第3話 ご飯作ると妖精が吊れるとかpgr

「あ、セージ!何故ここに生えるんだローズマリー!」


野に放たれた犬のように走り回るシンジョウ。を、眺めながら後を追う。進行方向は伝えてあるし、人通りも多い。乗り合い馬車や荷馬車に気を付けていれば迷子になることもないだろう問題のない道だ。


「坊主、外に出るのははじめてかぁ?」


「うん!」


「そうかぁ。父ちゃんの言うこと聞くんだぞぉ?危ねぇかんなぁ。」


「はぁい!」


通りすがった老人に、愛想良く笑っているが…性別すら間違われている。そういえば、アルトにも勘違いされたまま来てしまったな…。


「…その、いいのか?」


「ゼロさんだって父って言われてるよ?それより見て下さいこれ。なにゆえ月桂樹が地面から直接生えとるんや…?!」


言い反されて、ぐ、と言葉に詰まる。…そんなに老けて見えるのだろうか。しかしシンジョウはその辺に生えている草の方が気になるのか、摘み取っては下処理をして鞄にしまっている。


「今からそんなに集めると、持ちきれなくなるぞ?」


「大丈夫ですぅ。もう少し集めたらやめます。後で乾燥させるのだ!」


鼻歌交じりに笑って楽しそうにしているのを、止めることもないかと思い直す。持ちきれなければ、俺が持てばいいだろう。甘やかすなと本人に言われているが…善処は、する。


「あぁ~…空気が美味しい…。仕事に追われないって最高。」


シンジョウは両手を広げてくるくると回って歩いている。危ないぞ?そういえば仕事の話はしたことが無いな。


「元の世界では、何をしていたんだ?」


シンジョウのことが知れるかと、少し期待して聞いたのだが


「はーん?仕事のことは忘れましょう。所詮仕事など金の為。金はマリカたんの為。そう、社会の歯車なんてそんなもの…。今は金もあるし自由もある!マリカたんは私の心の中で生きてる!命の危険がマシマシになったくらい、なんてことない!世の中金!」


見開かれた目から光が消えてガッと吠える様に叫んだあと、またふらふらと先へ歩いて行ってしまった。教会からの金を俺に押しつけておいて、世の中は金だというのか…シンジョウに仕事の話を聞くのはやめておこう。


好きなだけ草を拾い集めて満足したのか、今度は道すがらに茎の長い花を摘んでは編んでいる。器用だな。出来上がった花冠を親の引く荷車に乗っていた子供に被せては、お礼を言われて。子供にせがまれてもう一つ作っては、被せ合って笑っている。


「もらいました!おすそわけどーぞ?」


二言三言、親と話して戻ってきたと思ったら持っていた大きいピングを投げ渡された。シンジョウの手には少し小ぶりのピングが握られている。


「ありがとう。いいのか?」


せっかく貰ったものを。と言外にいうと、首を傾げながらさも当然のように、


「おや、ゼロさん知らないんですか?食べ物は一人で食べるより、皆で食べた方が美味しいのだよ!」


と言われてしまった。なるほど。シンジョウにとって分け与えることは普通のことなのか。先ほどの花冠といい、シンジョウのそういった部分は好ましく思う。俺が納得したのを確認すると、これは世界の真理!あ、林檎擬きうっま!と騒ぎながらピングにかぶりついていて、


「…動物みたいだな。」


つい零してしまった呟きに、シンジョウが威嚇する犬のような顔をしている。


「不名誉な雰囲気を察知。人間は動物ですよ?」


「ふっ…、すまん。」


「めっちゃ笑ってるじゃないか。ゼロさんの笑いのツボが謎。」


走り回って、笑って、威嚇して。シンジョウには悪いが、落ち着きのない犬のようで面白い。じっとりとした目で俺を見ているが、ピングを食べる手は止まらないようだ。ああ、ニホンジンは食いしん坊なのだったか。


「必要であれば、年相応にしますとも。」


「口の周りにつけたまま言われても、説得力がないが?」


そっぽを向いて拗ねるシンジョウは、ピングを丸齧りしていた所為で口周りが果汁で汚れてしまっている。ついでに手も汚れたのか、おぉ…と途方に暮れてこちらを見ていてさらには頭の上の花冠が落ちかけていた。本当に世話がかかるな。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「お手数おかけしている私が言うことではないんだけれど、ゼロさん楽しそうだね?」


「お陰様で、見ているだけでも飽きないな。」


水袋の水で濡らした布を渡されたので、手と口を拭き綺麗さっぱり。その間に、落ちるぞ?と、花冠をなおされた。うむ、かたじけない。


これは洗って返すので!と宣言して、布を鞄にしまっちゃおうねぇ。それにしても、


「動物ならゼロさんはクマかな。サイズ的に。」


「誰がクマだ。シンジョウは犬だろう。」


さっき動物って大枠だったのに犬か…。納得いかないけれど、ゼロさんがクマなのは確定ですよ。初対面で上裸見たけど凄かったもんね。短髪に見上げる程大きい身長、鍛えられた身体の厚みが凄くて逆三角形、腕も足も丸太みたいな筋肉。完全にクマ。


「森のクマさんに、お礼を差し上げましょうね。」


お手間を掛けたお礼にさっき作った花冠を、ゼロさんの頭に、…とどかないな。


「くっ、無駄に高い。ちょっと屈んでご協力下さい!」


「遠慮する。シンジョウがつけている方が似合うぞ。」


「私がつけても面白みが無いでしょうよ!」


何が楽しいのか、背伸びする私を見て笑っているゼロさんに若干イラッとくる。輪投げのように乗せようかと構えたら、左右に避けられた。こんのッ


「コンパスの差がえげつない…!」


ゼロさんの足が長過ぎて、腰の位置が私でいう胸下辺りにきている。股下レインボーブリッジ。ワンステップ避けられるだけで一歩半引き離されて、なかなか狙いが定まらない。


「頑張って作ったので貰って下さいよ。ほら、こんなに可愛い。」


ばんざいのポーズで花冠を見せびらかす。さっきの女の子は白い花冠をご所望だったので、これはピンク色なのだ。ほれほれ可愛かろ?


「あぁ、可愛いな。尚更シンジョウがつければいい。」


「ああいえばこういう!」


含み笑いで逃げ回るゼロさんに追いつくはずも無く。途中からちょっと本気で追いかけ回したけれど、私の体力が無くなる方が先だった。くっそぉ脇腹痛い。


「はぁっはっ、ぐううううッ!悔しい…ッ!」


「思ったより体力はあるな。」


けろっとした顔で観察されている、なう。いま体力って言った?むむむ。昼までにつければ、と予定していた場所に無事につくことは出来たけれど木陰で五体投地しているのはだぁれ?私だ。


「この怨晴らさでおくべきか…」


呼吸が整わずにぜぇぜぇと肩で息をしながら恨み言を絞り出す。ちなみに花冠は王都に向かってた馬車のお馬さんが、横切りざまにムシャムシャしてしまった。南無。


中継地点だからか歩きの人達がそこそこいて、それぞれ適当な距離を保って昼の支度をしたりその辺に座って食べたりしているのがみえる。


「大丈夫か?」


お礼を言いつつ差し出された水袋で喉を潤していると、なんだか違和感。ふむ。なんか見られてるなぁ?誰かにがっつり観察されてる気がする。なんだろう。ちら、とゼロさんをみると、首を傾げられた。…気のせいかな?


「はぁッ、はぁっゼロさんが無体を強いるから…ッ!嫌だっていったのに…ッ!」


「人聞きが悪い小芝居をするな!」


しなを作って横座りのまま泣き真似をしたら、ゼロさんに叱られた。耳赤くなってますよ。


「ちぇっちぇー。」


「まったく…、脚は大丈夫か?」


「ちょっと熱くなっているけど、特に問題ないかなぁ。」


足裏が熱を持って熱いけれど、靴擦れの心配はなさそう。元の世界で毎日ウォーキングしていたおかげか、これくらいならなんともない。道もまだ綺麗な方で歩きやすいし。


横座りから脚を伸ばして、膨ら脛を軽くマッサージをしておく。隣に座ったゼロさんが今朝買ったお昼ご飯を渡してくれたので、ありがたく頂きまっす。


「次は野営地まで行く。まぁ、どこで野宿になっても問題は無いから、引き続き無理はしないように。」


「はーい、わかりました隊長。」


串焼きをもぐもぐしながらよい子の返事をすると、頭を撫でられた。私に撫でポはきかぬぞ。


「野営地ってどんなところですか?」


「進む距離は丁度同じくらいだな。平原に川があって、小さな森もある。利用者が常にいるから盗賊は出ないが、スリが出ることがあるな。行商の馬車が物売りをしていることもある。」


ふむふむなるほど。話を聞いているとキャンプ場みたいだなぁ。


「川に魚とかいる?」


「あぁ、食べるのなら捕まえてやるぞ?」


「折角なら自分で捕まえたいしょぞん!」


釣りにしようかな?それとも罠が良いかなぁ。ふんふん意気込んでいると、また頭を撫でられた。…何故そんなに撫でてくるのか。試しにジッと見つめても、視線に気がついたゼロさんに微笑まれて終わった。…ゼロさんの保護者度が上がったのかな。まぁいいか。


どんな魚が釣れるのかな。沢山人が居て逃げられてしまうのでは?と思ったけれど、そんな心配は必要なかった。魚、魔物だったでござる。


人を食べるほど凶悪では無いけれど、人を恐れたりはしないそうで。簡単に言うとイキって舐めプしてくるらしい。ほうほうそれはそれは。しかも何が泳いでるかは確認するまでのお楽しみ仕様。縄張り争いでしょっちゅう入れ替わるとかギャングかよ。


日が暮れ始めるころ問題なく野営地について、早速川を見に行くと大きなニジマスが泳いでいた。


「えっ、美味しそう!」


「ミルクサーモンだな。」


じゅる、と思わず涎が垂れる。ぅおお!新鮮な魚!大変だ沢山捕まえなきゃ!


「此奴らは頭が良いから、捕まえるのは少し難しいぞ?」


「絶対捕まえて食べる。絶対にだ。」


「お、おう。」


思わずケツイがみなぎる。美味しいは!正義!頭が良かろうと魔物だ。人間様が負けてたまるか。釣り糸を垂らしている人達の邪魔にならないように靴を脱いで裾をまくり、下流に入る。川が綺麗で水が気持ちいい。ひんやり冷たいから、熱くなっていた足が冷やされてちょうど良いね!さて、軽く石を積んで川を堰き止めて


「ゼロさん、回収手伝ってくれませんか!」


「…、大量だな。」


川の狭い範囲に神聖力流し込んでみました。思った通り痺れたのか気絶したのか、ぐったり無抵抗なミルクサーモンが堰き止めた場所へ流れてたまっていく。ので、素手で簡単に捕まえられた。食べない分は放っておけばまた元気に泳ぎ出すだろうから、大丈夫じゃろ。


「相手が魔物なら無敵ですねぇ。まぁ防御力紙だから、やり返されたら死ぬけど。」


「そこは俺がいる。心配しなくていい。」


「やったぁ。」


程よい大きさのを適当にチョイスして、川から上がると近くに居た…冒険者かな?の人達が寄ってきた。すかさずゼロさんが前に出てくれて、何やら話している。


対人はゼロさんにお任せして、私は魚の内臓を抜く。ベルトにつけてるナイフさんの初仕事である。川の水が澄んでいて綺麗だから、内臓を抜いて川で洗い、エラを落として、半分に割る。お酒に塩と…目玉をとって紐を通して一夜干しの準備。う~ん、ツヤツヤですでに美味しそう。明日も食べる!朝ご飯にするんだ!


「シンジョウ、残った魚を買い取りたいそうなんだが。いいか?」


「ご自由に!あ、香辛料とかあったら欲しいです。」


「わかった。」


一応王都で買っているけれど、荷物を重くするわけにいかないからそんなに量はない。貰えるなら貰って、この場で使ってしまいたいよね。


晩ご飯分は…ゼロさんの食べる量がよくわからないし四匹で良いか。大きいの2匹と、小さいの2匹。頭と凶悪なヒレを落として、内臓を抜いた中と外側に塩こしょうと道中拾ったハーブも一緒にすり込んで、


「待たせた。」


「おかえりなさーい。」


戻ってきたゼロさんの手には物々交換の品が。パンに香辛料にバターと油、たまごまである。ちょうど行商さんが居たらしく半分買い取り半分は商品と交換したの?戦利品だね!


「んむ?」


日も沈んできた頃、なんちゃってフィッシュバーガーを頬張っていたら、なんだか溜息をつかれた。どうしました?


「料理、できるんだな。」


「お?なんですか。喧嘩売ってるなら、食べなくても良いですよ。」


む、と眉間に皺が寄って捲し立てる。なんだねその意外だとでも言いたげな顔は。生活能力ぐらいあるわい。そっぽを向くと慌てたように謝罪され、仕方なく許すことにした。ふーんだ。


「すまん、機嫌をなおしてくれ。その、こういった物ははじめて見るんだが、元の世界の食べ物か?」


「…、そうですね。」


貰ったパンの一部は恐ろしく硬かったから細かく降ろしてパン粉に。卵とパン粉を下味をつけて三枚におろしてブツ切りにしたミルクサーモンにつけて揚げ焼き。卵は茹でて潰して、野生のネギっぽいのと、念の為浄化した卵と油と塩を振って作った即席マヨネーズと混ぜてタルタルソース。


挟む野菜が無いなぁと思っていたら、寄ってきた行商のおじさんがサニーレタスみたいな物をくれたので、代わりに出来上がったバーガーを一つあげた。四匹も味付けしちゃったから余るだろうし。


ということで、なんちゃってバーガーが今日の晩ご飯です。ざくざくの衣が美味しい。明日はなににしようかなぁ。


「…美味い。」


朝ご飯に思いをはせていたら、ゼロさんから感嘆の声が上がった。おお、凄い食べるな。一口がデカい。…足りるかな?まぁいいか。スープも飲みたまえ。


「そうでしょうとも!日本人は食に五月蠅いですからね!」


主語を大きく言った感は否めないが、嘘では無いからいいよね。食べっぷりが良いから本当に美味しいと思ってくれたようだし。


「まいったな。…シンジョウといると、元の生活が送れない予感がする。」


「ん?」


「こんなに飯が豪華だと、一人でランク上げをするときに辛くなりそうだ。」


ああ、なるほど?深刻そうな顔で言うから何かと思えば。ふふーん、そこまで持ち上げられたら気分も良くなる。残ってるの全部食べて良いよ!ドヤァと胸を張ると、ゼロさんが吹き出した。まぁ、私が既にお腹いっぱいなだけだけれどね!さっきの発言は許してあげよう。


「そんなにご飯って重要視されないの?」


「普通は黒パンにスープがあれば良い方だな。携帯食料ですませたり…。こんな手の込んだものは食べられない。」


「作るのに時間がかかるから?」


「それもあるが、そもそも料理技術を上げる暇が無いな。その分素振りや依頼をこなしたり、だ。」


あー…、なるほど。そうだよね。不味くても食べとけば死なないし、逆に稼がないと死ぬもんね。命最優先してれば当たり前だった。おいしい食事は娯楽の一部だもの。


「じゃあ、ゼロさんはご飯担当がいてラッキーってことで。お互い痒いところに手が届くから、お得!」


やったね!と笑うと、そうだな。と笑い返された。うんうん。やっぱりどうせ食べるなら美味しい方が良いよねぇ。


「…シンジョウがいて、よかった。」


何か含みがあるような…しみじみ言われてしまった。日が沈んでアンニュイモードなのかな?


「ふふ、明日の朝ご飯も乞うご期待!!」


「あぁ、代わりに夜はよく休め。」


あ、そう言えばこういう野宿って交代で警戒とか夜の番?をするのでは?とゼロさんに声を掛けると、


「いや、このペースで進むなら予定通り明後日には街に着く。二日程度なら特に俺だけで問題ない。」


「寝ないと身体に悪いのでは…?」


「大丈夫だ。軍行で一ヶ月野営することもあったしな。むしろ、シンジョウに何かある方が心臓に悪い。」


道具を片付けつつ、ゼロさんの鞄から毛布を渡されお断りされてしまった。おお、保護者の鏡ですね!と言ったら、煮え切らない返事が返ってきた。その夜、昼間に沢山撫でられた所為か、寝ている間もゼロさんに頭を撫でられている気がした。


まぁでもぐっすり寝たよ!夜中に起きてイベント発生!とかないから安心してくれ。だって疲れたし。初の野宿は満天の星空と焚火の爆ぜる音で大変にCHILLでござった。しっかり休んでしっかり歩くのが私の仕事だ。身の程、わかってますとも。


「おぁようごじゃいま…、」


「ああ、よく眠れたようだな。」


うむ。あくび、止まらないぜ。よく寝たけれど身体がバッキバキで痛い。大地の洗礼…うぐぐ。伸びついでにラジオ体操しておこう。凄い不思議そうな顔でゼロさんに観察されているけれど、気にしないよ!体操第二の方が動きヤバいからね。やらんけども。


「すっきり!ぐっもーにん!」


頭ごと川につけてさっぱり!顔も綺麗にして、買っておいたスキンケア用品で整えた。ううん。使い心地微妙。今は仕方ないけれど、時間があるときに作ろうかな。まさか魔法使いになりたかった中二病の時の知識が日の目を見るとはな…。人生わからんね


「こら、ちゃんと拭け。」


「ぉぁあ。」


軽く拭いて朝ご飯の準備をしようとしたら、ゼロさんに捕まった。ガシッと肩を掴まれたかと思ったら、そのまま肩に掛けていたタオルでわしわし拭かれて頭が揺れる。拭き方が荒いけど、でも痛くない辺り加減されてる気がする。


ゼロさん手が大きいから、私の頭バスケットボールみたいに片手で鷲掴みに出来るやんこれ。こっわ。抵抗しないでおこう首と胴体が泣き別れちゃう。暫く大人しく掻き回されて、手櫛で整えられて出来上がりに満足したらしいゼロさんから解放された。


「釈放!あっさごはーん。」


お礼は言ったよ!感謝、大事。一夜干しのミルクサーモンか良い感じに焼けております。ぷりっぷりだぜ!常に人が居るから、ど真ん中にキャンプファイヤーみたいな火種があるんだよね。そこから火を貰ってきて、焼き魚にして身をほぐす。


朝は軽い方が良いから、昨日のあまりの卵と野生のネギ科植物でスープを作った。優しいお味。あと一夜干しを混ぜ込んだおにぎり。これは昨日の行商人さんが今朝くれたお米。宣伝用に炊いたお米を頂いたから、一夜干しと交換したのだ。生米は買ったよ。おにぎり美味しい!


「昼まで歩いて休憩、移動後次の野営地に泊まる。明日の昼には街に着くだろう。」


「ふぁい。」


おにぎりを頬張りつつ、予定の確認。…ううむ、やっぱりなんか視線を感じる。違和感のある方角を見ても、火種を囲んで朝食をとっているいろんな人たちがいて、誰が私を見ているかなんてわからない。唸っていたらゼロさんが私を見て首をかしげてる。…何かあれば、助けてくれるのかな。


「次はもう少し大きく作らねば。」


「何の話だ?」


「おにぎり。ゼロさんには小さすぎたなぁと。」


心配をごまかして笑う。私に丁度良いおにぎりを、ゼロさんが持つとおままごとみたいなサイズ感で本当に可笑しくて笑ってしまった。ふふふ。


「…あぁ、確かに。よろしく頼む。」


「まかされよ!」


私、大聖女という名の全自動空気清浄機だから、やること無いんだよね。ほんと。歩いているだけで良いんだもの。だからこの世界で生きていくために…というよりは暇潰しに、いろいろ手を出していきたい。目下の目標はご飯の充実とスキンケアかなぁ?


その後もとくに何事も無く。歩いている間、気晴らしに聞いたゼロさんの部下が個性的で面白い。飲み屋のお姉さんに10年間片思いし続けてるとか。休暇取得優先順位決定戦とか。大真面目にやっているのが尚更笑いを誘う。なんだろうこの、男の人のノリは女の人に無い物があってとても良いよね。


お昼ご飯は行商さんが売っていたパンが気になったのでそれを食べることにした。うん、何だろうこの謎の甘酸っぱいソース。野菜が薄い生地で巻かれて、ピンク色のソースがついていて面白い。不味くは無いけれど独特。自分でやらない味付けを食べられるのが、買い食いの醍醐味だ!ぜひ参考にしよう。


まぁ、今日やるとは言ってないけれどね!夜ご飯はゼロさんが捕まえた謎の鳥。なんか…見た目が胡麻通りの黄色い鳥の縮小版…?名前もスモールバードだった。その辺に居て、すぐに捕まえられる鳥だそう。ストリートで大繁殖でもしてるんか?鶏よりデカいのにスモールって名前詐欺じゃん。七面鳥くらいあるぞ。


毛をむしってもらって、内臓を抜いて頭を落として逆さ吊りにして血抜きされていくのを隣で観察なう。おお、これが本当の鳥肌か。羽抜くのって力仕事なんだよね。ゼロさんがクマで良かった。


生米と香辛料をお腹に詰めて、細く鋭い植物の葉で割いた腹を止める。スキレットみたいな蓋付き鍋?で焼いてみた。上下に木炭を置いて、火力手動オーブンなのだよ。


「…はぁあ、本当に参るな…。」


「え、嫌いな物入ってた?」


蒸し焼き終わったから皮目をパリパリに焼いて、切り分けお皿によそった上から野菜餡かけをかけていたらなんだか悩まし気なゼロさんの声がする。ど、どうしよう。一回目に何も言わないで食べていたから、普通におかわりだと思って盛ってしまった。


「いや、美味い。ただ、シンジョウに胃袋を掴まれた気がする。」


「あー、なんかごめんね?」


なんだ、良かった。酒が欲しいと唸っているのが面白い。唸りながらおかわりはしっかり受け取っているのに笑う。野菜をくれた荷馬車の老夫婦にもお裾分けで持って行くったら、さらに果物を貰ってしまった…まぁいいか。美味しいは正義。


今回は近くに水場が無くて、ちょっと身体が気持ち悪い。いや、凄く汚れた訳では無いけれど、毎日お風呂に入ってきた者としましては入れないのはキツい。どうしようかな…


「あのぉ、」


「なんだ?」


いつの間にか近くに立っていた猫背のおねぇさんに話しかけられた。即座にゼロさんが間に入ってきて、若干見え辛いけれど三角帽にローブというテンプレ魔法使いな恰好をしてる。…帽子が三角なのって意味があるんかな。オシャレ?


「あの、ずうずうしくてすみません。実は私、お金と食料が底をついちゃって…どちらか少し、分けて頂けないでしょうか…。」


申し訳なさそうに指をもじもじ動かしているおねぇさん。聞けば、ダンジョンに潜っている際に荷物を盗られてしまったそうで。おねぇさんが口を開くたび、ゼロさんの眉間に皺が寄っている。うーん。ゼロさんに気圧されて冷や汗をかいているおねぇさんの表情は帽子を目深にかぶっていて見えないけれど、何故か覚えのある雰囲気が…あ。


「いいよ、大変だったね。ゼロさんがご馳走様なら、残りのごはん全部あげる。」


「…シンジョウ。」


「器はあるかな?いっぱい食べて元気出してね。」


何か言いたげなゼロさんに笑って、おねぇさんが差し出してきた大きな深皿に、残りを全てよそって渡した。とても嬉しそうに受け取るおねぇさんを見守っていたら


「ありがとう、聖女。次は、王と共に。」


目の前で掻き消えた。おお、スゴイ。やっぱり人じゃなかったんだ。おもわず拍手すると、怪訝な顔のゼロさんが私を見てる。


「なぜわかった。プーカを見たことがあるのか?」


「プーカって言うのかぁ。お菓子みたいな名前だね!」


いや、正体とかはわかってなかったよ?でも、王都から出てすぐから感じた視線の話をしたら難しい顔で納得してくれた。うん、たぶんプーカだったんだろう。あと、聖女になってから…この世界に来てからむずむずした違和感を感じることがある。プーカを見た時も感じた。魔力に反応しているのかな?話しながら、使ったスキレットを片付けようと持ち上げると手の中に違和感。


「…ピアス?」


小さな丸い形のピアスが一つ。月明りで青緑色に光るのに、よく見ようと焚火に近寄ると赤色に光る。不思議…。


「凄い綺麗。でもなんで?」


「…幸福の品だろうか。シンジョウを聖女と呼んでいた。プーカは悪戯好きの妖精と言われているからな、聖女を見に来たのかもしれない。」


ゼロさんのいう事には、プーカは悪戯が好きで変身が得意。夜に旅人の前に現れ揶揄っては、優しくすれば幸福を、蔑ろにすれば相応の害を与えてくるんだとか。とんでもないな!当たり屋か?


「ゼロさんはすぐに気が付いてたよね?」


「掻き消えた時と同じように、目の前に突然現れたからな。俺の反応も見ていたんだろう。」


おお、ゼロさんがそんなに嫌そうな顔をするの、ダズビー以来だね。昔悪戯されたのかな?まぁいいや。そんなことより、折角頂いたんだし。


「ゼロさんや、このピアスつけたいから手伝ってもらってもい?」


「…まて、俺が開けるのか?!」


「え、うん。針ならあるよ。浄化するから、殺菌もばっちり!」


縫物するために買った針(未使用)を手渡そうとしたら、ズザッと後ずさりされた。ええ。


「ゼロさん?」


「…俺がシンジョウに傷を付けられるわけがないだろう。」


なにゆえそんなに深刻そうに言うのかね!ピアス開けるのにプツッとするだけだよ。自分じゃ見えないから仕方がないじゃろ


「ダイジョブだいじょぶ怖くないよ~?先っちょだけだから!すぐ終わる。空の星でも数えてれば終わるから!」


じりじりと距離を詰めても、同じだけ後ずさりされてしまう。ムム…、めっちゃ拒むじゃん。なんでそんなにイヤなんですか。


「はぁ…、仕方ないなぁ。自分で開けるので、場所を教えてください。」


「それくらいなら、まぁ…。」


埒が明かないから丁度良い箇所に針を持った手を導いて貰って、ブツッと一思いに刺した。じんじんとした熱と痺れを頼りに、ぽたぽたと血が垂れる穴へピアスを通す。瞬間、


「えっ、」


顔の隣で何かが光った。すぐに周りを見回しても何もなく、気の所為にしてはゼロさんの視線がピアスに注がれている。


「…やられた。」


「んん?何がです?」


ゼロさんは私の問いが聞こえないのか、眉間に皺を寄せて顔に手を当てたまま考える人になってる。ううん、考えがまとまるまで待つか。ひとまず血を拭いて、念のため浄化で消毒…になるかな。ゼロさんに借りていた布を肩に置いていたお陰で、服には血が付かなかった。よきよき。


スキレットと食器を片付けて、寝床の準備が終わると、ゼロさんも纏まったのか思考の海から戻ってきた。


「すまない、どこから話すか悩んでいた。」


大木に背を預けて座るゼロさんに促されて、隣に毛布を運んできて座る。これで万が一寝落ちしても大丈夫だぜ。ふふふん。


「まず、妖精はみな悪戯好きだ。その中でプーカは群を抜いている。妖精は人間とは違う生き物だ。感性も、理も、何もかも。妖精が人前に姿を現せるのは妖精の意思次第だ。人間が会おうとして会えるものではない。一生会わないで終わるほうが一般的だ。ただ、先述の通り悪戯好きで、ターゲットは大体旅人…冒険者だな。妖精の中にも変わり者がいて、人間と暮らしたり手を貸す者もいる。そいつ等は、それぞれ気に入った人間を他の妖精に奪われないようにする為、印をつける。」


「しるし…。」


ゼロさんから伸ばされた手が、左耳のピアスに触れる。キン、と澄んだ星が瞬くような音がする。それがじんわり脳に響いて立ち眩みの様に少しふらついたけど、いつの間にかゼロさんに背中を支えられていた。おお。


「最初はプーカの幸福の品だと思って油断した…。すまない。言い訳にしかならないが、妖精は魔法使いの領分なんだ。騎士の中にも精霊騎士になる者がいるが、この国では直近でも200年前になる。…ああ、話を戻すがこれは確実に妖精石だ。血に反応して光ると聞いたことがある。妖精達が気に入った人間に渡し、その人間の元へ飛ぶためのモノらしい。」


俺もあやふやですまん、と謝罪されたけれどぜんぜん気にならない。妖精なんて不思議生物がこんな物理的に印をつけると思わないよね!うんうん、それより突然のファンタジーですよ!正直『聖女』とか『異世界』とか言われても、あんまりピンと来ていなかった。海外に旅行しているような、軽度の異物感のみで。目の前で掻き消えられても手品かな?としか思えなかったのだ。


それが、何という事でしょう。


「妖精…!凄い…たのしみ…!!」


「いや、手放し出来るほどいいことばかりではないし、むしろ危険なんだぞ。」


ワクワクが抑えきれずに、顔がふやふやになってしまう。へへへ。心配しているゼロさんに、真面目に返事をしようと思うのだけど、んんんん、無理。


「プーカは、『次は、王と共に。』と言っていた。妖精達の王など、エルフですら滅多に会えるものではない。」


「でも、人間に拒否権も選択肢もないんでしょう?」


ちゃんとお話は聞いてますとも。言葉に詰まってるゼロさんは、本当に私を心配してくれているんだろう。いい人だ。必要な知識をくれるし、でもちゃんと選ばせてくれる。


「それならいっそ楽しみたいな。どこを気に入られたのか聞いてみたいし、プーカの名前も知りたい。…危ない時は、ゼロさんが護ってくれますもんね。」


だってゼロさんは大聖女の騎士で私の保護者ですからね!うん、最強!他力本願過ぎて申し訳ないけれど、楽しみが溢れて笑っちゃう。なんとか緩む口元を隠そうと、手で押さえる。けれど、効果は見込めなくて結局こらえきれなかった。


「…護る。約束する。」


物語の、それこそ騎士の様に手を取られて甲に口付けられた。絶対なんてないことを知っている。信じられるほど子供でもない。それなのにまるでそれが在るかのように誓われて、不信感と安心感に振り回されてなんだかおもしろくて、


「ふふふ、よろしくお願いします。」


この日、この世界での暇つぶしリストに妖精王と会うが追加された。

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