48話、綺羅、星の如し
ヴァールハイト男爵はすっと立ち上がると、私の近くまで進んで片膝を付き始める。そして深々と頭を下げてしまった……。
これは何だ? どういう事だろうか? 私が知る限りこれは、主に対して絶対的な忠誠を誓う、我が帝国での騎士の誓いのように見えるのだが……果たして。
「閣下、これまでの拙い質問の数々ご容赦ください。そして、丁寧にお答え頂きありがとうございます」
先ほどまでと違い、男爵の声が低く重々しいものへと変わり始める。
「閣下こそ、この国を導くべきお方と見ました」
その真剣で真っすぐな眼差しは、私だけでなく、部屋にいる全ての者の心を捉えるよう。皆が息を呑んでその様子を見守り、男爵の次の言葉に耳を傾ける。
「よって私、ヴァールハイトは、閣下へ忠誠を誓うことを宣言いたします」
男爵は言い終えると、ふたたび深々と頭を下げてしまう。
やはり思っていた通りだ。この礼は、臣下が主君に対して行う忠誠の誓いであったようだ。
まさかヴァールハイト男爵自ら、このような申し出をされるとは夢にも思わなかった。東西に敵を抱える我らにとって、まさに渡りに船とも言えるこの提案。
だが、これを素直に受け入れる事は出来ない。まずは、彼の真意はどこにあるのか確かめねばならぬ。この発言が、同盟を意図するものなのか、或いは従属を希望するものなのか、本当に臣従なのか確認も必要だろう。
「男爵殿、それはどういう意味かな?」
私の問いを察した男爵は、静かに口を開く。
「もはや、この国に未来はないと判断した次第です。これからの帝国は、ゲーベンドルフ公爵が世を治めるを良しとする者らと、それに従わない者達の戦いとなっていくでしょう」
「そうだな、それに依存は無い」
「閣下もご存知の通り、我がヴァールハイト領は馬産地として名を馳せてはいますが、それだけです。小さな領に、僅かの兵しか持たぬ我らが、単独で歴史の荒波に抗う事は出来ません。で、あるならば……誰の元に付くべきか? 私はずっと考えておりました」
「それが、私と?」
男爵は一息つくと、頷きつつ言葉を続ける。
「はい。質問に質問で返すのは失礼ですが、一つ確認させて頂きたい。
男爵の視線が、私の隣に座るツェツィーリアへと向けられた。凛とした彼女の姿は、まるで戦場に咲く一輪の花のように美しく、そして気高い。男爵の問いかけに、彼女は迷いなく答えて見せる。
「ありません。貴族同士の私闘を禁じている帝国からも、
ツェツィの答えに満足したのか、男爵は冒頭の挨拶で見せたような、涼やかで穏やかな笑みを見せている。
「此度のドレイク男爵の救援要請もそうでした。そして見事お救いなされた。信義に厚く、その下に集う皆さんは精強にして勇猛果敢。これ以上の理由は必要ありますまい。ヴァールハイト家は、閣下に忠誠を誓わせていただきます。以後臣下として勤めさせて頂きたい。」
男爵の瞳は、まるで燃え盛る炎のように、強い決意と情熱を宿している。
彼の言葉は、単なる同盟や従属の申し出ではなかった。それは、私への忠誠を誓う臣下の誓いだったのだ。彼の言葉に込められた数々の熱い想いが私の胸を打つ。我がローゼリアへの厚い信頼が嬉しかったのだ。
「ヴァールハイト男爵、貴殿の申し出ありがたく思う。だが、その前に一つだけ聞いて欲しい。これは同席する皆も同じだ」
私は男爵だけではなく、この会談に同席しているツェツィや他の家臣たち全員にも視線を向け語り始める。
「私の敵は、もう今さら語る必要はないな。散々語って来た。今から話す事はその全ての敵を討ち、世に安寧が訪れた時の話と思って欲しい」
私は、言葉を区切りながら、丁寧に言葉を紡いでいく。
これは皆への褒章に関わる話で、それゆえ非常に繊細な問題でもある。誤解の無いように伝えなければならない。
「これからも皆の想い、皆の働きには報い応えていく。だが、我々がいなくなった後の事を考えて欲しい。私も含めて皆の子孫はどうだろうか? 皆と変わらず勤勉で、勇猛で、実直だろうか?
私の言葉に、一同は息を呑んだ。
彼らの表情には、戸惑いが浮かんでいるようにも見える。それはそうだろう、突然自分の死後、それも数代あとの話をされても……困惑するばかりであろうな。
「もし、ローゼリアが統一を果たしたら、其方らは建国の忠臣だ。その武威、名声は留まるところを知らぬだろう。歴史にも名が刻まれるに違いない。その抜群の働きに報いるにはどうすればいい? 過去のように大領を与えるか? 後の世に、その中から新たなゲーベンドルフが産まれたらどうなる。また騒乱の時代へ逆戻りではないか」
私は、彼らの目を一人ひとり見据えながら、言葉を続けていく。
「我々は簒奪者ではない、新時代の担い手でありたい。だからこそ、次の世の事を考えねばならぬ。例え其方らであっても、今までの様な大領を与える事は出来ないだろう。代わりに、皆には新設した役職とそれに見合う給金で応えていこうと思う。従来に比べ、与えられる所領は減るのだ。当然軍役は免除とする。軍は全て国の直属軍として、皆へは役職に基づいた軍権を与えていく考えだ」
これには誰も何も言えず、ただ黙って聞いているしか無いようだった。
「勘違いしないでほしい。これはまだ決定ではない。世を正さんとする者として、新しい国の在り方を考えて行きたいと思うが故の発露だ。これから長い時間を掛けて協議していけば良い。ただ、こんな未来もあり得ると知って欲しかった。それでも良ければ、これからも私を助けてほしい。私には皆が必要だ」
部屋が再び静寂に包まれる。窓越しに聞こえる砦下の喧騒が、まるで遠い世界の出来事のように感じられる程に。
その静寂を打ち破るように、隣に座っていたはずのツェツィーリアは起ちあがり、ヴァールハイト殿の横に並んで膝を付き頭を下げた。その横には我が弟ヴァイスも連なっていた。
「どうぞ御心のままに。私はただ、閣下のために全力を尽くします」
ツェツィーリアの言葉は、静かなようで力強い決意に満ちているよう。
彼女の美しい瑠璃色の瞳は、私への揺るぎない想いが宿っているようで、何時までも見ていたくなる。
「閣下の敵は私が全て討ちます。思うままお進みください」
ヴァイスがツェツィに続いた。
おそらく先をツェツィに譲ったのだろう。彼女が起ちあがるのを確認してから立つ姿が見えた。そういう弟だ。迷いの一切ない綺麗な眼で私をみていた。
「閣下、私の誓いは変りませぬ。ヴァールハイト家は貴方様と共に」
ヴァールハイト男爵は、改めて深く頭を下げた。
「閣下の目指す未来のために、剣を振るうことを誓います」
オスヴァルトが何ら毒づく事なく胸に手を当て、力強く宣言すると。
「私も、閣下のお役に立てるよう、精進を重ねてゆきます」
アイリーンは、穏やかな笑みを浮かべながらも、瞳に決意を宿していた。
次々と上がる家臣たちの声。それは私への信頼と、この国を共に変えていきたいと願う。強い希望の表れだったのだろう。有難い事だ。
そういえば、ユリシスからは返事がないような?
私はチラリと後方へ目を向ける。
私と目があったユリシスは、美しく微笑むと一言告げた。
「私は、もう既に誓っております。あの日のお約束をお忘れですか? 我が身がいつか天に召されるその日まで、お傍でお仕え致します。それ以外の望みはありません」
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神崎水花です。
ローゼンクランツ王国再興記を、お読みくださりありがとうございます。
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