目覚めたら20年経っていた英雄の話
ミナヅキカイリ
第1話 プロローグ
目が覚めると、そこは草原だった。仰向けで空を見上げている。心地良い風がそよそよと顔を撫でる。アレクはよっこらしょと体を起こそうとしたが、体がこわばって動かない。するとそこに、水色の毛並みの大きな狼が現れる。だがアレクは驚きもしない。その狼はアレクの顔を覗いて
『やっと起きたか』
と一言。そしてちょこんとアレクの横に座る。
「なんか体が動かないんだけど」
アレクは水色の狼に訴える。狼は前を見たまま
『当たり前ではないか。魔王と闘ったのだ。普通は四肢がバラバラになってもおかしくはない。鍛え上げていたからその程度で済んでいるのだ』
「俺が闘ったあと、どうなったんだ?」
狼は風になびく毛並みをキラキラさせながら、フンッと息を吐いた。
『勇者一行はお前がいなくなって、そのまま帰ったぞ。しかたないので私がこの地に運んだのだ』
「ちぇっ、誰のおかげで脅威が去ったと思ってるんだ」
『ま、それは帰ってみてからのお楽しみだ。そして魔王たちは、お前と魔王が暴れた土地を綺麗に戻して、魔界でお疲れさまパーティーを開くと言っていたな』
それを聞いてアレクは複雑な顔をし
「なんだよそれ。…俺も行きたかった」
『魔王に誘われたのだが、お前が瀕死だったのでな。先に回復させてから再度誘ってくれと約束した』
そうか、とアレクは頷いたが
「あれ、魔王生きてたのか?」
あれだけ壮絶な闘いをしたのだ。魔王も相当な重傷者なはずだが。
『確かに腕を一本失くしたが、幹部たちの手当で一命は取り止めたようだ。幹部も誰も死んではおらん』
魔王の幹部たちもアレクと闘ったが、アレクが致命傷をわざと避けたため、ほとんどが生きていた。
「魔王もあれだよな。ただ腕試しがしたかったって言ったが、何日間闘ったっけ?10日?俺もよく生きていたな」
『幹部たちとも闘って15日だからな。その間の勇者たちのいたたまれない顔は見ものだったな』
魔王と幹部たちの相手は、全てアレクが一人で受けたのだ。もちろん一番最初に勇者一行が相手をしたのだが、幹部の一番下っ端にコテンパンに破れ、アレクにお鉢が回ってきたのだった。
そもそも魔王軍は人間たちと世界を滅ぼすなんて、これっぽっちも思っていなかったらしい。ある神のいたずらで、人間界でその神の嘘の信託を受けた聖者が、教皇と王に申告し、他の神が気づいたときにはすでに勇者一行が出発したあとだった。急いでその聖者より格上の神官に事情を説明し、どうしようか近隣国の王達と思案していたところ、アレクが勇者一行の荷物持ちとして自ら志願し、勇者一行と後日旅を共にすることとなった。
この話はおいおい語るとして、アレクはぼーっと空を見ていた。隣にいる狼の存在は分かるが、まだ起き上がれないのだ。
「なぁ、そろそろ動きたいんだけど」
『まだだ、明日まで待て』
「明日…というか今日はいつなんだ」
『そうだな…魔王と闘ってから2年くらいか…』
「えっ、そんなに経ってるのか?早く帰らないと」
『いや、それはここでの時間だ。人間界では確か20年が経ってるはずだ』
「は?」
20年も寝てた?どこまで自分はお寝坊なんだ。それこそ早く帰らなければ。
「父上や兄さん、弟はまだ良いとして、爺やが死んでるかもしれないじゃないか!」
『大丈夫ではないのか?あの男はいつも口癖で言ってたではないか。あと1年の命かもしれませんってお前が小さいときから。あれからお前が成人しても生きてたしな』
「お前たちの感覚と俺たち人間の感覚は違うんだよ。それこそヤバいかもれない」
アレクは考えていた。ここでの1日は人間界だと何日なのだ?
『だいたい10日くらい…』
「ぐあーっ!早く明日になれ!」
☆☆☆☆
アレクは困っていた。起きてから半日でやっと動けるようになっていたが、自分が持っていた収納鞄と愛刀のマチェット(山刀)が手元に無いのだ。
『鞄とマチェットが無い?ふむ…』
狼が思案していると、思い出したようだ。
『鞄は勇者一行が持ち去ったな。しかしあれだろ?持ち主以外は使用できないよな?』
「そうだ。弟に調整してもらったからな。あと、位置も分かるようにしてあるんだが…ここが別軸の場所だからか?」
『そうかもしれない。外に出たら分かるかもな。あとお前のマチェットだが、魔王が持ち帰ったぞ。我の腕を斬った物だから、と折れてたけどな』
魔王のところにあるのか。すぐには行けないなぁ。
『嬉々として持って帰ったぞ。どこかに飾ってるんじゃないのか?』
「あれは俺の得意先の鍛冶屋で作ってもらったやつだぞ。旅立つ前に主人から餞別にって。どうすんだよ…」
『しかしな、マチェットというのは主に山の草木を刈る刃物だぞ。それで魔王の腕を斬ったのだ。国宝級だぞ』
「手に馴染んでたしなぁ。しょうがない」
と、アレクはしょぼんとした。これから帰るのに、野生の魔物に遭遇したらどう戦えばいいのか。
『素手で戦え』
「無茶なことを言う」
『無茶ではない。魔王と互角だったお前だぞ。そこらの魔獣など一捻りだ』
狼がアレクを過大評価しているように聞こえる。とりあえず外に出て見なければ分からない。
「もう外に出られるんだろ?」
『そうだな、そろそろ出口が開く』
「知ってるところに出れば良いけどなー」
『それは運だな』
「手に何も持ってないのは、ちょっとなぁ」『しょうがないな』
狼は自分たちの近くにあった大木をひと回り歩いて、ぴょんと枝の中へ入っていった。バキッと音がして降りてきたときは、口に枝を加えていた。
『この木から発育の悪そうな枝を貰ってきた。普通の枝よりは丈夫だから、持っていって良いそうだ』
「木の棒か。まぁ、無いよりマシだな。ありがとうな」
と、大木に礼を言うとザワッと大木が揺れた。
木の棒をいい具合に整えて、腰紐に差した。
「よし、じゃあこの場所ともおさらばだな」
アレクたちの目の前に黒い空間が現れた。
「20年後ってどうなってんのかねー」
『我も出てないからな』
「みんなでっかくなってんだろうな。さて、アズール行くぞ」
アズールと呼ばれた狼とともに、アレクは黒い空間へ一歩足を踏み出した。
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