第13話 ソフィア

 アーノルドに案内され、アレクたちは厩舎に向かう。そこには爺やとハルバート、そしてハルバートにしがみつく指南役のランドルフがいた。


「爺上ー、いい加減離れてください」

「嫌じゃー。せっかくアレクと手合わせ出来ると思うたのに、お前と静養地に行くなんて」


 指南役はしっかりとハルバートにしがみつき離れようとしない。


「ランドルフ、若様はまた消えるわけではないですから。ちゃんと戻ってきます。たかだか10日くらいではないですか」

「お前は家族だから毎日会えるんじゃ。儂は用がないとアレクに会えんし、儂も忙しいんじゃ」


 ぷんぷんしながら指南役は話す。それを見てアーノルドは呆れる。


「先生。ハルバートも困ってるじゃないか。ハルバートをアレクと一緒に行かせる提案をしたのは俺だぞ。そうでもしないと、ハルバートは稽古しかやらないからな」


 アーノルドが指南役にそう告げる。


「殿下がそう言うのなら仕方ないが、アレク」

「なんだい、じいちゃん」

「戻ってきたら今度こそ儂のところに来いよ。忘れるなよ」


 そう言ってやっとハルバートから離れた。


「やれやれ。で、ちょっと待っとけ」


 アーノルドは厩舎に入り、2頭の黒馬を連れてきた。馬たちは両側からアーノルドに顔を寄せている。


「よしよし」

「あれ?黒馬なんて珍しいですね。いつ仲間入りしたんですか?」

「これはアレだよ。昔爺やと先生が追っ払ったどっかの国の悪党が飼ってた馬の子どもたちだ」

「そういえばそんなこともありましたね」

「殿下に預けたら凄く元気になったな」


 ニカッと指南役は笑う。


「ハルバートは乗ったことがあったな。アレクは…」


 ブフフン!と2頭の黒馬たちに息を吹きかけられる。


「こら、お前たち。アレクで遊ぶなよ」


 アーノルドが嗜める。アレクの体に黒馬たちは自身を擦り付ける。アズールには頭を垂れる。


「俺と扱いが違くない?」

「アレクは友達、アズールは聖獣の格上の存在だからか?」


 ふーむ、と研究者らしくメモを取るアーノルド。


「とりあえず、この子たちと行ってこい。鞍もあぶみも付けてある。ま、まずは親方のところだな」

「この子たちの名前は?」

「アレクの方がライアン、ハルバートの方がサリーだ」


 ハルバートはポンポンと軽くサリーを撫でると


「サリー、今回は長く走ってもらうことになるぞ」


 サリーはハルバートの顔を見て、ブフンと返事をした。アレクのライアンはというと、アレクの顔を鼻先でつついたり、頭を甘噛みしたりしている。


「珍しいな。ライアンはやんちゃだし、俺とサリー以外には懐かないんだが…」

「まぁ、俺はこいつが暴れてもびくともしないですが」


 ライアンにされるがまま、アレクは話す。


『ライアン、大人しくしなさい』


 と、アズールに注意されるとライアンは甘噛みをやめて、アレクの顔を舐める。そのとき2頭の黒馬は、同じタイミングである方向を見る。


『どうしたのだ?』


 アズールが問うと、ライアンが一声啼いて


「あぁ、居た居た。お父様ー」


 1人の女性が近づいてくる。その大きな帽子を被った女性は乳母車を押し、両側に3頭の犬が護衛として付いている。爺やは即座に日傘を用意し、女性の元に近寄る。


「あら、ありがと、爺や」

「午後は日差しが強いので」


 ガラガラと近づいてくる。


「ふぅ。食堂に行ったらトーマスがお父様たちが厩舎にいるって言うじゃない。ちょっと急いで来たわよ」

「仕事は良いのか?」

「ずっと中にこもってたら、頭がパンパンになるのよ。それにこの子も外を見せてあげたいし」


 と、乳母車の中にいる赤ん坊を見る。


「ソフィア姉さん、相変わらず元気だなー」

「アレクはなんで歳取って無いのよ。ずるいわ。アズールも」

『この赤ん坊がソフィアの子か?小さいな』


 ソフィアは叔父アーノルドの一人娘だ。幼い頃からアレクたちと行動を共にしていた1人だ。


「まだ3ヶ月だもの」

「本当に小さいな。赤ん坊なんてトーマス以来見たことない」

「アーサーのときも、トーマスのときも、アレクはいなかったからね」

「儂も!儂も見せてくれ!」

「先生は何回も見てるでしょーが」

「皆が集まると、せっかく寝ているお嬢様が起きてしまいますよ」


 と、爺やが注意すると、赤ん坊はパチリと目を覚まし、あーん!と泣く。


「あらあら、起きちゃったわ」

「ほら、じいちゃんだぞー」

「叔父上のいかつい顔を見たらもっと泣きますよ」

「なんだとー。孫には好かれないのか?」


 あーん!と泣き続ける赤ん坊に


『ちょっと、馬たちも見たいと言っておるぞ』


 アズールがライアンとサリーの言葉を告げる。大人たちを押しのけ、アズールや黒馬たち、3匹の犬も赤ん坊を覗く。泣き続けていた赤ん坊は、動物たちに気づくと、あぶあぶと泣き止んだ。


『…この子の名前は?』

「ルシアよ。最近少しずつ周りが見えだしたの」

「なぁ、ソフィア姉さん、マロンのそばに居る犬たちは?」

「マロンの子と孫よ。バロンとカロン」


 ソフィアが説明する。


『なんで雌なのにバロン(男爵)と付けたのだ』

「だってマロンに似た名前にしようと思って、この子の前でいろいろ名前を言ったら、バロンで鳴いたのよ。気に入ったのね」


 ソフィアはバロンに笑いかけた。バロンはワフッと鳴く。乳母車の中のルシアは小さな手を上下に振っている。なぜかご機嫌だ。


「あら、ルシア。動物たちに囲まれてご機嫌ね。いつもマロンたちがそばにいるから、落ち着いたのかしら」


 それを聞いてアズールはマロンたちを見る。ワフワフ鳴くマロンたちに、アズールはふんふんと頷く。


『ふふん。それだけじゃないかもしれぬ』

「アズール、どういうことだ?」

『まだ確証は持てぬ。もう少し大きくなってからだな』

「えー?何よ、アズール」


 ソフィアも不思議がる。


『楽しみは取っておくものだ。そら、2人とも、鍛冶屋に行くのではないか?』


 そう言われてアレクとハルバートは思い出した。


「さっさと鍛冶屋に行って剣を貰ってこい」


 アーノルドが急かす。


「じゃあ、行ってきますよ。ライアン、サリー、先に西区に行くぞ」


 王都の中を馬で走るのは目立つので、手綱を持ちながら西区へ向かう。


 

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