9話、この世こそ地獄、後編
天幕内に飛び込み、見つからなければ急ぎ隣の天幕へと移る。
移動の最中には「癒官はおられるか?」と大声で探し求める事も忘れない。
まだ見つからないのか!
探しても見つからず、焦燥し始めた頃「
声のする方に向け私は全力で走った。
一分一秒たり無駄にはできん。
先ほど捜索を命じた警護の1人が、癒官らしき女性を側に連れ立っていた。
「で、でかした。はぁはぁ」
息を整えるため、一息入れて続ける。
「ローゼリア家、家令のハーマンと申す。急ぎ診て欲しい者がおる」
目の前にいる女性
「私について来てほしい、伏してお願いする。この通りだ」
なんなら、地にすら伏せたっていい。
頼む、若を診てくれ。
「ハーマン様、私はユリシスと申します」
女性
「この辺りには、治療を必要とされる兵士の方々がまだ、大勢おられます。何か特別なご事情でもおありでしょうか?」
治療を待つ兵士達はまだ山ほどいる。
その者らを差し置いて、向かうに値するか聞いておるのだろう。
人を治療し回る者として、賞賛すべき考え方ではないか。だが、今は無理を押し通さねばならぬ。
「要件は
「家令殿が頭を下げられるのです。余程の事なのでしょう」
それだけでなんとなく事情を察したのか、ユリシス殿は同行を許諾してくれた。
「かたじけない、ユリシス殿感謝しますぞ」
若、もう少しの辛抱ですぞ!
ユリシス殿を若の部屋へと案内し、急ぎ若を診てもらう。
我らがユリシス殿を探してる間にアンネマリーも頑張ってくれたのか、甲冑の類は全て外され、口内の吐瀉物も嘔吐の後も、綺麗に取り除かれていた。
ただアンネマリーの両手だけがひどく汚れていた。
そういう事か、この娘は本当に甲斐甲斐しいな。
この老骨でさえ、胸を打たれるものが有る。
「アンネマリー、誠によくやってくれた。感謝する」
「身を綺麗にしてきなさい、今ならまだ儂がおるから大丈夫だ」
「はい、すぐ戻ります」
返事をするや、間髪入れずに娘は駆けて行った。
あの娘も、早くここへ戻りたいのだろうな。
「これは……、毒のようですね。すぐ治療に取り掛かります」
くそっ、やはり毒であったか……。
ユリシス殿が治療具の入った鞄から
淡く輝く手を、毒が侵入したと思われる頬の裂傷から胸部、腹部と優しく慎重に何度も撫でていく。
「毒は体の奥深くで作用します」
「ご存じかと思われますが、体の奥には
「人数を掛けたほうが良いかもしれません。
「
「出来るだけ急いでください、お願いします」
天幕で治療にあたっていた
ユリシス殿を含めた、都合3名の
「
ユリシス殿が、額の汗を拭いながら私へ向かって言う。
「私たちの手持ちだけでは足りなくなりそうです。これより同じか、それ以上の大きさの石をお願いします」
この
負傷した兵士を治療するため、修道院から
また広場で長時間治療を行っていた事もあり、数はわからないが持参した
ちなみにこの
恵石は色々な使い道があるため、屋敷では結構な数を常時備蓄しているし、量の大小はあるものの神力を補充する事が可能な使用人も大勢いた。
その中から、ユリシス殿が言う大きさのものを選び届けると共に、若の部屋近くの部屋を片付け、皆が休んだり出来る待機所を設けていく。
その作業と平行して、普段の生活で恵石へ神力を込める作業をしている者や、神力の強い使用人を起こし、空になった恵石へ力を込める体制も整えておいた。
あとは治療の邪魔にならないよう。
設けた待機所で治療が終わるのを、そっと待つのみである。
待機所の扉がノックされ、若の治療にあたっていたユリシス殿ら3名が入室するも、その顔には疲労が強く滲んでいた。
「ユリシス殿! 若様の容体は? 若様はご無事なのか?」
疲れているのは承知しているが、いてもたってもいられず詰め寄ってしまう。
「出来る事は全てやりました、私達にいま出来る事はありません」
「し、しかし」
「ええ、おっしゃりたい事はわかっているつもりです。ですからこれより交代で1名ずつ、若様に付かせて頂きます」
「感謝いたしますぞ、癒官の皆さま」
「ハーマン様、残りの2人が休める部屋はありますか?」
バタン
ドアが凄い勢いで開かれ、ヴァイスが凄い形相で入ってくる。
「一大事です」
「何事か! もしや敵襲かっ?」
「騒ぎを起こす者がおりましたので取り調べたところ、相手がゾフィー様と侍女で……、どうも領都からの脱出を図っていたようです」
「ゾフィー様はレーヴァンツェーン男爵の妹御、今後のお立場を危惧して脱出を図ったか、或いはご子息であるアルザス様の元へ行こうとしたのやもしれんな」
「それならまだよいのですが、侍女の怯えようがあまりにも酷く、尋常ではないのです。どうにも不安を感じ急ぎ報告に駆けつけました。アレクス様のご容体以外に何か変わった事はございませんか?」
「キャアアアッ、だ、誰かっ」
今度はなんだ!?
真夜中の静かな領主屋敷に、響く叫ぶ女性の声。
何かはわからぬが、ただならぬ事態を知らせていた。
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