第17話 お酒の力って、スッゲー!


ソフィラに到着してすぐ、シンジョウに別行動を提案された。町の散策がしたいというシンジョウに普段の覇気が無く、気分転換になればと了承した。この町はダンジョンが近いが国境も近く、言うなれば国の端。そして旨味の少ないダンジョンに冒険者は見向きもしない。その為この町はダンジョンの存在しない自給自足の小さな町と大して変わらない。治安も悪くないし、俺が宿をとりに行っている間位なら、別段問題もないだろう。そう思ってのことだった。


風呂付の宿屋があるかわからず商業ギルドへ向かえば、空き家を紹介された。長めに滞在するからと算出していた金額が高すぎたらしい。風呂付の宿は無く、結果そこを借りることになった。…金銭感覚がマヒしているのだろうか?しかしシンジョウに何と説明するか…、いや、気になどしないか。


「ゼロさん!手伝って!」


「…わかった、何をすればいい?」


約束していた時刻、門に来たのはシンジョウではなく小さな子供だった。今にも泣き出しそうな顔のまま何か話しているが要領を得ず、手招きされるままついていけばシンジョウが教会で走り回っていた。


「いやぁ、地獄に女神ってまさにこのことだわ。アルヘイラ様に感謝しなくちゃね!」


寸前まで重度の肺炎だったという神官は大口を開けて笑っており、やせ細っていること以外は病人だったようには見えない。ベッドで身を起こす神官に縋りついて泣いている子供たちはみな孤児院の子供で、同じようにやせ細っていた。


「おかぁさん…ッおかぁさ、」


「先生もう痛くない?苦しくない?」


「もう大丈夫だよ、あのお姉ちゃんが治してくれたからね。」


泣き縋る子供をあやす姿と瞳に宿る母親の強さが、ミランダを思い起こさせる。十人いるという孤児はまだ10歳にも満たない者ばかりで、いったいどうやっていままで命を繋いできたのか…。


「ご飯できたよ~!」


「わぁ、いいにおい!」


「これなぁに?」


「わたし、お手伝いする!」


食堂のテーブルへ大きな鍋を置き、よそったものを年長だという神官の娘へ渡している。


「ゼロさんありがとうございます、お疲れ様でした。」


「ああ、お前の方が忙しいだろう。あまり手伝ってやれなくてすまない。」


…手伝いたいが、俺が寄ると子供が泣いてしまうために動けなかった。代わりに買い出しを頼まれ、食材も新しいリネンも全て整えたが…。


「そんなことないよ!力仕事全部ゼロさんに任せちゃったもん。私の方が楽だったくらいだよ、助かりました!」


「そうか…、」


それならいいんだが、気を使われているのは明らかだった。渡された食事はシンプルで、甘いミルクで柔らかく煮られた野菜と白いパン。野菜は嚙む力もいらない程煮込まれていて、見れば幼児達に同じものが配られていた。一人で匙を持ち食べれる者が多いが、一番小さな幼児は神官に支えられて匙の背で潰されたものを食べている。


「このパンあまぁい!」


「あったかくておいしいね!」


「おかわりしてもいいかなぁ?」


歓声を上げて食べる子供たちに、神官もシンジョウも笑みをこぼして何か話すとこちらへ戻って来た。


「…ゼロさん絶対足りないから、後でお外で食べてきてね?」


消化に良い幼児食だからおなかすくと思う。と、小声で耳元に落とされた言葉は俺への配慮で


「俺の心配までしなくていい。自分と子供の心配をしろ。」


「あ…、つい。」


子供に囲まれ同じように扱ったのだろう、気まずそうに視線を泳がせ肩を竦めているが、柔く笑う姿に笑ってしまった。


「この後はどうするんだ?もう決めているんだろう?」


「今日はこのままここに泊まるつもり。」


「ベッドは足りるのか?」


「ありがたいことに子供サイズが適応されておりまして…、」


孤児院にある空きベッドを使うというシンジョウが煤けているが、まぁ、その、なんだ。元気を出せ。


「悪いねぇ、奥さんとっちまって。」


「ゴホッ!ゲホッ、」


「だからお付き合いすらしてないってば…、」


「そうなのかい?…おかしいわねぇ。」


なにが可笑しいのか。変に吸い込み気管に入ってしまった。関係性を否定しているシンジョウに、モヤモヤと鳩尾あたりがざわつく。…ああ、悪いシンジョウ、せっかく作ったものを


「大丈夫?」


「んん゛…ッ、大丈夫だ、すまん。」


汚してしまったテーブルを片付け、早々に食事を終わらせシンジョウに見送られた。そこからシンジョウは足繫く教会に通い、子供の世話をしながら神官の手伝いをし始めて。


子供が泣かないよう距離を保ちつつ、応急処置だが雨漏り壁の穴を塞いでいく。その間、シンジョウは食事を作り服を調達し少しずつ子供達の顔色が良くなってきたのを見ては喜んでいた。


「教会の補修工事は頼んでおいた。それからウォンカ様へ宛てた手紙も、直ぐに返事が来るだろう。」


「うん、ありがとうゼロさん。」


ある程度孤児院に回復の目途が立ち、借りた家にシンジョウが来たのは一週間後だった。「まさかの借家!」と第一声で驚いていたが、自分の好きなように水回りを整理しては満足そうにしていたから、悪くはないんだろう。


「ということで、お疲れさまでした~ッ!」


「ああ、お疲れ。」


ガチン、とジョッキがぶつかり合う。


「今回はお肉多めで主食少なめです!だってお酒の当てだからね!今日のバランスは明日とるので、節操なしに作ってみた!」


「それで一日家にいたのか…、どれも旨そうだな。」


「めっちゃ楽しかったよ!あ、これとかはね、キララさんに教えて貰った奴で強いお酒に合うんだって。」


「ほぉ。」


テーブルに所狭しと並べられている料理は、大半が見たこともない。が、いままで何度かシンジョウの手料理を食べてきて、不味かったことはないからな。湯気と共に空腹を刺激する匂いも背中を押してくるし、勧められたつまみから食べるか。


「…ああ、ホーンラビットか?面白いな。」


「そうそう、兎のお肉。香草とお酒で漬けてるんだけど、その香草が珍しくて…、」


ピリピリと舌を刺激する辛みと濃い目の味付けに、なるほど用意された酒が合う。買い出しの酒の種類を指定していたのはこれの為か。他にも料理と酒の組み合わせを聞きつつ、楽しそうに話すシンジョウの声に耳を傾けた。



「うーん…沢山作って食べて、お風呂でさっぱりして、余は満足じゃ…、」


シンプルなワンピースに身を包み、それを忘れているのかソファに倒れ込んで下着が見えそうになっているシンジョウから目を逸らす。見てない。何も見ていないぞ俺は。


「ほとんど一口ずつしか食べていないんじゃないか?」


「味見もしてたし、結構食べてたよ?むしろ残ると思ってたのに全部食べて貰って、ゼロさんの胃がブラックホールなのか気になる。」


「…そうか?」


どれも旨かったし、かなり満足した。が、別段食べ過ぎたとまではいっていないぞ。そう伝えれば、おぉ…、となんとも形容しがたい声が帰って来た。


「男の人が良く食べるのか、ゼロさんが良く食べるのかどっち…」


「俺が大食いだと言われた覚えはないな…。」


「ほぁあ…でもそうか、その筋肉維持してるんだからエネルギーが必要だよね。うんうん。」


真面目な顔で頷いているが、転がったままな所為でだいぶ滑稽だな。


「あ、そういえばキララさんからお礼貰ってたんだった。」


「礼?」


「うん。ありがとうって。一緒に飲も!」


跳び起きて寄って来たシンジョウの手にはマジックポーチからでてきた…恐らくワインだろう。


「お、このお酒嫌い?苦手なら私が飲むよ~?」


「いや、それは飲んだことがないが…、お前が大丈夫なのか?」


初めて会った時の泥酔具合を思い出しているのが伝わったのか、気まずそうに視線を逸らされた。


「その節は大変お世話になりました…。でもね、アレは普段飲まないお酒と徹夜が祟った結果の悪酔いだから!…だめ?」


しどろもどろで取り繕い、醜態を晒したと思っているのかほんのり耳が赤くなって眼が泳いでいる。そのまま眉根を下げて見上げてきて…これで無自覚なのだから恐ろしい。


「んん゛、…ほどほどにするんだぞ?」


「やったぁ!」


小躍りしそうな勢いで酒の準備をしているシンジョウに、シンジョウに甘くなる自分に呆れてため息が出た。


「そんなにうまい酒なのか?」


「わかんない!でも紅茶で割ると美味しいんだって!楽しみにしてたんだぁ。」


言いつけ通り本当に軽く済ませるつもりなのだろう、ダイニングではなくソファ前のローテーブルへ紅茶や菓子を並べて…その中の一つに眼が止まる。


「…これは、」


「あ、それは…、えっと。美味しかったから貰って来た奴で…。」


小さな一口大のチョコレートは、紫の教皇との顔合わせの際に出されたもので。あの教皇は、思い出すだけで神経を逆なでられている気分になる。


「デュオさんは不思議さんだったけどチョコに罪はない…し…、あの、怒った?」


「なぜ?俺の顔色など窺わなくていい。」


「でも、」


「俺が駄目だ、といったら全て言う通りにするつもりか?」


言ってから、気が付いた。何をやっているんだ俺は…ッ、俯くシンジョウの顔が見えない。先ほどまでの楽し気な雰囲気を壊してしまった、シンジョウに八つ当たりをしていた。最悪だ。


「すまない、きつく言い過ぎてしまった。本当に気する必要は」


キュパンッ!


「は、」


突然の音に驚き、見ればシンジョウが手に持っていたワインのコルクが無い。そして蓋の空いたワイン瓶を、シンジョウはそのまま口を付けてごくごくと飲みだした。


「し、シンジョウ?!」


逆さにしたワインが口の横から零れ、赤い液体が顎からぽたぽたと零れ落ちていく。それが白い首筋をつたって嚥下するたびに動く喉が煽情的で、呆然と眺めワインを取り上げられなかった。


「ぷッはぁ~おいしい!あははははは!!」


「ま、大丈夫か?そんなに一度に飲む奴があるか!」


大笑いしだしたシンジョウの顔は赤く、普段より声が大きくなっていて…分かりやすく酔っているな、これは。


「うるさい!ゼロさんのばーか!おこりんぼ!」


「なん、…はぁ、わかった。悪かった。とりあえずその酒をこっちに」


「やだ。さわらないで。」


子供のように詰られ、伸ばした手を露骨に避けられた。…傷付くんだが。しかし呂律が回っていない酔っぱらいだ、と自分に言い聞かせる。


「ただのチョコじゃん。あーおいしー、ぜんぶわたしがたべるもん。いじわるでおこりんぼなゼロさんにはあげない。」


「…謝る、八つ当たりしてすまなかった。」


「しりませ~ん。ひとりでおこっててください。わたしにはかんけいないので。」


関係ない。そう言ってそっぽを向くシンジョウの言葉が、他人事なそれがムカムカとみぞおち辺りに不快感を募らせる。いや、落ち着け。相手は酔っ払いだ。抱えているワインは本来薄めて飲むものなのだろう、アルコールの匂いが強い。飲みなれていないシンジョウが水のように飲むのは危険すぎる。


「シンジョウ、」


「やだ、あげない。」


「ダメだ。身体に悪い。」


「やだもん、ゼロさんのじぶんかって!」


「わかったから大人しくしろ。いい子だから。」


「ッまたこどもあつかいして!ゼロさんだってたいしてかわらないじゃん!」


感情的になっているシンジョウに叫ばれて、いままでの不快感とイラつきに、止めを刺された気分だった。


「お前を子供だと思ったことはない」


「うそつッんぅ、」


シンジョウの唇に噛みつき口付けた。そのままソファに押し付けるように体重をかけて、動かないシンジョウからワイン瓶を奪って離れる。これ以上口付ければ離れられなくなるのを、知っているからな…


「………、」


「これは貰っておく」


なにを考えているのか呆然として微動だにしないシンジョウに、次第に俺も冷静になって…冷や汗が出てきた。…腹が立ったとはいえ、口付けるのは不味かったよな?そもそも口付けるのが不味いだろう?!なにをしてるんだ俺は?!


泳ぐ視線が空いた酒瓶の山で止まる。…食事の時にシンジョウは一滴も飲んでいない。あれは全部俺が開けたのだろう、料理と一緒にかなり飲んでいた。…酔っ払いは俺の方じゃないか!


「…やっぱり、」


「ッ!」


「やっぱりあのとき、ちゅうしたな!」


「…ッあ、いや、その、すまん!」


眼前に指を突き付け睨み付けられ、あの時、を思い返し言葉につまる。お、起きていたのか?!ならなぜ黙って、いや違う問題はそこではない怒っている…のか?怒っているよなまずい欲求のままに何度もこんなことを謝罪、謝らなければ、


「どがすぎるいたずらは、おとながすることじゃないんだぞ!」


「イタズラ?」


…シンジョウはあれを悪戯だと思っているのか?そんなわけがないだろう!なぜそんな勘違いに、いや俺が言葉にしていないのだから仕方がない…のか?指摘され自分の行動を直視させられ顔が熱くうまく言葉がでない。


「いたずらじゃなかったら、からかってたのか!よくないとおもう!」


「んん゛、待て、許可無く触れたのは悪かった、だがその、」


ここまで来ているのだから大人しく好きだと言えばいい話なのに、この期に及んで酔った勢いはどうなんだ、シンジョウも酔っ払いじゃないかと何度も言い分けが浮かんでは消えて。身を乗り出して掴みかかってくるシンジョウに、いま告げることが最善だとも思えなかった。先ずは謝って落ち着いて貰わなければ、


「ゼロさんもおなじめにあえばいいんだ!」


「悪かった、あの時は…は?いまなん、」


甘い果実の味がした。伏せられた長い睫、柔く小さい唇の感触。噎せ返るアルコールの匂い。


「ん、…ちゅ、」


時が止まった静けさに、鼻にかかる嬌声が耳に響く。一瞬にも満たないそれが全てゆっくりと過ぎ去って、


「…は、…んふふ、しかえし」


やってやったぜと得意気に胸を張り笑うシンジョウに、吐息も重なる距離にある好戦的な瞳にうつされて、


「んぅッ?!」


我慢が出来るはずがなかった。離れた隙間を埋めるように引き寄せて口付けたまま、ソファへ沈んでいく身体を追いかける。


「ッ…ぷぁ、ゼロさ、くるし」


「シンジョウ、ハァ、」


「ふ、んン…」


胸を叩かれ抗議されても、自分では最早止められない。浅く重ねた唇が開き、それが呼吸の為だとわかっているのに受け入れられた気がして、


「ちゅ…、んぅッ、ハ、ァ…」


口内に入れた舌がワインとシンジョウの甘さを堪能していた。柔い、甘い、愛らしい嬌声に脳を直接揺さぶられる。チョコレートの味に焚きつけられて、絡めた舌ですべてを取り去って。薄く涙の膜を張る黒曜石が、俺だけを映して満たされる。もっと、もっとこうしてシンジョウの全てに触れて、俺だけのものにしたい。長く口付けて満たされたものが溢れて満足できなくなる。


「…ハァッ、シンジョウ、好きだ…」


懺悔に似た音で吐き出した言葉は、欲にまみれて汚く見えた。すがり付くように抱き締めた身体は俺よりよほど小さく、されるがまま動かない。…動かない?


「…シンジョウ?」


嫌な予感に抱き締めていた身体を離す。そこには酒が回ったのか、健やかに眠るシンジョウがいた。


「っこの流れで、寝るのか?!」


いつから寝ていたんだコイツは!思わず叫んだ声も小さく情けない声量だったのは、俺自身の後ろめたさの表れだった。


「…はぁ、」


いや、よく考えろ。酔った勢いで最後までしてしまえば絶対に後悔する。そうだ、酒の力などで身体の関係を持ちたくはない。熱い顔を押さえ、乱れた服を正した。…シンジョウを寝室に連れていかなければと立ち上がろうとして、主張している自身に気付く。ソファへ逆戻りした正直すぎる情けなさに死にたくなる。


「…これをどうすれば子供に見えるんだ、」


落ち着けようと思いながらも、シンジョウから眼をそらせない。小さいのは背丈のみで、小柄な身体は十分成熟してどこも柔らかく男を煽ってくる。子供あつかいだと憤っていたが、そんな純粋な気持ちでお前に触れられるほど俺は出来た人間じゃないんだぞ。自己嫌悪で落ち着いた勢いのまま、シンジョウを寝室に戻した。





「気分爽快!いい天気!あ、ゼロさんおはよ~!」


「…ああ、おはよう。」


物音に目が覚め階下に降りれば、シンジョウが機嫌良く朝食を準備していた。…昨晩のやり取りがまるでなかったかのように、いつも通りに。


「これは教会で食べたパンか?」


「そうだよ!みんなで焼いたのを貰ってきたんだぁ。ほら、これウサギだって。可愛いでしょ?」


「そうだな、」


白パンを手にこれはウサギ、これはクマと説明しては皿に並べているのを横目に、スープやサラダの盛られた皿を受け取ってテーブルへ置いた。


「昨日は濃いめのおつまみメインだったから、今日はお野菜とお魚中心です。バランス大事!」


無かったことにされたのかと不安が過る胸中を読んだかのように、昨晩の話を持ち出されて肩がはねる。直接聞くか…?対応を決めあぐねている間に、エプロンを外したシンジョウが席についていた。


「そういえば、ごめんね?」


「な、なんだ?」


「部屋に運んでくれたでしょ?」


「ああ、問題ない。」


運ばれた記憶はある、のか?シンジョウは申し訳なさそうに眉根を下げているが煮え切らない。


「なんか途中から記憶があやふやで…」


「…どこまで覚えてるんだ?」


「んんと、キララさんから貰ったワインを飲んだ…とは、思うんだけど…?」


「そこからか…ッ、」


飲んで直ぐに記憶を飛ばしている。飲み馴れていないのにあれだけ強い酒を飲めば当たり前か。二日酔いになっていない優秀な肝臓を誉めるべきかもしれない。脱力して顔を押さえてしまった俺に、シンジョウが慌てている。


「え、その反応ってやっぱり私何かしちゃったんですか…」


「いや…、」


何かしたのは俺の方だ。とは言えるわけがない。しかし忘れられているのも複雑な気分だな…。


「あの、ごめんなさい…今度からもう少し気を付けるので!」


「そうだな、シンジョウは酒を控えた方がいいだろう。」


「うう、外では飲まないようにします。どうしても飲むときはゼロさんと飲む…」


「……そ、そうだな。」


いやそれは、俺の理性がどうだろうか…。だからといって正直自分の立ち位置が恵まれている自覚はある。他の誰かやまして飲み屋などで飲ませるわけには行かないしな。と、それらしく取り繕い自分に言い聞かせた。


「そういえば、ウォンカ様から手紙の返事が来ていた。」


子供達での一件をウォンカ様に話したい。と、シンジョウから相談され冒険者ギルドにある転送陣を借りた。対価は金より滞っている高ランク依頼の消化を希望され、シンジョウが教会に出入りしている間に終わらせたが…


「…黄の教皇の?」


「ああ。」


手紙の返事に書かれていたのはソフィラ…、ライハが黄の教皇の管轄だいうこと。国境付近の小さな町は定期巡回や整備などが滞り易く、それを逆手に取ってソフィラに来るはずの金を全て黄の教皇が懐に入れているらしい。


「その所為で、あんな小さな子が辛い目に合ったの?」


「ソフィラだけでなく、小さな町や村を標的にしているようだな。」


ウォンカ様からの手紙には現時点での報告と、それについての対応が書かれている。そこには黄の教皇を今すぐ処分することは出来ないことに対しての謝罪も書かれていた。


「わかってるよ。代わりに治める人を立てたり、誰がどこまでを知っていて加担しているのかを調べなきゃいけないもんね。言い逃れできない証拠じゃなきゃ、軽い罰で済んでしまう…。それは、許せないから。」


ぐしゃりと音を立てて握り潰された手紙。苛立ち嫌悪感が湧き上がっている瞳が、遠くの何かを見据えている。


「黄の教皇は唯一私に面会を申し出て来なかった。代わりに暗殺者?が来たけれど、それはその人の単独行為だって言い張って、あの派手な外套の男を黄の教皇がその場で殺してしまったって。」


「体のいい尻尾斬りだな。」


「このままウォンカ翁に調べて貰うとして。管轄外だけれど人員はウォンカ翁から来るから安心かな…。私の命令で配属したってことにしたら、派閥争いも少しはまし…?」


「マシにはならないだろうが…、そこはお前が抱える必要はない。お前と面会した教皇様達は協力的だった。それに、聖女に使えることを希望している者達で、新しく『黒の神官』を作ると書かれていたぞ。」


「えぇえ…、なにその中二病…」


剣呑な態度から一転して、露骨に嫌そうな顔をするシンジョウに笑う。


「所属先の決まっていない新しい神官達は白の神官と呼ばれている。一年間の見習い後、各教皇様へ希望を出しそちらへ配属されるからな…、黒は髪色からだろう。」


「色の話じゃなくてね!確かに教皇さま達の髪色と戦隊カラーリンクしてたけどさ…ッ!」


私も対象になるなんて思わないじゃん!と頭を抱えてるシンジョウは先ほどまでの暗い雰囲気を忘れたかのように騒いでいる。シンジョウ自身、今すぐに現状を変えることが難しい事をわかって切り替えようとしているのだろう。思わず撫でた黒髪はひやりとして、相変わらず手触りが良い。


「お前のお陰で助かった命がある。子供達も飢えから解放された。これからは温かい食事と布団のある生活になるだろう。理想を叶えるために藻掻くのは良いが、立ち止まって自分がしたことをしっかり受け止めるのも大切だ。いつか躓いた時に立ち上がれるようにな。」


「…はい、」


大人しく撫でられているシンジョウに、少し説教臭かっただろうかと心配になって来た。されるがまま俯いていて、表情がわからない。


「んへへ、…隙あり!」


「…ッ、」


だんだんと不安に駆られ手を止めるのと、シンジョウに抱き着かれるのが同時だった。…ッだからこいつは、なぜこうも距離感が可笑しいんだ!


「はぁ~、ゼロさんの保護者力が限界値を突破していますな!」


「…誰が保護者だ。」


またそれか。俺はお前の保護者になったつもりはないと何度言えばわかるんだ?そう言いつつも、抱き着いて来るシンジョウを引きはがすのは勿体ない気がして…今度は俺がシンジョウのされるがままになっていた。


「だってゼロさんに言われると納得できると言いますか、そっかぁってなるんだもん。信頼度?」


「そこで疑問符をつけるな。」


抱き付いたまま真面目な顔で見上げてきているが、離れる気はないのかお前は。押し倒してやろうか、という考え本能が湧いては信頼しているというシンジョウの言葉理性に押しやられ、グルグルと頭を周る。


「それにせっかく冒険者の心得を習ったしね!これから準備して、ダンジョンに行くんでしょ?ゼロさん分補給!」


「なんだそれは。」


「うん…?私のSAN値が安定するアーティファクト?」


「意味が分からん。」


異世界の言葉と感性で出される例えはほぼわからん。…が、やられたらやり返せと昨日お前に教わったからな。理性と本能の決着は、いまだ人に抱き付いたまま「筋肉ぬくい!」と阿保な事を言っているシンジョウを、そのまま抱き締めることで解決した。


「ふぁ?!」


「なんだ、どうした?」


ビクゥッ!と小気味いいほど身体を跳ねさせたシンジョウの手が離れたが、かまわずに背中に手を回して抱きしめる。逃がすわけがないだろう。


「ぁわゎわッ、え、なん?!」


「なにを慌てているんだ?」


「ひょあッ?!」


片手で足りそうな背中と腰に手を添えて、俺の肩程しかない身長に合わせて身を屈める。目を白黒させているシンジョウが面白く、もっと違う姿も見たいと欲が出てくる。


「俺もお前に触れると落ち着く。…やわらかいな。」


「ふぇッ」


そういえば耳が弱いんだったな。わざとらしく声を潜めて耳元で囁いてみれば、ボッと湯気が出そうなほど赤面しているシンジョウと目が合った。反撃されると思ってもみなかったのか、困惑しているのか…眉は八の字に下がり瞳に涙を浮かべていて可愛らしい。つい上がってしまった口角を見咎められて、キッと強い瞳で睨みつけられた。


「ふ、肥ってないもん!」


「ん?」


「標準体重だから大丈夫なんですッ!」


わっと叫ぶシンジョウの言っている言葉が一瞬理解できずに思考が止まる。…ああ、柔らかいといったから肥っていると言われたと勘違いしているのか。相変わらずとんでもない飛躍をするな。しかし、涙目で睨んでくるシンジョウに自分の中のなにかがゾクゾクと刺激されているのがわかる。それが何かはよくわからないが、シンジョウが反抗的で可愛すぎる。


「もっと肥ってもいいと思うが。」


「だ、ダメに決まってるでしょ!」


「そうなのか?俺はお前が軽くて心配になる。」


「えええ、それは…、ゼロさんが力持ちだから言えるんだよ…、」


困惑しつつも照れているのか、眼がウロウロと所なさげに彷徨っていて可愛らしい。


「と、ともかく私の身長でいまの体重が標準なんです。だから、」


「わかったわかった。」


「…あの、ご理解いただけたなら放していただきたい!」


「断る。」


「なんでぇッ!」


気持ちの良い叫びに笑いながら、結局シンジョウが謝りだすまで抱き締めた。反省したのか、買い出し中に距離をとられていたのはまぁ仕方がない。…少しは意識したか?

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