6話、許せぬ裏切り 後編

 ※7/12,8話「この世こそ地獄、前編」末まで大幅改稿済みです。詳細は近況ノートをご確認ください。


  「貴様ぁ、良いところで邪魔を!」

 アルザスの槍が正に僕を貫かんとしたその刹那、 ただひとり間に合ったヴァイスが、アルザスの前に大きな壁となり立ちはだかる。

「遅くなりました」

「そんな事は無いさ、ありがとうヴァイス」


「クハハハハッ、これは傑作だ。こんな所で愚昧ぐまいと会おうとはな」

 僕を守るように馬を前へ滑り込ませたヴァイス、その前にはアルザスが対峙している。そのアルザスの後ろから、新たに数騎の騎兵がこの場へ現れたのだ。

 先ほどの嘲笑は、どうやらその男から放たれたようだった。

 

「あ、兄上?」

 その人物は心底冷めた、氷のような冷たい目で僕達を見ている。

「レ、レーヴァンツェーン家のアウグスト殿?」

 僕が問いかけるも返事はない。見ようともしない。

「そこをどけ、そこな嫡子に用がある」

「なぜ兄上がここに? 此度の事、レーヴァンツェーンが関与しているのですかっ!」

 レーヴァンツェーン現当主の妹は、父上の第2婦人だぞ!?

 アルザスの母でもあるんだ。そんなバカな……。

「貴様に話す筋合いはない、退け、この愚昧ぐまいがッ」


↓ アウグスト挿絵です ↓

https://kakuyomu.jp/users/MinawaKanzaki/news/16818023213426500575

 

 アウグストと思われる男が、怒気を込めた槍をヴァイスへ振り下ろすが、ヴァイスはそれを難なく退ける。

其奴そやつ、なかなかの腕前ゆえ助勢いたす」

 アルザスがそう発し二者の戦いへと加わると、ヴァイスは二対一の状況に追い込まれる。そして間が悪い事に、道中あれほどの強さを見せたヴァイスは、まるで別人のように精彩を欠いていた。

 兄や実家の関与を知り狼狽えているのだろう。信じたくない気持ちが、ヴァイスの心をかき乱す。心が乱れれば剣筋は鈍り、足取りは重くなるものなのだ。今やヴァイスは二人の攻撃を捌くのが精一杯で、反撃の糸口すら掴めない。


 振り返れば、単騎飛び出した僕に呼応して、いち早く馬で駆けたヴァイスだけがこの場に間に合い、数瞬遅れた他の皆はレーヴァンツェーン近習の猛攻を受けていた。アイリーンが敵の攻撃を華麗にかわしては、急所めがけ槍を突き刺す。女性ゆえパワーは劣るも持ち前の速度を生かした攻撃を見せ、オスヴァルトは皆の死角を埋めるよう周りを良くフォローし、敵を確実に減らしていく。

 ホルガーはその大きな体躯に相応しい、凄まじい膂力りょりょくで武器を振り回し、無数の敵を吹き飛ばしていた。一度暴れ始めると手が付けられない様子は、まるで暴風のようだった。


 僕が我を忘れてアルザスと数合打ち合ったせいで、軍は完全に勢いを失い、アルザス・アウグストの近習に取り囲まれてしまう。個々の強さは我々が圧倒していたけど、いかんせん数で大きく劣る我らは苦しい。

 これは、怒りに我を忘れてしまった僕の失態だ。

 みなごめん、本当にごめん。

 皆を危険に晒してしまった事は、本当に申し訳ないとは思うが、反省の気持ちは微塵もない。それ程にやつが許せなかった。

 

「ヴァイス! 父上は殺され、今やらねば僕らも全滅だよ。それでいいの?」

 僕はヴァイスへ向けて叫ぶ。ありったけの声で。

 父や兄が、敵側にいるんだ。

 本来なら君をも疑うべきで、必ずしも味方とは言えない状況なんだろう。他人はそう言うかもしれないな。でも、子供の頃から共に過ごした時間が、思い出が、と僕を確信へと至らせる。


「僕は、誰よりも君を信じているよ」

 この広い世界で、たった二人。弱さに嘆きあった僕達。

 唯一、素の自分で付き合えた間柄だった。裏切る訳がないだろうが。

 そして、こんな所で討たれるような君じゃないだろ。

 

「こういう時の為に、頑張って来たんだろう?」

 雨の日も、風の日も……。

「……申し訳ございません」

 ヴァイスは、謝罪と共に馬を数歩下がらせると、間合いを取り直し、一瞬、目を瞑った。それは、戦場で逡巡しゅんじゅんした自分への後悔と、今この瞬間に全てを懸ける決意の表れに見える。

 そんな彼が再び目を開いた時、彼の瞳には静かな闘志が宿っていた。

 幼い頃から愚直なまでに続けてきた鍛錬と、彼に生まれながらに備わった才が、武が、今、見事に融合し昇華する。

 その瞬間、彼の全身から武の奔流がほとばしった。それは、まるで心の奥底で燻っていた小さな炎が、一瞬にして全てを焼き尽くす業火へと変貌を遂げたかのように、猛々しくも、気高く美しい。

 

 自分を取り戻したヴァイスに、この2人ではもう勝負にさえならなかった。

 2対1など不利でもなんでもない。それ程までに圧倒的で純粋な武。


 あれは僕が望んでも、ついぞ手に入らなかったもの。

 ああ、そうか。僕から抜け落ちた分はヴァイスのところへ行ったのかもしれない。

 むしろそうであってほしい。その方が余程救いがある。

 

 先ほどまで、互いに激しく火花を散らしていた打ち合いは、まるで嘘のようにあっけなく終焉を迎えた。ヴァイスの凄まじい速さの一撃は、アルザスの槍を弾き飛ばし、その勢いのまま彼を馬上から吹き飛ばす。そして、返す槍の石突きに、胸を豪打されたアウグストは苦悶の表情を浮かべて武器を落としてしまった。

 そこへ槍を軽やかに旋回させて、アウグストの頭上へ高々と振り上げる。

 もう迷わないヴァイスの一撃は、確実に、兄であるアウグストの命を絶つだろう。


 ヴァイスの槍が、アウグストの頭上に振り降ろされようとする刹那、僕は叫んだ。

 「殺さないで! 出来れば生け取りたい、出来る?」


 僕の声は届いた。

 ヴァイスは振り下ろした槍の刃ではなく、根本の逆輪さかわ部分でアウグストの鎖骨付近を剛打した。強烈な衝撃音と共にアウグストは崩れ、馬上に上半身を伏せたようになっている。おそらく何ヶ所か骨折しているのかもしれない。

 アウグストが動けないと見るや、ヴァイスは彼が騎乗する馬のくつわを取り、向きを変え、槍の石突きで馬の尻を叩く。


 尻を突かれた馬は驚き、戦場を駆け出した。


「アレクス様行きましょう」

 なるほど、進行方向にアウグストと馬を駆けさせ追いかけるのか。

「皆、戦闘をやめ離脱せよ! 駆けよ! 続けーっ」

 駆けるアウグストの馬を追うように、僕達は全力で駆けた。

 ふと、皆が付いて来ているか不安になり、上半身を捩じり後ろを確認する。見れば全員無事脱出来たようで安堵の息を漏らす。ホルガーが殿しんがりをかって出てくれたお陰か。

 ホルガー、危険な役目を引き受けてくれてありがとう。


 逃げる僕たちを、容赦なく追ってくる敵軍。

 戦っては逃げ、追いつかれては戦う。そんなことが幾度となく繰り返されるうちに太陽は西の地平へと沈んで、辺りは漆黒の闇に包まれ始めた。

 月明かりが辛うじて、僕らの行く先を照らしてくれる。

 歩兵たちは騎兵に遅れまいと、疲労のなか歯を食いしばって駆けていた。


 月明かりが木々を不気味に照らし出す中、僕たちはなおも馬を走らせる。

 時おり木陰に身を潜めながら、追っ手の様子を窺うも現れる様子は無かった。

「……どうやら、撒いたようですね」

 敵の追撃を躱した事にヴァイスが、安堵の息を吐いた。

 

「オスヴァルト、兵達が限界だ。休むのに良い場所はないか?」

 僕は、隣を走るオスヴァルトに掠れた声で尋ねる。

「もう少し進んだ先に、小さな村があったかと」

 オスヴァルトもまた、掠れた声で応じた。

「皆、村まで頑張るんだ。もう少しで休憩できるぞ」

 僕は疲れた兵を鼓舞するように励ますけれど、返ってくるのはかすかな返事と、荒い息遣いのみだった。それ程に皆疲れていた。


 それでも僕たちは、暗闇の中をさらに一刻ほど進む。

 そして、ようやく小さな小さな集落を見つける事が出来たんだ。

 こんな夜更けに兵が押しかければ、村人たちに不安を与えてしまうだろう。騒ぎになれば敵に感づかれてしまう恐れもある。ましてや、僕たちがここにいたことが後々敵に知られれば、関係ない村人たちが報復を受けるかもしれない。

 

「騒ぎを起こせば敵に感づかれてしまう。それに僕たちが、ここにいたことを知れば村人たちが報復を受けるかもしれない。村の外れで静かに休もう。人も馬も限界だ」

 僕は馬のたてがみを優しく撫でながら、皆にそう告げた。


 村から少し離れた木立の中を、兵士たちは苔むした岩や倒木に身を預け、思い思いに休息の体勢をとっていた。

「ふぅ……やっと一息つけますね」

 若い兵士が、隣に座る戦友に声をかける。

「ああ、戦うか走るかのどっちかだもんな。きつ過ぎるぜ」

 戦友は、力なく笑って頷く。

「すまん、水を貰えるか? 俺の水用恵具はどうやら魔力切れらしい。飲み過ぎちまったようだ……まいったな、はは」

「ああ、どうぞ」

「ありがとう」

 兵士たちは時に水を飲み、固くなった干し肉をんでは、各々おのおの休息の時間を過ごしていた。静寂の中聞こえるのは虫の鳴き声と、時折響く馬のいななきだけ。静かな夜だった。

 

「アレクス様」

 オスヴァルトが、静かに僕の名を呼んだ。

「何だい? オスヴァルト」

 僕は、目を閉じたまま答える。

「申し訳ありません。飼葉は無く、馬用の水も我々の分しか残っておりません。これ以上、馬に無理を強いるのは難しいかと」

 オスヴァルトの声には、申し訳なさが滲んでいるようだった。

 飼葉かいばも水も不足しているのは、彼のせいではないだろうに。

「馬の水か……、村の井戸から拝借するしか無いか」

 

 馬は人に従順で大人しく、大変重宝する生き物だが、その維持に大量の飼葉と水が必要だったりする。とにかくよく食べ、大量に水を飲むのが馬という生き物なのだ。

 その量は、馬一頭でなんと二十ℓ近くにも及ぶ。

 突然の裏切りにより、着の身着のままの恰好で離脱した我々は、腰に下げた僅かな腰袋が手持ちの全てだった。腰袋には多少の糧食や水筒などを持つ者がおり、水を出す恵具を持っている者も僅かにいるようだったが、馬にやるには全てが足りなかった。


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神崎水花です。

デビュー作である本作をお読み下さり、本当にありがとうございます。

少しでも面白い、頑張ってるなと感じていただけましたら、★やフォローなど、足跡を残してくださると嬉しいです。私にとって、皆様が思うよりも大きな『励み』になっています。


どうか応援よろしくお願いいたします。

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