第2話 ゴブリン
黒い空間を抜けるとそこは、森だった。鬱蒼と茂る森の中、2人は気にせず歩く。
『あぁ、そういえばだな』
「なに?」
『こっちに出てきたら知らせてくれって言われてた』
「誰にだよ」
『魔王にだ』
アズールがアレクを連れて行く前、魔王はアズールにアレクが目覚めたら知らせてくれと頼んだ。
「どうやって知らせるのよ」
『確か…木の
「木の洞か…こういうときにラチェットがあればなー。草がわっさわさじゃん」
アレクは仕方ないので持っていた棒で、草をかき分けていった。その後ろをアズールが歩く。アズールは人に会うとその大きさに驚かれるので、普通の犬くらいの大きさになっている。
10分くらい歩いたところに、ちょうど人が入れるくらいの大きさに空いた木の洞を見つけた。
「こんくらいのでいいのか」
『あぁ。それでその洞に声をかけたらいい』
「え、それで分かんのかな」
『まぁ、やってみたらいい』
ガサガサとその木の方へ近寄り、洞に手をかけ、おーい!と声をかけた。2、3度同じことをしたら、その洞の奥からガチャン!バタバタバタ!と音がした。そしてその洞から顔をひょこっと出したのは、ゴブリンだった。目の上にちょっと傷がある。
「あ!ア、アレクどのですか!」
「ん?そうだけど…」
「おれのこと覚えていますか。ほら、この目の傷…」
「目の傷…あー、なんかすばしっこくてなかなか倒せなかったゴブリンがいたけど」
「それがおれです!やっとまたお会いできました」
そのゴブリンはニコニコしながらアレクに言う。仲間内でじゃんけんして勝ったので、アレクと会う権利を得たのだそうな。
「それでさ、お前ここどこだか分かるか?」
「ここですか。ちょっとすいません」
と、ゴブリンは木の洞から出てきて辺りを見回した。そして木の上に登るとすぐ降りてきた。
「アレクどの。ラッキーでしたね。ちょうどあなたのお国の近くですよ」
「そうなのか?昔は近くの森で魔獣とか討伐していたけど、こんなに鬱蒼としてなかったような…」
「そうなんですか?おれもあまり人間界に出ないんで分からないんですけど」
と、ゴブリンはうーんと首を傾げたが、思い出したかのように自分が持っていた鞄をアレクに差し出した。
「アレクどの。こちらあなたが持っていた鞄です」
「あれ、お前たちが持ってたの?あいつらに取られたかと思ったのに」
アレクの収納鞄は勇者一行が持っていったとアズールが言っていた。それが今ここにある。ゴブリンはフフンと胸を張り
「将軍からあいつらにはどうせ使えないから、目を離した隙に取り戻しておけと言われまして」
勇者一行が闘いの場から離れた酒場で疲れて泥酔しているときに、変装したゴブリンがそっと奪ったのだ。
「将軍ってあの筋肉隆々でマグマを纏ったやつか?」
「そうですそうです」
魔王軍の中で一際暑苦しいけど強そうな男がいた。闘いと筋肉が趣味みたいな男に見えたが頭も良かったようだ。四天王の中のひとりだ。
「そうか。ありがとうと言っておいてくれ」
「わかりました」
「あ、それで俺のラチェットも知らない?魔王が持って帰ったみたいだけど」
「あぁ、あれですか」
グフフとゴブリンは笑い
「魔王様のお部屋に飾ってあります」
「なんで…」
「もう折れてるし、魔王軍の鍛冶職人は自分たちの技量じゃ直せないっていうんですよ。だってアレクどののマチェット、ドワーフの仕事でしょ」
ドワーフの鍛冶技術は世界屈指といってもいい。
「確かにそうだな。鍛冶屋の爺さんの仕事だ」
「なら、おれたちが勝手に扱っていいシロモノじゃありません。魔王様もそのままにしておけ、と言われたので」
魔王が他の種族を褒めるなんて。まぁヒト族の自分でさえ、魔王に一目置かれているのだから、魔王は案外広い視野を持っているのだな、とアレクは思った。
「アレクどの。このあとどうされるのですか?」
「ふーむ。一応国に帰るよ。俺が居ない間のことを知っておきたいしさ」
「そうなのですね。…お聞きしますが、魔界には来られる予定は…」
「そうだな。その時は知らせるよ。またこの洞みたいなところに声かければいいだろ?」
「魔王様もアレクどのがいつ現れるかと待っておられましたので。お早めにお願いします」
「分かった。考えとくよ」
返答を聞いたゴブリンは、ちらっとアズールの方を見て頷いた。では、とゴブリンはあいさつをして、洞の奥へ消えていった。
『さて、どうするのだ?』
「ゴブリンが言ってただろ?俺たちの国が近くにあるって。そっちに向かうぞ」
アレクたちは草を掻き分け、ずんずん進んでいった。
ようやく森から出ると大きな道が目の前を横切っている。たくさんの人や荷馬車で踏み固めたであろう道が、確かに向こうに見える国に続いている。
「うーん。まだここからだと遠いな。まぁ、ゆっくり歩いて行くか」
『20年前とは違うか?』
「道のことか?それとも国?」
『周りの景色とかだ』
「あー。少なくともあのでっかい鳥が、いきなりは出て来なかったな」
アレクが指差した方向に、ワイバーンと見られる鳥がアレクを目指して飛んでくる。一匹だけではない。群れを成して飛んでくる。
「ワイバーンって群れで行動してたっけ?」
『いや、常に一匹で飛んでいるはずだが』
そう言われるワイバーンは、竜の頭に腕と一体化したコウモリの羽根、鷲の足に蛇の尾を持ち、尾の先は矢尻の様な形をして毒が出る。一匹でも厄介だがそれが数匹の群れとなると普通の冒険者は逃げるしかない。ワイバーンは口から火を吹くからだ。
「俺、今、木の棒しか持ってないけど」
『魔王より簡単ではないのか?』
「あいつは正々堂々と向かってきたから闘ったんだ。ワイバーンは狡猾だし、俺を遊びの道具にしか思っていないぜ」
アレクは木の棒をぶんぶん振り回し肩を慣らしていく。
「多分一回しか攻撃出来ないからな。あいつらの注意を俺に向けてくれよ」
『承知した』
アズールが応え、その瞬間空が曇り空になる。急に空気が冷えたかと思うと、空からワイバーン目がけて氷柱が勢いよく落ちてくる。ワイバーンたちは避けるが次から次へとその鋭い切先が己を狙う。
逃げる先にはアレクが待ち構えていた。標的が目の前に逃げずに立っているのを、ワイバーンたちは幸いと周りから囲み、アレクを火だるまにしようと口を開けた。
その瞬間、アレクの持つ棒は円を描きワイバーンたちは動きを止められた。そしてアレクの足元に目線が落ちる。気付かぬ間にワイバーンたちの首が地面に落ちていた。
頭を失った胴体も次々に地面に転がる。棒はアレクの手の中で粉々になった。
「やっぱり。俺の技に棒が耐えられなかったな」
しょうがない、とアレクはため息をついた。
ちょうどその頃、国の門の物見場で、兵士が一人口をあんぐり開けていた。ワイバーンに気づきその動向を小さな望遠鏡で見ていたのだ。
「ど、どうやって?」
兵士は混乱しながらも、他の兵士に上司を呼んでくるよう頼んだ。
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