31話、もう一つの父と子

 細く煌びやかな、まるで金糸や銀糸で織りなされたような美しい髪を風になびかせツェツィーリアは駆ける。

 青い旗のもと白と紫の二花が駆けてゆく。

 

 彼女の危機に颯爽と現れ、死地より救いし青薔薇ローゼリアの旗。

 今はこの青薔薇が彼女の旗だった。

 彼の血の繋がらぬ弟と共に、の剣となりて敵を滅ぼす。

 ローゼリア旗下に馳せ参じてから、まだ日は浅い彼女ではあるものの。

 この青薔薇の旗は既に彼女の誇りとなりつつあった。

 

 美しくも強く苛烈で、疾い二花に率いられた騎兵隊は、敵の歩兵大隊を面白いように引き裂き、敵陣の奥深くまで侵入してゆく。

「左翼から騎兵隊が突撃した模様!、敵の前線は混乱しつつあります」

「ツェツィーリア様の隊か!」

「よし、今だ。前線を押し上げるぞ!」

 混乱の渦中にある敵は、前線の把握どころではないはずだ。

 いまなら押せる、押し切れる。

 なによりそれが、敵中突破を図る騎兵隊への助勢にもなる。


「我が歩兵大隊は守勢をやめ、これより攻勢にうつる」

「いくぞ、 押しだせーッ!」

「オオーッ」

「ホルガー付いて来い!」

 ツェツィーリア率いる騎兵隊の突撃に歩調を合わせ、攻勢をかける歩兵大隊。

 一気呵成いっきかせいに攻めるは今だ。

 勝機を周りの兵に知らしめるためにも、ホルガーを連れ前線へ自ら切り込むオスヴァルト。

 後世の人々も含めローゼリアと言えばアレクシスにヴァイス、ツェツィーリアの名を上げる人が多いだろうが、何を言わんやオスヴァルトやホルガー、この2人も決して負けてはいない。

 

 隊長と副隊長が前線へ突撃する様を見て、釣られるように攻勢を増す歩兵大隊。

 レーヴァンツェーンの歩兵大隊は、挟撃を受けながら猛攻に晒されるという悪夢のような状況に、混乱の極みに達しようとしていた。

「くそっ、ええい落ち着かんか!」

「前に集中しろ」

「予備兵を敵騎兵に回せ、時間を稼がせろ」

 必死の形相で声を張り上げ、次々に指示を出し前線を立て直そうとする男の姿が、ラウラの目に飛び込んできた。


「見えました姫様、あそこです」

 突撃の最中、敵司令官の位置をツェツィーリアへ指さし示す。

「あれが敵指揮官のようね、ありがとうラウラ」

 斜め前方を駆ける主人が、手綱を引き鮮やかに馬の向きを変えると、二花を先頭に追随する蒼い濁流も緩やかに曲線を描き、敵前線を貫いていく。


 そしてついに敵の前線指揮官を捉える事に成功する。

 

「私の名はツェツィーリア・フォン・ローゼンヌと申します。敵指揮官とお見受けしました。その首、頂戴致します」


「女如きが討てる首と思うてか? 逆にこの俺の女にしてくれるわ」

「ラウラ、馬をお願いします」

「は、はい?」

 馬を任せる? 呆気に取られる副官をよそに愛馬の鞍に足を掛けると、空へ高く跳躍するツェツィーリア。

 馬に乗ったまま突撃してくると思い込んでいた前線指揮官は、ツェツィーリアの予想外すぎる動きに意表を突かれ、僅かに反応が遅れてしまう。

 空中を飛翔したままのツェツィーリアはそれを見逃さない。

 今こそが好機と見定め、大胆にも愛槍を敵へ目掛け投じた。


 予想外の敵に、予想外の飛翔。

 彼の人生で未だかつて見た事もないような美しい女が、鮮やかな青で彩られた白銀の軍装を煌めかせ空へ飛ぶ。まるで戦場へ舞い降りた戦女神のような姿に一瞬心奪われた彼が、再びその自我を取り戻したとき。

 彼女の愛槍は既に彼の身を貫いていた。

 

 ビィィィィン

 彼を貫いたツェツィーリアの愛槍は勢い凄まじく、そのまま地へと突き刺さり衝撃にその槍身そうしんを振るわせている。

 武こそが彼の誉れであった。

 武こそが何よりも優先されるレーヴァンツェーンにおいて、長きに渡り君臨していたその男の人生は、空を飛翔せし女神のような女が悲し気な表情と共に「ごめんなさい」と発した瞬間、幕を降ろす。


◇◇

 

「ご報告ッ。ヴァイス様が敵騎兵大隊の隊長、副隊長を討ち取った模様です。現在は敵騎兵隊の残兵を掃討中との事!」

[レーヴァンツェーン軍:2484、士気58]

 私は報告を受けながら、異能によって表示されるレーヴァンツェーン軍の戦力と士気が急速に低下していくのを確認した。


「ご報告します。ツェツィーリア様が敵左翼より突入」

 続いて、左翼方面からの報が入る。

「前線指揮官を討ち取ったようです。それに合わせてオスヴァルト様が全面攻勢にうって出た模様」

[レーヴァンツェーン軍:1912、士気42]

 ツェツィも前線指揮官を討ち取ったか……。さすがだな。

 それと同時に、彼女の身を案じる気持ちがじわりとこみ上げてくる。

 しかし、今は戦の最中。個人的な感情を表に出すわけにはいかない。

 私は、冷静さを保ちながら、戦況を見守った。

 

 オスヴァルトがツェツィと見事に連携し、挟撃のていとなった敵軍は士気も兵も更に大きく減じている。その士気は42とかなり低下していた。

 もう前線は崩壊寸前だろうな。

 

「ご報告いたします」

「うむ」

「ヴァイス隊これより敵左翼へ突入との事」

[レーヴァンツェーン軍:1682、士気38]


「おおおぉ」

 次から次へと入る戦果の報に、本営へ詰める者達はどよめきながらも感嘆の声をあげ初めていた。

オスヴァルトが率いし歩兵大隊は全面攻勢へと移り、敵の左翼より突入したツェツィーリア隊は敵前線指揮官を討ち取った後も突撃を敢行、見事敵前線を突き破り右翼へその姿を現している。

 そしていま敵騎兵を殲滅したヴァイス隊が左翼から突入し、ツェツィーリアがズタズタに引き裂いた敵陣を縦横無尽に駆けていた。


 流石に勝負あったか。

 後はどう戦いを終わらせるかだな。

 私の思考は如何に勝つか、では無くどう終わらせるかへとスライドしていく。

 

 戦場では何があるかわからない。

 けして油断はしないが大勢は決しただろう、我らの勝ちだ。


 ◆◆


「御館様、ベルトルト様戦死の報ありです」


「何? ベルトルトが? 一体誰に討たれたというのだ」

 勇猛でなる我が軍の騎兵隊長だぞ?

 ローゼリア如きに討たれし男ではない。

 

「そ、それがヴァイス様に討たれたようで」

「あの放逐した倅にか?」

「おそらく……」

 

「少しお待ちください」

「──何? 誠か?」

 報告中にも拘らず伝令が次から次へとやって来おる。

 

「カール様も戦死されたそうです。ベルトルト様の仇を打とうと……」

「なっ、それもあ奴の仕業だと言うのか?」

 

 かれこれもう20年程前になるか?

 我が領都レムシュタットに美しくも愛嬌ある女がいるらしい。

 そんな噂を聞いた若き日の儂は、その女にどうしても会いたくなったのだ。

 その女を我が館へ呼びつけ、実際に会ってみると確かに美しくはあった。

 茶色の髪と茶色の瞳の美しい女だった。

 町娘のようで、洗練されてはおらんがな、まあ悪くはなかった。


 それよりもその態度が許せなかった。

 領主たる儂が会おうと言うのにだ。

 その女は何を勘違いしたのか。

「愛する夫がいる、どうか家に帰して欲しい」と泣くではないか。

 我が領都で、儂以外のモノになる美しき者など許せるか?

 奪い、手折たおってやったわ。

 ふはははは。


 だがその娘は、美しいが泣いてばかりの陰気臭い女でな。

 儂の女となったからにはと、美しい服を与え、化粧を買い与えたがダメだった。

 美しいが常にうつむき笑わぬ女、まるで人形のような女。

 あいつの側にいると気が滅入る。


 儂は次第に興味を失っていった。

 それから1年もせんうちに子が生まれたという。

 あの女の子なぞ、もうどうでも良かった。


 儂の子かどうかもわかるまい。

 なにせ元は人の女であったのだ。

 抱いたのも最初のうちだけよ。

 

 よりにもよってだ。

 の息子が、儂の臣下どもを次々と討っているだと!?

 儂にうとまれ、我が子アウグストにも虐められ常に怯えてたあの弱虫が?

 意味がわからんわ、どうすればそうなると言うのだ。

 

「ぜ、前線指揮官アブラハム様戦死ッ!」

 あ奴へ思考を向けていたら、今度は我が前線指揮官であるアブラハムが死んだなどと言う。アブラハムは我が軍の重鎮、我がレーヴァンツェーンで儂の次に強い男だぞ!?

 

「おい貴様、なんと言った?」

「ア、アブラハム様戦死と……」

「ふざけた事をぬかすな! 一隊誰にやられると言うのだ」

 まさかまたあ奴か?

 くそっ、放逐などせず殺しておくべきだったのだ。

 いや、こうなるとわかっておれば手なずけておくべきだったか。

 くそっ、くそっ。

 

「ツェツィーリアなる者だそうです」

「そんな奴ローゼリアにいたか?」

 

「誰だそいつは」

 聞いた事もないぞ。

 ローゼリアは妹が嫁いでいた事もあり、表面上は仲良く付き合ってはいた。

 数年前に一度演習をした際もいなかったと思うが?

 女と言えば確かそう、赤髪の女がいたくらいだ。

 

「恐らくですが、ツァハリアス子爵の娘かと」

「ローゼンヌの娘だと? なんでそんな奴がここにいる!」


 次々と指揮官が討たれていく。

 平和主義で温いローゼリアと違って、我がレーヴァンツェーンは武門の家ぞ?

 武でここまで上がって来た家ぞ!

 なぜローゼリア如きに負ける。

 儂はどこで間違えた?

 ヴァイスを殺さずに放逐した時か?

 妹の子こそローゼリアの跡継ぎに相応しいと思ったあの夜か?

 

「お、御館様、前線が崩壊しつつあります」

「御館様お逃げください」

「わ、儂が逃げるだと!?」

「急がねば、今ならまだ間に合います」

 くそっ。

 なんたる事だ。儂がローゼリアの若造相手に逃げるだと!?

 しかし、背に腹は代えられん。儂が生き伸びてこそのレーヴァンツェーンか。

「わかった、退却する」


「前線部隊にはそのまま時を稼がさせよ。本営の士官どもは儂に続け!」


 ◆◆


「閣下、ツェツィーリア様より連絡です」

「なんと?」

「レーヴァンツェーン本営のみ退却との事、追いますか?」

「本営のみ逃げただと? 前線の兵を捨てて逃げたのか?」

「そのようです」

 

 愚かなり、ヘルマンよ。

 外征ならそれもまだよい。

 だが、本土に侵攻されている状況で兵士を捨ててどうするのだ。

 誰がそんな奴のために命を賭けて戦う?

 やはり、どこまでも時間勝手な男よ。

 

「今から追っても追いつけまい。追わずともよい、残敵の掃討に移ってくれ」

 

 軍のトップが逃げた。

 兵を統率すべき幕僚たる士官達をも連れて逃げたのである。

 

 前線で歩兵を指揮していた指揮官は討たれ、前線へいた他の騎士達もすべからく討たれた今、前線に残るは精々が中隊長程度である。

 ヘルマンが逃げた当初は、彼の逃げる時間を稼ぐべく激烈に戦う部隊もいるにはいたが、率いる者が死してからは沈黙している。


 ぼつりぼつりと武器を放り投げ両手を上げ、投降の意思を示す兵士が現れる。

 最初は少なかった投降兵も、それがローゼリア軍に受け入れられる事が知れると次々と手を上げていき、それが戦場を伝播して行く。

 司令官も指揮官も居ない戦地で、戦える兵などそうはいまい。

 当然の帰結である。

 残存した兵力の半数以上が投降し、残りは散り散りとなって逃げていった。

 残敵の追討戦はさせるが、戦意を完全に失い散り散りとなった敵を討てとは流石に命じる事は出来ない。我々は虐殺者ではないのだ。

 

 レムシュタット近郊で行われた、ローゼリア対レーヴァンツェーンの決戦は我々の大勝利で幕を閉じた。さぁいよいよレムシュタットだ。

 首を洗って待つがいい……ヘルマンよ。

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