第9話 番外編 未来の王と老爺

「ねぇ。爺やっていつから爺やなの?」


 と、幼いアレクはアズールの毛並みを撫でながら質問する。アズールもまだ子どもだ。アレクに撫でられて尻尾を振っている。


「いつから、とはどういうことでしょう?若様」

「だって、父様も爺やって呼んでるし、お祖父様もそうだし」


 ふむ、と爺やは首を傾げ何か考える風にして


「爺やもいきなり爺やで生まれたわけではありません。若様みたいな子どもの時期はもちろんありましたよ。」

「ふうん。子どもの爺やって…ふふふっ。トーマスみたいな体が赤ちゃんの爺やかなぁ?ぶうぶう言ってたのかなぁ?」

「こんなしわしわの顔の赤ちゃんがいますかな?」


 ずいっとアレクに顔を寄せた爺やを見て、アレクは笑い転げた。すると遠くから赤ちゃんの泣き声がする。


「あ!トーマスが起きた!兄上とどっちが先にトーマスの部屋に入るか、競争だ。行くぞ、アズール!」


 泣き声を聞いたアレクはガバッと立ち上がって、アズールと共に部屋から走って出ていく。爺やは、部屋を出てアレクが転ばないか後ろを見送った。すると爺やの横をアレクより頭ひとつ分大きい少年が通り過ぎる。


「爺や。アレクは先に行ったかい?」

「ええ、アーサー様」


 爺やはアレクの兄、アーサーと並んで少し小走りに歩く。


「私もトーマスの可愛い泣き声を聞いたからね、走りたい気持ちを抑えているのだよ」

「また勉強から逃げたのですか?」

「んん?まさか。小休止だよ。それに私より先にトーマスに会って喜んでいるアレクの顔を見たいからね」

「本当に弟さまたちが好きですね」

「あんな可愛い天使たちを嫌いなはずないじゃないか」


 アーサーはトーマスが生まれてから、更にブラコンになったようだ。アレクが赤ちゃんだった時も、顔を引っ掻かれてもニコニコしていたアーサー。常にアレクのそばにいた。

 歳が離れたトーマスが生まれたときは、あまりの小ささに可愛過ぎて卒倒したくらいだ。


「そういえば、若様に聞かれましたよ。爺やはいつから爺やなんだ?って」

「へぇ。で、爺やはなんて答えたんだい?」

「生まれたときは爺やではありません」

「ははは。私のときと一緒じゃないか」

「そうですね」

「でも爺やは、ちょっと答えをはぐらかしたんだろう?私もアレクもなんとなく気づいているよ。爺やはずっと爺やだからね。?と」


 アーサーはにっこりと爺やに微笑んだ。その微笑みを爺やは受けて


「聡い方ですね」

「え?父様もお祖父様も聞かなかったの?」

「どうでしょう…忘れました」

「まぁ、私もアレクもトーマスも、いつかは知る日が来るし。…先にソフィア姉さんかな。びっくりする顔が見たいな」

「本当に、聡いお方だ」


 アーサーと爺やはトーマスの部屋に到着し、アーサーの言う通り、アレクが笑顔で乳母に抱かれているトーマスのほっぺを指でつんつんしている姿に、アーサーは倒れそうになったが、爺やがサッとその背中を支えた。


「爺や。午後の勉強も頑張れそうな気がするよ」

「それはよろしゅうございます」

「私も参加していいかな」

「ご自由にどうぞ」


 言われるやいなや、アーサーは飛んでいって、アレクとは逆のトーマスのほっぺを撫でた。


「きゃー!モチモチ!」

「僕とどっちがモチモチですか?」

「アレクはプニプニだよー。どっちも可愛い」


 アーサーはアレクのほっぺも触ってご満悦のようだ。爺やは思った。将来2人の弟が、自分の前から独り立ちしたとき、果たしてこの兄は国を守れるだろうか、と。


 国が傾かないように私がいるのだ、と爺やは思ったが、意外と近いところに協力者がいるのは、爺やもこの時は気付かなかった。

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