第16話 番外編 爺やと老騎士
前王から位を引き継ぎ、幾年か経った頃、アーサーは深夜まで仕事を続けていた。深夜0時を過ぎようとしていた頃、執務室の扉がノックされる。
「どうぞ」
「アーサー様、ホットミルクをお持ちしました」
「ありがとう」
入ってきたのは老執事の爺やだ。昔から変わらぬ体格と顔で本当に歳を取っているのか謎だ。アーサーの机に爺やはホットミルクを置く。
「これを持ってきたということは、早く寝ろということか?」
「そうでございます。父上どのから王位を引き継いで奮闘されておられるのは喜ばしいですが、こう連日となりますと爺やは心配です」
「何を言う。私のことよりアレクのことのほうが心配であろう?」
「私にとっては3兄弟の皆様も、従姉妹どのも孫みたいなものです」
笑って冗談をいうアーサーに、爺やは真面目に答えた。ごほんっと爺やが咳払いすると
「何かあったのか?」
アーサーが察して爺やに問う。
「跡継ぎもお生まれになり、仕事に一層精を出すのは王としての役割と思いますが、他方面の面倒事は部下なり、私や梟にお任せください」
「ふうむ…その面倒事が起こったとか?」
「えぇ。梟の報告によりますと、ある国で騒ぎをおこした貴族の者が、罪を逃れこちらに逃亡している最中とのことで。そのことだけならいいのですが、寄る街や村でも悪さをしているらしく。お付きの者も一緒に騒動をおこしているそうです」
爺やの部下の梟は、いろんな国に侵入している。その国の情報を逐一報告しているが、こちらの国を脅かす相手には容赦しない。人相や性格、世間の噂、裏の仕事まで事細かに調べ、爺やに筒抜けである。
「で、どうしようというのだね」
「幸い近くの森に停泊しているらしいので、これからちょっと行ってこようかと」
「アレクがよく遊んでいたあの森か?」
「えぇ。アーノルド様のお友達もたくさんいますので、何かあればアーノルド様も悲しまれるでしょう」
「叔父上は動物に好かれておられるからなぁ。爺やだけで大丈夫だと思うが…」
「ちょうど暇してるランドルフを連れて行こうかと思います」
「ランドルフ…あぁ、指南役か。それだとすぐに終わってしまうな」
ランドルフはハルバートの祖父で、兵士たちの指南役だ。アレクの基本的な剣術はランドルフから教わった。
「報告は明日でよろしいでしょうか?私が帰るまでに就寝なさってくださいよ」
じろりとアーサーを見る。爺やが出ていったあとにも仕事をしそうだからだ。
「わ、分かったよ、爺や。このミルクを飲んだら寝るから」
と、アーサーはホットミルクをふーふーしながら飲む。それを見ながら爺やはさて、どうしようかと頭を巡らせていた。
◇◇◇◇◇
その頃、ハルバートの祖父、ランドルフは寝ていたが目が覚めて、お手洗いに起きた。暗い廊下をランプを持って歩き、用を足してお手洗いからでてきたところで、爺やが目の前に立っていた。
「ぎゃっ!お前!老体を殺す気か!」
ランドルフは胸を抑えて爺やを睨む。
「ちゃんと手を洗いましたか?」
「当たり前じゃ。じじいになってもそこは忘れんぞ」
ランドルフはトイレのドアを閉め、ランプを持って爺やの顔を照らす。
「それで?セバスは何をしに来たのじゃ」
爺やはじい仲間から、セバスとの愛称で呼ばれている。執事といえばセバスチャンだろうとの安易な考えからだ。本当の名前はじい仲間も知らない。
「それがですね、国の近くの森にお尋ね者が停泊していまして。追っ払ってやろうかと。それで暇しているランドルフを連れて行ってもいいとアーサー様がおっしゃいましてね」
「陛下がそんなこと言わないだろう。お前が言ったんじゃないのか?」
ランドルフは長年の友人関係から、爺やの言動や行動はなんとなく分かっている。
「まぁ、暇しとるのは確かだ。最近の若い者は、アレクみたいに辛抱が足らん」
兵士たちの指南役であるランドルフは、すぐバテる若い兵士たちに頭を悩ませていた。自分は元気なので、ハルバートや息子と稽古をしている。
「今から行きますが、準備は要りますよね?」
「ちょっと待てよ。簡単な装具を付けて行くが、息子に一声かけないと駄目じゃろ」
「それなら先程起きてこられた時に、声をかけました。許可を頂きましたよ」
「お前…、先に儂だろうよ」
ぷんぷんと頬を膨らまし、ランドルフは装具がある部屋に向かい、服を着替え、簡単な胸当てと膝当てを付け、剣を装備する。
「ランプは要るか?」
爺やに声をかけるが
「要りませんよ。玄関に置いておいてください。私の後についてくれば迷わずにすみます」
爺やとランドルフは外に出て、森へ向かう。爺やは魔法で自身を仄かに照らし、後ろのランドルフに視えるように道を駆ける。ランドルフも爺やのスピードに軽々とついて行く。
「なぁ、そのお尋ね者って強いのか?」
「いいえ、遠くの国の貴族ですが…自分の国でやんちゃしたそうで。ここまでの村や街でも騒ぎを起こした模様です」
「ふうん。どこにでもいるんだな、そんなやつ」
息も切らさず、2人は森へ駆けていく。
◇◇◇◇◇
そんな2人が迫っているとも知らず、どこぞの貴族とお付きの兵士たちは、野営をしていた。
自分の生まれた国で悪事に手を染め、罪に問われ裁かれようとしていた時に、逃亡を
もっとも、主人は指示しているだけで、それを実行しているのはお付きの兵士たちだ。馬車も自分たちが御者をしている。家紋が付いていて分からぬよう布を被せているが、噂が広まっているのですぐに何処の貴族か分かってしまう。
自分たちを知らない国へ侵入しようと試み、国より遠いデミテル小国へ入ろうとしていた。
「隊長、もう資金が底を尽きます。あの主人、金遣いが荒いですよ」
「しっ、口を慎め。あの方は耳が良いからすぐ飛んでくるぞ」
「それにしても、このままだと俺たち、盗賊に成り下がりますよ」
「せめてベッドで眠りたい」
「なんであの主人について逃げてるのか、もう分からないですよ」
隊長と兵士たちは焚き火を囲んで話をしている。大方の兵士たちはもう逃げるのが辛くなってきたようだ。どこぞの貴族は馬車の中で就寝している。
「いざとなれば、この森の動物の皮を剥いで、売れば良いのだが…おかしいな。昼間はあんなに気配がたくさんあったのに、今は全然ひとつも気配を探れない」
隊長と呼ばれる男は、少し腕のたつ兵士だ。そこらへんのゴロツキも簡単にのしてみせる。貴族の命令で一緒に逃亡しているが、庶民に暴力をふるえば罪に問われる。貴族の命令でとはいえ、隊長も疲れている。けが人が少ないのは兵士たちが貴族の見ていないところで止めているからだ。
「この先のデミテル小国は、英雄の国ですよ。今は消息不明の英雄ですが、そこの騎士たちも腕の立つ者が多いらしく、我らなんてすぐ捕まっちゃいます」
「そうなんだよなぁ」
隊長がため息をもらしたとき、森の奥から何かを感じた。
「なんだ…?」
「どうかしました?」
「いや、あそこの辺りから妙な気配が…」
「それくらいは分かるんですね」
と、隊長の後ろから部下ではない別の男の声がかかる。隊長は一瞬にして立ち上がり、剣を手にして後ろに斬りかかる。
後ろにいた男は、指一本で薙いだその剣筋を止める。
「誰だ!お前は!」
隊長から離れた兵士たちが男の顔を見る。そこには執事の格好をした一人の老爺がいた。隊長も老爺から距離を取り、剣を両手で持ち構える。
「お前たち!主人を守れ」
隊長は兵士の2人に指示し、馬車の前を守らせる。老爺は両手を後ろで組み、兵士たちを見る。
「長旅で疲れていますね。そろそろ投降したらいかがですか」
「お前は…俺たちを知っているのか!」
「えぇ。それは十分すぎるほどに。そちらの馬鹿貴族の不始末のあれこれなど」
老爺はちらりと馬車を見る。すると、近くの木に繋がれていた2頭の黒馬はビクッと体を緊張させガタガタと震えていた。
「あなたたちより、そこの馬たちの方がお利口さんですね」
「なんだと!」
隊長は老爺に剣を向けながら振るタイミングを図る。しかし、先程の薙いだ剣を指一本で止める相手に勝てるとは思っていない。
老爺の細い目に意識が吸い込まれそうだ。
「お前は何者だ」
「私ですか?私はこの先の国のある方の元に仕えているただの爺やですよ」
「ただの爺やが、俺たちを捕まえるのか」
「捕まえるというより、掃除ですがね」
「俺たちはゴミというわけか」
「この森はある方の憩いの場でしてね、荒らされたら困るのですよ」
と、爺やはその細い目を更に細くした。気味悪さを感じた隊長は、近くにいる部下たちに指示を出す。
「おい!お前たち!このじいさんをやっつけるぞ!」
しかし、部下からの返答は無い。後ろを振り返ると部下達は、いつの間にか登場したもう1人の老人に倒されていた。
「なんだと!」
「おい、セバス。なんとも手ごたえのない奴らじゃ。剣を抜くまでもない」
鞘に入った剣をヒュンヒュン振り回し、肩を慣らす。馬車を守っていた兵士たちも倒されている。ランドルフは馬車の入り口にドカッと座り
「早く終わらせてしまえ。儂ゃ眠たくなってきた」
「赤子の手をひねるように、ですか?」
「ふん。赤子の方がもっと抵抗するぞ」
ランドルフは口を大きく開けて欠伸をする。それを見た隊長は顔が青くなったが、意を決して爺やに向かう。
「この!俺を甘くみるな!」
「甘くはみていませんが、あなたならこれくらいで十分でしょう」
と言い、隊長に軽くデコピンを喰らわす。すると隊長はのけぞり、後ろに吹っ飛び馬車の御者が座るところへ激突する。隊長は失神した。
「おいおい、儂に当たるじゃないかよ」
「あなたなら避けれるでしょう?」
「お前な。しかしよ、こんだけ外で騒いでいるのに、中の奴は起きてこないな」
と、ランドルフが言うなり、馬車の中でガタガタ音がし出した。そして馬車の入り口をバタン!と開くと、そこにはゴテゴテに自身を着飾ったお世辞にも綺麗とは言えない若い令嬢がいた。
「な、何?何が起きたの!?」
「やっと起きられましたか」
「なんじゃ?道楽息子かと思えば、娘の方だったか。言えよ、セバス」
「あ、あなたたち!誰よ!兵士たちはどうしたのよ」
「あー、儂たちでコテンパンにのしたから、当分起きてこんぞ」
と、ランドルフが散らばった兵士たちを指差す。令嬢はそれを見て
「あ、あなたたち!こんなことしていいと思っているの!私を貴族だと知ってるんでしょうね!」
「えぇ。家の財産を派手に使って没落寸前に追い込み、それじゃ飽き足らず投資に手を出して失敗し、挙句の果てに他の貴族の家に侵入して金品を獲ったどうしようもない令嬢のことは、よーく知っています」
「へぇ。そんなことやって、よく貴族と言えるもんじゃ」
そう言われた令嬢は顔を真っ赤にして老爺を睨みつけた。
「あなたたち、タダじゃおかないわよ!お父様に言って処罰してもらうわ!」
「は?何言ってるんじゃ、この娘は。実家を傾けさせておいて今更自分を助けろと?泥棒もした娘に手を差し伸べる親なんておらんわ。儂なら木刀を持って追いかけるぞ」
ランドルフは呆れた顔をして令嬢に言い放つ。
「とにかく、彼の国へ追い返しましょう。あなたも部下もまとめて重い罰を課すように、彼の国へ書状をしたためるよう陛下にお願いしなくては」
「は?陛下って何?あなた、どこの誰なのよ!」
「はいはい、うるさいですよ。ちょっと黙りなさい」
爺やは令嬢を睨み、気絶させた。そして馬車の入り口を閉めると、隊長や兵士たちを縛り、馬車にくくり付け、よっこいせと馬車を片手で持ち上げる。
「なぁ、あそこの馬たちはどうするんだ?」
「あれは、戦利品として貰っておきましょうよ。アーノルド様のところにいけば、健やかに過ごせますよ」
「勝手に貰っていいのか。…まぁ、それくらいなら陛下も良いと言われるかも」
ランドルフは木に繋がっている黒馬たちを外し、手綱を持った。
「おおう。こんなに痩せちまって。ろくな餌を与えてなかったな、あいつら。儂たちについてくれば腹いっぱい喰えるぞ」
ランドルフは馬たちを撫でる。馬たちはしょぼんとしている。
「さて、彼の国はどちらの方向でしたっけ」
「儂は知らんぞ」
「ご主人さま」
と、ランドルフのそばに、顔を隠した男が現れる。
「ここから北東に約200キロの地点に、その者の国があります」
「梟かよ。相変わらず、気配が読めないな」
「お褒めにあずかり光栄です」
「褒めてないわ」
「なら、ちょっと力を緩めて門の近くに落ちる様にしましょうかね」
爺やは持ち上げた腕に力を入れて、口から仄かに火を吐くと
ブォン!!
と、馬車ごと勢いよく投げた。あっという間に馬車は空の彼方に消えていった。
「本当にお前、儂たちより歳上か?ますます元気だな」
「ヨボヨボな姿を見たいですか?」
「いーや。お前らしくないからいい」
ランドルフは黒馬たちを引いて、森の中を引き返した。爺やは梟に彼の国での貴族たちの処罰を調査後に報告するよう、他の梟に伝達を指示した。
「案外簡単でしたね。さて、アーサー様はおやすみになられたでしょうか」
ランドルフの後を爺やは追いかけ、国へ戻っていった。
城に着いた爺やたち。ランドルフは黒馬たちを自分の家の馬房に一旦入れ、おやすみと爺やに言って中に入った。
爺やは一応執務室を覗いてみる。するとアーサーは机に突っ伏して寝ていた。
「アーサー様。ここで寝ますと背中が痛くなりますよ」
「んあ?爺や?終わったのか?」
「はい。ですから寝所へ向かいますよ」
爺やはアーサーを担ぐわけにもいかず、アーサーを背負って寝所へ向かう。
「爺や、私は子どもではないのだぞ」
「大人ならちゃんと歩いてくださいませ」
「あのミルクに何か入れただろう。すぐ眠気が襲ってきたぞ」
「ちょっと効きすぎましたかね」
爺やはスタスタと歩く。
「爺や」
「なんでしょう」
「アレクが帰ってくるまで、無理をするでないぞ。私も気をつける」
そう言われた爺やはふふっと笑い
「アーサー様は本当に昔と変わらず優しく聡いですね」
「それは褒めているのか?」
「もちろんですとも」
アーサーは爺やの背中で再び眠りについた。爺やはやれやれと思いながら、昔何度も背負った小さなアーサーを思い出していた。
◇◇◇◇◇
その後、アーサーから一筆したためられた書状を受け取った彼の国は、門の近くに落ちて壊れた馬車の中から令嬢を引っ張り出し、兵士たちと共に早急に裁きを下した。令嬢の家は借金を返し、貴族の位を返上し平民として市外へ移り住んだ。令嬢は罪人の印を付けられ、島流しの刑に処された。兵士たちは近隣の街や村に出向き、無償で働くこととなった。との、梟の報告だ。
黒馬たちはアーノルドに引き取られ、痩せ細っていた体は、餌をモリモリ食べたおかげで正常に戻り野原を駆け回っている。様子を見に来たアーノルドを他の動物たちと取り合っているようだ。
ある日の昼間に王妃の部屋でアーサーは赤ん坊の双子の1人を腕に抱き、あやしていた。もう1人は王妃の腕の中にいる。
「陛下、目の下がひどい隈でしてよ。早くおやすみになられませ」
「私だって早く寝たいが、可愛い我が子たちが私を見るんだもの。もうちょっとくらいあやしても良いだろう?」
「あやしていただくのは構いませんが、陛下が倒れてしまいます」
「アーサー様、殿下さまたちは私や乳母に任せて仮眠いたしましょう」
爺やが来て声をかければ、双子がぱっちりと目を開き、あぶあぶと爺やに手を伸ばす。
「あぁ〜、爺やに興味が移っちゃったじゃないか」
「しょうがないですわ、2人とも爺やが好きですから」
「子どもって本当に爺やが好きだよね」
「あら、あなたも昔から爺やに甘えていたではないですか」
「そうだけどさ」
と、双子の一人を王妃に預けてトボトボと部屋を出ていく。眠気がアーサーを襲う。
「夕食時にはお声掛けしますから、ゆっくりおやすみなさいませ」
「分かったよ、爺や」
ふと、アーサーの足が止まり
「アレクはまだ帰ってこないなぁ。子どもたちが大きくなっちゃうよ」
「だからといって探しに行かないでくださいよ」
「はぁい」
弟ラブなアーサーはそれでも時々街へ忍んで見て回る。爺やも音沙汰の無いアレクに、梟を駆使して探させている。
ここからまた長い月日が過ぎるのである。
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