第12話 楽しいお買い物と黄の神官

ゼロさんの説得ロールプレイRPに成功したので、アリアさん達とお出かけなう!神殿の外に出たら豪華な馬車が待っていた。街中までそんなに離れていないのに、驚いたよね。当然のように馬車に乗せようとしてくるから、後退っちゃった。こんなので街中に行ったら悪目立ちだよ。歩いて行きませんこと?


きょとん顔をされたけれど、よく考えなくてもアリアさん達ってお育ちが良い人の身のこなしなんだよね。貴族出身の神官もいるってミトラ様が言ってたもん。…おしゃべりしながら歩けばあっという間についちゃうけど、貴族(多分)の人を歩かせるのっていいのかな…、いいかぁ。立派な脚は飾りじゃないのですん。


そういえば護衛についてくれたお姉さん二人は、ファタさんとファルマさんという褐色美人さんでした。今は騎士をしているけれど、元修道女なんだそうです。甲冑は目立つから私服に剣を刷いてもらっているのだが、すこぶるカッコいい。


自分で言うのもむず痒いけれど、要人の護衛を任されるほど強いって信頼と実績があるってことだよね。女騎士とかカッコ良すぎて悶える。…それにしてもこの空間、顔面偏差値高くないかい?私だけ画素数低いバグに罹ってるんだが。プログラマー許さぬ。


「シンジョウ様はどんなお色がお好みですか?」


「青系かなぁ。綺麗な色は何でも好きだけれど。」


「甘いものはお好きですか?この通りに人気のお菓子屋さんがあるんです。」


「わぁ、いいねぇ。帰りに買っていこう。」


『聖女様』と街中で呼ばれるのは拙いので、名前呼びに変更してもらったのじゃ。おすすめのお店に向かいつつ、情報収集されています。多分後でウォンカさんにわたるんだろうなぁ。私の趣味趣向の情報で懐柔されるんだろうか。いいぜ、来いよ!美人さんと美味しいものに迫られるなんて幸せの極みじゃ。それより、


「ついてきてるよね。」


「ですわね。」


「追い払いましょうか。」


神官服の上から外套を着ているおっさんに後をつけられていますなう。ファタさんが察知、ファルマさんが目視、人相と背格好からアリアさん達が黄の教皇の後ろにいつも侍っていたおっさんじゃないかって予想が立てられております。


最初に後をつけられていますって言われてビビり散らかしたんだけれど、そしたらみんなの何かのスイッチを押したらしく限界過保護体制というか…。なんというか…。


「お恥ずかしながら、神殿には派閥がございまして…。我々青の教皇ウォンカ様を筆頭とする穏健派と、赤の教皇ミトラ様率いる武闘派。それと黄の教皇ゴルドラ様を始めとした貴族派があります。」


「神官も有限。優先順位を人命の救出か、根本的な解決…魔物の討伐か、国力回復かで割れているのです。…。」


小声で話しながら歩き続けているけれど…おおん。チラ見した先、店二軒程の距離を保ってついてきているのが確認できた。…ガッデム。


ちなみになんで私にもわかったかというと、派手好きなのか外套の刺繍がすごいギラギラしてるんじゃよ。シルクでできた真っ白外套に金色のでっかい刺繍で縁取りするとか、隠れる気あるのかい?ってなもので。今日みたいな晴れの日には、日光を反射してピカピカ輝いてるから視線が吸い込まれちゃうぜ。光魔法かよ。


「ほっとこう。何が目当てか知らないけれど、まだ害がないのに手を出して言い掛かり付けられるのも嫌だし。」


「わかりました。注意を払うのみにいたします。」


「ありがとう、よろしくね。」


人を使う感覚はなかなか慣れないけれど、自分に出来ないことを補ってもらっている。というスタンスでメンタル保ってますなう。だからお願いで言うし、お礼もするぞ!みんな最初は困惑していたけれど、諦めたのか慣れてくれた。うむ。よきよき。


「シンジョウ様、こちらです!」


「お、おおお?」


なん、なんだこれ。デイジーさんが案内してくれたのは、本日の予定地。でもこれ、どう見ても…。


「スチームパンクだ…。」


外観は普通のお店。しかし、店舗前に立つマネキンに着せられている服は例えば貴族のようなドレス。ただ、装飾がガチガチのレザーコルセットや編み上げのブーツ、はたまた大きなバックルや飛行帽。膝丈のフリルスカートに、全体的に彩色低めで装飾用金具多め。どういう事だってばよ。


「でも好き…っ!」


好みでいうとアリ寄りのアリです。シャーロキアンとまではいかなくても、英国大好きなので。いやぁ、ドレスを着た時も思ったんだけれど、元の世界で着たらコスプレでもこっちの世界では普段着とかザラというか普通。通常運転。元の世界ではこういった服は気になってもなかなか手が出せないというか、勇気がいるじゃん?今どきはそうでもないけれど、当時は敷居が高かったんだよねぇ。つまりある意味憧れの服というか、思い出の服なわけで。私のわっふる顔がわかりやすかったのか、アリアさん達に促されていざご入店。


「うわぁ、すごい…。」


外に置いてあった服も可愛かったけれど、中はもはや別空間だった。こんなにつける必要があるのか?というほどベルトがつけられたコルセットや、スタッズや宝飾が打ち込められているベスト。どうやって着るかわからないような装飾品がてんこ盛りだった。


「あら、思っていたよりも質がいいですわ。」


アリアさんが近くのマネキンの生地を撫でて、品質を確認しているあたり抜かりない。私はただ圧倒されてわぁわぁ感嘆の声を上げるだけのbotと化しているんだぜ。おのぼりさんなう。


それにしてもシャツの種類すごいな。フロントボタンの両サイドにフリルがついていたり、シャツ自体に襞が寄っていたり。同じシャツかと思ったらよく見ると肩口のデザインが違う。というような、些細だけれどこだわる人には重要なポイントに差がある。


「いらっしゃ~い、何をお探しかな?」


店内を見回して、そういえば従業員がいないな?と首をかしげていたら奥からビキニのような格好のお姉さんが出てきた。露出度ぉ…。え、動揺してるの私だけなのか。みんな平然としてるの怖いんだが?腕や足回りは装飾過多なのに、胴体の防御力ほぼ紙。


「シンジョウ様、気になる品がおありでしたら遠慮なくお申し付けくださいね。」


今はビキニのお姉さんか気になるかな。言わんけど。


「うんうん、お嬢ちゃんは貴族様かな?」


にんまり笑うお姉さんの眼に私がどう映っているかはわからないが否定するのも…うむむ、じゃあなんで従者五人も連れてるんだね?ってなるよね。冷やかしではないから許してほしい。


「…動き易くて、私のサイズに合う服が欲しいのですが。見立てていただけますか?」


お姉さんの格好に驚いたけれど、違和感なく着こなしていてめちゃめちゃ似合っている。この人は、『自分に似合う』物が何かわかる人だ。たぶん、店長さんなんじゃないかな。


私のお願いにも快くお返事をいただいて、店長さんが選んでくれた服を試着しつつアリアさん達が選んだ服と合わせて5着まで絞った。


「楽しい…。」


「それはよかった。お嬢ちゃんは顔が中性的だから何でも似合うねぇ。」


そんなことは初めていわれもうした。思わず店長さんを見ると、コルセットを締めながら眼が笑っている。


「女にしては声が低くて短めの髪だし、服を見なければ一瞬声代わり前の少年に見える。まぁこうして整えているとちゃんと女の子だし、身体はしっかり大人だからお嬢ちゃんって歳でもないよね。」


勘違いしてごめんね。なんて、態々謝ってくるあたり律儀な人だ。骨格とかで私が大人か分かったのかなぁ。最近はよく間違われるから気にしていないけれど。


「髪はこのまま伸ばすとして、服装に女性らしさを入れましょう!」


「そうですわ。冒険者組合で装備として服を探すと、無骨な見た目か露出度が極端に高いものばかりですもの。」


「確かに魔物やモンスターの素材で作られている分、物はいいのでしょうけれど…、ねぇ?」


美人神官三人組がわいわい盛り上がっている。それに護衛のファタさん達も相槌を打っているあたり、女性冒険者は苦労しているようだ。


「うちも魔物やモンスターの素材を使っているから、物はいいよ。その分お値段がちょっと張るけれどね。」


それについてはありがたいことに問題ない。聖女用のお布施をもらったから金ならあるんや!一般的な服の金額はわからないから、私一人で来てぼったくられても気が付かないだろうな…。みんなと来てよかった。


「それに、シンジョウ様がいくら気にならないと仰っていても、折角こんなにお可愛らしいのですから!」


「この魅力をぜひ前面に押し出してくださいませ。騎士様を骨抜きにしましょう!」


「はぁあ、そのお召し物もよくお似合いですっ!少年のようで少女のようで…、脆く妖しい雰囲気がなんとも…っ。」


「あ、ありがとう…?」


興奮気味に一斉に喋られてほぼ聞き取れなかったけれど、褒められた?たぶん。うん、それにしてもとても動きやすい。サイズがぴったりなのもあるけれど、補正パーツが多くて動きが邪魔されないんじゃ。どうなってるかは全くわからない。


結局、あれやこれやとアリアさん達三人組と店長さんで話し合いになって。わたし?白熱する皆についていけなくて、全面的にお任せした。…原稿修羅場の時の友達みたいで怖かったんじゃよ。


代わりにファタさんとファルマさんに他国の話を聞いていた。ほほう、獣人とな。スパイスたっぷりの料理とな。海鮮料理がおいしいとな?…お腹すいてきた。頭の中が完全に地中海だよ。パエージャとかアクアパッツァたべたい…。材料売ってないかなぁ。


なんて考えていたら、話し合いが終わったようだ。今着ている服と他に着まわせる組み合わせで6着購入することで落ち着いたのかい?うんうんOKだよ。ありがとうね。


「また来てねぇ~。」


ゆるゆるな店長さんに見送られて、お店を後にする。ううん、よき買い物ができたのでは。試着をそのまま買い取って着ているので、スクエアネックでバルーン袖のシフォンブラウスに上からコルセットベストで性別を主張するスタイル。下は脚にピッタリフィットするスキニーパンツ的なモノ。よくわからぬ。あとブーツ。


スカートの時より機動力があがっているぜ!運動神経は上がっていないけどね。…どこかにバフ付きの装備、売ってないかなぁ。


「選んでくれてありがとう。」


「いえ、とても楽しかったですわ。」


「ええ、それにまだ次がありますわよ!」


なにか三人のやる気に火が点いているようだ。うん、触れないでおこう。次のお店で下着を調達する予定のため、自然とその会話になりつつもお腹が空いたねぇ。アンネさんおススメの食堂でご飯になったのだけどこの国は主食がパンかジャガイモのようで、建物もドイツっぽいんだよなぁ。ハーブ入りのヴルストおいしい。


そう考えると、今朝着ていた服もディアンドルみたいだったし。…考えないようにしていたけれど、この世界、ゲームか何かなんだろうか。服や時代がごちゃ混ぜで、どこかで見た様な雰囲気があって…。まるで創作物なんだよね。


それにもう一人の…アイリちゃんだっけ?が、アルたんに色々お願いしている時言っていたっていう単語がさ。逆ハーレムとか愛されとか。まぁ、こういう展開になった時の王道として願ったのかもしれないけども。


日本人、ラノベの流行りで神様を無能扱いしすぎ問題勃発してるからなぁ。実際に神様はフランクだったけれど、腹のうちなど解からないし怖いからアルたんに聞きたくない。


…例えば空を飛べる乗り物か動物に乗ってさ?聖物が出ないギリギリの出力で浄化全力高速移動したらすぐにこの仕事終わるよね。


そうしたらさ、元の世界に…帰る、んだろうか。


「…まぁ、無理だな。」


喚べないのに帰せるわけがない。アルたんの領分では。でも、魔道士は呼べる。ワンチャン、私を帰せるんじゃないか?…いや、どこから引っ張ってくるか指定して喚んでいるわけじゃないのか。アルたんが後天的に力を植え付けてるんだから、あれは聖女を呼ぶ儀式じゃなくて異世界人を、呼ぶ儀式だから。


どこの誰かもわからないまま喚び出すだけの誘拐儀式。そこにアルたんが気まぐれに干渉して聖女にしてるのかな。だから聖女召喚の儀式って名称が残ってて…ウォンカさんが最初、私が聖女だとわかっても塩対応だったのは、すぐ死ぬかもしれなかったからか。聖女に問題があると、監視役のマリリンが殺しに来るもんね。なるほどなぁ。何で聖女が後天的能力だって知ってるんだあの狸。


塩対応→アルたんの説明→名乗りだったよね。敵か?うーん、ゼロさん達の育ての親の様な立ち位置みたいだし、害はなさそうだから今は放置だな。私が知らないだけで、文献とかがあるのかもしれぬ。…私に利用価値があるのだから、殺されたりはしないはずだ。


「シンジョウ様、どうかなさいましたか?」


「なんでもないよ。それ、かわいいね。」


女性冒険者用のお店に隣接している下着屋さんで、試着なう。当たり前のようにひん剝かれるから、慣れてきたでござる。さよなら恥じらい…。


急ぎの時は古着屋さんだったから仕方ないけれど、ここの下着かわいいな。全部手縫いだからいいお値段だけれど、あっちでも売れるわこれは。遜色ないもの。


「こちらはどうでしょう?先ほど買ったものにちょうどよさそうです。」


「こちらも、紺色の刺繡が繊細で素敵ですよ。」


来る前に青色系が好きと言ったから、色んなタイプの青色を持ってきてくれる。うーん全部かわいい。悩む。花の刺繍が多いなぁ。


もしくは青地に白のレースか白地に青のレース。あとは総レース。下着は全部四点セット売りだった。上下とガーターベルトとストッキングの四点。豪華ぁ…。


「これ、旅中で手洗いだよね…?傷まないかなぁ。」


「それは隣の店で専用の洗剤等が売っておりますよ。」


「もう少し値が張りますが、形状維持や汚れ難くなる付与付きの下着もあります。」


なるほど、天才か。女性の悩みは万国どころか異世界でも共通なんだね。安心する。ということで、持って来てくれた中で付与付きだけ買うことにした。もちろん隣で専用洗剤とかも買うよ。完璧ではないかね。


「全然完璧じゃなかった。」


入用なものを買ったのは良かったんだよ。女性冒険者ようのお店で、ああ!これほしかったんです!なんてものも買っていたら、荷物が増えてしまった。手持ちのマジックリングは浴槽一杯分の容量ですが、既にキャパを超えたようです…。


「シンジョウ様、こちらにマジックリングやバックの取り扱いがあるそうです。ご覧になりませんか?」


「なります!」


アリアさん有能!即答して駈け寄ったら別室に案内された。高級品だから万全を期すのと、買う方も自然と裕福もしくは冒険者として成功している人に限られるからだそう。あれだ、ガルシアさんのところで予習した奴。VIP対応。ゼロさんが冒険者として成功していたから、高級店とお付き合いがあったんだね。なるほろ。


「これがマジックバック?」


丁重に運ばれてきたのは、高級そうな布に包まれたポーチ。ベルトにつけるタイプだそう。正直、布の方がお高く見える位ポーチがシンプルだ。


「マジックリングやポーチには、空間魔法が使われております。扱える魔道士が限られていますので、値段が上がるのです。装飾にこだわったものは魔法をかけ辛いそうで、シンプルなものが一般的ですね。」


「へぇ~。」


こんなに小さいのにポーチはリングの倍は入るそうで、手持ちの荷物全部移し替えれそう。対象物を入り口に近づけると収納されて、取り出すときは何が入っているか本人にしかわからない。リングと両方とも、買った時点で持ち主を登録するから死ぬまで本人しか使えないとか。そういえばリングの時に指先を針で突かれたな。どうなってるんだ魔法。いや、携帯電話とかに置き換えると納得はできるけども。収納については原理が謎だから、便利だな~。で済ますのが得策とみた。とりあえず、


「買います。」


「あ、ありがとうございます!!」


ウォンカさんにお布施もらっておいてよかった。お金は怖いから今回はアリアさんに預けてるよ。というか、偉い人が自分でお財布開いてお会計はしないんだって言われたのだ。重いの持たせてごめんね…。さっき買えるかなぁ?高いんだよね?って相談したら、5個は買えるって言われて怖くなったからそっから聞いてない。


ともかくこれで道中らくちんだぜ!やった!


「あ、少量の荷物は持たれた方がいいですよ。魔道具は高く売れますから、荷物がない人間はマジックリングなどを持っている可能性が高いので、ゴロツキや盗賊などに狙われます。」


「世紀末じゃん…。」


なにそれこわい。襲って殺すか指切り落として指輪持ち逃げってなに。恐ろしすぎない?


ドキドキしながらポーチを身につける。うん、やっぱり初心者装備に見えるから大丈夫だよね?…それにしても段々アクセサリーが増えてきたなぁ。ピアスが二個とリング。これ以上増えるなら、リングはチェーンに通そうかな。


「よし、買い出しはこれで全部だね。つき合ってくれてありがとう!」


「シンジョウ様のお眼鏡にかなう品が見つかって、良かったですわ。」


「皆が見立ててくれたからとても満足な仕上がりです。」


「ふふふ、私達もとても楽しませていただきましたわ。」


時刻は夕方。人混みの邪魔にならないように、大通りから少し離れた道。そこで、楽しいからと話し込んだのがいけなかった。


「おやおやおや、随分と女性らしくなりましたね。まるで男を誘う華のようだ。」


薄暗い路地奥から現れたのは、派手な外套を目深にかぶる男と、ガラの悪い浮浪者のような男達。


「テンプレ展開でフラグ回収しないと、爆発四散するのかい。」


「意味のわからないことを…。ああ、貴女は気が触れているのでしたか。自らを聖女様と吹聴し、ウォンカ・ペルトス教皇を籠絡なさって。」


ウォンカさんのフルネーム、はじめて聞いた気がするでござる。後ろの破落戸はニヤニヤ笑いをしてるけど、ちゃんと待てが出来るんだね。ヒャッハータイプかと思った。


「無礼者。一神官如きが聖女様、教皇様を侮辱するなど、到底許される事ではありませんよ。」


「許されないのはその女の方でしょう。聖女召喚の義に居合わせただけの女を、あろうことか聖女として祭り上げるなど。本物の聖女様はベイルート国王が寵愛を注ぎ、王宮にて保護されているではありませんか。ウォンカ・ペルトス以上の鑑定能力者はいない。これは大陸中が知る事実です。だからこそ、真実を知るのはウォンカ・ペルトスと、共犯のその女のみ。」


良く喋るなぁ。身振り手振りが芝居がかっていて、見てる分には愉快だけど。そのうち、怠惰ですねぇ!って言いそうなくらい、ギュインギュインしてる。確かに、アルたんを呼んだときは私とウォンカ翁とゼロさんだけだったし、聖女を審議判定できるウォンカ翁が詐称すると、簡単に詐欺を働けるんだよなぁ。


「ふふふ、言い返さないのですね。何も言わない、いえ、言えないのは図星だからでは?」


ご機嫌で私を指す神官。もうね、目がヤバいんだよな。狂信者ってこんな感じなのかな。目も口も弧を描いて、ギラギラと欲を光らせてる。


「わざわざ君に私が聖女であることを、証明する必要が無い。」


「負け惜しみを。出来ない、の間違いでしょう。」


何でも良いよぉ。だって、呼ぼうと思えばこの場にアルたんも呼べるし、マリリンも呼べる。此奴に事は簡単にできる。でも、そんなことをする必要は無い。此奴から信頼を得る必要も、崇拝される必要も、無いのだから。


それよりこの男の狙いがわかんないな。本気で私が偽物だと思って排除に動いてるの?それとも、本物だから偽物を処分するっていう建前で殺しに来たんだろうか。自分が黄の神官だって隠しもせず?


「別にそれでいいよ。」


「聖女様!」


アリアさんどうどう。落ち着いて下さい。手を挙げて、待って、のポーズをとればすぐに頷いて下がってくれる。顔は不満げだけれど、プロだなぁ。


「話は終わり?もう夕ご飯の時間だから、戻らないと。ゼロさんが心配するし。」


そう、もう結構暗くなってきているんですよ。早く帰らないと、ゼロさんが心配する…というか、怒られる気がする。そっちの方がヤダ。


「ハッ、あの騎士は国王に下げ渡されたんでしたか。男と二人旅など、何か間違いでも起きそうですね。聖女としての資格すら、もうないのでは?」


「ええ、気持ち悪…。発想が独り身拗らせた、童貞非モテ男の妄想じゃん…。」


此奴、清貧・貞潔のテンプレ聖女盲信派か?処女厨のユニコーン先輩ですら、美少年も守備範囲だぞ。末期だな。私に偽者聖女と言っておいて、聖女として資格が無くなった…つまりゼロさんと致して非処女だろって言ってくるとか滅茶苦茶じゃないか。


思わず哀れみの目でみつめる。途端に男がブルブルと顔を赤くして震えだした。どれが図星だったんだろ。童貞かな。


「ふんっ、こんな女が聖女な訳があるか。慎みも恥じらいもなく、粗野で…まるで野良犬だ。」


「え、突然の自己紹介ありがとう。でも君と仲良くする気は無いから、名乗らなくてもいいよ。」


お前みたいな神官がいるか。鼻で笑いながら言外に含ませれば、ギリッと歯軋りの不快な音。


「この、売女が!身の程をわきまえろ!」


神官が吼えた瞬間、待ってましたと言わんばかりに浮浪者達が飛びかかってきた。…やっぱりヒャッハーじゃないか。


ファタさんとファルマさんがすぐに剣を構え、私の前に立つ。浮浪者の錆びた剣を叩き落とし、空いた胴に蹴りを入れては吹き飛ばしていく。それでも、相手だってこの世界で生きているのだ。すぐに立ち上がっては襲いかかってくる。


現代社会人で、喧嘩に明け暮れている大人なんてほぼいないだろう。私も怒声や嫌味なんかはよく聞くけれど、暴力なんてもっての他だ。


つまり、粋がってみせたけれど凄く怖い。ちょっと手は震えるし、大きい音が鳴ると肩がはねる。刃物を向けられて、心臓が早鐘をうつ。でも、此処では私が一番偉いのだ。怖いからと泣いたり逃げたりなんて、格好悪いことは出来ない。


ファタさんとファルマさんが頑張ってくれてる。アリアさん達も、私を庇うように前に出て護ってくれている。だから、


「…おすわり。」


私は私に出来ることをしなければ。


地面に這い蹲る男共。…女の為の女神が主神なら、この場の図がこの世界の力関係な気がするな。


神聖力は目に見えない。まぁ、魔力も類する物も、特別な眼が無いと見えないから力を使うときはイメージがとても大切で。逆を言えば、イメージが出来れば大抵何とかなる。それだけの神聖力を私が有しているから。プレゼンツ・バーイ、ウォンカ翁。


「何だ?!何をした!!」


「うっぐ…!はなせッ!この化け物!」


「こんなん聞いてねぇぞッ!」


喧々囂々、唯一挙動を許された顔だけが、怒りに赤く染まり、はたまた恐怖で青ざめて叫んでいる。


「聖女様、これは…。」


「神聖力を重しみたいに乗せて、強制的に土下座させてる。」


なんとか笑ってみせるけど、乾いた笑いしか出てこない。むーん。手の平が汗で気持ち悪い。コントロール無視のごり押しでも、これくらいならなんとかできるので。


「さて、警察を呼べばいいのかな?此処だとなんだろ。衛兵?」


「衛兵よりもギルドの方が早いかと。呼んで参りますわ。」


そうだね、戦えるファタさんとファルマさんが居ないと心細いし。デイジーさん一人だと心配だから、アンネさんも一緒にお願い。気を付けて行って来てね。


「こんな事をして、許されると思うなよ!」


白目を剥きそうな勢いで睨み付けてくる神官。私は、そんなに恨まれるような事をした覚えが無いんだが?聖女であることが、彼…彼らにどんな不利益を生むのか私にはわからない。出来るのは、情けなく強がることだけ。


「一級フラグ建築士志望かい?この件は、すべてウォンカ翁に任せて…」


「それは、困りますね。」


くん、とお腹を圧迫されて後ろに引かれるのと、耳元で男の声がするのが同時だった。

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