7話、真夜中の撤退戦
※7/12,8話「この世こそ地獄、前編」末まで大幅改稿済みです。詳細は近況ノートをご確認ください。
自然と僕の周りにはヴァイスにオスヴァルト、そしてホルガーの三人が集まっていた。彼らの表情は一様にして硬く、眉間に
残してきた仲間たちの安否、そして生死すら定かではない父上のこと。
まさか、実子たるアルザスが裏切るなんて、想像だにしていなかったはずだ。
レーヴァンツェーンの関与が疑われることもそうだろう。
皆それぞれに言いたい事や、聞きたい事が山ほどあるに違いない。
けれど、口に出す事が出来ないでいた。
だから、皆の代わりに僕が一言だけ、紡ごうと思う。
「気がかりな事ばかりだけど、皆、無事と信じるしかない」
絞り出すような声で、そう呟いた。
三人も、力なく頷く。
普段は穏やかで陽気なホルガーでさえ、その顔には深い悲しみが刻まれている。
「それと、ヴァイスありがとう」
僕は万感の想いを込めてヴァイスに礼を言う。
今回の離脱で、最も危険な役割を担ってくれたのは、他でもない彼だったから。
ヴァイスは何も言わず、ただ静かに微笑み返してくれた。
「ところで、アウグスト殿の様子は?」
僕は、少し離れた場所で横たわるアウグストと、その傍らで見張りに付いているアイリーンに目を向けながら、オスヴァルトに尋ねた。
「気を失っているようです」
オスヴァルトが簡潔に答える。
「命に別状はない?」
「鎖骨から肩にかけて重傷のようですが、命までは大丈夫かと」
オスヴァルトの報告に、僕は安堵の息を吐く。
この厳しい状況の中、彼を確保したのには狙いがあった。
それを実行するまでは死なれては困るし、何があっても逃がす訳にはいかない。
「僕に考えがあるんだ。だからどうしても彼は連れて帰りたい」
僕は、三人に向けて視線を向ける。
すると、オスヴァルトが何やら良いアイデアでもあるのか、おもむろに口を開いた。
「今のまま彼を運ぶのは少々無理があります。村から荷車を借りて馬に繋ぎ、それで運んでみては?」
「ならば、荷台にはアイリーンを同乗させてはどうでしょう」
オスヴァルトが発案し、ヴァイスが補足する。
「結局、村に力を借りることになるが、荷車で運ぶ方がずっと安全か……」
僕は、月明かりに照らされた村を見つめながら呟やく。
三人も同意するかのように、ただ村を見つめていた。
「実際、同乗させるなら軽いアイリーンが一番良いと思う。おまけに強いし」
何気なく男四人がアイリーンを見つめると、視線を感じたのだろうか?
アイリーンが僅かに手を振り、可愛らしい笑顔で返してくれた。
「はぁ、あれでもう少し胸が大きかったらな。無さすぎるだろう」
やれやれとでも言いたげなポーズと共に、オスヴァルトが言い放つ。
聞こえた周囲の皆が「違いない」と、陽気に首を縦にふり笑いあっていた。なぜかホルガーだけが、顔を少し赤らめ俯いているけど……。
今までは、僕がいると周りが遠慮する事や、立場的な違いもあって
貴族として育った僕には、新鮮すぎる光景だった。
心なしか怒ってるような気がするけど、気のせい……だよね?
僕は少し不安になりながらも、荷車の準備を進めることにした。
↓ アイリーン挿絵です ↓
https://kakuyomu.jp/users/MinawaKanzaki/news/16818023213425274341
アウグスト殿を荷車に乗せると、一刻も早くこの地を離れるべく、僕たちは夜の帳の中を懸命に進んだ。月明かりだけが頼りの暗闇の中を、敵の追手が迫っているのではないかという不安が、僕たちの心を締め付けていく。
目に映る見覚えのある景色の数々に、領都がもう、そう遠くないことを知る。だが、無情にも、後方から迫る馬の
敵の追手が迫りつつある。
その騒々しさから、かなりの数であることがわかる。
「……敵も必死ですね」
アイリーンが、肩にかかる美しい赤髪を揺らしながら、呆れたように呟いた。
その赤みがかった瞳と整った顔立ちを、今は「勘弁してくれ」とでも言わんばかりに歪ませながら。
幼い頃から彼女を見てきた僕にとって、その美しさはもはや見慣れたものだったが、世間一般では美女と評されるのだろう。
オスヴァルトに言わせれば「良い女だが、絶壁すぎて無理」らしいけど……。
「もう領都が近いですから」
ヴァイスの言葉に、僕も頷いた。
レーヴァンツェーン側も、嫡男であるアウグスト殿を人質に取られているのだから、必死にもなるさ。もし彼を取り戻せなければ、側に仕えていた者たちがどうなるか、想像するだけで恐ろしい。
「領都との距離を考えると、敵もこれが最後の機会だろうと思う。アイリーンの荷車を中心に防御陣形をとりつつ、迎え撃つぞ」
僕は掠れた声で、必死に兵士たちへ指示を出して行く。
そして、夜の
敵は騎兵のみの二十数騎と思われる。
皆が勇猛果敢に戦う中、何も出来ない自分がもどかしい。
諦めずに、挫けずにもっと槍の稽古しておくのだったと、後悔の念が胸を締め付ける。けれど、そんな感傷に浸っている暇はない。
味方の兵士たちが次々と敵を倒していく。一騎、また一騎と敵の騎兵が討たれ、いよいよ追い詰められた敵の数騎が、暗闇の中、苦し紛れに何かを投じる。月明かりに一瞬反射したその煌めきは、間違いなくナイフの類だろう。
「危ない!」
僕はとっさに身を翻すと、ヒュッという風切り音と共に、ナイフが僕の頬をかすめていった。まさに間一髪、本当に危ないところだった。自慢じゃないが、もう一度躱せと言われたら次は自信が無い。
激しい戦闘の末、敵は十五騎ほどを失って、ついに退却を開始する。
「……どうやら、退き始めたようですね」
近くの荷車で矢を放っていたアイリーンが弓を置き、安堵の息を吐きながら呟いた。
その瞬間、彼女の視線が僕の顔へと注がれる。
「アレクス様? 頬から血が」
アイリーンの声に僕は慌てて頬に触れると、確かに指先へ生暖かい感触があった。
「ああ、これは投げナイフがちょっと掠っただけさ」
僕は傷口を確認しながら、アイリーンへと視線を戻す。
「それよりもアイリーン、アウグスト殿は無事かな?」
僕の言葉を受けて、アイリーンは慌てながらも、荷台で昏睡したままのアウグスト殿の体をくまなく確認していった。
「はい、大丈夫です」
「よかった」
僕は、ほっと胸を撫で下ろす。
敵の追撃隊が、アウグスト殿を狙う筈が無いと分かってはいても、何分夜中のことだ。見えていないかもしれないし、手元が狂うことだって十分考えられる。
最後の追撃をからくも退けた僕たちは、再び領都に向けて歩みを進めていた。
三月の夜の冷気は、肌を刺すように冷たい。
疲れ切った体を引きずるように、一歩一歩、大地を踏みしめる。
この辺りまで進むと、散り散りになっていた味方の兵士たちや、戦場から無事逃げおおせた小勢たちも現れ始め、次々と僕達への合流を果たしていた。
僕たちと同じように、彼らの顔にも疲労の色が濃く滲み出ているものの、ここまで辿り着けた喜びと、合流出来た嬉しさで表情は明るい。
「皆、本当によく、生き伸びてくれた……」
僕は、合流を果たした兵士達へ声を掛けていく。
「若様こそ……よくぞご無事で……」
喜びか、安堵なのか、涙を浮かべる兵士達もいた。
いつしか、合流した兵士たちの数は、当初の何倍にも膨れ上がっている。
これだけの数がいれば、敵の追撃部隊も迂闊には手を出せないだろう。
「見えた! 領都が見えたぞ!」
「本当だ、領都だ!」
「俺達は助かったんだ!」
誰かが叫び始めた。
その声に、疲れから俯きがちだった兵士たちは一斉に顔を上げていく。僕もだ。
見れば暗闇の中を、無数の灯火に照らされた領都北門が、まるで希望の光のように煌々と浮かび上がっていた。死線をくぐり抜け、夜通し歩いてきた僕たちにとって、この上ない感動的なものに見えてしまう。
よかったぁ……、何とかローゼリアを繋ぐことが出来ましたよ。父上……。
僕は、嫡子として最低限の事は果たせたと、安堵の息を吐きながら、光り輝く門を見つめていた。
兵士たちは、疲れ切った体を引きずりながらも、自然と足は速くなる。
食事も碌に取れていないはずなのに、彼らの顔には笑みが浮かんでいた。
ガガガ、ギギィ……
重々しい音を立てて、北門がゆっくりと開き始める。
その瞬間、兵士たちから歓声があがった。
ついに、僕たちはローゼンハーフェンへと帰還を果たしたのだ。
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神崎水花です。
デビュー作である本作をお読み下さり、本当にありがとうございます。
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