第4話 警戒心ってここで売ってますか

温かな日差しも爽やかに、カーテンを揺らす木漏れ日は窓を抜け、ゆるゆると私の髪を撫でる。素敵なお昼時、ドーモ、ミナ・サン。絶賛叱られ中の三十路、新庄です。


「聞いているのか。」


「ハイ、ゴメンナサイ。」


昼前に無事、街に着いたところまでは良かったんだよ?ちょっとはっちゃける程度に喜んでいた私。だけどなんだかゼロさんの地雷を踏みぬいたらしく、床に正座しています。元騎士団長こっわ。逆らったら頭からバリバリむしゃむしゃ食べる系の肉食獣の雰囲気。なんでこんなことになったし。


二時間前


「やったー!ゼロさん、ちゃんと踏破しましたよっ!褒めてほしい!」


最後辺り、脹脛が悲鳴を上げ始めていたから本当にギリギリだった。でもそんなものは街に入ってしまえば吹っ飛んで。手続きが終わったゼロさんに寄って行って纏わりついたよね。


だって褒めてほしい。大人になるとね、褒めてもらう事って中々ないんだよ!できて当たり前だからね…。世知辛い世の中だ…。なので自ら貪欲に行くよ。褒められるチャンスは逃さないぜ。


「ふ、ああ…、よく頑張ったな。」


ゼロさんの服の裾を引っ張っていると、犬でも撫でるかのように頭を撫でられたので、サムズアップで返しておく。なんか笑われたけど気にしないよ! 


「先に今日の宿をとっておこう。シンジョウも疲れているだろ?ここはまだ王都が近い分大きな街だからな、必要なものがあればすぐにそろうだろう。娯楽もあるしな。」


「ハイ隊長!お風呂に入りたいでっす!お風呂付の宿ってあるかなぁ?」


国民的アニメの女の子みたいに一日何回も入ったりはしないけれど、一日一回は入りたいんです。それが、こっちの世界に来てから水被るか濡れタオルで拭うかしかできていない。…我慢の限界なんだよぉお!!SAN値ピンチで発狂しそうである。


「風呂か…、冒険者向けの宿で風呂付はない。高級宿か、もしくは大衆浴場か…、」


「あんな感じの?」


歩きながら上げられる候補を聞きつつ、目に留まった建物を指さす。大きくて綺麗で、冒険者かな?色んな人が出入りしている。恋人なのか、距離感の近い二人組もちらほら。


「あれは…っ。」


「うん。」


私の指した建物を確認して、一瞬フリーズしたゼロさんの顔がじわじわと赤くなっている。おお、どうかしたのかね。…なんかまずいこと聞いたかな。


「…あれは宿屋ではない。確かに風呂はついているが…。」


「ん?」


うろうろと目線を彷徨わせて言葉に詰まっているゼロさん。ふむ?宿屋じゃないのに風呂がついてるのか。店外には距離感の近い男女もしくは男性客。…あ、なるほど。答えに行きついた私は、良い笑顔でゼロさんの背中を叩く。うちは福利厚生ばっちりですからね!


「行ってらっしゃい!」


「…は?」


「私はギルドのおねぇさんにでもおススメの宿屋教えて貰うから、安心してくれ!」


我ながら良い笑顔である。遊んで暮らせるらしい金額は先払いしているから、遊んでくればいいと思うよ!お互い、いい大人ですからね。お気になさらず!そう言った私の両肩は、ゼロさんの大きな手の重みに潰されるかと思う程、ガッツリ掴まれた。


「…まて、あそこがどういう所かわかっていて、俺に勧めているのか。」


「んぇ?うーん、『綺麗なお嬢さんと、お楽しみするお店』かな?」


当たり?と聞くと、押し黙るゼロさんの眼が細められて、その剣呑さに背中に冷や汗が流れる。え、違った?なんか怒ってる?怒ってるよねこれ。ゼロさんから醸し出される圧に、ごきゅりと喉が鳴る。こ、これがクマに睨まれた鮭の気持ち!?


「言いたいことは山程あるが…、一先ず。大人しくついてこい。」


「ッ、サー!イエッサーッ!!」


めっちゃ怒ってるぅう!怖いよぉお!!ただでさえゼロさんの声が低いのに、鋭さと重低音に耳がバリバリするよ。なんなの?地獄の生き物なの?でも怖いからお口チャックして小走りで着いていきます。


うう、ゼロさん足が長すぎて一歩が大きい。三日歩き通しで足が限界なのに、小走りで着いていくのは拷問だよ。後ろに近づいてもすぐに引き離されてしまう。昨日までのゼロさんがどれほど私に合わせてゆっくり歩いていたのかってことをね!文字通り痛感してますよ。


でもそろそろ、本当に置いて行かれるわこれ。なんか知らないけど怒ってるし、こっちを気にも留めていないし、足痛いし息上がるし、イラっときている。けど…迷子になったら余計に怒られる気がする。確実に。


「っ、はぁ、ゼロさ、待って、」


三十路で迷子になってたまるか。気合を入れて追いついた所で、ゼロさんの手を捕まえて制止をかける。振り向いたゼロさんが、止まってくれた。


オッシャー!ありがとうございます!息が上がってますんで、お礼は割愛させてください。涙ちょちょぎれそうだぜ!君の所為だけどな!


「あー…んん゛ッ、…動くなよ。」


「はぇ?」


呼吸を整えていたら、突然私の背が伸びた。のではなくて、ゼロさんに抱えあげられていた。おおおお?!


「凄い!高い!ゼロさんより高いとかもはや巨人では?!」


これが身長2メートルの視界なのか?絶景かな絶景かな。ゼロさんの頭頂部すら眼下に収めて、人がゴミのようですよ。ちょっとテンション上がりすぎて、一瞬バランスを崩したけど、ゼロさんにしがみついて事なきを得た。サンキュー頭部!


「ッ、ムグッ!」


「あ、ごめん!」


こんな高さなかなか無いのでつい。バランス良いから、頭抱えたまま街並み鑑賞してしまった。…字面がヤバいな。ぱ、とゼロさんから離れたら、酸欠か怒りか、顔が真っ赤だった。うぉ、ごめんね。絞め殺すところだったか。そんなに強く掴んだつもりは無かったんだけども。


しかし、ゼロさんの筋力とか体幹が良いのかわからないけれど、とんでもない安定感である。だが、片腕に乗せられる様に座っているから、降ろしてくれないと降りられない。そして一応ね。こんな言動でも女なのでね?体重とか気にしてるんだよ…!


「ゼロさんや、降ろしていいよ?重いでしょ。」


「…大人しくしていろ。」


紳士かよ。体重に言及しないとか逆に気を使わせて本当にすまんね…!うーむ、申し訳なさはあるけど、このまま運んでもらおう。なんせ膝に矢を受けてしまっているからな。足が限界で歩けぬ。できるだけ負担がかからないように首に腕を回しておこう。


そしてどんどこ運搬されまして、足の痛みが引いてきた辺りでお風呂ありの宿屋にチェックイン☆わーいお風呂だ!!と喜んだのも束の間、床に正座しています、なう。


ぐぬぬぬぬ。思い出しても私別に悪くないよね。折角痛みが無くなってきたのに、今度は痺れてきてるよ!高級宿のふかふか絨毯でも状態異常:麻痺だよ!


「無罪を主張します!」


「……、」


「ごめんにゃさい!」


怒りに任せて異議を申し立てたけれど、睨まれたの怖すぎてすぐ謝罪したよ!ビビりすぎて舌噛んだ。犬はクマに勝てないんだよ。わかるね?


くっそー、私が猟犬だったらワンチャンあったのに。犬だけに。くだらないことを考えていたからか、ゼロさんから深いため息が聞こえてくる。悩み過ぎるとハg…いや、何でもないです。


「シンジョウは…、いや、なんだ。あー…、」


「なんです?」


仁王立ちから首が痛い系男子にクラスチェンジをしたゼロさんは、目線を彷徨わせてなにか言い淀んでいる。…ふむ。さっさと終わらせてお風呂入りたい。よくわからんが怒らせたのは事実だし、謝ったもん勝ちでは?


「ごめんなさい。多分私の不用意な発言がセクハラだったから、怒ったんだよね?深い意味は無かったので許してほしい。」


「…セクハラ?」


あれ、セクハラって通じないのか?ううん、何といったものか。


「お互いいい大人だから、でそこまで怒ると思わなくて。でも私がゼロさんに言ったら、確かに性的な嫌がらせに該当するよね。あ、パワハラもか?!うわぁ、ごめん。そんなつもりなくて…本当、自由にしてくれていいよっていうか、言い辛いだろうと思ったというか気を使ったつもりでして。」


「つまり何か、…善意で、勧めたのか。」


やべぇ、言っていて気が付いたけれど、『大聖女の騎士』って大聖女に仕えてるんだから、私がゼロさんの上司だよね。それで性的なお店勧めるとか、パワハラセクハラのツーアウトだわ。なにが福利厚生か。モラルに引っ掛かりまくりじゃないか。慌てる私とは裏腹に、怒りが湧いているのかゼロさんはどんどん薄暗くなってきている。ひぇえ!労基に訴えられる!!


「ご、ごめんね。『頭と身体は別の生き物』って聞いてたから、そういうものかと思って…。私に気を使って遠慮してたら申し訳ないし、こっちから言ってしまえば別行動しやすいかと。」


本当に悪気はなかったんで許してほしい。切実に。悪気以外に企み事はあったけど、それはまぁいうわけがない。撒いて逃げよう、なんて。言い切ってゼロさんを窺い見ると、…なんか打ちひしがれてる。ゆ、許された?阿保らしくて、怒る気が無くなったのかな。


「…昼飯を、買ってくるから、大人しくしていろ。」


はぁああ、と深々ため息をついて、顔を覆っていた手をどけたゼロさんの眼が死んでいる。お、おぅ…。そんなに呆れさせてしまったのか。申し訳ない…。ちゃんと大人しくしていよう。あ、お風呂には入るよ。当たり前だろ。頭の中で半ギレしている私を置いて、ゼロさんは部屋を出て行った。


久しぶりのお風呂は謎構造でした。浴室の造りは規模の小さい銭湯。大きい盥みたいなお風呂で、水道管のない蛇口からお湯が出てくる。まだ昼だからか人はそんなにいなかった。あ、ちゃんと男女別だったよ。このお湯を張るための石が高級品なんだって。女性用に入ろうとしたらおばちゃんに止められて、性別確認されると思わなかったよ。…今度から宿屋では胸当て外そう。で、その時に世間話で教えて貰った。


お風呂が一つの宿屋は、時間帯が決まってるか予約式なんだよーとか。お金持ちなら個人でもお風呂が買えるよとか。まじか。お値段がよくわからない単位だったから、ゼロさんが戻ってきたら聞こう。それにしても遅いな。私の入浴時間もそこそこ長かったと思うけれど。そんなことを考えつつ、最初に泊まっていた宿屋よりは広い室内を見渡す。


ベットにテーブルに椅子二脚。謎のオブジェは…武器でも置くのかな?ベットは何が詰まっているのかわからないけれど、高級宿なだけあってまあまあ柔らかい。試しに座って跳ねてみるけど、まぁお尻が痛くなるわ。固くはないけどね。寝る分の沈み具合には問題ない。うむ、よきよき。あ、髪を乾かさないとまたゼロさんに怒られ


「悪い、遅くな…」


「あ、」


ノックもなくがちゃ、と開けられたドア。ゼロさんと目が合ったと思ったら、バァン!と、結構な音を立てて閉められた。ド、ドアー!軋む音がしたけど大丈夫かドア。んん、やべぇ、怒られる未来が見える…!いや、ここはゼロさんの所為で押し切ろう。


「なんでそんな恰好なんだお前はッ!!」


「いや、お風呂上がりで暑くて。」


ドアを挟んで怒られた。でも、ちゃんと服は着てるよ。ホットパンツとチューブトップみたいなの。斥候さんとかが着るインナーらしい。古着屋のおばちゃん談。王都でもビキニアーマー並みの露出度の人そこそこいたからこれくらい見慣れてるでしょうよ。


「そんなに大きい声で怒らないで下さいよ。」


「…っ、」


上に適当なシャツを羽織って、中に入ってもらおうとドアを開けたら茹蛸みたいになってるゼロさんがいた。おおん。…もしかして、私が吐いた時の服片付けたの、ゼロさんじゃないのかな。剥かれて着替えさせられたのかと思ってたけど。


「お腹すいたのでご飯下さい!」


「他に言うことはないのか…。」


「お見苦しい物を見せて、すみませんでした。でもノックしなかったゼロさんも悪いと思う。ご飯下さい。」


廊下に立ったまま入ってこないゼロさんの袖を掴んで、部屋に引き入れる。いや、さっき君がドアを壊れる勢いで閉めたから、ちょっと人の眼があるのよね。昼間でよかった!二人位に見られてるけど、増えても困るのでさっさと入りたまえ。


室内にinしたゼロさんは、ドアの前で顔を押さえたまま唸っている。まだ何かと葛藤しているのか?ごめんて。よっぽど目に毒だったんだな。失礼な。


まぁ良いけどね!だってお風呂入ってすっきりさっぱり。お腹すいてそれどころじゃないし。いいことも聞いたし。


「なんだろうこれ、パニーニかな?いただきまーす。」


しゃきしゃきした野菜と、謎の…鶏と牛の合いの子みたいなお肉が、チーズと仲良しで美味しい。たっぷり頬張って咀嚼しているうちに、向かいの椅子を引いてゼロさんが座ってきたので、もう一個を手渡してから水袋でお水を飲む。


「美味しい!」


「そうか。」


深く腰掛けたせいで、足がプラプラ揺れるけど、今は機嫌が良いので態と揺らしてるんだぜ。お行儀?知らない子ですね。困るほどじゃないけれど、ちょっとずつ家具が大きいんだよね。この世界の平均身長が高いからだろうなぁ。


ふんふん鼻歌を歌っていたら、ゼロさんも息をついてご飯を食べ始めた。そうそう、大人とは諦めが肝心なのだよ。私の様にね。


「宿の人が、お風呂は買えるんだって言ってたんだけれど私も買えるかな?」


「…シンジョウなら余裕で買えるだろうが、持ち運ぶのか?」


あああ、そっか。一所にいられないから、持ち歩きになるのか。うーん、どうしたものか。


「マジックバックなら入るだろうが、容量で金額が変わる。最低でもシンジョウが入るサイズだろう。風呂とマジックバックと風呂用魔法石で、所持金の4分の1使うかどうか…。」


「ううん。それだとゼロさんのお給金が減ってしまうからいいや。」


「いや、元々多すぎると言っただろう。大金貨一枚で一般的な給与一年分だぞ。」


騎士団長時代のお給料とか、相場がわからないよ。文字は読めるしお勉強しようかな。うんうん唸ってたら、窓の向こうから視線を感じる。…可愛い小鳥さんがいた。腹ペコかね?パニーニをちょっと千切って、窓の桟に置いてみた。そのままゆっくり椅子に戻ると、桟に飛び乗った小鳥がパンを突いて食べている。ぉああ、癒される。凄いカラフルな小鳥だな。ライラックみたい。


『オトドケモノ。アゲル、アゲル。』


「ふぁ?!」


椅子の倒れる音と、圧迫感。パンくずを食べ終わった小鳥がパッと輝いたと思ったら、知らない声が頭に響いて。テーブルの上には小箱が一つ。


「怪我はないか?」


「ふぁい、ありがとうございます。」


椅子を倒したのはゼロさんだった。小鳥のいた窓側から庇うように抱き締められていて、いつの間にか背丈ほどの剣も持っていた。…どこから出したの?!思わずゼロさんを見上げて凝視していたら、腰に回っていた手が離れて、密着していた本体にも凄い勢いで後退られた。…そんなに避けなくても。無理矢理取ったりしないよ!


「今のも妖精だろうな…。」


「プレゼント貰ったでござる。」


「こら、不用意に触るな。」


光が弾けるように剣が消えたのが頗る気になるけれど、ゼロさんはいつものことですみたいな顔をしているから、あとで聞いたら仕組みとか教えてくれるだろう。たぶん。それよりこの小箱ですよ。見た感じは具合が悪くなったり変な気分になったりはしない。小さい木製の箱。ゼロさんが慎重に蓋を開けると、


「ピアス、二個目!!」


今度は七色に光る小さな丸い石が付いたピアスが、ちょこんと箱の中でおすまししてた。なんなんだ。妖精の間で私に装飾品送るのが流行っているのか?昨日の今日だぞ。


「おかしい。シンジョウはプーカの印がある。それは他の妖精も知っているはずだ。…そのピアスの送り主は、誰だ?」


「え、ホラー展開?」


「…まさか、オパールか。」


うん?オパールって宝石の名前だよね。それがどうしたタイムの私を置いてけぼりに、ゼロさんは悩みだしてしまった。考える人セカンドインパクト。うむ、戻ってくるまで待つしかあるまい。残ったパニーニを口の中に放り込んで、ご馳走様でした。怒られたくないので立ったまま悩んでるゼロさんを背にちゃんとした服に着替える。あ、脱いでないよ。上から重ね着しただけ。脱いだら流石に捕まるからね。


脱衣所に洗面化粧台があったから、歯磨きをして戻った。


「ただいま~、あ、ゼロさんお帰り。」


思考の海からご帰還かい。部屋のドアを開けたら、なんだか複雑そうな顔のゼロさんが椅子に座っていた。足組んでるけど相変わらず長いな。切り落としたろか。


「話がある。俺の知り合いに、妖精に詳しい奴がいるんだが…。その、変わった奴で。」


「ほほう。私より?」 


言い淀むゼロさんに茶化す様に言うと、ふ、と笑われた。ええ、自分が変な奴の自覚はありますとも。


「次の街の行先が決まった。早い方がいいな。馬で行くつもりだが、経験は?」


「あるとお思いか!」


私の運動神経鼻で笑っておいて。そういうと、ふふ、と噴き出した後にすまん。と謝られた。


「シンジョウの足の調子が良くなったら向かおう。」


これから馬を手配に行くというゼロさんに、晩御飯は大衆食堂的なところに行ってみたいと希望を出してみる。ちょっと考えていたけど、無事に許可が下りた。やったぜ。ピアスは変な知り合いとやらに見せるまで箱の中で保留になりました。


馬だと早朝に出て夕方には着くそうなので、調味料の追加と食料少しを買い出し。小物屋さんで柑橘系のポプリが売っていたから、買ってきましたとも。これで石鹸を作ろう。


「ねぇ、聞いた?今お城に『聖女様』がいらっしゃるんですって!」


「聞いた聞いた!ベイルート様とパーティーに出てるんだろ?」


「とてもお美しくて、お優しいそうよ。」


「ホントだったらすごいわよね、まるでおとぎ話だわ!」


「ベイルート様とご成婚なされるのかしら?」


「そうだろ。『聖女様』は王子様と結婚するもんだし。」


馬を手配して戻ってきたゼロさんは夜ご飯までお昼寝に行った。添い寝して子守歌でも歌おうか?っていったら頭をはたかれたことを思い出して、ちょっと笑う。一人行動を許してくれたのは街の治安か私への信頼か…


「聖女様がいらっしゃるなら、きっと大丈夫ね。」


「ああ、北の…、何だったか。」


「ベルジャンでしょ?魔物が溢れて街が襲われたって…。」


「すぐに聖女様が助けてくださるはずよ。」


「そうよね、聖女様だもの。」


「これからは安心して魔法が使えるな。」


笑いあう街の人達を横目に通り過ぎる。変な風に心臓が軋んだ気がして、胸に手を当てたらそもそも呼吸するのを忘れてたことに気が付いた。握った手のひらが嫌な汗でじっとりしていて気持ち悪い。ゆっくり深呼吸して、商店の間に生えてる木に寄りかかる。いい天気だなぁ。木漏れ日がきらきら降り注いで、お昼寝日和だ。


そういえばこの世界の石鹸、庶民には洗濯用しかなかった。お風呂用には、謎の泡立つ木の実の粉。すごく安い。確かにさっぱりはするけれど、三十路のお肌には乾燥するんですよ…。お金持ちにはちゃんとしたお風呂用石鹸があって、上がったら香油を塗るんだって宿の人が言ってた。


「三つ通りの雑貨屋が評判でね。本店は王都にあるんだ。精油を買うならそこにするといい。」


教えてもらったお店は、周辺のお店より格式高いんだぞ!って感じの雰囲気で、ブランド店みたい。棚にはカラフルな小瓶が並んでて、いろんな香油や精油に石鹸や鏡があって、女性向けのお店だった。


「いらっしゃいませ。当店は王室御用達の品を取り扱っておりますので、品質には自信がございます。」


「ここだけのお話ですが、こちらの香油は実は王城にいらっしゃる『聖女様』がご使用になられているのです。」


「まぁ、聖女様がこちらを?」


「すてき、私も同じものをいただける?」


「わたくしも同じものをいただくわ。」


綺麗なドレスを着ているおねぇさん達は貴族かな?いや、貴族だったら私この店に入れないか。多分。視界の端にだけとどめて、聞こえてくる会話を聞き流してサクッと精油とお風呂用石鹸を購入。とっとこ宿屋まで帰ってきた。その道すがらも、あちこち『聖女様』の話題で持ちきりだった。


購入した石鹸を荒く摩り下ろして、精油とばらしたポプリを煮出したお茶と一緒に混ぜ混ぜ。適当に平らに整形して、日陰干し。材料余ったから洗濯用石鹸も。いいお天気だから昨日とったハーブも並べておこう。紫根とかないかなぁ。油はその辺で手に入りそうだし、鹸化タイプも欲しいな。


待ってる間に裏にある井戸でお洗濯。洗濯板があって良かったぁ。たっぷりの石鹸水に放り込んで押し洗いでほぼ落ちた。よき!濯ぎの水にちょっと精油を混ぜて、しっかり脱水。ロープが張られている所を借りられたから、引っ掛けて干しておこう。うむ。達成感。


そういえば、この世界に来てから一人でゆっくりするの、初めてだなぁ。空は澄んでいるし、風も気持ちが良くて、いい天気で。深呼吸すれば草木の青い香りがする。木漏れ日に葉の擦れる音が、耳を攫って心地いい。のどかぁ~。


「『聖女様』って、何だろう。」


ぼんやりと、街で聞いた話を思い出す。共通していたのは聖女様は優しくて、美しくて、王様と結婚するってこと。それから、いろんな脅威から助けてくれる素晴らしいひと。


「私は『聖女様』にならなきゃいけないのかな…。」


私は聖女だ。そう決められてここにいる。でも『聖女様』じゃない。元の世界に帰れるかどうかは怖くて聞けていないけれど、漠然と無理だろうな。とわかる。それは、まぁいい。心機一転都会に引っ越して就職した身としては、今この場にいることも規模は大きいけれどそれと似たようなものだ。


「一人でも、大丈夫だけれど…。」


魔物って奴がわからないんだよね。川で捕まえたミルクサーモンは初めて見た魔物だったけれど完全にビジュアルが魚だったし。神聖力でどうとでもなるなら、他の魔物も大丈夫かな?


「浅はかか…。」


抱えた膝に頬を乗せる。グリズリーみたいなやつが出てきたら、神聖力云々より先に驚きすぎて動けないと思うし、その間に殺されそう。それに、妖精とか目に見えないモノもいるしなぁ…。指先に触れたピアスがほんのりあったかい。こんな品を印としてつける意味ってなんだろ、マーキングかな。発信器的な?うーん、わからん


顔を上げればゼロさんのとってくれた部屋のカーテンがはためいて揺れてる。


いまなら、ゼロさんを撒けるかな。…いや、たぶんすぐ捕まって怒られるな。ゼロさん良い人だから、私を心配して怒りつつ自分に非があるのかとか悩んで落ち込みそう。ううん、でも…なぁ。いいや、今回は脱走するのやめとこ。ゼロさんが今後仮眠すら取らなくなったら、大聖女職がブラック企業と化してしまう。


「私もお昼寝しよう…。」


地面に毛布で寝ていたから、身体がバキバキだしね。折角のベットを堪能せねば。『聖女様』とやらとは、そのうち向き合わなければいけないけれど、今はまだ。



「おお、むさ苦しい。」


ワイワイガヤガヤ、喧々囂々。夜ご飯にお願いしたとおり、大衆食堂なお店に連れてきてもらった。広い建物の中はさながらフードコートの様な賑やかさで、違う所は客がほぼ筋骨隆々なおっさんとか、鎧が歩き回っているとこかな。たまに強そうなお嬢さんとか、アマゾネスな感じの方がお酒を飲んでいる。


ファンタジーの酒場感がすごくて、大満足です。


「お前は飲酒禁止だ。」


「えええ。まぁいいけど…。そんなにお酒好きじゃないし。」


楽しく、美味しそうにお酒を呷っている人達を見ていたからか、ゼロさんに首根っこを引かれてしまった。首締まるよロープロープ。適当に座ったらすぐ可愛いお姉さんが注文を取りに来た。え、メニューとか無いのか。周りを見回しているうちに、ゼロさんがお姉さんに何か注文してしまった。


「私もお姉さんナンパしたかった…。」


「…そんなことはしていない。」


存じておりますぅ。でも異世界酒場デビューだよ?注文したり堪能したい。と不貞腐れたら、居心地悪そうなゼロさんと目が合う。お?なんだねなんだね。


「シンジョウは…、女が好きなのか?」


「え?はい、そうですね。」


即答した私に面食らったのか、鈍器で殴られたような顔をしていて面白い。そうか、とか、どおりで…とか、深刻な顔でブツブツ言いながら頭を抱えている。ぉん?


「なんだいどうしたんだね。あ、私が女性おなごにモテるか、心配してる?」


それはしょうがないよね。モテるからね私!ドヤ顔で胸を張ってツッコミ待ちをしていたけど、一向にその気配がない。んん?


「お待たせいたしました~。」


「わぁい!ありがとうございます。」


首を傾げている間に、さっきのお姉さんが木製ジョッキとお皿を持ってきてくれた。片方は泡立ってるし、お酒かな。もう一個はハーブの匂い。お茶?たぶん私のだろうから、貰っておこう。


テーブルに並べられたのは、サイズや色の違うソーセージとマッシュポテト?にサラダとか。あと


「お、おおおお?!」


塊肉。な、なんだこれ。ぶ厚過ぎだろう…私の拳より厚いぞ?イカレてやがるぜ!こんなもの中まで火を通すのにどれだけ時間が…、いや、そもそも表面が焦げて大変なことに…。


「シンジョウ、」


「んぬ?」


あらゆる角度から興奮気味に塊肉を観察して、いざ切り分けようと構えたところでゼロさんに待ったを掛けられてしまった。なんだよう!今クライマックスだぞ!


「隣国なら同性婚も可能で…、これから長い旅の間にパートナーを探すならそれもありだとは思うが…。」


「何の話だね?」


それ、このお肉より重要な話?突然同性婚とか言われても困る。そういうと、ゼロさんはまた押し黙ってしまうし。


「あ、アルト君に言ったことですか?」


同性婚ドッキリの打ち合わせしたいのかな?でも私、王都に戻るつもりないから、アルト君が旅行にでも出て、バッタリ出会わない限り機会は訪れないんじゃないかな?そう言いつつ、濃いブラウンのソースに浸り七色の油を滲ませて輝く肉に、フォークとナイフを差し込む。


「や、柔らかい…だと…ッ!?」


どうなってんだこの肉!!蒟蒻もかくやという、程よい抵抗を手土産に切り分けれた。何の肉なんだお前…ッ!


「すまん、女がいいというから、その、」


「…あ、恋愛対象の話だったんですか?それは異性ですね。」


なんだ、話が全く見えないと思ったら。もし同性婚するならここじゃ難しいよって、気を使って教えてくれようとしていたんですね。言い淀んでいたのも、言い辛かったからか。真面目だなぁ。


女が好きかって聞くから。そりゃあ可愛い子も小さい子も、おばあちゃんでも好きよ。目の保養になるならもっと好き。一番は不動のマリカたんだけどね。


「は?…異性?」


「え、なんで驚いてるんだい。男が好きだと何か問題でも?」


中々お肉を口に迎え入れることが叶わず、思わず、はぁん?と喧嘩腰に返事をしてしまう。ご愛敬ってことで許して。読み込み中なのか、豆鉄砲食らった鳩みたいに動かなくなったゼロさんを横目に、ついにお肉様をお口へお招きする。


「ぅううううンまっ!!なんだこれ!!」


お口でとろける柔らかさなのに、生っぽさや油っぽさは皆無。なのにしっかり肉の旨味が舌を叩いてくる。押し込み強盗バリの力強さで。湯水のように肉汁が溢れてくるし、『肉は飲み物』と言っていた前世の友達に味あわせてやりたい。


ただ、何の肉なのかは全くわからん!でも、美味しければよかろうなのだ。QED。


「いや、…そうか。」


二口、三口とお肉様を食べ進めていると、再起動に成功したっぽいゼロさんが、ジョッキを煽っている。あ、このお肉ゼロさんのだったかな。確認しないで食べてしまった。


「というか、私経験あるって言った気が…あ、同性でも喪失は出来るしな…ほーん、なるほど。」


そうして勘違いは生成されるのだなぁ。お茶で喉を潤すと零れた呟きはしっかり聞こえたらしくゼロさんの動きが止まった。あ、やばいこれセクハラに該当するかな?話題変えておこう。


「ところでこれ、何の肉ですか?」


「…スライムだ。」


「ふぁっ?!」


なんだって?!衝撃の事実に色んなものが吹っ飛んだ。す、スライム?スライムってこんなに肉々しい味なの?!ゼラチンの塊かと思ってたわ!


「なんてこった…!スライムパイセン…!」


まだたっぷりお肉の乗っている皿を掲げて、私の糧になったスライムに敬意を表する。心なしか、肉から後光がさしてる気がするぜ…!


「ふっ…、冗談だ。」


「えっ。」


スライムパイセンに感謝しつつ残りのお肉を咀嚼していたら、ゼロさんが笑いだした。…はい?じょうだん?


「それはダンジョンモンスターの肉だ。」


「…なにゆえ嘘をついたのか、申してみよ。」


「意趣返しにな。」


恨まれるようなことをした覚えなんてありませぬがぁ?くっそ、私が基礎知識皆無だからって揶揄ったな!憤慨する私を見て、鼻で笑うゼロさんにイラっと来る。ダンジョンについては凄く気になるけれど、優雅な所作で腸詰食べてるのも腹立つ。私の感動返せ。


「もうゼロさんのいう事は信じない。」


別に怒ってませんよ。膨らむ頬の中身はお肉なんで。ケッ。やさぐれる私を面白そうに見てるゼロさんを無視して、お姉さんにパンを注文する。お肉とサラダの葉物と、マッシュポテトを挟んで食べる。美味しい。


ゼロさんが真面目で親切でも、それは私の主観で、本当は鬼畜で意地悪かもしれないもんね。ゼロさんに慣れてきて警戒するの忘れてたわけじゃないからね!


「悪かった。そんなに拗ねるな。」


「ふん。触らないでください。」


伸びてきた手を叩き落とす。撫でぽは効かぬとあれほどいったであろう。撃墜王と呼んでくれ。そっぽを向いて食べ進めていると、ふむ、と視界の端でゼロさんが思案している。


「溜まった魔力から生まれるのが魔物。ダンジョンで生成されるのがモンスターだ。」


「生成…、」


「ダンジョンが何故できるかは解かっていない。中にいるモンスターは、魔物と違い死ぬと『素材』を残して霧散する。そして、一定時間後リスポーン…復活する。自然では無い現象だからな。魔物とは区別され、モンスターと呼ばれている。」


さっき私がダンジョンという単語に反応したから、この話題にしたんだろう。話の内容が気になって、ついしっかり聞いてしまう。魔物とモンスターが区別されているなら、魔法使いと魔道士も別なのかな?私を召喚したのは魔道士だってゼロさんが言っていたけれど…、


「信じるか?」


ゼロさんの話は信じないといいつつ真剣に話を聞いていたからか、ゼロさんが虐めっ子顔で聞いてきて、眉間に皺が寄る。くっそぅ、また嘘?揶揄われたのか。


「…ゼロさん意地悪だ。嫌い。」


「まて、悪かった。もう揶揄わない。」


絶対笑ってる。悔しい。事前知識のない初心者を揶揄ってなにが楽しいんだ。いじめっ子め。


「代わりにちゃんと教えてくれる人を探すから、もういいです。それまでは話半分で聞くから。」


「嘘じゃない。本当だ。」


そっぽを向いている私に戸惑って釈明してくるゼロさん。に、思う所はあるけど…あんまり鬼気迫る様な顔で言うから我慢できなくなって噴き出した。


「んぐっふ、んふふ、ちょっと待って、ふふ、」


「お前な…、」


いや、ゼロさんに揶揄われるの初めてだったからつい。あああごめんなさい、すみませんでした。頭かき混ぜないでぼさぼさになる!調子に乗って申し訳ない。というか、私だって散々ゼロさんを揶揄ってるんだから、やり返されたって本気で怒らないよ。流石に。


「ゼロさん冗談とか言うんだねぇ。でもまぁ実際、言われたこと全部信じちゃ駄目だったわ。」


ゼロさんを警戒はしてたけど、心配していたのは王国に売り飛ばされるかどうかだけだったし。教えてくれる常識とかは、勉強代払ってるし注意払ってなかったなぁ。やっぱり自分でも調べよう。人任せ良くない。


決意も新たに食事を終わらせると、ゼロさんがテーブルに突っ伏してた。どうしたん?


「あ、お肉足りなかった?注文する?」


三分の一は私のお腹に消えたからね。予想より残って無くて落ち込んでるのかな。


「…いや、大丈夫だ。もう今日は帰って休もう。」


「うん?わかった。連れてきてくれてありがとうゼロさん!」


ゼロさんは煤けているけど、私は思ったより楽しくて満足できた。明日は馬に乗るし、変な知り合いさんに会うのも楽しみだな!



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