第4話 肉屋の親子

「あ、あの隊長」

「何だ?」

「そちらの方は隊長とはお知り合いで?」

「なにお前、隊長になったの?」


 アレクはハルバートに連れられ、王国の門の近くに来ていた。


「叔父上は大隊長になられた。他に隊があるが俺は一番隊の隊長だ」

「へぇ。出世したね」

「父上は文官だから俺が叔父上に鍛えられたのだ」

「叔父さんちは確か…」

「叔父上には女子しか子がいない。しかし…2番目の従姉妹が今は冒険者になってるぞ」

「そうか。一応武芸の血は受け継いでいるんだな。それでなくても姉さんたちは強かったが」

「上の従姉妹は隣国の公爵に嫁いでな。時々手紙が届くんだが、公爵を狙う者たちを撃退しているらしい。公爵はそのたびに惚れ直しているようだ」

「頼もしいな」

「俺の弟は父上に倣って、文官の仕事をしている」

「あいつもいい大人になったんだろうな」

「そうだな。俺たちの後ろをいつもくっついていたし」


 ハルバートは門番に説明し、そのまま門をくぐろうとしていた。それを見ていた兵士は


「あの!その方の身元を調べなくてもよいのですか?」

「こいつは問題ない。調べたらお前、倒れるぞ」

「ど、どういうことでしょうか」

「あとでびっくりするから、まぁその時のお楽しみだ」


 ははは、とハルバートはずんずん前に進む。その後ろをアレクとアズールが続く。アレクが魔猪を担いでいるのを道行く人が驚きなから眺めている。


「ハルバートちゃあん」


 とお菓子を売ってる老婆が声をかける。


「どおしたの?それぇ」


 アレクが担いでいる魔猪を見て指を差す。


「これか?仕留めたんで肉屋に持っていくんだ」

「そうなの。凄いわねぇ」


 と魔猪を担いでいるアレクに目を向ける。


「あれ?どこかで見たような…」

「ばっちゃん。まだあれ、ある?棒の先に飴をつけたやつ」

「んん?あれは子どもが棒を喉につまらせるから危ないって、飴だけになったけど…そういえば好きな子がいたね」

「それそれ。俺が一番好きなやつ」


 老婆は少し考えて、パッと思いついた。


「…ありゃー!アレクちゃんかい?昔とちっとも変わらないじゃないか」

「そうなんだよ。困ったよねー」

「いいわねぇ。見てよ、ばあちゃんの顔を。しわしわよー」

「ははは。ばっちゃんは昔も今も変わらずチャーミングだよ。また来るからね」

「待ってるよー」


 駄菓子屋の老婆は瞳を少し潤ませながら、アレクたちに手を振った。


 アレク達の目的地は例の肉屋だ。今は昼時の行列がおさまった時間帯で、店前には誰もいない。アレクは店前のベンチに居る老人に手を振った。老人はニコニコとアレクに顔を向け頷いた。老人はアズールを撫で、アズールは老人の手をペロペロしている。


「親父さん、いいのが獲れたんだ。捌いてくれよ」


 店の奥でごそごそしている肉屋の主人に、ハルバートは声をかける。


「おう。その声はハルバートか。今、手が離せないから、息子に表に行かせるよ。ヤットル!ちょっと表で対応してくれ!」

「あいよー」


 と、店の横の扉から出てきた長身の男にハルバートは


「おう。ヤットル。見てくれよ、でっかい魔猪だろ」


 アレクが地面に置いた魔猪を見て


「おおう…凄えな。さっき兵士たちが出ていったのはこれを退治していたのか?」

「俺たちじゃないぞ。もう退治されたあとだったからな」

「は?それはどういう意味だ」

「こいつが退治したんだよ」

「へぇ。凄えなお前…」


 とヤットルが顔を上げ、アレクの顔を見る。アレクは意地悪そうな顔をしている。


「は?え?」


 ヤットルは自分の目を擦る。頬を引っ張る。口がアワアワして言葉が出ない。


「よう。ヤットル」


 ヤットルはひえっ!と小さい声を出し


「ギャー!親父ー!」


 と父親に助けを求めた。肉屋の主人は息子の大声にびっくりし扉から出てきた。


「どうした!」

「見て!見てくれよ!」

「あ?魔獣か?」

「違う!こいつだよ!」

「あぁ?」


 と主人はアレクに気づき、顔面蒼白になる。


「あわわわ…アレク殿下…!い、生きて?」

「やぁ、親父さん。これ、土産ね」


 魔猪を指差したアレクに主人は、うんうんと頷きながらバターン!と倒れた。



◇◇◇



「いや、生きてるならそうと連絡を」

「え?俺、死んでると思われたの?」

「行方不明とされてた」


 店前の簡易なテーブルと椅子に肉屋親子とハルバート、アレクが集まっている。主人はようやく事態を把握したようだ。

 ヤットルがさっそく魔猪を捌いて、メンチカツバーガーにしてくれたのをアレクは昼ご飯にしていた。アズールは魔猪のステーキに少し塩を振りかけて食べている。


「殿下の動向は俺ら庶民には魔王を倒して行方不明…としか聞かされてなかったからな」

「ハルバートがいたから、少しは詳しいけど。それでもずっと音信不通で。何してたのさ」

「アズールが言うには聖域というところで、20年くらい寝てたんだってよ」


 アレクは口をもぐもぐさせながら話す。


「しかし昔のまんまの顔だぜ、アレク」

「そこでは2年しか時間が経たないそうだ」

「はぁ、だからか」


 ヤットルは腕を組み、納得した。アレクの周りではいろいろと不思議なことが起きるのが日常だったからだ。アレクは2つ目のバーガーに手を伸ばす。中身は店で人気のコロッグだ。


「それにしても、よく帰ってこれたな。魔王ってめちゃくちゃ強いんだろ」

「だから20年も寝てしまうほどの大怪我をしたんだろう?」


 ヤットルとハルバートが交互に言う。


「でもさ、命までは取られなかったぞ。あいつの腕は切ったけど」

「それこそ凄いってもんだ、殿下。勇者たちがどうしようもなかったのは、俺たちでも知ってる」

「親父さん、それをどこで知ったの?」

「王家直属の裏で活動してる連中がいるだろう?その一人が店の常連でな。殿下たちが幼馴染なのを知ってるから、ちょっと教えてくれたのさ」

「アレク達の旅はその者たちがこっそりあとをつけてて逐一陛下に報告が上がっていた」

「そういえば、あいつらは気づかなかったみたいだけど、誰かがいるなとは思ってた」


 王家直属の裏で暗躍している集団「梟(ふくろう)」。隠密活動を主とし、各国の連絡にも一役買っている。足が早く頭の回転が早い者が選ばれる。アレクも幼い頃、王に話を聞かされている。


「そういや聞いてくれよ。魔王ってさ、回復してお疲れさま会やってたんだってよ」

「はぁ?なんだそれ」

「もともと俺たちに害をもたらそうとはしないと聞いてたけど、そんなにゆるい集団なのか?」

「俺のマチェット、折れたんだけどそれは魔王の部屋に飾られてるらしい」

「親方のマチェット、折れたのか!」

「魔王のところにあるって凄いな」

「俺が回復したら、歓迎会してくれるって魔王の部下に聞いた」

「そうなのか。俺も行きたい」

「俺も参加してみたいものだ」


 と、息子たちのとんでもない会話を聞いて主人が


「馬鹿なことを言うんじゃない。陛下が倒れるぞ」

「あの陛下だから自分も行くって言いそうじゃないか?」

「陛下って父上じゃなくて、兄上に代替わりしたのか?」

「あぁ、お前が魔王と闘って2、3年して王に即位された」

「ふうん。まぁ、兄上だからいいか」

「意味が分からん」


 主人が頭を抱えた。ヤットルが店前のベンチを見て


「お前がもうちょっと早く帰ってきてくれてたらなぁ」

「どうしたんだ?」

「うちのじいちゃん、お前が帰ってくるのを楽しみにしていたのに、去年の夏に暑さでやられてあの世に行っちゃったよ」

「んん?」


 そう聞いてアレクはベンチを見た。老人がこっちを見て笑っている。アズールも老人とアレクの顔を交互に見ている。


「いや、じいちゃん。ベンチに座ってるけど?」

「は?いやいや。じいちゃん死んだんだって」

「でも俺もアズールもじいちゃんの姿、見えるけど…」

「マジか!お化けになっちゃった?」


 ヤットルも主人も祖父の姿は見えない。もちろんハルバートにもだ。


「そういえば、うちの爺上が毎月、月命日に肉屋に行ってたけど」

「アレクのとこの爺やと親方もだ。このベンチの前にいつも集合していた」


 それを聞いていた肉屋の主人は、本日二度目、地面に倒れた。

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