第17話 旅の帰り道

「それで、3人揃ってどこに行くんだい?」


 おかみがアレクに問いかける。


「父上がいる静養地に」

「そうかい!メイナード様もお喜びになるだろうね」


 おかみは笑いながら、しかし少し涙ぐむ。

 それを横で聞きながら、ダガーはうーむと唸る。


「なぁ、殿下。やっぱり鍔はつけた方が良いと思うんだよな」

「そうか?やはり指が当たるとか?」

「そうだ。いくら殿下が気をつけていても、触れてしまうかもしれないじゃないか」

「でも、白鞘に鉄は合わないだろう?」


 アズールが2人を見上げて


『ならば鍔も木にすれば良いじゃないか』

「そんな都合の良い木があるかな?」

『白雪が教えてくれるだろうよ。まぁ、いろいろ見ていくしかないがな』


 アズールは入り口の方へ体の向きを変え、外に出ていく。いくら作業場が奥にあり、自身の魔法によって防いでいるとはいえ、熱気が伝わる場所は苦手なのだ。


「アレク、カタナ?が手に入ったのなら、静養地に早速向かわないと。何日で着く予定にしている?」


 ハルバートがアレクに急ぐよう急かす。


「んー。3日くらいか?」

「まぁ、それくらいが妥当だな」


 2人は話しながら、外に出る。おかみは、わたしは家事の続きがあるから、と、よっこらとカゴを持ち上げ、母屋へ歩く。

 ダガーは


「一応俺の方でも、殿下の鍔に合うものを探してみる。早く帰ってくれないと、また忘れるからな」

「そんな3ヶ月もかかりはしないよ」


 外で待っていた黒馬のライアンとサリーは、アズールと何やら話している。


「どうしたんだ?」

『ライアンとサリーが早く走りたいらしいぞ』


 黒馬たちは脚をバタバタさせ、早くしろと急かす。近くに来たアレクの頭をライアンはカプッと噛む。


「わ、分かったよ。街を出たら存分に走っていいから。もうちょっと我慢してくれ」


 アレクは頭を噛まれながら応える。ハルバートはサリーの背中を撫でながら落ち着かせている。


 じゃあ、行こうかと話すと、後ろでおかみに呼び止められた。


「ちょっと殿下たち。待っとくれ」


 ん?と振り返ると、大きな包みを3つ持っていた。


「急いで作ったから、味は保証しないけど今から行くと夜を越すだろ?夜食に食べとくれ」


 と、渡された。


「この2つは殿下とハルバートの。こっちはアズールのだよ」

「ありがとう、おかみさん。鞄に入れとく」

「まぁ、気をつけて行って」


 アレクたちは工房のみんなに見送られて避暑地へ進み出した。


 西区の門を抜けて街道に出る。ここからは野生の獣や野党が出るが、今の黒馬たちは思いきり走れて楽しいらしい。

 黒馬たちの前はアズールが先導している。アレクは振り落とされないように必死だ。


「馬なんて滅多に乗らないから、腰がやられそうだ」

「背筋を真っ直ぐにして、しっかり踏ん張ればいい」


 馬の乗り方に関しては先輩のハルバートがアレクにアドバイスする。スピードは前方のアズールが調節するため、全速力ではないが速い。


「ライアンたち、あんまりはしゃぐなよ。俺はいいが、アレクが落馬するからな」


 そうハルバートが言うと、ライアンはヒヒンと返す。


「ライアン、今笑ったな?」


 アレクは苦い顔をした。サリーはブフンとライアンを嗜める。

 ハルバートはサリーの首を撫でる。アズールがやれやれと思いながらも走る。



 ◇◇◇



 さてその頃、アレクたちより数キロ先に一台の乗り合い馬車が小国を目指して進んでいた。中には何人かが和気あいあいと話している。


「はぁ!そんなことがあったんですね」

「詳しい場所は言えねえが、あまりあの辺りには近付かない方がいいぜ」

「しかし、オルノー殿。半年も家を開けていて仕事は大丈夫なのですか?」

「あー、まぁ大丈夫だろう。何かとんでもないことが起きない限り、ウチの弟子どもは仕事に熱心だからな。カミさんもいるし」


 ガハハと笑う男は長く垂れた髭をわしわしと触る。


「いろんなところに行っていたと言う割には、荷物が少ないように見えますわ」


 髭の男の向かい側に座っているマダムは鞄ひとつの軽装に首を傾げる。


「あぁ、これは企業秘密だ。まだ一般には出回れないものだからな。もう少し研究が進めばお前さんたちにも、安価で出回る便利なシロモノになると理解してくれ」

「わたしも持てるようになる?」


 マダムの横にいる少女も興味があるらしい。


「あぁ、お嬢ちゃんも使えるよう、おれがお願いしてみるからな」

「うふふ、楽しみ」


 そんなふうに話が進む。

 馬車がガタンと揺れる。まだ街道は十分に整備されていない。その上、野盗や野生の獣も出るから要注意だ。商隊だと護衛を雇うが、乗り合い馬車はいちいちそんなことをしていたら破産する。なので乗客の中に冒険者や、里帰りの騎士など入ってもらう。


 そして今回も盗賊は現れる。草むらの陰から馬車を伺っている。


「あの馬車、護衛はいないみたいですぜ」

「中の乗客から金品を巻き上げて遊ぼう」

「今回はサクサクと進みそうだな」


 ガサッと現れ、馬車の前に飛び出る。馬はびっくりして急停止する。

 馬車がガタガタン!と揺れた。


「な、なんでしょうか?」

「野党が現れたようです」


 御者が後ろに声をかける。オルノーはちぇっと舌打ちし


「もうちょっとで着くのによ」

「怖いよう」

「大丈夫だ、お嬢ちゃん。おじさんに任せてみな」


 よっこらと立ち上がると、後ろから飛び降り、御者の前に出る。


「おれ1人で大丈夫と思うが、どうだ?」


 御者が野盗たちを見回し、


「そうですね。お願いします」


 御者が客席に回ると、オルノーは野盗に向く。


「なんだあ、じいさんが相手か?」

「おれ1人じゃ不服か?」

「すぐ終わらせてやらあ」

「そうなればいいがな」


 と、オルノーが言うとぐっと足に力を込めて一足飛びに、目の前の男の顎下に潜り、アッパーをかます。素早いオルノーの動きに野盗たちは一瞬怯む。


「ゆ、油断するな。一斉に行け!」


 野盗たちは手にそれぞれの武器を持ち、オルノーに襲いかかる。オルノーは腰に下げていた金槌を手に取り、目の前に掲げる。すると鎚の部分が2倍3倍に大きくなり

男たちの攻撃を防ぐ。

 跳ね返された野盗たちは、オルノーから距離を取る。オルノーはくるくると金槌を回し、柄の部分が伸びた金槌を野盗たちの足元めがけ振り回す。

 野盗たちは足元を掬われ、地面に転がる。オルノーは金槌に気合を込める。するとどんどん大きくなり、首が痛くなるほど見上げたくらいの金槌が、野盗たちの上に振り下ろされる。野盗たちは逃げたいが、足を攻撃されて身動きができない。


ドドーーーン!!!


 巨大な金槌は地響きを立て、地面を叩きつけた。野盗たちの足元ギリギリをわざと狙ったのだ。野盗たちは口から泡を吹いたり、顔が青ざめたり泣いたりしている。


「まぁ、こんなもんか」

「まったく、オルノー殿がいると退屈しませんね」


 御者が馬車から出てきて、オルノーのもとに来る。オルノーの鞄を持っていた。


「おっ、気が利くじゃねえか」

「私も手伝いますよ。縛るのは慣れてますから」


 と、オルノーが鞄から取り出した縄を受け取り、御者は手際よく野盗たちを縛っていく。そして他の乗客もぞろぞろと出てきた。少女がオルノーに駆け寄り


「おじちゃん、だいじょうぶ?」

「おぉう。あんがとな。おじちゃんは大丈夫だ」


 と、少女の頭を撫でる。にひひと少女は笑う。


「しかしですね、オルノー殿がいると毎回野盗に狙われるのはどうしてでしょう?」

「おれにも分からねぇよ」

「野盗たちも気の毒ですよね。鍛冶の素材を自分で取りに行くぐらい強い職人がお客の中にいたなんて」

「ま、運が悪かったってことだな」

「この街道は管轄が曖昧で、陛下も頭を悩ませています」

「んー、なら暇しているセバスとランドルフに任せておけばいいじゃねえか」

「執事殿は城の仕事で忙しいでしょう?指南役は…嬉々として暴れまわりそうですね」

「だろ?ジジイどもに任せればいいんだよ」

「血気盛んなお年頃ですね」

「ガハハ。お前も混ざってみるか?」

「私は今のままで十分です」


 ニヤッと御者は笑う。


「しかしそうですね、城の兵士で引退した者の中には、暇を持て余している人もいるでしょうね」

「お前みたいに御者になるやつや、手に職を持ってるやつはいいとして、家でボーッとしとるやつなんか毎日が地獄だぜ」

「何人か知ってるので声をかけて、執事殿にでも提案してみましょう」

「あいつの仕事が増えるな」


 そう言いながら、1番にランドルフが手を上げそうだとオルノーは思った。


 



 

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