第54話 迷惑を被る智の将軍③

 度々軍が駆り出されることも問題だったが、パトリックの頭を悩ませていたのはそこではなかった。国に対する出動後の報告書が、内容がくだらなさ過ぎて通らなかったのだ。『魔女が遊んでいたので軍が出動しました』との言い分は通らなかった。また、一人の人間のせいで国軍が振り回されることなどあってはならなかった。


 しかし、出動しないわけにもいかない。


 パトリックだけではなく、事情を知る国のお偉方が頭を抱えているころ、剣聖がある話を持ってきた。


「近年国にはびこるあの怪異。カサンドラ殿が解決してくれるかもしれない」と。


 格闘バカの剣聖は、単純に強いカサンドラと気が合ったようで、たまに話をすることがあるらしい。その中で怪異の解決案が出てきたというのだ。


 この国にはびこる怪異。それは、唐突なる魔物の登場。


 魔物自体はこの国では珍しくない存在だった。国の周辺ではまれに出るので、隣国に行く際は隊列を組んでいく。その旅程で一般人が目にすることもあった。


 しかし、ある時から突然街中で魔物が出現するようになったのだ。


 当然街はパニックになる。しかし対魔物、対魔獣部隊は国の外からの侵入を想定しているため基本的に辺境に拠点を置いていた。王都に近い街中では、近衛兵などの要人警護や不審者対応に特化した者が多かったため、対応に時間がかかった。


 そんな現象がたびたび起こるようになると、ある事実が判明してきた。魔物は一般人であると。


 突如通行人が、知り合いが、家族が魔物になる。そのような恐怖は国民全員を疑心暗鬼に陥れた。国中が暗くなった。




 数年続くこの怪異。それを魔女カサンドラが解決できると。『誰も原因すらわからなかったのに、解決できるはずはない』そのようなことを言う者はいなかった。それほどまでに魔女カサンドラは大暴れしてその才能を見せつけてきていた。


 王都の臨時国会に魔女カサンドラを招致しようとしたがすげなく断られた。そのため、パトリックと剣聖が赴いて、解決方法を聞くこととなった。


 曰く、

「あれはきっと酒が効きすぎているんだよ」


 とのことだった。


(意味が分からない)


 パトリックは詳細を尋ねる。


「昔、よく効く酒を造ったんだ。自分用にね。私にでも効くんだ。そりゃ常人が飲んだら魔物にでもなるさ」


 とのことだった。


(これもまた元凶はこの魔女殿!!!)


 思ったことを口には出さず、パトリックはその解決方法を尋ねた。


「ぶんまわしゃいい。振り回せば遠心力で酒の成分が分離されて運が良ければ元に戻れる」


「そ、その方法では体に悪影響がるのでは……?」


「そりゃあるだろう」


「それ以外の方法は? ありませぬか?」


「私が酔覚ましの薬を作ってやってもいい。それなら必ず元に戻れる」


 より確実な方法を得たかったパトリックとしては、是非ともその薬を手に入れたかった。カサンドラに作って欲しいと依頼したところ、高くつくよと嫌な笑い方をされた。


 ちなみに酒の流通経路は、盗難によるものだという。興味をなくして隣国で放置していた酒を誰かが盗みだしたのだろう。






 国に蔓延する怪異の解決。この一件から、国は魔女に褒賞を与えることとなった。それに乗じて、パトリックは画策した。これまでの全てのことも、魔女からの襲撃ではなく、魔女の英雄譚にしてしまえと。


 そこにパトリック自身を含めるつもりはなかったが、それまでの(魔女対策の)功績や、小ヒューゴとの共闘の記録によって、彼も含めて五人の英雄を作り上げることになってしまった。国としては異国の者にのみ栄誉を与えるのではなく、国軍含めて祭り上げたかったという意向もある。



 国の怪異を解決した魔女カサンドラに爵位を与えようとしたが、即断られた。


「爵位と領地に何の意味がある。金もいらん」


 更に聞くと、カサンドラは大国アルゴの出身だという。アルゴの王女だとまでは伝えなかったが、国力の差がありすぎて、『かの国の国民に爵位を与えるということはむしろ不敬を問われる』として、叙勲の話はなくなった。


 しかし、何もないというわけにもいかず、『救国の魔女』という『称号を与える』という結論に至った。



 次に困ったのは、ヒューゴと言う青年。彼は何をしたのか全くわからない。しかし、その容姿が更に問題だった。どことなく、現国王とにている。更にいうと、先代国王にも似ている。


 とある公爵家に、深窓の姫ならぬ、深窓の美少年がいると言う噂が流れたこともあったな、とお偉方の頭によぎったが、やぶ蛇にしかならないので皆賢く黙っていた。


 とりあえず、『あの魔女殿を奥さんにできるなんて、勇者だ!』との兵士たちの声があったので、勇者の称号を授けておくことにした。


 パトリックが後に流行らせる英雄譚でも、美しい青年の話はとても効果的な要素として働いた。



 更に困ったのが、少年ヒューゴの扱い。剣聖のイチ推しで、聖騎士にとの話が上がったが、この国では未成年では騎士職にも就けない。騎士でも無いのに聖騎士とはこれ如何に。


 しかし凡庸な風貌のこの少年、目覚ましい活躍をしている場面を、『魔女』と『勇者』以上に国民に目撃されていた。



(カサンドラのせいで)暴れる魔獣が村や町を襲った時。逃げ惑う人々を誘導しながら果敢にも魔獣に立ち向かう少年。子供であるにも関わらず、その繰り出す剣は確実に魔獣を屠っていく。


 その様は、確実に人々の心を捉えた。


「まるで毎日魔獣を相手に戦っている歴戦の戦士のようだった」そう讃えたとある村人がいた。まさか本当に毎日魔獣と戦っているとは思いもせずに、つぶやいた言葉だった。


 凡庸な風貌も、普通の少年少女が親近感を覚える要素となり、英雄譚偽造前に既に話題になっていた。


 その為、国も無視することはできず、パトリックと剣聖の推薦によって少年のヒューゴは騎士学校に通うこととなり、その条件の下、聖騎士の称号を与えることとなった。



 智の将軍パトリックと、剣聖も、足並みをそろえるために称号を与えられた。



 ほぼ暴れただけの『救国の魔女』、何もしていない『勇者』、とても頑張った受難の少年『聖騎士』が、『智の将軍』と『剣聖』の嘘によって誕生した。





 ちなみに何とかしてカサンドラたちに称号の授与式に参加してもらったのだが、途中で飽きたカサンドラと大ヒューゴは帰ってしまい、オロオロする小ヒューゴのみが置いていかれてパトリックに保護されていた。

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