。

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