ローゼンクランツ王国再興記 〜前王朝の最高傑作が僕の内に宿る事を知る者は誰もいない〜

神崎水花

1章、人が生きる世こそ地獄ではないか

1話、才が無い辛さが分かるか?

 ※7/12,8話「この世こそ地獄、前編」末まで大幅改稿済みです。詳細は近況ノートをご確認ください。


「閣下! アルザス様より急使が参っております」

 家令の声に、ローゼリア伯フランツは眉をひそめた。

「アルザスから? 一体何事だ」


 帝国貴族、ローゼリア伯フランツには二人の息子がいる。

 嫡子であるアレクスは心優しく穏やかで、誰からも好かれる良い性格をしていたが、武芸の才には恵まれていなかった。一方、次子のアルザスは武芸に秀で、活発な子ではあるものの粗暴な一面を持ち合わせており、武芸を苦手とする兄を下に見ている節があった。

 

 兄弟姉妹に仲良くして欲しい。

 子を持つ親なら貴賤きせんの別なく皆願う事だろう。

 お互い補えば素晴らしい兄弟となるだろうに。

 父が願う、兄弟二人の関係は改善するどころか、悪化の一途をたどっていた。


 兄弟の関係が少しでも良くなるようにと、父フランツは一つの決断を下す。次子アルザスに、ローゼリア家が所有する領地の中でも北部に位置するノーファーへの出向を命じ、領主代行の権利を与えたのだ。そして、その統治範囲はノーファーから、北へ隣接するレーヴァンツェーン領との領境までと定める。

 そこは、都会から離れた田舎ではあるものの、穏やかで治めやすい土地柄だった。さらに隣領レーヴァンツェーンの現当主は、アルザスにとっては叔父にあたる。土地は穏やかで南には父がおり、北には叔父がいる。経験を積むには最適な場所だと言えるだろう。

 

 立場が人を変える。という言葉があるように、父フランツは、アルザスが領主代行としての責任を負うことで、人間的に成長することを願っていた。同時に、兄弟が物理的な距離を置くことで、互いへの感情が落ち着き、関係が改善されることも……。

 これは親として、そしてローゼリア家の当主としてのフランツの、希望と願望が込められた決断だった。


 二人の父フランツは、親である前に帝国の伯爵でもある。

 彼には守るべき領地と民がある以上、ただ甘いだけの父親ではいられない。

 いずれ、このローゼリア伯爵領は嫡子であるアレクスが継ぎ、次子であるアルザスは兄を良く補佐し支えて行くようにと、親としての切なる願いと『跡を継ぐはアレクスである。決して間違う事なきよう』と、長幼ちょうようじょを周りに知らしめるためのものでもあったのだ。


 そんな中、次子アルザスから父フランツのもとへ、急ぎの使者が遣わされる。

 この知らせが、後に続く波乱の幕開けとなり、一人の子が至高の王へと歩む切っ掛けとなることを、フランツはまだ知る由もなかった。


ーローゼンクランツ王国再興記ー

 第1章『人が生きる世こそ、地獄ではないか』

 

「ノーファーへ向かう野盗の集団を発見、急ぎ援軍を乞うとの事です」

「野盗の集団と言ったか? 我が領内で賊に身を落とすようなものなどおるとは思えんが……、仕事なぞいくらでもあろう?」

 フランツは訝しげに尋ねる。ローゼリア領は帝国有数の港を抱え、交易が盛んな地だ。仕事に困る者などいると思えなかったのだ。

「昨年の件もございますれば……」

 家令の言葉に思わずハッとする。昨年のこと、つまりゲーベンドルフ公爵が摂政に就任してからの混乱を思い出したのだ。


 ──六年前、新帝陛下がわずか三歳でご即位なされた。

 さすがに幼すぎると、新帝陛下がご成人なされるまでとの条件付きで、帝国で最大の権勢を誇る大貴族、ゲーベンドルフ公爵が摂政に任命されたのだ。

 摂政へ就任した当初は、周りの意見をよく聞き、精力的に政務に取り組んでいた公爵を、帝国の最高権力者という極上の甘露が狂わせたのか、あるいは元々が野望高き男だったのかはわからない。


 権力に酔いしれた男は、徐々に傲慢で冷酷な本性を現し始める。

 続く公爵の横暴は宮廷を腐敗させ、次第に公正さや良識が失われて行った。もはや止める者すらいない彼の傲慢なる振る舞いは、国内で不満を巻き起こし、ついには国家の安定を脅かす事態へと発展してしまう。


 一年前の帝国歴二百一年。

 帝国の将来を憂慮した一部の臣下達と、南部に所領を持ち、帝家との縁戚関係にあったゲルドリッツ大公が手を結び『公爵討つべし』と公爵打倒の兵を挙げたのだ。

 この戦いは、優秀な将を多く旗下きかに抱える公爵軍が終始有利に進め、多大な損害を被った大公軍は撤退を余儀なくされてしまう。

 この戦いに勝利した帝国摂政ゲーベンドルフ公爵は、新年祝賀会を帝都ではなく、公爵領の公都で開催するという暴挙に及ぶ。帝国の長い歴史において、新年の祝賀会が帝都以外で行われるなど初めての事であった。


 後世の歴史家達は、この戦いを機に帝国はしたと断ずるやもしれん。

 それ程に衝撃的で、帝国の歴史において分水嶺となる出来事であった。


「南の情勢不安で流れて来たと言うのか?」

「少なくとも、ローゼリア領で自然発生したものでは無いと思われます」

 家令と思わしき初老の男は、慎重に言葉を選んで答える。


「そうだろうな、で、賊の規模は聞いておるのか?」

「二百ほどと聞いております」

 予想もしていなかった野盗の数に、フランツは思わず目を見開いてしまう。

「二百だと? 賊にしては多すぎる。その数ではノーファーなどひとたまりもあるまい。わかった、急ぎ援軍を出すと返事してやってくれ」

 父は窮地に陥るであろう我が子を救うべく、即座に決断を下したのであった。


 ◆◆


 弟が、昨年から領主代行として赴任しているローゼリア領北部は、東部に小高い山々が峰を連ね、その麓には豊かな森林が広がる長閑のどかで穏やかな、緑あふれる良い土地だったのを覚えている。そんな穏やかな北部にあるノーファーという集落近くに、相当数の野盗集団が現れたとか。


 ノーファーは、町と言うには少し頼りなく、村というほど小さくもない。中途半端な規模の集落で、近隣に敵対勢力が存在しないことから、拠点防衛のための施設は全く整備されておらず、お世辞にも戦いに向いた拠点とは言えない有様だった。

 父上は報告を受けてからすぐに、ノーファーの危機的状況と、その脆弱な防衛体制を深く憂慮し、一刻も早く領都から援軍を派遣するべし。との決定を下した。

 

 援軍派遣が決まってからというもの、屋敷の内外は常に慌ただしく、落ち着かない雰囲気に包まれていた。家人たちは準備に屋敷中を走り回っており、使いの者は出たり入ったりと忙しい。皆がノーファーの危機を救おうと、全力を尽くしていた。

 そんな喧噪の中、僕は自室の窓辺で静かに読書をしようと試みる。普段なら、愛読書の世界に没頭できるはずなのに、今日はどうにも集中できない。

 

 ページをめくっても、文字が目に飛び込んでこないんだ。

 活字を追おうとするたびに、外の喧騒が耳に入り心がざわめいてしまう。

「大好きな本も読めないとは、まいったな……」


 僕は諦めたように本を閉じて、そっと窓の外を眺める。

 外では荷物の積み込みに皆が追われていた。僕だって皆と同じように、ノーファーの人々の身を案じている。でも非力で弱い自分は、戦場に向かう父をただ見送ることしか出来ない。そんな現実に、僕の心は孤独感と焦燥感にさいなまれていく。


 ◇◇

 

 半島の根本部分に位置する領都ローゼンハーフェンは、帝国でも有数の規模を誇る港湾都市として栄えていた。

 漁師たちが海の恵みを街へもたらし、新鮮な魚介類が色とりどりに市場に並べられる。港には商船がひっきりなしに入港し、国内外からの貿易品が所狭しと積み降ろされていた。商人たちは今日も忙しく駆け回り、街は活気に満ちている。

 

↓ 挿絵です、ローゼンハーフェン遠景となります ↓ 

https://kakuyomu.jp/users/MinawaKanzaki/news/16818023213423750605


 この領都ローゼンハーフェンは、帝国内でも指折りの大都市らしい。

と言っても、僕は自領以外だと親戚であるローゼンヌ領と、新帝陛下の即位を祝うパーティーで途中宿泊した街程度しか知らないから、本当かどうかはわからない。全部、父や周りの大人たちから聞いた話だ。


 そんな大きな領都ローゼンハーフェンですら、常時いる守備兵は五百人にも満たないそう。

 では大規模な出兵時はどうすると思う?

 その時は予備兵や退役兵を招集し、それでも足りなければ付近の町や村からも兵を集めたり、与えた封土ほうどから騎士や従卒が集まるのを待たなければいけない。それにはどうしても時間がかかってしまうんだ。

 それだけではなく、天幕や木柵などの野営設備に兵達の食料、武器や矢など準備しなければならない物資は膨大な量と種類に及ぶ。戦う人も大変だけど、それを支える人達も本当に大変なんだよ。


「若様、御父上がお呼びです」

 そう僕に伝えるのは我が家の家令ハーマン。彼は帝国伯爵である父上に長く使えており、家の一切を取り仕切る、我が家には欠かせぬ存在だ。

 ハーマンは僕が幼かった頃から髪が白くて、見た目もおじいちゃんみたいだったのに、それは今も変わらない。一体今幾つなんだろう?


「留守についての指示かな?」

「わかりませんが、時が時ですから急がれた方がよろしいかと」

 こんな時に呼ばれるなんて嫌な予感しかしないよ。でもハーマンが言う通り、急いだほうがいいんだろうな。足取りは決して軽くなく、正直気乗りもしないけど、父の執務室へ向けて歩を進める。


 執務室の入り口に立った僕は、その重厚で豪華な扉をノックした。

「父上、お呼びですか?」

 ここは父上が普段仕事に使っている執務室で、部屋の最奥には父上が使う立派な造りの両袖机と本棚が並ぶ。手前側には会議や打合せに使われる巨大なテーブルと沢山の椅子が用意され、入り口横には従者やメイドが待機できるちょっとした空間と、お茶用の小さな厨房が用意されていた。


「おおアレク、こたびの出陣は聞いておるか?」


↓ 父上こと、フランツ伯の挿絵です ↓

https://kakuyomu.jp/users/MinawaKanzaki/news/16818023213423837344

 

「はい、聞いております」

「そうか、なら話がはやい。すまんが、今回はそなたも連れて行くことにしたのだ」

「僕がですか? 僕が行った所で何かお役に立てるとは思えませんが、むしろ……」

 ほんの少しの間を開けた後、父上が続ける。

「そなたは我が嫡男、色々と経験しておいて損はあるまい。それに弟が困っておるのだ、兄として思う所もあろう?」

 父上の目がいつもより怖い気がする。

 これは逃げられない、もう決定事項なんだろうな。


「兄が弟を思いやるのは当然の事です。心配していますが……、その……」

「これは命令である。アレクよ、其方は嫡男ゆえいずれ家を継がねばならぬ。其方が武芸を好まぬ事は重々承知しておる。苦手な事もな? だが、領主たるもの戦わねばならぬ時があり、示さねばならぬ時もある。これは避けて通れぬのだ」 

 僕の父は帝国貴族として伯爵号を持つ、ローゼリア伯フランツだ。

 命令とあらば従わざるを得ない。


 貴族とは、領主とは。

 語り出したら熱く長いのが玉に傷な父ではあるけれど、こんな僕にいつも優しく、尊敬すべき父である。そんな父が真顔で言うものだから尚更拒否できるものじゃない。


「わかりました」

 嫌な予感ほど当たってしまう。

 僕と言う人間は生まれる際に、武の才を母の胎内へ置き忘れてきた……、いやこれは母上に失礼すぎる。そう、ごっそりと何処かへ失ってしまったかのように酷いんだ。

 

 剣や槍の稽古に馬術の訓練、どれをとっても一向に上達しないんだ。

 情けなさに、思わず握りしめた拳が震えてしまう。

 そんな僕が、戦場で華々しく活躍すると思うかい? そんな訳がないよ。逆に足を引っ張ってしまうに決まっている。

 努力しても何も伸びず、ただ停滞するだけ。

 この現実は、僕を何度も絶望の淵へと突き落として来た。


 その代わりと言うのは変だけど、本を読めというなら何冊でも、何日だって読んでいられる。人には、向き不向きがあるのだと思う。こんな僕が、戦場へ赴いて一体何ができるというのだろう。


 夜空を見上げて、嘆く僕の頬を一筋の涙が濡らした。

 星々は何も答えず。ただ煌々と輝いている。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

◆◆ は場面の移り変わりと共に視点が変わった事を表し、

◇◇は場面のみの変更となります。 よろしくお願いいたします。

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