第18話 野営
「おい、何か地響きが聞こえたんだが」
ハルバートがアレクに話す。
「ん?この先かな。何かあったのかもな」
『ちょっと急ぐか?』
「そうだな」
アレクたちはスピードを早めた。するとその先には乗合馬車が1台停まっている。そこには数人の乗客と御者、そして地面に転がっている男たちがいた。
「おーい。何があったんだ?」
ハルバートがサリーの背の上から声を掛ける。それに御者が気づく。
「あれ?隊長殿じゃありませんか」
「ん?…なんだ、ブルーノじゃないか」
「隊長殿がなぜこの道を?」
「ちょっと用事があってな。で、どうした、これは」
ハルバートがサリーから降りて、御者のブルーノに話を聞く。
「あぁ、そこら辺から盗賊が出ましてね。でもすぐ倒されました」
「ほぅ。お前じゃなくて?」
「私は除隊してから何年も経ちますから」
「でも今も訓練してるだろう?」
「はは。分かりますか」
と、ブルーノは引き締まった腕を見せる。
「で、倒したのはどちらの御仁だ」
「あぁ、あちらの方です」
と、ブルーノが転がっている盗賊を抱えてひと纏めにしている男を指差した。アレクもライアンから降りて、男に近づく。最初に男の元に行ったのはアズールだ。
『おい。オルノー』
「うわっ」
と、横から現れた水色の狼にオルノーはビックリする。
「何だ。アズールじゃねえかよ…ん?アズール?え?お前いつ帰ってきたんだよ!」
『つい数日前だ』
「お前がいるってことは」
「やぁ、親方。元気してた?」
「!!殿下!?」
と、オルノーはアレクに抱きつく。
「いだだだだ。親方痛いって」
「ばかやろう!お前早く帰ってこいよ」
「いやー、重症だったからね。すぐには無理だって」
「しかしお前…変わってねぇな」
「親方こそ昔のまんまじゃん」
「おれはドワーフだからな。長生きだ」
「んで?これは親方がやっちゃったの?」
と、アレクは盗賊たちを指差す。フフンとオルノーは胸を反らし
「おれには物足りなかったな」
「んもー。じいちゃんたち、暴れたいんだから」
『オルノー。早く帰ってやれ。おかみさんが…』
「なんだ、カミさんがどうかしたのか!」
『物凄く元気だぞ』
顔色を変えたオルノーにアズールは冗談を言う。
「会わないうちにそんな冗談を身につけたか」
「親方、これを」
「おう。ハル坊、お前もいたか。なんだ、これは」
「私の署名が入ったメモです。これをうちの隊に見せれば、この者たちを引き取りに来ますから。ブルーノも連れて詳細を話してください」
「なんだ?お前たち、どこか行くのか?」
オルノーはメモを受け取り、アレクたちを見る。見覚えのある黒馬たちもいる。
「馬もいるし…遠出か?」
「父上たちがいる静養地にね」
「あぁ、あそこか。おれが半年前に顔を出しに行ったが、何もお変わりはなかった気がしたが」
「ちょっと父上の具合が悪いらしくて。父上たちがこっちに来るより、俺たちが行ったほうが早いでしょ?」
「そうか…そりゃそうだな。で、殿下。おれがあげたマチェットはどうだ?」
「え?折れたよ」
と、さらっとアレクは言う。
「は?折れ?」
「それで魔王が気に入って、魔王の私室に飾ってあるってさ」
「は?魔王?は?」
「んで、今はダガーが作った刀を持ってるってわけ」
「刀?いやいやいや」
「んじゃ、行ってくるねー」
『ちゃんと工房に行くのだぞ』
「隊にもよろしく」
矢継ぎ早に話して、先を急ぐアレクたちを見送る御者の後ろで
「えー!おれのマチェット!魔王ってなんだよ!!!」
と、オルノーは叫び声をあげた。
◇◇◇
オルノーたちと別れ、アレクたちは先を急ぐ。おかみの言っていた通り、目的地にはまだ着かず夜になってしまった。ので、広いところを見つけて野営をする。それぞれが見つけてきた小枝を纏めて、ハルバートが持っていた簡易の火種で火を付ける。
黒馬たちは手綱を縛った木の近くで、もしゃもしゃと野草を食べている。動きやすいように長めに手綱を余らせている。
「あー、よっこいせ。お尻が痛い」
「ずっと乗っていたからな。慣れないと当分そんな感じだ」
アレクはお尻をさすりながら、地面に腰を下ろす。アズールは少し離れたところにいる。手を拭いて、鍛冶屋のおかみがくれた夜食を鞄から取り出す。
アズールにも包みを差し出す。
「なんだろな」
ガサッとハルバートが包みを開く。中からは、ビッグボアの肉巻きおにぎりが入っていた。アズールにはステーキだ。
「おかみさん、太っ腹だなぁ。普通のおにぎりでも良いのに」
「これを惜しげもなく巻けるのが、さすがだな」
「あの短い時間で作ったのかな…」
2人は勢いよくかぶりつく。アズールはあぐあぐと口いっぱいに頬張る。
「野営も久しぶりだ」
「偽勇者たちも野営をしたのか?」
「あぁ、街や村が無いときはな。それに毎日泊まれるほど路銀も無いし」
もぐもぐしながら、アレクは応える。
「しかし、野営とはいえ安全ではない。お前が毎回見張るわけにもいかなかっただろ」
「そこはあいつらの尻を叩いてやらせたさ。ブツブツ文句を言いながらな。ま、実際はアズールの気配を撒き散らしていたから、寄ってはこなかった」
『それでも数人は近くに居たぞ』
アズールは顔を上げ思い出す。
「そこそこ強い奴らが偵察に来ていたな」
『目的はあいつらではなく、アレクだったが』
「強いのが近くにいても、グースカと寝てた奴らだったから、魔王の手下も呆れてた。俺は手下たちと手合わせして時間潰したなー」
「偽物たちは何の功績を残したんだ?」
うーんとアレクは頭を傾げて
「覚えていない」
『そもそも、あんなへっぴり腰の奴らが、魔物を討伐できるか?20年前のハルバートの方がまだマシだぞ』
「門番の時の私よりも弱いって」
はぁ、とハルバートはがっくりする。
「まぁ、そうだな。爺や殿から聞かされた梟の話だと、特に何もしてないから、報告も出来ないと言ってたな。アレクの話の方が大半だった」
梟の報告書では、アレクたちのことが9割を占め、偽勇者たちは3行くらいしか書いていなかった。
『前々から思っていたのだが、なぜそんな偽物を勇者に仕立てたのか?いくらダメな神でもそこそこは強い者を勇者にするだろう?』
「それは上位の神に伺っても、理由は分からないそうだ。本当に遊びのつもりだったのか。そうなら迷惑極まりない」
『神は気まぐれだからな。そんな気まぐれで世界を作ってもらっても嬉しくはないな』
アレクは2人の話を聞きながら、指についた肉のタレを舐めていた。
「今は違う神がこの世界を監視しているんだろう?」
「神は遠い存在だと思っていたが、ちゃんと見ているらしいぞ」
「そう言われると悪いことはできないよな」
「そう思えない人間も、一定数は必ずいる」
街の警備をしている他の隊に聞くと、警備してもその間をかいくぐってやってくる奴らは少なくない。それを最小限に留めるだけだ。
「腹も膨れたし、あとは寝るだけだな」
「アズール、周りには何もいないか?」
『今のところは。このまま朝まで保てばいいがな』
「ライアンとサリーもいるし。何かあれば俺たちもすぐ起きるしな」
『念の為、結界を張っておくか』
「え、そんなことできるの」
『我だとて、お前みたいに20年を無駄に過ごしてはおらぬぞ』
とアズールは言うと、その水色の尻尾をシュンと一振りした。するとキラキラと結晶が舞い、自分たちの周りに薄く結界が張られた。
『そこらの魔獣が体当りしても壊れぬ』
「凄いな、アズール」
ハルバートが褒める。自分は魔法が使えないから羨ましいと思った。
「それ、早く習得してほしかったな」
『我も若かったゆえ』
「若かったで片付けるなよ」
ちぇーっ、とアレクはふて腐れた。もちろんアズールのおかげで朝までぐっすりだった。
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