第3話 ハルバート
「あ、どうしたんだ。あいつら」
「親父。何かあったか?」
国の大通りに面している評判の肉屋の親子は、王城から走ってくる小隊に目を向けた。
「兵士たちが外に向かってるぞ。なんだろうな」
「また何か襲ってきたんじゃねえのか?あいつに任せておけばいい」
「ま、そうだな」
肉屋の親子はいつものことだと大して気にもしなかった。肉屋の店前に置いてあるベンチに座っている老人はニコニコとその小隊を見送った。
◇◇◇
「これ、どうしようか」
『ワイバーンか…4体だな。国に持っていくのも大変だな』
「首を落としちゃったからな。しかもこいつ毒あるし、食べれないよな」
『食べる気だったのか。このまま置いておくと他の魔獣も寄ってきそうだし…あぁ、ほら。魔猪がやってきたぞ』
そう言っている間に、ワイバーンから漏れ出た魔力にひかれ、1頭の魔猪が現れた。普通の猪の2、3倍はある巨体だ。
「やべ。棒はもう無いんだった」
『体術で十分だ』
「これも俺がやるのかよ」
『私だと跡形もなくなるぞ』
「しょうがないな」
と本日2度目のぼやきだ。魔猪はアレクたち目がけて突進してくる。
ブオオオオオ!
「よっしゃぁ!」
とアレクは突進してきた魔猪を受け止め、その大きな牙を持ったまま魔猪の腹に滑り込み、巴投げをした。魔猪はいきなり空中に投げられ、そのまま背中から地面に落ちた。
ブウウウウウウッ!
地面に落ちた魔猪はそのまま気絶した。まさか人間が自分を投げられるとは思ってもなかったはずだ。
「今度は気絶だけだから、魔獣は寄ってこないだろ」
そういうアレクに、ワイバーンたちを氷魔法で凍らせていたアズールは
『そうだな』
と一言発した。
「あいつらへの土産になるんじゃないのか」
アレクは魔猪を持ち上げ肩に担いだ。
「ワイバーンはどうすんの?」
『凍らせておいたから、後は王国の神官たちに任せておけ』
魔獣は魔力が濃いので死んでからも魔力が流れ出る。それを神官たちは聖魔法で浄化させる。そのあと魔力が無くなった魔獣を自然に還すのだ。
「20年前は大神官しかそういう仕事できなかったけど、ちょっとは進歩したのかね?」
『分からぬがお前の兄がなんとかしてるんじゃないか』
「兄上か…」
ちょっと顔をしかめるアレク。気を取り直して王国への道を歩き出した。すると途中で王国からの兵士が何人かこっちへやってきた。
アレクが魔猪を担いでいるのを見て、ざわざわと騒ぎ出した。中には悲鳴を上げている兵士もいる。
「だ、大丈夫でしたか!」
「へ?何が?」
「ワイバーンに襲われたんでしょう?よく無傷で。しかも魔猪も…」
「あぁ、こんなの魔族に比べればなんてこと無い」
「ま、魔族?」
兵士の一人が冷や汗を掻いている。ワイバーンを倒し魔猪を軽々と担いでいるこの男に兵士は恐ろしさを感じた。
「あ、そうそう。あっちにワイバーンを氷漬けにしてるから、あとで城に持っていってよ。神官たちがなんとかしてくれるだろ?」
「え?そ、それはそうしますが…」
兵士はこの事態に頭がついていかないみたいだ。この男の隣りにいる水色の狼にも警戒している。
「それで、あなたはどちらの方で?」
「俺?今からうちに帰ろうとしてるんだけど」
「はぁ。お住まいはどちらに?」
「ん?あそこ」
とアレクが指を差すのは王国で一番目立つ城だ。え?と兵士が聞き返そうとしていたが
「そういえば、門番の中にハルバートって居なかった?昔見たときは兵士に成り立てだったんだけど」
「ハ、ハルバートですか…私が知る限りでは、た…」
と兵士が答えようとしたときに後ろから馬に乗った鎧を着た大柄の兵士が駆けてきた。
「おいおい。誰だ。魔猪を担いでいるやつは」
馬から降りてきたその人物は鎧を着ていてもがっしりしているのが分かる。その人物を見たアレクは
「あれ。ハルバートの叔父さんじゃん。久しぶり」
「んあ?」
とその人物は声を上げた。
「あ、あの!この方はセルバンデス家の嫡男、ハルバート様ですー」
兵士が急いで間に入り、説明する。アレクは納得がいかない顔をした。
「へ?ハルバート?あいつはもっとこう細っこくてヒョロヒョロしてたはず」
アレクはもっとしっかりその人物の顔を見た。ハルバートと呼ばれた者もアレクをしっかり見ている。そして横にいる狼もハルバートを見ている。
「もしかしてアレクか?」
「その声は…ハルバートか。なんだ。叔父さんかと思っちゃったじゃん」
と、アレクはハルバートをバシバシ叩いた。周りの兵士たちがオロオロする。
「お前、戻ってきたのか」
「おー、やっとな。しかしお前、がっしりしてるな。あの親父さんに似てヒョロヒョロしてたのに」
「俺はお前がいなくなってから凄い鍛えたのだ。確かに体質は父上に似ているから大変だったけどな」
ハルバートはアレクが担いでいる魔猪を見て
「遠くから見ていたが、お前くらいのものだ。魔猪を投げるやつは」
「仕方ないだろ。俺のマチェット、折れたんだから」
「は?親方に作ってもらったマチェットが折れたのか?」
「あー、嫌だな、親方に怒られるぜ」
話しているとアズールがアレクの服の裾を口で引っ張る。
「あ、あっちにさ、アズールが氷漬けにしたワイバーンがいるから」
「分かった。持って帰ればいいのだろう?手配する」
ハルバートはそこにいた兵士の一人に委細を告げ、国に走らせた。ハルバートはアズールにも目を向け
「アズールが一緒にいたから大丈夫と思っていたが、長かったな」
「まぁな。強かったぜ、あいつ」
「その話しは大方耳にしているが、本人から聞いたほうが正確だろう。あとで聞かせてくれ」
「いいぜ。それにこれはあいつへの土産だ」
と、アレクは魔猪を指差す。
「あいつも元気だろ?親父さんとあいつに解体してもらったほうが美味いからな。アズールも食べたいだろ?」
『味は薄めで頼むぞ』
「アズールも気に入りの店だからな」
と、ハルバートは笑う。アレクとハルバート、アズールは揃って王国へ向かう。兵士たちはアレクが何者だろう?と首を傾げていた。半分は現場に残り、半分はアレクたちについていった。
◇◇◇
「親父、また兵士が出ていったぜ。でっかい荷台を持っていったぞ」
「そうか?ならまた魔獣を仕留めたってことだ。解体の腕がなるぜ」
「でっかい魔獣だといいな。親方に貰った肉切り包丁、切れ味がいいから何倍にも美味くなるんだ。あいつらにも喰わせたいな」
「なんの音沙汰もないんだろ?陛下も外に探しに行きたいのを、毎日爺やが抑えてるって話しだ」
「あいつの兄ちゃん、あいつが好きすぎるからなー」
「こら、陛下を兄ちゃん呼ばわりするんじゃない」
「でも兄ちゃんって呼んでいいってお許し出てるし」
「まぁ、お前たち3人はいつも一緒だったからな」
そんな肉屋の親子の会話を聞きながら、ベンチに居る老人は微笑んでいた。
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