第6話 トーマスと双子
王城に着くと、入り口の前に待機していた兵士にハルバートは指示し、言われた兵士は中へ走って行った。爺やは残っている兵士に
「陛下はどうなりましたか」
と、先程行われていた珍事の詳細を聞いた。兵士は表情を変えず
「王妃殿下に一喝されました」
と一言。アレクは笑いを堪えた。そうですか、と溜め息を洩らし、爺やはアレクに向き合い、
「どうされますか、若様。一度部屋に戻られますか?部屋は昔のまま綺麗にしておりますよ」
「そうだなー。一旦部屋に入るよ。この服も汚れてるだろ?替えたいな」
『私の寝床もそのままだろうか』
「もちろんです。お気に入りのぬいぐるみもありますよ」
『私はアレがないと寝れないからな』
「聖域では寝てないのか?」
『常に寝不足だった』
爺やに連れられ、アレクとアズールは自室へ向かった。ハルバートは一番隊の隊長室へ向かうため別れた。
アレクたちを見送った兵士たちは
「マジかー。あれが本物の英雄である殿下と従魔どの!?絵本でしか見たことないぞ!」
「俺の兄ちゃんが自慢してた。小さい頃、殿下と話したことあるって」
「でも年恰好は俺たちと変わらないぞ」
「英雄だからな。何かあるんだろうさ」
「そうだな」
わちゃわちゃと集まり興奮する兵士たち。英雄という言葉はしっかりと兵士たちの心に張り付いている。
謁見の間の前を通り過ぎるとき、何やら中で揉めてる声がしたが、気にせず自分の部屋に向かった。爺やに中に通され、アレクはクローゼットの中を確かめる。
「服も昔のままだな」
「新しいのもすぐにご用意できますが」
「いいよ。ラクなのが好きだし」
と、爺やの手を借りながら服を着替える。アズールは目的のぬいぐるみを見つけ、すぐさま抱きしめうとうとしだした。
『何か…良い匂いがする』
「このあいだ新しい香料を従姉妹どのが発見されましてな。洗うついでに振りかけてみたのですが、お気に召しましたか」
『うむ。すぐ眠れる…』
「なるほど。アズールにも好評と」
爺やはメモを取り出し書き始めた。
「なんだそれは?」
「従姉妹どのが使った者の感想を聞いてくれというので、メモしているところです」
「ふうん。姉さんもちゃんと仕事してるんだな」
「ついこの3ヶ月前にご出産されたのですが、もう仕事に復帰されまして。本当はまだ大人しくしていてほしいのですがね」
「へぇ。それはめでたいな。赤ん坊の顔を見てみたいものだ」
「仕事場に連れてきているようなので、いつでも見られますよ」
「あとで訪問しよう」
と2人が話しているところへ、外側からノックする音が聞こえた。
「入ってもいいぞ」
「失礼」
と入ってきたのは、茶髪に丸メガネ、白衣の男性だった。アレクを見るなり一気に距離を詰めてきてぎゅっと抱きしめた。
「兄上。遅いですよ」
「おー、トーマス。でかくなったな」
「当たり前です。20年経ってますから」
と、顔をしわくちゃにしたアレクの弟トーマスは、20年前はまだアレクの胸のあたりまでしか身長がなかった。今はアレクより少し高い。
「白衣を着ているということは、叔父上の研究所にいるのかな」
「そうです。魔獣と魔法具の研究をしています」
「俺が退治したワイバーン、届いただろ?」
「あの切り口は兄上しか見たことないので、すぐに分かりました」
「お前がくれた魔法の鞄もいい仕事してたぜ」
「兄上の居場所が20年前で分からなくなってましたが…」
「俺は聖域に居たが、鞄は魔王の元にあったようだ」
「魔王のところに?それはなぜ?」
「それはまたあとで話そう。それよりも…」
アレクはトーマスの足元までしゃがみ、
「トーマスの後ろに隠れている子たちは誰かな?」
と、出てくるように促した。トーマスの両足からひょこっと顔を出した金髪の双子。恥ずかしそうにアレクを見ている。
「ほら、僕の兄上、お前たちのもう一人の伯父さんだよ」
トーマスが双子の背中をそっと押す。
「ふむふむ。双子とは珍しい。俺はお前たちの伯父さんのアレクだ。お名前は?」
「おれ…ぼくはユルドです」
「ぼくはミルド…です」
2人とも緊張しているのか、口数が少ない。アレクは2人の頭を撫で
「金髪ということは兄上の子かな」
「そうですね。いつもならもっと喋るんですが、英雄を目の前にして緊張しているんでしょう」
「お前までそう言うか…俺は英雄じゃないぞ」
「えいゆう!?」
「えいゆう…」
とモジモジしていた双子がアレクに目を向ける。
「そうだぞ。お前たちの大好きな絵本。あの主人公が伯父さんだ」
「えー!そうなの?」
「えいゆう…かっこいい」
英雄といわれるアレクに抱っこされて、双子は上機嫌だ。そして双子は気づく。
「あの、あそこにねているワンちゃんも?」
「犬と言うと怒るぞ。狼だ」
「おおかみ!わぁ!」
2人は降ろしてもらって、アズールにそっと近づく。
「寝ているから、そっと撫でてみなさい。それくらいじゃ起きない」
「うわっ。ふわふわ」
「きれいなみずいろだね」
双子はアズールに興味深々だ。
「あの、おじうえ」
「何だ?」
「あのおおかみさんがおきたら、あそんでいいですか?」
「ぼくも」
「そうだな…アズールというんだが。今日は疲れて多分ずっと寝てるから、明日ならいいぞ」
「わあい!」
双子は嬉しくてバタバタ飛び跳ねる。
「ユルド、ミルド。アズールが起きてしまうから、僕のところに来なさい」
トーマスは双子を呼び寄せ、手を握る。
「兄上。あとで僕の研究所にも顔を出してくれますか?叔父上もいますし」
「そうだな。あとで寄るとするよ。まずは兄上のところへ行かないとな」
「さっき聞いたんですが、また城から出ようとしたそうで」
「相変わらずだよな。俺とお前のこととなると行動力がおかしい」
「それだけブラコンなんでしょうけど。20年前も大変でしたよ」
「あぁ、ハルバートから聞いた。その行動力を国政に活かしてほしいもんだ」
「ははは。まぁ、義姉上がおりますから」
「そうだな。どれ、会いに行ってくるか」
双子とトーマスに見送られながら、アレクは爺やと謁見の間に向かう。
「さて、少しは落ち着いだだろうか」
「王妃様にお任せしておりますので」
「兄上よりしっかりしてるだろうよ」
「それはもちろん」
アレクは謁見の間に着き、近くにいる兵士に扉を開けてもらう。
「デミテル小国の英雄、アレクサンドル・ジル・デミテル殿下のご帰還でございます」
と声高らかに兵士が告げる。
「は?」
とアレクはびっくりしたが、しょうがないのでそのまま中に入る。正面にはデミテル小国の王、アーサー・ジル・デミテルと王妃のサーシャ・ジル・デミテルが笑顔で迎える。
その王たちの一段下に控えているのは、ハルバートの叔父、セルバンデス大隊長と祖父の指南役、父親の書記長。反対側にはハルバートと政務官、爺やの部下の執事長など控えていた。
セルバンデス指南役はアレクに飛びついていきそうだったが、叔父に首根っこを掴まれ大人しくしている。
アレクは笑いながら、王の元へ行き、片膝を付き一礼する。
「アーサー陛下。アレクサンドル、無事帰還したことをご報告します」
「うむ。よく帰ってきた。魔王との決戦、よく戦いぬいた」
「ありがとうございます」
と、一応形式な挨拶は終わった。
「で、兄上。俺の旅を絵本にするなど、恥ずかしくて表も歩けませんよ」
アレクがぶうぶう文句を言う。
「しょうがないではないか。お前の活躍を世に知らしめたかったのだ」
アーサーは弟を愛でる兄の顔になり、周りの配下はまた始まったと苦笑いをした。
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