第5話 爺や
肉屋のベンチには、肉屋の主人の父親、ヤットルの祖父がいつも座っていた。肉屋のマスコット的な存在だ。去年の夏、連日猛暑が続き、それに堪えたのか祖父は帰らぬ人となってしまった。
しかし…
「ということはだ、うちの爺上と爺や殿と親方は肉屋の爺様が視えるということか」
「どんだけ仲良かったの、爺ちゃんたち」
「俺のとこの爺やと親方はいいとして、ハルバートの爺ちゃんもまだ生きてるんだな」
「うちの爺上、まだまだ現役なのだ。指南役として訓練の指揮をしている」
「うちの肉もモリモリ食べるしな」
そう話していると、遠くからアレクを呼ぶ声が聞こえる。
「わーかーさーまー!!!」
と、一人の老人が走ってくる。それも凄いスピードで土煙を上げている。後ろで兵士たちが追いつけず、ヒイヒイいっている。
「あぁ、来たぞ。不老不死の爺やが」
アレクはバーガーを食べながら、いつものことだと大して驚きもしない。他の2人もそうだ。
「若様!帰るときは連絡するように言っておいたでしょう!」
「すぐ近くに出てきたからな。爺やは気づいていただろう?」
「そうですが、陛下をなだめるのに時間がかかって」
自分も出迎えたいと王が飛び出しそうになったのを、兵士が羽交い締めにして抑えているというのだ。
「それにもう若様はやめろと言ったはずだが?」
「私にとっては若様はいつまでも若様です。もうちょっとで寿命が尽きそうでしたよ、早く帰って来ないから」
「そんなことないだろ、昔からそれだな」
ははは、とアレクが笑う。変わりない爺やがいて嬉しいのだ。とアレクはふと
「なあ、爺や。そこのベンチに何が見える?」
と爺やに声をかける。爺やは普通に
「肉屋のあるじがいますね。今日はとても嬉しそうですよ」
爺やは応えた。ヤットルとハルバートは顔を見合わせ
「なあ、爺やさん。毎月集まってたのは、うちのじいちゃんに会うため?」
「そうですよ」
「うちの爺上も親方も見えてるのか?」
「そうですね。我らは長い付き合いですから」
「それにしてもみんな見えてるって凄くないか?」
「それだけ繋がりが深いってものです」
爺やの細めた目はじっと肉屋の先代を見つめる。そういうものなのか?とアレクは思った。
「それはそうと若様。早くしないと陛下が城から出てしまいますぞ」
「たまに来るけどな、兄ちゃん。変装してるけどあれ絶対バレないと思ってるよな」
「俺も頭を悩ませている…陛下の脱走」
肉屋の親子に束の間の別れを告げ、アレクたちは城を目指す。兵士たちは少し離れて着いてくる。
「若様、先程の魔猪といいワイバーンといい、技が前より洗練されてましたね」
「爺や、そこまで見てたの?」
「やはり魔王との闘いが若様を成長させたのでしょうか」
『爺やよ。それほどあの旅がアレクに良い刺激を与えたのだ』
「アズールもそう思いますか」
「爺や殿、ワイバーンらは門から遠眼鏡を見ないと分からなかったほどの距離だぞ。それが肉眼で見えたのか?」
ハルバートはギョッとして爺やを見る。
「えぇ。それはもうはっきりと」
幼馴染のアレクも規格外だが、爺やも負けず劣らず実力が飛び抜けている。それを幼い頃から知っているとはいえ、ハルバートは毎回驚いてしまう。こんな師匠だからアレクは何にも物怖じせず勇者の一行に加わったのだ。
「あぁ。そういえばお前の魔王討伐、絵本になっているぞ」
「ぶふっ!は?なぜ?」
アレクは喉が渇いたのでジュースを露店で買って飲んでいたが、思わず吹き出した。
「子どもの識字率と情操教育のため…と陛下は言っておられたが、大半はお前の活躍を自慢するためだな」
「大人のための小説もありますぞ。こちらは私が監修し、絵本は陛下が監修しております」
爺やはスッと懐から小説を出した。
「小説も絵本もシリーズ化しております」
「恥ずかしいじゃないか!」
アレクは顔を真っ赤にし、両手で顔を覆う。ハルバートは首を振り
「お前な、絵本と小説で済んで良かったと思えよ。あの陛下だぞ。最初何を言ったか分かるか?」
「まさか…」
「そのまさかだ。お前の活躍を讃え、そこかしこに銅像を建てると言い出したんだぞ!しかも国費を使ってだ!あの陛下はお前や弟君のことになると、ポンコツだな」
「あの頃はまだ上皇様が陛下でしたからな。私と陛下、皇后様でお止めしました」
大変だったー、と爺やは回想する。
「俺も爺上や父上から聞いて開いた口が塞がらなかったぞ。どうしてもお前の偉業を讃えたいとな。だからみんなで考えて絵本という形になった」
「それがまさかのベストセラーになりまして、子どもだけではなく大人もハマりましてな。大人向けをあとから作りました」
「あー、あの兄上だからなー。商魂逞しいな」
今からその兄に会いに行くのが、少し嫌になってきた。
◇◇◇
その頃、王城のある一室ではワイバーンが運ばれてくるとの連絡があり、職員がその準備に忙しい。そこの長である白衣を着た年嵩の男がいろいろ指示を出している。
その部屋の扉の近くで丸眼鏡をかけ、同じく白衣を着た30代の男が腕まくりをし、腕を組んで見守っている。その男の両隣には同じ顔をした10歳くらいの男の子が2人、男のズボンを握っている。
「おじうえー」
「おじうえ」
「何か?」
「大おじさまは何をしてるの?」
「何してるの?」
双子はおじうえと呼ぶ男に聞いている。叔父は
「あれはな、今からここに魔獣がやってくるから、それを調べるために準備している」
「まじゅう?」
「まじゅう!食べられちゃう!」
片方の子がしがみつく。叔父は頭を撫で
「大丈夫だ。もう死んでいるから食べられたりしない」
「そうなの?」
「食べられない?」
双子は不安な目で叔父を見る。
「それにな、今日はひとつ、お前たちに嬉しいことがあるぞ」
「うれしいこと?」
「うれしいこと?」
双子は揃って首を傾げる。
「あぁ。お前たちの父上も僕もずっと待ってたからな」
双子は何?何?と騒ぐ。叔父と呼ばれた男は少し目頭を赤く染めていた。
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