第19話 シュルツ村
アレクたちは起きると、静養地の近くにあるシュルツ村をとりあえず目指すことにした。ハルバートによると、ここからだと走る距離ではないため、ライアンたちはゆっくり歩いてもらうことにした。
歩くこと、1時間。小さな村が見えてきた。村の入り口には見張りが1人。大きな欠伸をしている。
「呑気だなぁ」
「まぁ、ここらは強い魔物もあまり出てこないからな。だが、怠けすぎだ」
ハルバートはアレクの前を歩き、見張りに声をかける。
「我々はこういう者だが、村長はいらっしゃるか」
と、胸のポケットから出したものを見張りに見せた。見張りは、それを見た途端、アワアワとして近くにいた村民に見張りを代わってもらい、村長の家へ案内された。
「なぁ、何見せたんだ?」
「あー、これだ」
と、ハルバートはさっき見せたものをアルクに見せる。三日月と剣をクロスさせた家紋だ。
「なんだ、ハルバートの家紋じゃないか」
「うちは年に数回、いろんな村や街を手分けして視察している。魔物の発生地区を主にな。他の隊にも協力してもらっているが、この村はうちの管轄だ。静養地も近いからな」
しばらくすると、見張りはある家のドアをノックし
「村長、小国の隊長殿が来られました」
そう呼びかけると、中からガタン!と音がして、村長らしき人が飛び出てきた。
「はっ!セ、セルバンデス隊長殿!いらっしゃいませ。今日はどのような要件で」
「あぁ、そんな堅苦しくなるな。ちょっと寄らせてもらっただけだ」
「そうですか。ちょうど母がアップルパイを焼きましたのでどうですか?お付きの方もどうぞ」
「じゃあ、入らせてもらう」
「お付きの方、だってさ」
アレクは笑いながらハルバートとアズールも中に入った。黒馬たちは外で待機だ。さっきの見張りから水を貰っている。
中に入ると、アップルパイの香ばしい香りがする。村長の母親がアップルパイを出している途中だった。
「あら、隊長さま、いらっしゃい。それに、まぁ!懐かしいお顔!お父さん!お父さん!」
村長の母親はアレクを見て微笑み、主人を呼んだ。別の部屋から顔を出した先代村長は
「なんだなんだ、アップルパイはできたのか?」
のそのそと部屋を出て、ハルバートとアレクを見る。
「おぉ!隊長殿に、殿下!変わらず息災で。何年ぶりですかな?よく戻っていらっしゃった」
と、先代はアレクの手を握りニコニコしている。
「アズール殿も、元気でしたか」
『そなたはやはり歳をとったな』
「ははっ、殿下が戻られたなら私もまだ頑張らなければ」
と、久しぶりにカラカラと笑う父親を見て、村長は1人納得がいかない。
「えっ、父さん…隊長殿のお付きの人じゃ…」
「ばかもの!こちらは現国王の弟君で英雄のアレキサンドル殿下だぞ!」
と、先代は本棚から絵本を取り出し
「ほら!お前が昔何度も読んでくれと急かした絵本の主人公が殿下だ」
と、息子に差し出す。村長は表紙とアレクを交互に見ながら、またアズールを確認してびっくりしたようだ。
「兄上ってどこまで絵本を拡げたの」
「国内は当たり前だが、交流のある国にも差し上げたとか」
そうか、とアレクは頭が痛い。あまり目立ちたくはない。
「それはそうと、先代殿には会ったことあったっけ?」
「そうですな、随分前ですから無理もないです。静養地に行かれるときに、私どもが村の前でお出迎えしたくらいですから」
村長の母親が、アップルパイを切って出してきた。
「さぁ、殿下も隊長殿もどうぞ。うちのが焼いたアップルパイは美味いですぞ」
アレクたちはお言葉に甘えてアップルパイを頬張る。
「ん!美味いな」
「確かに」
「ほら、お前も席につけ」
先代は絵本を持って呆けている村長に声をかける。
「しかしまだ果物が成る時期は早いのでは」
「このリンゴは乾燥させて戻してから蜜に漬けていたので。本来ならまだ先ですな」
「そういう保存の仕方もあるのか」
「ただ、今年はちょっと面倒なことが」
「なんだ、どうした?」
ハルバートが問うと
「いえ、この村の上流にある村から水が流れてくるんですが、その上流の村が何やら困っているようで」
「なんだ?」
「それがその村も何が起こっているか分からないようでして」
「私がその村に用事があったので行ってみたのですが」
村長が言うには、その上流の村では半年ほど前から何か得体のしれないものが徘徊している、というのだ。
「私が一晩泊まったときは何もなかったですが、そこの村長や民に聞くと、何人もその存在を感じたとか」
「なるほどね」
アレクは腕を組んでいる。
「実害は今のところ無いのですが、気味が悪いらしく、村民たちの不確定な証言だけでは国にも報告出来ず、とのことでして」
「それは被害も無いとなれば言いにくいな」
ハルバートは頷く。ちらっとアレクを見た。アレクは
「実はな、俺たちはこの先の静養地に用があるんだ」
「あっ、前陛下のところですね」
「そこへ訪れてから、その件の村へ行ってみようと思うんだが、それでも良いか?」
「滅相もございません。殿下がいらしてくれるなら、あの村も心強いでしょう」
「話を通してもらえるか?」
ハルバートがそう問うと
「お任せください」
アレクたちはアップルパイを食べ終えると、少し話をして村長の家を出た。
「どう思う?アズール」
家の中ではずっと黙っていたアズール。静養地に向かう道でアレクは尋ねた。
『話だけではなんともな。魔物なのか霊なのか精霊なのか、姿を見せないものだとすると、上位の魔物かもしれぬ』
「俺が出会った魔物にはない能力かな」
『お前が出会ったのは自己顕示欲が強いやつらだったからな。正々堂々が好きな者ばっかりだった』
トットットとリズム良くアズールは歩く。ライアンやサリーも2人を乗せて気分良く歩く。
「父上は知ってるのかな。周りの村のこと」
「周辺の様子は退任後も注視していらっしゃると、陛下から聞いている」
「それなら兄上も聞いてそうな気がするけど」
「んー、それは実際に聞かれたほうが良いな」
アレクたちは静養地への道を順調に進んで行った。
目覚めたら20年経っていた英雄の話 ミナヅキカイリ @kairi358
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