第14話 忘れんぼう

 アレクたちが向かうのは、西区の工業地区だ。デミテル小国は東地区が商業、南地区が農業、北区が王城や森、そして西区だ。

 初代国王が目安として簡単に決めたそうだが、細かな配置は、それぞれ担当する長が決めている。年に数回それぞれの地区から城へ、城から地区へ情報交換を行う。

 ただ西区は鍛冶屋の親方が長を勤めているが、この親方があちらこちらと素材を手に入れる為不在が多く、親方代理がその役割をしている。


「親方…もう冒険者でいいんじゃないの?」

「でもドワーフだから、物作りはしたいみたいだがな」


 カッポカッポと馬を連れて通りを歩く。道行く人からのおかえりの声に、アレクは手を振っている。ただ、子どもからは不思議な目で見られる。


「アレクを覚えているのは、俺たちから上の世代だからな。下は交流が無いとまず覚えてないだろう」

「そうか?」


 そんな話をしながら、西区のちょっと入り組んだ先にある広い工房に着き、ハルバートは馬たちを入り口近くの馬留めに手綱を括り、工房に声を掛ける。


「おーい。セルバンデスだ。誰かおらんか?」


 すると、小さい子どもが走って入り口に来た。


「セルバンデス隊長!お久しぶりです」

「あぁ、元気にしてたか?親方は?」

「すみません、親方はまだ帰ってきていないのです」


 見習いだという子はしゅんとしている。


「そうか」

「親方に用事ですか?」

「俺というより、こちらの方だな」


 と、ハルバートはアレクを見る。見習いの子は首を傾げる。


「えっと…隊長のお身内の方ですか?」

「え?うーん、身内といえば近い気もするが…あ、じゃあ、こうでどうだ」


 と、ハルバートは外にいたアズールを手招きする。


『どうした?』


 水色の狼のアズールが入ってきて、アレクの横に並ぶ。うーん、と考えてた見習いの子は、アレクとアズールを交互に見て、何かに思い当たったのか、アワアワしだした。


「え?隊長、本当ですか?」

「本当だ」

「え、絵本の?」

「そうだな」


 ハルバートは意地悪そうな顔をして笑うと、見習いの子はキャア!と声を挙げて目を爛々と輝かす。


「なぁ、兄上の絵本はどれだけ俺たちを誇張してるんだ?」


 アレクは苦笑する。見習いの子が騒ぐので別の職人も見に来た。


「おい、どうした?」

「あ、あの、絵本の…」

「あ、隊長。ご無沙汰してます。で、お隣は…?」


 と、アレクとアズールのセットを見てこちらもキャア!と声を上げる。そして握手を求められる。


「英雄殿!あ、会えて嬉しいであります!」


 握られた手をブンブンと振られる。それを見た他の職人もアレクたちを見て、キャアキャアし出す。


「どうしようか、これ」


 なかなか中に入れないアレクたちに、職人たちの後ろから声が掛かる。


「おーら!お前ら!何してんだ。仕事ほっぽり出して!」


 後ろからの怒号に職人たちはピタッと治まる。現れたのは、職人たちより少し背の低いドワーフの若い職人だ。


「あ、若頭」

「やぁ、ダガー」


 ダガーと呼ばれた職人はハルバートを見る。


「なんだ、ハル兄さんじゃないか。どうしたんだ?」

「俺の用じゃなくて、こちらの方が用があるんだ」

「ダガーなのか?大きくなったな。ドワーフなのに」

「…誰だ、あんたは」


 というダガーに周りの職人が凍る。


「わ、若頭。ほら、絵本の英雄ですよ」

「本棚にあるでしょ、みんなが何度も読んでボロボロの絵本」

「あの英雄と聖獣殿ですよ」


 みんなが補足するが、ダガーは2人を見て首を傾げる。


「あー、やっぱりな。ダガーは覚えてないか」

「どういうことだ?」

「アレクたちは知らないだろうが、ダガーは3ヶ月会わないと、その人の顔を忘れるらしい。お前は20年だろ。全然覚えてないのも無理はない」

「あんなに毎日会ってたのに?」

「毎日だから分からなかったんだよ」


 その間もダガーは腕を組んで思い出そうとしてるが、無理らしい。


「あらー?みんなどうしたね?」


 そこに大きなカゴを持った婦人が通りかかる。しかも肩に担いでいる。


「おかみさん、ほら、懐かしい人を連れて来ましたよ」


 と、ハルバートが言うと


「あら?あらまー!殿下とアズールじゃないか!あはは。いつ帰って来たんだい?」


 肩に担いだカゴを下ろして、おかみはアレクの近くに寄る。


「良かった。おかみさんは覚えていた」

「覚えて?…あ、ダガー!殿下たちを忘れてたね?あれだけ姿絵を見ておけと言ったのに」

「仕事が忙しくて、見る暇がないんだよ、ばあちゃん」

「殿下たちが旅に出たときは、大泣きしていたくせに。薄情だよー」

「そう言われれば、うっすらそんな気が」


 何かを思い出しそうなダガー。


「それで?殿下たちは何をしに来たんだい?城の発注は無いけど」

「俺の剣が欲しくて」

「あれ?殿下の剣はうちのがあげたはずだけど」

「あー、あれは魔王と闘って折れちゃってさ」

「はっはっは。折れちゃった?それは大変だね」


 と、おかみは笑うが、他の職人はざわざわしている。


「親方…俺たちには折れるようなモノを作るなって言ってたよな」

「黙っとくか?」

「黙っとこう」


 黙っておくことに決めたそうだ。


「ならしょうがないね。うちのはいつ帰ってくるか分からないし…ダガー、あんたのアレ。殿下に渡しな」

「え?あれは…まだ完成してないから、調整が」

「なんだい?あんたが道楽で何回も作っていじってるあの剣。やっと形にできたんだろ?使う人がいて初めて効果を発揮するんだよ!何年鍛治をやってるんだい!」

「わ、分かったよ。持ってくるから」


 と、ダガーは工房の奥に引っ込む。


「なぁ、おかみさん。ダガーの作ってる剣って珍しいのか?」

「あー、わたしもあまり知らないけど、鍛治屋の間では作る人が限られてる?みたいだね」


 そこに職人の1人が話に入る。


「昔、この工房にふらりと現れて、半年くらい共にした職人が居たのですが、その職人は近年開国したあの国の職人でして」

「開国したというと、ずっと鎖国状態だったイヅル国か?」


 ハルバートが言うと、アレクが首を傾げて


「あの細長い島国という記憶しかないけど」

「そうだ。近年と言っても10年くらい前だな、開国したのは」

「へぇー。それで?」


 と、職人に続きを促す。


「その国の職人は国からいろんな技術を見に行けと言われた職人の1人だそうで、鍛治に特化していました。俺たちが見たことない技術を少し教えてくれましたよ」


 職人は当時を思い出しながら


「で、この工房の親方と若頭は特別にその剣の作り方を教えて貰ったそうで。何でも相当な能力を持った人にしか教えられないようで、その職人は国を出ていろんな工房を見たが、親方たちならと技術を伝えたようです」

「お前たちはそれを見たことがあるのか?」

「作り方はもちろん見せて貰えませんでしたが、その作った剣は今まで見たことないものでした」


 おかみはその話を聞いて、そういやそんな人がいたね、と笑っていた。そこへ奥から現れたダガーが戻ってきた。


「まだ完全ではないけどな」

「早く見せてやりな」


 おかみに言われ、ダガーは持っていた細い剣をアレクに渡す。剣は白い鞘に入っており、グッとアレクが引き抜くとそこには片刃の剣が現れた。


「ほぅ、俺たちが持ってる剣とはちょっと違うな」

「ハル兄さんたちのは両方に刃があるけど、これは片方にしかない。剣ではなく、刀とあの国では呼ぶものらしいぞ」

『なんかウネウネしてるものが見えるが』

「それは波の紋、波紋と呼ばれる刀独特の模様だ。作る人によって形も違うらしい」


 アレクが上下にゆっくり振ってみる。


「なんか俺の手にしっくりくる感じだけど、これ確かに完成じゃないよな?」

「へえ、殿下はそれが分かるの?」

「殿下って…他人みたいに」

「しょうかないだろ、忘れてるんだから」

「この刃と、持ち手の間に何か入りそうだが?」

「なんで分かるのさ…確かにこれは持ち手、柄(つか)というけど、それと刃の間に鍔(つば)

という持つ時に刃に指が当たらないようにするモノがある。ただ、俺は使用者じゃないから付けてないだけ」


 ハルバートは横で聞いているが、さっぱりだ。


「殿下が使うなら、この刀の柄も鞘も、殿下に合うように作らなきゃならない。一応白鞘だから、錆びにくい」

「白?茶色だが」

「木の鞘だからね。通気性が良いんだよ。鉄製にすると手入れしても錆びるのも早い。」

「まぁ、俺はこのままでも良いけど」

「殿下がそれで良いなら、俺は構わないが、木だから太陽に灼けるぞ」

「なら、いつもは魔法鞄に入れとけばいい」

「アレクだからぞんざいに扱うことはしないしな」


 ハルバートはアレクの武器の扱いをよく知っている。アレクは静かに鞘に納めた。


「なら、持っていってよ。あ、そうだ。銘は何にする?」

「銘とは?」

「普通は刀鍛冶が名前を付けるんだけど、殿下が付けてもいい」

「うーん、そうだな。白鞘だからなー。細いし…白雪(しらゆき)にしよう」

「安直だなー」

「名付けは苦手なんだよ」


 と、アレクが言うと、刀は淡く光り、茶色い鞘や柄が白くなった。


「え?何?」


ダガーや職人たちが騒つく。


『アレク、やってしまったな』

「どういうことだ、アズール」


『アレクと白雪の縁が結ばれたということだ』

「えー?もうちょっと詳しく」

『アレクが名付けたことで使役という形になった』

「ということは、白雪に意思があると?」

『アレクがさっき、手に馴染むと言っただろう?あれは白雪がアレクに合わせたのだ。珍しいが我はこれで見るのは2回目だ』

「ということは、うちのがあげたラチェットも名前を付けてたのかい?」


 おかみがアレクに顔を向ける。アレクは頭をかきながら


「まぁね。折れたとき、アイツ泣いてたわ」

『アレクも泣いてたな』


 あははとアレクは少し悲しい顔をした。

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