第7話 アーサー

「ハルバートから聞きました。銅像も立てる予定だったとか?俺を恥さらしにするおつもりですか」


 それを横で聞いていたセルバンデス指南役は、当時を思い出し吹き出した。


「恥さらしとは失敬な。お前の勇姿をそこかしこに広めるためだ」

「俺が嫌なんです。そこで笑ってるハルバートのじいちゃんも止めてくれたんでしょ?」

「儂か?儂は面白いと思うたがの」

「えっ。まさかの兄上派?」

「もちろんちゃんと考えてくれとお止めはしたぞ。儂としては小さいのが欲しかった。家に飾る用に」

「それはいいな」


 アーサーはその発想は無かったと、採用しそうになる。


「陛下。それは今決めないでくださいまし」


 隣で王妃が目を光らせている。アーサーはたじたじになり


「う、うーん。国費との兼ね合いもあるから保留で」

「ちゃんと話し合いをしてください」

「わ、わかった」


 アーサーは王妃に尻に敷かれているようだ。それは昔と変わらない。


「さて、みんな。一応アレクの無事な姿を見られたから、仕事に戻って良いぞ」

「そうですか。なら、父上。戻りますぞ」

「えー!アレクともっと話したい」

「父上。あとで演習場へ来てもらえばよいでしょう?」

「そうだけどさー」


 ごねる指南役に両サイドの息子たちが戻るよう促す。


「じいちゃん、あとで行くから。おじさんと待っててよ」

「仕方ないのう。待っとるぞ」


 渋々指南役は息子たちと謁見の間を後にする。他の役職の者も、アレクに一礼して出ていく。残ったのはハルバートと爺や、陛下と王妃の4人だ。


「叔父上はこの場にいないが、元気だぞ」

「さっきトーマスに会ったので聞きました」

「なんだって?トーマスが先に会ったのか?」

「ええ。双子と一緒に」

「あら。姿が見えないと思ったら、トーマスちゃんといたのね」


 王妃は先程と違って砕けた感じでアレクに話す。


「あの子たち、アレクちゃんの大ファンなのよ。毎晩絵本を呼んでくれってせがむの」

「義姉上、そのちゃんづけはさすがに。俺もトーマスもいい歳なんだけど」

「そう?でも昔からそう呼んでるから、今更変えても気持ち悪いわ」


 サーシャ王妃は、三兄弟とハルバート、ヤットルとは幼馴染だ。特にアーサーは昔からサーシャに頭が上がらない。サーシャのほうが1つ年上だ。


「そういえば、お菓子屋のばあちゃん、元気にしてたぜ」

「あら、見に行ってくれたの?アレクちゃんが戻って、嬉しそうだったでしょ?」

「変わらない顔があるのは嬉しいよな」


 サーシャ王妃はお菓子屋の孫である。この国は貴族が絶対に王族へ嫁がなければいけないというルールはない。むしろ積極的に平民が国政に参加している。平民でも学や力を付ければ、要職につける可能性があるのだ。2年に1回、王宮での募集がある。

 三兄弟は子ども時代、よく城下町で遊んでいた。ハルバートは王宮でも顔を合わせたが、ヤットルやサーシャは外に出始めてからの友達だ。


「兄上、俺は魔王と闘った後、アズールの聖域にいたんだけど、その間ってどうなってたんですか?」


 そうアーサー王に問うと、アーサー王は渋い顔をして


「あの自称勇者どもな。まずはその勇者どもに嘘の信託をした神というのがいたが、教皇が上位の神にお伺いを立てたら、その神は一級から三級に降格したそうだ。もちろん信託も、神特有の力も奪われた。見習いまで堕ちたらしいぞ。教皇もあまり詳しくは仰らなかったが、さんざん神に愚痴を吐き出されて辟易していた。神界でもいろいろやってたらしい」

「へぇ。トラブルメーカーって神界にもいるんですね」

「そして、勇者どもはお前が姿を消したあと、自分たちが魔王を倒したと触れ回っていたが」

「どうしたんですか?」

「各国に父上の署名で書状を送ってな。この魔王討伐でどんなことを勇者たちがしていたか、今から勇者たちがするであろう行いに気をつけていただきたいと知らせておいたのだ」


 アレクは知っていた。一緒に旅をする中で、勇者たちがどれだけ無能なのかを。宿の手配も、武器の手入れも、食事の世話も、全部自分がしていたのだ。勇者たちはアレクが王族とは知らずに雑用を押し付けていたので、国から貰った資金で遊び呆けていた。魔王の配下に出会えば、すぐに倒され、後始末はアレクがやっており、魔王の配下もアレクに同情していた。魔王も配下に報告を受けており、自分を楽しませてくれるのは勇者よりアレクだと認めていた。

 そして魔王との決戦だ。決着が着いた後、アレクの鞄を盗んだが、持ち主以外開けられず、酒場で放置していたのを変装していたゴブリンに持ち去られた。

 アレクはいないし、自分たちしか魔王に会っていないので自分たちが魔王を倒したと豪語していたが、デミテル小国の優秀な梟により、情報は筒抜けになっていた。


 勇者たちが立ち寄る村や街は、勇者たちの姿が見えたらみな家の扉を閉め、酒場も入室お断り。宿屋も断られ、野宿の連続。

 やっと信託を受けた王国へ帰るも、自分たちのしてきた行いにより、王の逆鱗に触れ勇者の称号を剥奪され、身ぐるみ剥がされて、国外追放になった。


 デミテル小国は、他の国から友好条約を求められ、小国には侵攻しないとの条約をもぎ取り締結させた。


「そこでこの話は終わりと思ったんだがな」

「何かあったんですか?」

「来たんだよ、凄いやつが」


 アーサーはそのことを後で父から聞かされ、冷や汗が出た。



◇◇◇



 アレクが消息を断ち、勇者たちが追い出されて数日後。アレクたちの父である陛下は自室で就寝していた。

 すると、


「陛下。陛下。起きてください」

「んー?爺や?どうしたのだ」


 と、ベットに体を起こす。そこには爺やともう一人黒い影がある。陛下は目をこすりその人物を見る。大柄な男性がそこにいた。しかし男性の頭には長く黒い角がある。しかし、その男は爺やにロープでぐるぐる巻きにされていた。


「やあ」


 とその人物は陛下に声をかける。陛下はギョッとし、爺やを見た。


「爺や、その男は誰だ?」

「陛下。これが噂の魔王です」

「何?」

「そう。嘘に翻弄された魔王だ」


 と、魔王は陛下に応える。陛下は頭を抱え、しばし考える。


「えー、その魔王がなぜここに?」

「我と闘った者がどこの者かと思ってな。部下に調査させたのだが、こちらの国の者だと分かり、面白そうだからちょっと覗いてみた」


 ニヤリと魔王は陛下に笑う。


「我の攻撃を幾度となく防ぎ、それにほれ」


 魔王は自身の失った腕を見せた。


「我の腕を切る者など今までいなかった。本当は元に戻せるんだがな、記念にそのままだ」

「本当に切ってたんだな…」

「まぁ、あの者の子孫なら切ってもおかしくはない」

「え?どなたのことを言っているのだ?」

「この国の最初の王だ」

「初代の…」


 この国の初代の王は、剣聖と呼ばれた男だった。小さな村を興し、国にまで発展させた。


「ま、他にも理由があるがな」

「それは…」

「秘密にしておいたほうがおもしろかろう?」


 なぁ?と魔王は爺やを見る。爺やはロープを握ったままだ。


「お前の息子はまだ目覚めぬ。時間がかかるかもしれぬな」

「アレクは…生きているのか」

「当たり前ではないか。あの水色の狼だったかな。あの者の聖域にいる」

「そうか」


 ではまたいつか会おう、と言い残し、爺やと共に魔王は窓から出ていった。


「いつか、は来なくていい」


 陛下はベットにバタンと倒れ込んだ。魔王の圧力にギリギリ耐えていたのだ。


「アレクが生きているなら、頑張らなければ」


 疲労感が半端ない体で、陛下は色々頭を巡らせていた。



 陛下の部屋の窓から出た魔王と爺やは、屋根の上に立っていた。


「あの王もなかなか頑張るではないか」

「そんじょそこらの勇者と同じではない」

「あれらは何の力も無かったわ」


 ロープを外しながら、魔王は勇者たちの不満を語る。


「我の見積もりでは10年か20年くらいは起きてこないと思うぞ」

「若様に相当な力をぶつけたのだろう?抑えるとかしないのか」

「それだと面白くないだろう?あいつも結構楽しんでいたぞ」


 魔王は無い腕をさする動作をした。


「でなければ、この腕を失いもしなかった」

「どうせ生えてくるんだろう?」

「そうだが、さっきも言った通り記念だ。我も復活したてだからな。あまりこの人間界にいては具合が悪い」

「だからといって、四天王を連れてくるんじゃない」

「あいつらもついて行きたいって言うから渋々だ」


 ここより上空で、四天王は魔王の帰りを待っている。なかなか戻って来ないからハラハラしている。


「お前がいるから、あいつらも降りてこられないんだよ」

「だから私がロープでお前だけ巻き取って陛下に会わせたのだ。四天王も来たら陛下が正気を保てない」

「そう考えると、我とあの四天王を目の前にして勝負していたアレクは凄いな」

「私の弟子だからな」


 爺やはロープを回収し、魔王にさっさと帰れと促した。


「なんだ、せっかく久しぶりに会ったというのに」

「私はこの国が居心地が良いんだ。あまり長居されると私も本気を出すぞ」


 と、爺やは口から小さな炎を零す。


「おおう。怖っ。まぁ、アレクが目覚めたらお前も魔界に遊びに来い。お疲れさまパーティー開いてやるから」

「それは若様と要相談だ」


 しっしと爺やは魔王に手を振る。魔王は苦笑し、四天王が待つ上空へ飛んでいった。


「20年か…短いやら長いやら」


 爺やはアレクの帰りを待つことに寂しさを感じた。

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