14話、花落ちる時 ー前編ー

 公爵領側より奇襲を受けるなど、誰が想像できたであろうか。

 虚を突かれた領都ローリエは、ハーゲ軍先遣隊の突入を許してしまう。

 辛くも撃退には成功するものの、領都ローリエ守備隊が受けた被害は大きく、もはや彼らだけでは抗うに足りない。

 ではどうするのか。

 明日以降をどうやって凌のか、政庁では議論が重ねられていた。


 民に武器を持たせローリエ内に潜伏し、街を焦土と化してでも徹底的に応戦すべしとの意見が複数上がったが、ローゼンヌ子爵ツァハリアスはそれを良しとしなかった。

 ローゼンヌ家と領民達の関係は非常に良好で、贅沢はせず華美を嫌い善政を敷くツァハリアスと、彼の血を正しく受け継ぎ、高潔に育った姫を領民達は愛していた。その民達に血の犠牲を強いる事など出来なかったのである。


 明日の早朝を持ってローリエは南門を開く。開門しハーゲ軍を迎えれば民が無駄な血を流さずに済むだろう、街が焼かれる事も無い筈だ。これがローゼンヌ子爵ツァハリアスの下した決断だった。

 ローリエへ残る事を希望した臣下には降伏を許し、当の子爵本人は愛娘の窮地を救うべく、少ない兵を引き連れ急ぎ行軍しているところだったのだ。

 

 父の深い愛情に頭の下がる思いであったが、先だってヘイゼルにここ三叉路へ防御陣地を築かせ、退却していなければ大変な事になっていただろう。

 アデン領近くで敵と対峙していた我々に、父が合流を果たしたとしても、ローリエを落とした敵主力に三叉路を抑えられれば我々は逃げ場を失ってしまう。

 そうなれば、前後を挟まれた我らローゼンヌ軍は全滅の憂き目にあうは必定。

 あの決断が無ければ、父娘共に戦場で命を散らせていたかもしれなかった。

 

↓ツェツィーリアが危惧した三叉路に場合の図です↓

https://kakuyomu.jp/users/MinawaKanzaki/news/16818093073035990737

  

 では逆にここ三叉路で合流できた今、今後の戦局はどう推移していくだろうか。

 近いうちにアデン方面軍と、ローリエへ入市を果たした敵主力が合流を果たし、我々と対峙するのは間違いない。しかし、占領してすぐのローリエには兵を配す必要がある。全軍で向かう事は出来ないはず。


 守備として300を置けば、戦場へやってくるのは精々700ほど。アデン方面軍の残兵と合わせると1000超える兵が押し寄せると思われた。

 それに比べて我がローゼンヌ軍はどう? 

 お父様が連れてきた50を併せても320程でしかない。

 しかも相手の主力は無傷で疲労も無く、逆にこちらは連戦続きで疲れ切っている。ローゼンヌ軍が敵に勝るのはただ一点、士気の高さのみという有様。


 わが軍の後方には延々と連なる麦畑や、小さな集落が多数点在するのみで、拠点として戦えそうな街はローゼリアとの国境付近にあるブルーメという街を残すのみ。

 そのブルーメを拠点に戦えば、確かに戦いやすい。

 けれどブルーメまでの退却は、ローゼンヌ領の大半を失う事と同じだった。

 肥沃な地の大半を失う事は、補給の面から考えても非常に良くない。今は良くても、いずれジリ貧となる事は明らかだった。

 勝つならここで敵を破るしかない。

 では勝てるのか? 

 戦力差はもはや3倍以上となる。行くも地獄、退くも地獄、今のローゼンヌ軍を取り巻く様相はまさにそんな状況だった。


 士気は高いが疲弊している。

 しかも相手は圧倒的兵力差を武器に、遊撃隊を上手く使えばいくらでもこちらの弱点を突ける状況なのである。その状態で敵を討つ。

 そんな事が可能なのは精々おとぎ話や物語の中だけで、ここは実の戦場なのだ。

 勝機を見出す事が出来ない以上、ここで悪戯に戦力をすり減らす愚は犯せない。


「勝てない以上、退がるしかないわよね……」

 顎に指を添え、独り言のようにただブツブツと声に出す。

 誰かに聞いて欲しいのでは無い、ただ気持ちを整えるためだけに声に出したのであろう。

 戦いには勝てずとも、全滅だけは何としても防がなくてはならない。

 海まで出ることが出来れば、亡命という選択肢もありえるかも。

 そして何よりも兵士達には休息が必要だった。そう考えたツェツィーリアは再びヘイゼルに輜重隊を率いブルーメへの撤退を命じる。

 ローリエの失陥がほぼ確定している今、輜重隊が持つ物資の数々は大変貴重であり捨てて逃げるには惜しい、出来ればブルーメに運び入れたかったのだ。


「辛い役回りばかりごめんなさい」

 ツェツィーリアはヘイゼルに頭を下げた。

 そんなツェツィーリアの手を取ると、ヘイゼルは笑顔で返す。

「何をおっしゃいますか姫様、皆が生き残るためです。輜重隊を無事ブルーメへ届け姫様や皆の受け入れ態勢を整えて参ります」

 先の退却戦では、少ない手勢と輜重隊を率い三叉路まで引き返し、夜を徹して防御陣地の設営に当たってくれていたのだろう。

 我らが退却してからというもの、疲労困憊の我らに変わり食事の手配や夜間の見張りまでも行ってくれていたのだ。いま少しでも体が動くのは彼らのお陰と言えよう。

 それなのに、また少数の兵と共に夜通し進ませようとしている。

 自然と頭が下がるのも無理はなかった。


「ブルーメで、必ず会いましょう」

 お互いブルーメでの再会を固く誓い、ヘイゼルは再び道を征く。

 

 ◆◆


 アレクシスの命を受け、レーヴァンツェーンと捕虜交換の条件を詰めていた政務官達であったが、思いのほか相手が折れず交渉は難航していた。

 やむなく条件の一部を緩和する事で、ようやく締結に漕ぎ着けるに至る。


 内容は下記の通りである。

 レーヴァンツェーン側は、ローゼリア伯フランツの遺体をローゼリアとの停戦合意後直ちに返還、同時にヴァイスの母ホーリーの身柄の引き渡しを行う事。

 ローゼリア側はアルザスの母であり、現レーヴァンツェーン当主ヘルマンの妹でもあるゾフィーの身柄の引き渡しを行う事。

 双方の捕虜交換を持って停戦となし、2ヶ月後の正午に嫡子アウグスト・ツー・レーヴァンツェーンの捕虜返還を行う。

 返還の翌日正午を持って停戦は解除となる。

 なお本合意に関しては女神シュマリナ様への誓約と、帝国貴族の作法に基づくものとする。要するに破れば帝国全貴族の信頼を失い、宗教的にも孤立するという事だ。


 この停戦合意がなった事でようやく、父フランツの亡骸は領都ローゼンハーフェンへ静かに帰還を果たす。

 物言わぬ父と久方ぶりの対面を果たしたアレクシスは、父の棺を優しく抱きしめる。触れる棺の冷たさが無情にも『父はもうこの世にいない』と残酷に告げているようで辛く悲しかった。

 しばらくの間ただ一人黙し座り込んでいた。

 そして静かに口を開く。

「父上、おかえりなさい」


 ローゼンハーフェンの緑の一角に、ローゼリア家専用の墓所がある。

 そこはつい先日、母マリアが埋葬されたところだった。

 その母の墓標の隣に掘られた墓穴へ、ゆっくりと沈められて行く父の棺。

 アルザス以外、みな居なくなってしまった。

 そしてその弟もいずれ討たねばならない。

 もう2度と、家族が再び一緒になる日は訪れない。


 父の墓標に祈りを捧げた後、母の墓標にもそっと手を添える。

 2つの墓には美しい花々が彩りを添え、墓地には静寂が広がるのみ。

 残された子は父母の安らかなる事をただただ願うのみであった。


 ◆◆ 

 

 帝国歴202年3月15日

 戦端が開かれてから6日目の夜が明けた。

 ローリエの南門は開かれたであろうか?

 

 いずれローリエを奇襲した本隊がやってくる。

 ヘイゼルが輜重隊を率い陣を発ってから、まだ数刻しか経っていない。

 今撤退をすれば、簡単に追いついてしまうだろう。

 輜重隊の足は遅い、出来るだけこの防御陣地で時間を稼がなければならない。


 来ないで、まだ来ないで、と一様が敵増援の到来が少しでも遅れるよう願っていたが、その願いや虚しく、太陽が天頂を通過したころ新たな敵軍勢がローゼンヌ軍の眼前にその姿を現した。


↓ アデン方面軍とローリエ奇襲軍が合流を果たしたルート図です ↓ 

https://kakuyomu.jp/users/MinawaKanzaki/news/16818093073036062026 

  

 開戦以来、常に勇猛果敢と攻めるはローゼンヌ軍であり、アデン・ハーゲ連合軍は常に守勢へ追いやられ被害をだすという図式が続いていたが、ここにきて初めてその図式が逆転する。

 連日の不利を大きく覆し、局所的とは言え勝利を積み重ねきたローゼンヌ軍であったが、その数は300強と非常に少ない。合流を果たし今や千を超えるアデン・ハーゲ連合軍に対し正面で戦う事は避け、防御陣地にて防御に専念していたのだ。


 数に大きく勝る敵軍は、防御陣地に籠ったローゼンヌ軍を打破すべく進撃を開始した。

「弓隊構え、放て!」

 ツェツィーリアの号令のもと、矢が一斉に放たれる。

 矢羽が空を裂く音と共に、数十本の黒い影が放物線を描きながら次々と敵めがけて飛翔する。それに応じるよう放たれた敵の矢が、ローゼンヌ軍の数倍の密度で飛来する。飛翔する矢の数が、弓兵の数でも大きく劣る事を如実に物語っていた。


 双方による弓矢の斉射が終わると、それを待っていたかのように敵兵が一斉に雄たけびを上げ、防御陣地へ向け突撃を仕掛けて来る。


 ヘイゼルが建て、ツェツィーリアが改良したローゼンヌ軍防御陣地はなかなかに堅牢だった。まずは腰くらいの深さに堀を掘り、その際に出る土を人が一人寝れる程度の隙間を開け盛っていく、後は堀と土塁の間に馬防柵を立てて完成である。

 敵の弓は土塁と盾で防ぎ、敵が寄せてくれば堀と柵で手間取る敵を槍で突き刺すのだ。

 

 堅牢に見えた防御陣形にも1つだけ明確に弱点がある。

 それは背後の出入り口である。

 敵の正面である前面や側面は土塁、柵、堀と3重の造りで守られていたが、後ろには柵しか無く、人馬の出入り口には拒馬きょばと言われる杭状の木材を✖状に組み合わせたものを並べるのみであった。

 いたずらに正面から攻めるのを嫌った敵は、背後を襲撃させるべく騎兵隊2個中隊を前線へ送り出す。これにはツェツィーリアが己の供回りも含めた全騎兵を用い対応にあたる。


 出陣したローゼンヌ騎兵隊は防御陣地に沿うように進軍し、陣を迂回し背後を襲う動きを見せていた敵騎兵2個中隊にただ1隊で急行する。


 陽の光が注がれ、騎兵たちの鎧がその輝きを眩しく反射していた。

 その中でもツェツィーリアの軍装は鮮やかな青で彩られ、軍中でもひと際鮮やかに輝いている。ツェツィーリアは戦場を鮮やかに颯爽と駆け、味方の士気を上げるべく手にした槍を高く掲げ先頭を征くのだ。

 

 騎兵とは騎士や従騎士の他に、武芸秀でた者が多く配属される傾向が強く、戦場の花形であり、うまく用いれば戦況を一変させる事も可能な強力な兵科である。

 同じ花形である騎兵同士の衝突だ、圧倒的に数に勝るアデン・ハーゲ連合軍の勝利を疑う者は、今日の朝着陣したばかりの敵本隊には誰もいなかったに違いない。

「蹂躙しろ!」

 掛け声と共に、敵の2個中隊が荒ぶる嵐のように迫る。

 敵の中隊長と思しき男が先頭で叫び、双方が交錯した。

 ツェツィーリアがすれ違いざまに槍を一閃、その瞬間彼の視界は反転し地へ落ちていく。彼は最後の瞬間まで、自分の首が跳ねられた事に気づかなかったかもしれない。

 すれ違い様に敵の中隊長と側にいた者の首を落とすと、それを皮切りに彼女による殺戮が始まった。

「まずは2つ」

 騎兵同士が正面からぶつかったのである、放っておいても次から次へと敵が寄せてくる。やってくる敵に次々と槍の穂先を見舞う。

「7つ、8つ」

 味方の士気を上げ、敵の士気を下げるべく、敢えて大きく戦果を声にだすツェツィーリア。

「13! 14! 15!」

 血しぶきが舞い散る中もツェツィーリアの姿は美しく、戦いの中でさえ輝いていた。彼女の勇壮さは味方に勇気を与え、戦意を高揚させる。

 彼女の美と強さが、この絶望的な戦場に勇気と希望をもたらすのである。


↓ 誰よりも勇敢に陣頭に立つツェツィーリアの挿絵です ↓

https://kakuyomu.jp/users/MinawaKanzaki/news/16818093073036303275 


 ここでもツェツィーリアが直卒じきそつする隊は無類の強さを見せた。

 すれ違いざまに突き、刺し、敵を屠る。

 乗り手のいなくなった馬がバラバラと戦場を駆け、去っていく。

 アデン・ハーゲ連合軍は数を頼りにするのであれば点では無く、面で当たるべきだったのだ。紡錘陣を用いた騎兵同士の衝突は互いの相対速度も相まって、極めて小さな点と点になってしまう。

 個人の武は圧倒的にローゼンヌが優れている。

 点で当たれば彼らが負けるのは必定であった。


「退け! 退却せよ!」

 敗北を察した敵のもう1人の中隊長が退却を命じ、背を向け敗走してゆく。

 勝利したローゼンヌ騎兵隊は敵を追わず、本陣への帰陣を選択したようだ。

 指揮官ツェツィーリアが長く本陣を開ける訳には行かないからであろう。

 長く苦しい状況が続いていた。

 

「敵さんも馬鹿ではないようですね」

 ライラが忌々しそうに舌を打つ。

「ええ、そのようね」

 ツェツィーリアも苦々しい表情で敵を見ていた。


 先の騎兵同士の戦いで敗北した敵は武に頼るのではなく、数でローゼンヌ軍をすり潰す戦法に切り替えたからだ。ただひたすらに馬防柵に突撃し屍を晒す、途中まではそれもよかったが土塁、柵、堀と三重あった防御陣のうち、一部の堀が敵の屍で埋まり始める。こうなると柵を間にただ槍を突きあう形になってしまう。

 これでは兵数で大きく劣るローゼンヌ軍はたまらない。ツェツィーリアやライラら、普段は騎乗し戦う者たちも馬を降り、前線に赴き兵と共に必死に槍を突いていた。

 味方が崩れぬよう、支えなければならないのだ。


 敵は何度か攻め手を入れ替え、交代しながら攻め寄せるが、ローゼンヌには入れ替える兵力が無い。疲労が蓄積し、ローゼンヌ軍の被害が急速に拡大しつつあった夕刻、待ち望んだ休息が訪れた。


 有利であったはずの敵軍は、なぜか戦闘を中断し陣へ引き始める。

 夜を徹して攻め続ければ、今晩にでも落ちたかもしれないのに……、彼女からすれば時おり理解できぬ行動をとる敵であったが、今回はに助けられたのだった。


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神崎水花です。

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