26話、我が槍よ

「今宵は上限の半月か……」

 ボツりと呟く。

 ツェツィーリアがそれに合わせて同じように呟いた。 

「夜襲日和ですね」

「やはりそう思うか?」

「ええ」

 

「アンネマリーいるか?」

「はい、ここに」

「君はどう思う? 意見を聞かせてほしい」

 顎をクイッと空へ向けて示す。

 彼女は賢い。が、勉強を始めた時期が遅く、経験と知識の上積みが足りない。

 彼女自身いつも遅くまで勉強をしている事は知っているが、少しでも彼女の糧になればと思い、出来るだけ色々な事について考えを述べさせるようにしていた。

 間違えてもいい、全てが経験だから。

 また彼女は出自が私専属のメイドであったから、大勢の前で話すことさえ慣れていないのだ、メイドではそういう機会はそうそう訪れまい?

 もう全てが修行みたいなものだな。


「今日は半月です。満月のような明るさでも無ければ、新月みたいに暗くもない。初戦の借りを返すにはうってつけではありませんか?」

「ああ、私もツェツィも同じ考えだ」

 やった! と嬉しそうな顔をするアンネマリー。

 ふふ、まだだぞ? ここで終わるなら簡単だ。

「では、どうする? どうやって防ぐ?」

「ええっ!? 防ぎ方ですか?」

 読んだ書物を一生懸命思い出しているのだろう。

 目を空へ向けたり、地へ向けたりと忙しなく動いている。


「木盾を並べ、その後ろに交代で弓兵を配するのはどうでしょうか? 敵は歩兵でしょうから柵や盾越しに弓で応戦すれば良いかと」

「──もちろん弓兵を守るための護衛は必要です」

 

「どうして歩兵主体だと思う?」

「拒馬がかなりの数設置されてるのは敵にも見えたはずですし、何よりも明日の決戦に備えて温存すると思います」

「そうだ、よく勉強しているな」

 おもむろにアンネマリーの頭を撫でてみる。

 これをすると実に面白い反応を見せるのだ、喜んだあと必ず少し拗ねるというな。

『子供じゃありません!』って言いたいのだろう。

 でも面白いからする。いつぞやの色好きや好色のお返しだ。

 

「追加するならそうだなぁ。念のために火消し用の水を用意させておくぐらいか? 混乱を助長させるために火矢を撃ってくる可能性があるからな」

「──ああ、そうだ、敵が現れた際に照らす灯具があってもいい、その方が撃ちやすいかもしれん」

「勉強になります」

 手元の紙らしき物に必死に記すアンネマリー。

 

 そこで私は手をポンと叩く。

「いっそ練習にアンネマリーが指示を出してみるか?」

 いずれ参謀だの軍師だのになるなら必要かもしれんぞ。

「いえいえいえ、滅相もありません」

 そう言いながら広げた両手を大袈裟に振り、懸命に否定する。

 良いアイデアだと思ったのだがな……。

 

「そうか……」

 ちらりツェツィに目をやると、やはり微笑んでいた。

 ツェツィは最近よく笑うようになった。

 ローゼンヌでの傷が少しでも癒えてくれたのであればよいのだが……。

 大勢の兵が無くなった事もそうだが。

 ヘイゼルの死はかなり堪えたようだったから。

 特に他意は無く、純粋に良かったとの思いから微笑みかけると、プイと向こうを向いてしまった。うーん、何かしただろうか?

 心なしか顔も赤かったような……。

 怒らせてしまったか?


 アンネマリーが嫌がったので、伝令を呼び各隊へ通達をだしていく。

「夜襲の警戒を怠るな。オスヴァルトに柵の間際に木盾を並べるよう伝えてくれ」

「はっ」

「歩兵は交代で見張りを、夜襲が来た時の為に火消しの水と灯具も忘れるなと」

「それからアイリーンには木盾の後ろで備え、敵夜襲が来たら弓をお見舞いするよう頼む。遠慮はいらん撃ちまくれ」



 ◆◆

 

「なにぃ? 夜襲は失敗に終わっただと?」

「──なぜだ!」

 握り拳を、卓上へ置かれていたワインが溢れるほどの衝撃で叩きつける。

 

「や、奴らの陣へ襲いかかった途端、矢で応戦されまして」

「読まれていたと申すか!」

「は、はい」

 バキィ、ドゴッ

「がはっ、も、申し訳ございません」

 問答無用に顔を殴打され腹を蹴られる騎士。

 ガントレットを嵌めたまま殴りつけるものだから、殴打された部分は赤黒く腫れ、どこかを切ったのか血がポタポタと滴り落ちていた。

 

「夜襲すらまともに出来んのか貴様は!、誰かこ奴を放り出せ」

 先ほど領主ヘルマン自らにより殴る蹴るの暴行を受けた騎士が、衛兵によって天幕の外へと追いやられた。それを見た天幕内の士官たちは萎縮してしまう。 

「貴様らやる気はあるのか? 本土決戦だぞ? あんな小僧に負けて悔しくは無いのか!」

 叱咤なのか怒号なのか分からない声が、大きな音で響く。

「揃いも揃って無能か、ええ? 貴様らは」

「い、いえ」

「そうでないのなら、明日こそは示してみせい! わかったか!」

「「「はっ」」」

 

 ◆◆


 風になびく髪はひらひらと揺れ、目はじっと東の空を見つめる。

陽はまだ現れずもじわりと夜の闇が退き、深く美しい青が広がり始めた。

 そう、もう間も無く夜が明けるのだ。

 

「まるで我が旗が闇を祓うようではないか……」

 今日よりのち、アレクシスが好んだ暁の一瞬である。


 盾を掲げては激しくぶつかりあい、その隙間から槍を穿うがつ。 

 昨日と同じく、お互いの主力歩兵同士が壁を形成しながら削り合う、辛抱の時が続いていた。

「そこの小隊、右に援軍に行ってやれ。見えるか? あそこだ、崩れつつあるだろ!」

 前線にてローゼリア歩兵大隊を指揮するはオスヴァルト・ノイマイスター。

 前線に薄いところあれば補い、敵の弱い部分を見抜けば巧みにつく。華々しさは無いが堅実で巧みな用兵を見せていた。

 

 オスヴァルトに率いられたローゼリア歩兵大隊はなかなかに堅牢で、レーヴァンツェーン軍は突き崩す事が出来ないでいた。

 そこにきて前日の2度に渡る失敗である。

 開戦当初は圧倒的であった両軍の兵力差が、ここに来て急速に縮まりつつあった。

 

 自軍側へ傾かない戦況に業を煮やしたヘルマンは、レーヴァンツェーン軍虎の子の騎兵大隊をここで戦線へ投入する。敵本陣後方に控えていた敵騎兵大隊が砂煙をあげ疾走し、我が右翼へ襲いかかる動きを見せた。

「ヴァイス隊を出せ、迎撃させろ! 迎撃に成功すればそのままに敵右翼へ突入だ!」

 勝負の時が来た。

 アレクシスは矢継ぎ早に次々と伝令を放つ。

「ツェツィーリア隊は突撃用意!」

「命令後直ちに突入だ、急げ!」

「よいか、ヴァイス隊が衝突したと同時に敵左翼へ突入だ」

 

『其の人柄は忠義の人にて、至高王の矛となり敵を討ち滅ぼす者也』 

 忠義の槍として後世にその名を轟かすヴァイス・ツー・ゼーレヴァルト。

 彼の名が初めて史書に登場するのがこの戦いである。


 主君の命を受けたヴァイスは、ローゼリア第1騎兵大隊を率い戦場を駆け、走る。

 オスヴァルト率いる歩兵大隊の右翼を突こうと疾走していた敵騎兵大隊はヴァイスらを確認するとその歩みを止め、騎士が一騎前に出て何やら叫んでいた。

「我が名はベルトルト! 一騎討ちを所望する!」

 

 なるほど敵は一騎討ちを所望か。

 騎兵とは武芸秀でた者が多く配属された、言わば戦場の花形である。

 そこの隊長らしき男に一騎討ちを所望されれば断るヴァイスでは無い。

 騎士には騎士なりの誉と言うものがあるのだ。

 

「我が名はヴァイス、貴方を討つ者の名だ」

「ふっ、よく言う」

「参る」

 お互いが馬の腹を蹴り駆けた。

 離れていた両者の距離はみるみると縮まっていく。

 疾走するヴァイスの目が力強く輝くと、武が奔流のように迸る。

 ヴァイスが渾身の力を込め槍斧を振り下ろすと、受けたのち返す刃で討つ。

 言わば後の先を狙ったベルトルトが防御の構えを取ったが、ベルトルトの槍の柄を真っ二つに両断し、金属製の兜ごとその頭蓋を切り裂いてしまった。

 先程までベルトルトであったは、ただの肉塊となりて地へ落ちた。

 

「き、貴様ッ!」

 長く仕えたベルトルトが討たれ、地に落ちしその様に激憤したのか副長らしき軍装の男が単騎ヴァイスに迫る。それを見たヴァイスは馬の腹をそっと蹴り副長へ向けて駆けるや、すれ違いざまに槍斧を薙いだ。

 脇腹を切られた副長らしき男もまた斃れ、その身を地へ落としていく。

 

 眼前で繰り広げられしヴァイスの剛勇無双に恐れおののく敵騎兵隊。

 ヴァイスがそっと右手を振り下ろすと、彼の騎兵大隊が突撃を敢行す。

 隊長と副長を続け様に討たれ、恐怖に囚われた敵兵にはもはや抗う術は無い。ただ青の濁流に飲み込まれゆくのみあった。


 

 本営から合図の旗が振られる。

 彼の血の繋がらぬ弟は見事敵将を討ったようだ。

 

 ツェツィーリアは知っていた。

 アレクシスの想いを。

 この戦いは私達が闇を打ち祓うか。力尽き倒れるまで終わらない事を。

「ラウラ?」

 目を合わさず戦場を注視するツェツィーリア。

 敬愛する主人が彼女の名を呼んだ。

「どこまでも私について来なさい。いいですね?」

「喜んで!」

 敬愛する主人の横顔は、眼光鋭く敵陣を睨む中。

 微かに微笑みを含ませていた。

 

 スゥと大きく息を吸って叫ぶ。

「私はただ守られる存在にはなりません。貴方達にも約束します。戦場では必ず共にあることを」

 かつてローゼンヌの兵と交わした約束。

 今日ここでローゼリアの兵にも誓うのだ。

 

「私に続けーッ」

「おおおおーッ」

 地を震わせ、空に響かせ彼女の騎兵隊が進む。

 その先頭を艶やかに白と紫の二花が駆ける。

 彼女もまた、輝かしいまでにその名を後世へ残す人である。

 

 そんなツェツィーリアに率いられた騎兵隊は、その存在を徹底的に秘匿された事もあってか、止める者も無くまるで無人の野を征くが如く戦場を駆け、オスヴァルト歩兵大隊の眼前に相対すレーヴァンツェーン歩兵大隊の左側面に深々と突き刺さる。

 

 力開放せし時、ヴァイスの茶色の瞳が赤く灯るのであれば。

 ツェツィーリアの淡く煌めく瑠璃色の瞳は、より深く蒼く灯る。

 今朝アレクシスの心を打った暁の空のような色に灯る。


 片側に三日月のような刃を持つ槍を払い、次々と敵を屠るツェツィーリア。

 敬愛する主人の死角を守るよう並びて敵を討つラウラ。まるであの時のローゼンヌ兵のように死を恐れず突き進む騎兵達。

 ヴァイスの全てを貫き通すよう力強き突進ではなく、柔らかくしなやかも切れ味鋭く、白銀の戦乙女が直率する部隊は強く、疾かった。


 レーヴァンツェーン軍の虎の子の騎兵大隊を、ヴァイスを持って叩き潰し瓦解させる。騎兵という手札を敵が失ったところで、秘匿したツェツィーリア隊で左翼から突撃し敵歩兵隊を突き崩す。

 これがアレクシスの描いた戦術だった。

 

「やるなぁ2人とも。2人を見ていると魅せられてしまうな……、私も前線で槍を奮いたくなってしまうよ」

 

「一応言っておきますが、ダメだと思いますよ? ね、ユリシス様」

「え? えぇ……」

 ユリシスも武の心得があるからな。

 きっと私のように魅せられてるのだと思う。返事が曖昧だった。

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