第12話 叔父と子どもたち

 久しぶりの団らんから一夜明け、アレクとアズールは自室で昼前まで寝ていた。

 爺やも他のメイドや執事たちに起こさぬよう指示を出していたが


「おう!アレク!起きろー!」


 ドンドン!とドアをノックし、勢いよく入ってきたのは叔父のアーノルドだった。アーノルドが起こしに行くとは爺やも思っていなかった。


「さぁ、起きろ起きろ。アズールはへそ天か?」


 シャー!と部屋のカーテンを開ける。いきなり眩しい陽射しが顔を直撃し、アレクは悶える。


「お、叔父上、まぶしい…」

『ふがっ…』


 アズールもいきなり夢から起こされた。

 確かアーノルドは昨日しこたまお酒を飲んだはずだが、すこぶる調子が良さそうだ。よくよく見ると、アーノルドの左腕には何かが乗っている。


 アレクはのそのそと着替えながら


「叔父上の腕に乗っているのは、鷹ですか?」

「おっ、そうだ。朝一に静養地から帰ってきたんだ。凛々しい顔だちだろう?」


 叔父の腕に乗った鷹は眼をキラリとさせてアレクを見る。爪が鋭いため、アーノルドは皮の腕当てをしている。ピィピィと叔父に何かを訴えている。


「なんだ?」

『主人の1番は自分だ、と言ってるな』


 アズールがのそりと起きて、鷹の通訳をする。鷹はピィー!と鳴き肯定した。


「ははっ、そうかそうか。頑張ってるもんな」


 と、鷹の羽根を撫でる。そしてアレク達を起こした理由を告げる。


「義姉上から返信があってな。すぐにでもこっちに来たいが、兄上の調子が良くないらしくてな。静養地だから空気も水も良いはずなんだが」


 アーノルドは首を傾げている。


「確かにおかしいですね」

『メイナードはそんなに重い病気なのか?』


 メイナードは前王の名前である。


「いや、もともと身体は弱いがそれでも王家の血筋だからな。なにかしら耐性はあるはずなんだがな」


 デミテル家はもともと普通の村出身の家系だった。その中でのちに剣聖と呼ばれるほどの剣士が生まれ、旅先で出会ったある魔獣との契約で血に混ぜものが入る。それからその剣士は生まれ育った村を発展させ、小国を作り上げた。

 デミテル家の血は魔獣の血によって得意な能力が一人ひとりに備わる。アレクは剣、アーサーは政治、トーマスは魔法具、アーノルドは動物や魔獣に好かれる能力。


 魔獣の血によって、身体も普通の人よりは頑丈にできている。アレクやアーノルドがその強い例だが、稀に身体が弱いものも出てくる。だがすぐ死につながるような体質ではない。


「でな、お前暇だろ。静養地に行って顔を出してきたらどうだ」

「まぁ、今すぐ用事がある訳では無いですし」

『静養地に行く途中で村があったではないか。あそこの果実は美味いぞ』

「あー、シュルツ村か。兄上も静養地に行くときは寄っていたな」

「…そういえばハルバートのじいちゃんが演習場に寄ってくれって言ってたな」

「指南役には俺が言っといてやるよ。二人だけじゃ心許ないから、ハルバートも連れていけば?」


 ハルバートは騎士団の隊長だ。団を放っておいていいのだろうか。


「あいつは逆に鍛錬ばっかりして休むことを知らない。親父に似たのか自分の職に対して頑固だからな」

「書記長も仕事に対して熱心ですからね」


 アレクは身支度を整えて廊下に出る。アズールも後を追う。アーノルドは横に並んで


「お前の獲物も要るだろ?先に親方のところだな」

「そうでした。西区に行かないと」

「工房に行ったら色々あると思うから、良いと思うものを貰っておけ」

「俺が行っても大丈夫ですかね」

「英雄御用達の工房だぞ。当たり前だろ」


 ガハハとアーノルドは笑う。腕の鷹もピイと鳴く。


「じゃ、ハルバートを呼んで、アーサーにも言っておかなくては。あとは移動の馬も…」

「アーノルド様」


 と、いきなり爺やが現れた。アレクはびっくりしたが、アーノルドは慣れたものだ。


「爺や、アーサーにアレクとハルバートは親方のところに寄って、静養地に行くと伝えてくれ。馬は俺が用意する」

「あと、ランドルフには私から言っておきましょう。大人しく待っておれと」

「そうだな。指南役にはお前が適任だろうよ」


 ランドルフは指南役の名前で爺やの友達だ。


「じゃあ、準備できたら俺たちは食堂にいるんでそこで待ち合わせましょう」

『腹減ったぞ』


 アズールはお腹をぐぅといわせた。


「そういや昼だったな。まぁゆっくり食べて待っとけ」


 爺やとアーノルドはそれぞれの場所へ歩いていった。アレクとアズールは食堂へ向かい、料理長にあれこれ頼みガツガツ食べていた。


「おじうえー」

「おじうえ」


 と、ユルドとミルドの双子が近づいてくる。アズールに気づいてキャッキャとその毛並みを撫でる。


「どうしたんだ、お前たち」

「おじうえ、どこかにいかれるのですか?」

「僕たちとあそんでください」


 双子がうるうるとした瞳でアレクを見る。英雄の叔父にいろいろ聞きたいのだ。


「ごめんな。今から西区の親方のところへ行って、それから父上の様子を見に行くんだ」

「おじいさまのところへ?」

「あんなとおくへ?」


 ひえーと双子は顔を見合わせる。そして少し不満げな顔をする。


「帰ってきたら遊んであげるから」

「さみしいです」

「かなしいです」

「うーん…どうしたものか」


 とアレクが悩んでいるとき、食堂の入口からトーマスが入ってきた。


「あれ?兄上どうしたんですか?」

「あ、ちょうど良かった。俺、もうちょっとしたらハルバートと一緒に静養地に行くんだ」

「父上のところですか。帰ってきて早々に忙しいですね」

「で、双子たちが寂しいというからどうしたもんか」

「そうですね…あ、そうだ」


 と、トーマスは食堂から出ていって、少ししたら戻ってきた。その両手には男女の子どもがいた。


「あ、ジュジュちゃん」

「リュークくんも!」


 双子はバタバタとトーマスの近くに行く。子どもたちは仲良く話し始める。


「ちょうど午後から子どもたちを遊ばせようと思って連れてきたんです。ご飯もまだだから食堂で一緒に食べようと」

「なるほど」

「ほら、ジュジュ、リューク。伯父さんに挨拶して」


 トーマスと同じ茶髪で三つ編みの女の子とトーマスと同じ髪型をした男の子が、アレクと目を合わせる。


「こ、こんにちは」

「こーにちあ」

「こんにちは。アレク伯父さんと狼のアズールだ」


 ぬうっと横から現れたアズールに2人はびくっとしたが、おそるおそる毛並みを撫でる。


「ここの子たちは聖獣を見ても驚かないな」

「みんな叔父上のところで慣れてますから」

「まぁ、よく扱いを勉強させろよ。外の魔獣とうちの動物たちとは違うんだからな」

「重々承知してます。兄上がいない間、うちの子たちも午後は城で過ごさせましょう」

「いいのか?奥さんの方の食堂にいなくても」

「他にも従業員がいますし。うちにいても執事たちが甘やかすので運動不足になります。双子たちとも気が合いますしね。兄上の目の保養にもなります」


 アーサーなら仕事の合間に抜け出してきそうだ。


「とにかく、兄上たちは安心して行ってきてください。あ、お土産もよろしくお願いします」


 トーマスは笑い、アズールを撫でる。するとドカドカと足音を立ててアーノルドが食堂に入ってくる。


「おう!アレク、待たせた!あぁ?ジュジュとリュークもいるじゃないか。どうした?」

「アーノルドおじしゃま!」

「おじちゃまー!」


 トーマスの子たちはアーノルドにしがみつく。そして双子も纏わりつく。


「どうしたどうした。あとで遊んであげるから、俺の用事を先に済まさせてくれ」


 と、子どもたちに囲まれ、アーノルドは動けずにいる。


「叔父上は子どもにも人気なのか?」

『アーノルドは昔からそうだぞ。お前たちも暇さえあればアーノルドと一緒に居たではないか』

「そうだったかな」

「それが当たり前だと思っていましたから」


 アレクたちは子どもに囲まれる叔父を、温かい目で見ていた。

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