26話、さらば幼き日 ー後編ー

 バチバチと時おりぜては暗闇の中で揺れる炎。

 陣中でたった一人、心地よい炎の輝きに身を委ねていた。

 

 揺れる炎や音を聞いていると妙に心が澄んでいくのはなぜだろうか?

 炎を見つめているこの瞬間だけは、人の世の醜悪なる様や、欲に走り人を蹂躙するような輩の事を考えなくて済むのだ。


 少し離れたところから人がやってくる。

 微かに聞こえる鎧の金属の擦れ合う音が、それを私に知らせてくれていた。

 誰かが隣に座ったのだろう。

 だが見ない。

 ただ、ひたすらにぼうっと炎を眺めていた。

 思考を放棄出来る数少ない機会だから。



 炎が醸し出す熱気の中に時おり混ざりて、ほのかに薫は薔薇の香り。

 あぁ、隣にいるのはツェツィーリアか。

 話したくなければ無理に話す必要はないですよ? そう言ってくれてるかのように何も言わずただ隣に座り続けるツェツィーリア。

 彼女ツェツィと再開してからもう幾日が過ぎたが、彼女に対して不快な思いを抱いた事は只の一度も無かったと、そこまで考えたところで『さすがに言い過ぎたかな?』と胸中で至り、やんわりと否定しておく。

 その見た目に似合わず意外と頑固なところがあったり、槍を振り回し馬で野を駆ける、意外と男勝りな一面もある美しくも可愛らしい女性だ。

  

 それから幾何かの刻が過ぎた頃、残る一つの空いた隣に誰かが座る気配がした。

 これはアンネマリーかな?

 ツェツィのようにはっきりとわかる香り袋ではないので、わかりづらいが何となくわかってしまう。アンネマリーには私の事務的な仕事の大半を押し付けていた。今終わったのかもしれないな。彼女にはずっと世話になっている、いつか何らかの形で応えてあげたいものだ。

 冗談とは言え、私の事をオニクシスだの色好きだの言えるのは、帝国広しと言えどアンネマリーくらいではないか? はは。


 飽きる事なく炎を見続ける。

 何かを察してくれているのか、誰も何も言わない。

 ただ私は、一個の人である前に領主でもある。そろそろ責任ある立場に戻らねばならない。残念ではあるが炎をから目を離し、集中しているのか霧散しているのかも分からなかった意識を取り戻すと、私の周りには沢山の人達がいる事に気づく。

 ツェツィーリア、アンネマリー、ユリシス、ヴァイス、アイリーン、オスヴァルト、ホルガー達だ。みなが隊長となり忙しいだろうに自然と私の許へ集まっていた。

 見ろ、人ならざる者よ。

 まだ数は少ないのかもしれないが、これが私の頼りになる臣下仲間達だ。

 私には彼女らがいる、きっと闇を払えるだろう。


 ◇◇


 帝国歴202年5月2日

 生涯この日を忘れる事はない。

 私ことアレクシス・フォン・ローゼリアが暗澹あんたんたる世へ向けて放つ最初の一撃だ。

 今日この時から、私と私の大事な臣下仲間達が征く先は、おびただしい血と犠牲の上に成り立つのだ。



「持ってきた旗を全て立てよ。よいか? アイリーン隊とツェツィーリア隊は出来るだけ旗で隠すのだ」

 対陣する敵であっても、むざむざ全てを晒す必要はない。

 どこの領を探しても、これだけの規模の騎兵と長弓隊をそろえる領は無いのだ。

 ギリギリまで秘匿ひとくする必要がある。


「アイリーンには私が良いと言うまでは、隊のうち百だけ弓を放つように。あとは出来るだけ後方で待機する歩兵に見えるよう、擬態に努めろと伝えてくれ」

「ツェツィーリアには出来るだけ馬を降り、騎兵とわからないように工夫をと」

 私の考えは伝令に伝えた、間もなくそれぞれに伝わるだろう。


 血肉けつにくを分けた兄弟同士の戦いは周りの予想に反し、静かに幕を開ける。

 ノーファーに住まう民は全てローゼリアの民であり、開戦はしても矢を雨あられのように放つことなど出来はしない。

 いや、違うな。

 優しさと甘さは違う、どうしても必要であればやるさ。

 ただ、今は必要ない。それだけの事だった。

 相対する圧倒的劣勢のアルザス軍も、自分達から攻撃をする事はないだろう。

 敵が撃たないのに、むざむざ自分から矢を放ち、数倍する斉射を受ける愚は犯さないと思いたい。


 ノーファーは集落としては小さく、門の数も南北に1つずつという有様だ。

 小さいとは言え人が住む集落であり、その全周囲をぐるりと厚く包囲するには多量の兵が必要だったが、門を押さえて包囲とするならばたった2箇所、南北の門を押さえれば事足りる。

 だがそうはならない。

 大方の予想を裏切り、ローゼリア軍はノーファーの南門前に全軍揃い布陣していたのだ。過去の戦史を紐解いてもあまり例をみない、兵法からは完全に逸脱した動きであった。


 ◆◆

 

「おい、聞いたか? 兄上の軍は南門に勢ぞろいしてるそうじゃないか」

 ククク、笑いが止まらんわ。

「北門からどうぞお逃げくださいってか? さすが兄上だな」

 だから駄目なのだ、奴は甘すぎる。

 2000はいるのだろう? ゴリ押しに攻めればすぐではないか。


 やはり、俺こそが次のローゼリア伯に相応しいのは間違いない。

 あんな甘ちゃんを選ばなければ、父上も長生き出来たろうに残念だ、ククク。


「おい、叔父上が援軍を出せるのはいつ頃だ?」

「停戦終了まであと12日です」

 チッ、いくら兄上が甘いとは言っても、このまま何もしないまま12日も待ってくれるとは思えん。何か手は無いのか?

「長いな、領境で待機させておくとか出来んのか、ええ?」

「アルザス様、何度も言いますが無理を言わんでください」

 口ばっかりの使えん奴らだ。

 大体、アウグストも兄上に捕らえられるなぞ、間抜けが過ぎるってもんだし、叔父上もわかっていない。やるべき時にやらねば討たれるのは我らぞ?


 ◆◆


 この日は両軍矛を交える事も無ければ、弓矢の斉射すらなく1日を終えた。


「アンネマリー下書きは出来ているか?」

「はい、このように」

 私の考えが正しければ今日の夜半か、遅くとも明後日の朝までには何らかの動きがあるはずだ、頼むぞ翁。

「よし、アンネマリーこれで構わない、大丈夫だ。あとは連絡の内容に沿って修正すれば完成だな」

 本作戦の遂行において、非常に重要な役割を持つ文の下書きである。

 念入りに目を通し、問題ない事を確認できた私はそれをアンネマリーへと返した。


「ヴァイスとツェツィーリアを呼んでくれ」

「はい」

 本来、人を呼ぶなどユリシスの仕事ではないのだが、常に側にいる彼女は何かを察したのか自ら駆けて連絡役を買って出てくれたようだった。


「閣下、ユリシス殿からお呼びと」「失礼します」

 ヴァイスとツェツィが本営である我が天幕へやってきた。

「ユリシス、アンネマリー頼みがある」

「はい」「何でもおっしゃってください」

「しばらく人を遠ざけてくれ、絶対に近づけるな」

「わかりました、お任せください」


 ユリシスとアンネマリーの2人が天幕の周りから人を遠ざける。

 遠ざけた後も引き続き周囲を見張ってくれているはずだ。

 そろそろ話す頃合いか?

「すまない、人を遠ざけるまで待たせてしまったな」

「いえ」

「シェリダンおうと、翁の手勢が商人にふんして紛れ込んでいるのは知っているだろうが、何事も無く順調に進んでいれば、今夜遅くから明後日の朝までにかけて、彼らから証拠が届くはずなんだ」

 2人は熱心に私の話を聞いている。この話の内容が、本作戦の根幹に関わるような大事な話であると、肌で感じているのだろう。

「相手の防衛内容や、兵の配置具合で多少のズレはあるだろうが、翁からのふみが投げ込まれるのはおそらくこの辺りだ」

 ノーファー北部の1点を指さし、2人に位置を伝える。


↓ 投げ込まれるのはおそらくこの辺りです ↓

https://kakuyomu.jp/users/MinawaKanzaki/news/16818093074865126921

 

「我らのどちらかが回収すればよいのですね?」

「ふふ、そういう事だ」


「我らがノーファーの南門に全軍集結しているのは、敵軍を全て南におびき寄せるのが狙いだ。本当の目的はまだあるがな、それはまあ、まだ秘密だ」

 悪戯小僧のような笑みを浮かべる。

 アイリーン辺りが居れば『若様、また悪そうな顔してる!』って言われるのは間違いないな。今回は自覚すらあるのだからたちが悪い。

「ノーファー北部を巡回したところで、脱出者でも見張ってるのだろう程度にしか敵も思うまい、そう疑われる事も無いだろう」

「……さすが兄上」

 ヴァイスがボツりと小さい声で呟いた。

 それを聞いたツェツィーリアが何とも不思議そうにヴァイスを見ている。

 そうか、私達は幼少から育って来た事を彼女は知らなかったか。

 

「ツェツィ、別に隠すつもりはなかったのだが……、ヴァイスは血こそ繋がってはいないが実の弟のように思っている」

 目をぱちくりとさせて驚くツェツィ。

 普段なかなか見ることが出来ない表情が何とも新鮮だった。

 「出来れば、君もかわいがってやってくれると嬉しい」

「そうでしたか、もう1人弟さんがいたのですね?」


「ん~では、私は姉さんとでも呼んでもらおうかしら」「あ……姉上…ですか」

「あははは」「うふふ」

 上手い返しだなと心底感心した。

 密談中であり、本来笑うような雰囲気でもないのだが、ほんのひと時屈託なく笑い合う3人だった。


 ◇◇  

 

 帝国歴202年5月3日 

 日は既に変わり、刻限は3の刻を告げている。

 既に真夜中であり、戦場に焚かれる灯具や篝火かがりびの類がほんのりと照らす以外は、全て黒で塗りつぶされたかのような漆黒。

 

 急ぎ知らせに駆ける馬のいななきが聞こえる。来たか? とうとう来たのか?

 

「閣下!、来ました証拠の品です」

 ヴァイスが息せき切って走り駆けつける。

 待ちに待ったシェリダンおうからの知らせだ。

「来たかヴァイス! 見せてくれ!」

 起ちあがる勢いで椅子が倒れてしまうが気にしない、それどころではないのだ。

 

 ようやく来たか。

 この内容次第で、我が策の成否が決まるといっても過言ではない。

 それほどに重要な知らせ。

 

「文はこちらです。それと投げ込まれた包の中にはレーヴァンツェーンの旗と、派遣された指揮官から本国へ向けた文が同封されておりました」

「よし、いいぞ! 急ぎ確認する。少し待ってくれ」

 まずは急いでシェリダン翁からの文を確認しなければならぬ。


 最初の文はシェリダン翁からで、その内容はこうなっていた。

 ノーファーは、普段は兵士が50名ほどの小さい集落だが、レーヴァンツェーン領より援軍が250名ほど派遣され、現在の総兵数300名にのぼるそうだ。

 援軍を率いる者はレーヴァンツェーンの騎士で名をベルトルトと言い、そのベルトルトの補佐役として騎士カールなる者も配属されていると書かれてある。

 なお援軍の主体は歩兵で、ノーファーの厩舎の規模もあってか騎兵は少ないとまで書いてくれている。よく調べたものだ。

 そうそう、食料はレーヴァンツェーン本国より定期的に運ばれるとも記載されていたぞ? もはや飽きれてものも言えん。


「ぷっ、ハハハ」

 私が突然笑いだすものだから、本営の天幕にいる皆が不思議そうに私を見ているではないか。

「いや、すまない。あまりに真っ黒でな? もう少し隠すと思っていたが、まあ読めばわかるさ、ほら」

 シェリダン翁からの文を卓上に置き、皆へ読むよう投げかけた。

「……」

「…」

「見事に真っ黒ですね、清々しいほどに」

 ツェツィーリアがその美しい顔を歪め、飽きれ顔で同意すると。

 ヴァイスや、アイリーンもやれやれと首を振っていた。

 オスヴァルトとホルガーは歩兵大隊長と言う立場から、陣中にいて今は本営にはいない。この件でオスヴァルトの寸評を聞いてみたかったが、こればかりは仕方がないな。非常に残念だ。


 包に同封されていた文は、レーヴァンツェーンの騎士カールが書いた、本国へ送る報告書の下書きのようであった。おそらく我々の味方である敵側の兵士が、書き損じた文を入手し翁に渡してくれたのだろうな。

 

「これら証拠の数々から、レーヴァンツェーンが我らとの停戦の約定を破りしは明白である」

 我が計はなったり。

「アンネマリー! いるか?」

「はい、ここに」

「檄文の修正だ、すぐに取り掛かるぞ!」「はい!」


「ヴァイス、ツェツィご苦労だった。夜通し大変だったろう? 感謝している。今のうちに休んでくれ」

 2人の肩にそっと手を置き、礼を述べたあと休憩をうながし目で念を押した。

 私の考えだと休むタイミングは今しかない。ギリギリまで休ませたい。


 その後は私にアンネマリー、ユリシスの3名で用意してあった檄文の下書きの修正作業を行った。援兵の指揮官などの名前も追記していかねばならない。


 そしてついに檄文は完成する。


↓レイアウト崩れなどで読み辛い方はこちら(檄文画像)↓

https://kakuyomu.jp/users/MinawaKanzaki/news/16818093078656957290

  

 ー激ー

 帝国の全臣民に告げる。

 先の伯フランツの側妃の兄という身でありながら、甥である次子アルザス・フォン・ローゼリアと共謀し、騎士である誇りをも捨て其の身を賊に成りすますや、賊討伐に兵を興した我が父を背後より討つなど言語道断である。

 卑劣で醜悪なる様は、およそ人の身に成せるものにあらず。

 悪鬼共の長子を捕縛する事に成功せし我らは、我が父の亡骸を取り戻す為に耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び、停戦の約定を結んだのである。


 あろう事か彼らは、女神シュマリナ様や帝国の作法に則り交わされた誓いを破り、約定を反故にするという暴挙に及んでいた事が判明した。


 よって私、アレクス・フォン・ローゼリアはここに

  アルザス・フォン・ローゼリア

  ヘルマン・ツー・レーヴァンツェーン男爵 

           両名に対し宣戦を布告するもの也。


 停戦の約定を破りし責は我らにあらず。

 相手が例え非道なりと、女神シュマリナ様の御名において約定を交わせしレーヴァンツェーンの長子アウグストは即時返還を行い、正々堂々と決戦を挑む事を宣言する。

 

 本決戦にあたりて檄文を発し、広くこの事実を流布する也。


                  帝国伯爵アレクシス・フォン・ローゼリア

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