第10話 アーノルド

 叔父の仕事場は城に隣接する、街に入り口が近い建物だ。ハルバートの案内でアレクは進む。


「俺が旅に出る前は、叔父上と数人しか居なかった気がするが」

「アレクが成果を上げてから、にわかに忙しくなってな。梟から魔獣のサンプルが届くたびに、アーノルド様は目を輝かせて研究されていたぞ」


 前王の弟、アーノルドは幼い頃から動物が好きだった。しかもどんな食べ物を食べているか、どんな骨格をしているのか、繁殖はいつ頃?それは好きを越して観察や研究という部類に発展した。アーノルドが森に姿を現せば、動物は進んで姿を見せ、大人しくなる。大なり小なり全部だ。凶暴な熊や虎、ワニや大蛇もアーノルドの前では可愛い動物だ。アーノルドに好かれようといつしかアーノルドの周りにはいつも動物がひっついていた。


「叔父上の能力が良い方に向かっているのかな」

「本来は国の周りの動物たちの治療だったが、魔獣も現れてから更にそのお力を発揮されておられるぞ」


 そう話しながら2人は叔父の研究所の前に立った。すると扉の向こうからガリガリ引っ掻く音がする。


「何だ?」


 アレクがそう言うと、ギイッと扉が開いた。開いたが目の前にその開いた人物はいない。アレクが下を向くと、大きな老犬がアレクを見上げていた。


「ばうっ」

「んん?こんな大きな犬、いたかな?」

「ばうっ!」

 

 老犬はアレクの足に体をこすりつけている。自分を撫でてほしいようだ。アレクはしゃがみ、老犬の頭を撫でる。


「なんだ、人懐っこいな」

「あ、兄上」


 奥にいたトーマスがアレクたちに気づいて寄ってくる。その足元には双子がまとわりついている。双子も老犬を一緒に撫で始めた。


「ずっと会えてなくても分かるんですかね?マロンは」

「マロン?」

「ばう」

「あのちっちゃかったマロンか?そういえば…この耳の形はマロンだな」

「ばう〜」


 マロンと呼ばれた老犬の左耳は、魔獣によって昔齧られていた。森に倒れていた小さなマロンを見つけたのは、アレクとアズールで急いで叔父の元へ持って帰った。

 その時からマロンは叔父の飼い犬になり、特にアズールとは仲良しになった。


「昔はちっちゃかったのに、俺がいない間におじいちゃんになっちゃって。寂しいなぁ」


 アレクはぎゅっとマロンを抱きしめた。そこへ白衣を着た大柄な男が近づいてきた。


「おい、俺のマロンをその馬鹿力で抱きしめるなよ、甥っ子よ」


 ニカッと笑ったその男はアレクたちの叔父のアーノルドだ。アーノルドはアレクを見るなり体を触り始めた。


「お、叔父上…」

「なんだぁ、アレク。20年前と変わらない体つきじゃないか。あの魔王と闘ったんだろ。どこか欠損してるかと思ったんだが」

「頑丈なのが俺の取り柄です」

「はっはっは。まぁ、元気なのが一番だ。アズールはいないのか?」

「俺の部屋で寝ています」

「ばう〜」

「あぁ、ごめんな、マロン。お前の友達は寝不足で俺の部屋にいるんだよ。あとで兄上たちと夕食を食べるから、そのときに会えるかもな」


 アレクは研究所を見渡す。昔よりもだいぶ広くなった感じだ。研究員も倍以上に増えている。


「叔父上の研究所も大きくなりましたね」

「あぁ、お前が魔獣や魔族と闘うたびに、おこぼれが回ってきてな。研究が捗るが、人手が足りなくなり、他の国からも専門職が学びに来ている」

「でも俺がいない20年は供給されてないじゃないですか。その間はどうしてたんですか?」

「なにも魔獣や魔族を倒す必要はない。お前の時も、魔獣の牙や角や、血液、排泄物などでもデータは取れるんだ。むやみにそれぞれの種族の領域を侵すな、と先祖からの決まりごとだ」


 アーノルドは腕を組み、アレクに説明する。


「しかしな、ここ数年はあちらの方からこの国へ侵入してくる魔獣が増えてきている」

「兄上も言ってました。10年くらい前からとか?」

「あぁ、年に数回あるかないかだったが、最近は頻度が多くなっている」

「原因は分かっているんですか?」

「それが分からない。魔物の死骸を調査しても、これといって不自然なものはない」


 アーノルドは頭をガシガシ掻き


「1つの可能性だが、魔獣の方で何も問題がなければ、ヒトが関係しているかもしれない、ということだ」

「ヒトですか」

「俺たちがどんなに各国へ訴えても、魔獣は狩るものだと思う人間は一定数いる」

「それに我が国を快く思っていない国もあると思いますしね」


 それまで黙っていたトーマスが口を挟む。


「トーマスの魔道具もそうだ。性能が優れていても、それをやっかむ者はいる」

「購入者が偽物を掴まされないように、こちらも手は打ってますがね」


 トーマスは苦笑いをした。双子たちはマロンと遊んでいる。


「ま、こちらとしてはその可能性も入れつつ、解決の糸口を見つけるしかないということだ」


 台の上に置いてあるワイバーンの死骸を見ながら


「それにしてもアレク、こうも綺麗に首を落とすとはな。トーマスが指摘してくれたおかげでお前が帰ってきた事が分かったが…」

「でもこれ、木の棒で切ったんですが」

「は?」

「兄上のマチェットではなく?」

「俺のマチェットは折れちゃったんだよ」


 そう聞いてアーノルドは頭に手を当て、笑い出した。


「あっはっは。木の棒でこんなにスパッと…恐ろしいな、お前」

「ですが、マチェットが折れたといいますが、手元にありませんね」

「あー、一人ひとりに話すのが面倒くさいから、食事のときにでも話すよ」


 すると、双子に撫でられていたマロンが首をキョロキョロさせ


「ばうっ!」


 と一声吠えた。


「ん?マロン、どうかしたか?」


 アーノルドが言うなり、マロンは双子と研究室の扉の方へ向かう。するとそこから顔を出したのは、爺やとアズールだった。


「皆様方、お食事の準備ができましたよ」

『我も腹減った』


 双子が喜んでアズールの毛並みを触る。マロンはアズールの顔を見てくぅぅんと鳴く。


『マロン。遅くなってすまなかったな。もう立派な犬になったではないか』


 マロンはアズールに近寄り、鼻をくっつけた。


『ふむ。家族も増えたと。それは挨拶せねばな』

「あぁ、今はソフィアのところにいるから、いつでも会えるぞ」

 

 アーノルドがそう付け加える。

 みんなが連れ立ってぞろぞろと食卓の間へ行く。ハルバートは実家へ帰るとのことで


「あ、そういえばじいちゃんが演習場で待ってやしないかな」

「爺上様はそうだが、多分父上が引っ張って家に連れて帰ってると思う」

「じゃあ、演習場に行くのは明日以降になるな」

「分かった。そう伝えておく」


 ハルバートとは途中で別れ、アレクはトーマスと話す。


「お前は良いのか?家族がいるんじゃないのか?」

「今日はもう家に使いを出して、こちらで食事をすると言ってます。私の家族も兄上に紹介したいですね。息子と娘がいます」

「なんか一気に甥っ子と姪っ子ができちゃったな」

「いいじゃないですか。子どもに囲まれてわちゃわちゃする兄上を見てみたいものです」

「そうか?でも俺がいない間は、兄上が構い倒しているイメージがあるが」

「確かに。暇を見つけては子どもたちと遊んでいます」

「仕事しているのか?兄上は」

「これでも仕事は減ったんですよ。前は寝る間も惜しんで仕事をしていたので、爺やに何度怒られたか」

「俺がいなかったせいかな」

「まぁ、父上も激務だったので爺やは心配したんでしょう」


 そして食卓の間へ着くと、すでに王と王妃が席に座り待っていた。


「来たな。ほら、アレク。お前の好きなものばかりだ。料理長も張り切って作ってくれたぞ」

「アレク様の好きなもの、全部盛りです。デザートも後でお出しします」


 料理長がはち切れんばかりの笑顔で、アレクに話す。


「久しぶりの料理長のご飯だな。楽しみだ」


 アレクたちが席につくと王の


「さぁ、食べよう」


 の一言で、食事が始まった。

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