第55話 剣聖①
剣聖はなぜ聖騎士ではないのか。
『大国ウィザーディアの五人の英雄。救国の魔女、勇者、智将軍、剣聖、聖騎士』
それを聞いた時、大抵の人は剣聖と聖騎士どう違うのだろうと疑問を抱くことだろう。
剣聖が聖騎士とは呼ばれなかった理由。
それは彼は馬を操る騎士ではなく、言うなれば歩兵だから。
そして何故馬を使わないのか。それは、邪魔だから。
彼は一言で言って戦闘狂だった。命を捨てるかのごとく勢いでその身一つで単身敵地に切り込んでいく。その過程で馬は邪魔になるのだった。
別段、普段から狂人なわけではない。基本的に寡黙だが、孤高の人と言うわけでもなく他の隊員とも気軽に交流していた。
また、戦闘狂であることが功を奏して、カサンドラとも親しかった。
彼も上司のパトリックと同様、救国の魔女と共に称号を受ける前から、通称で剣聖として国民に愛されていた。戦地ではただの戦闘狂だが、戦果を見れば常人を超えた剣の達人として人々の目には写っていた。
彼の名を呼ぶものは少なかったが、ゼンと言う名前だった。
精悍な顔つきで、鋭い眼光を湛えた眼を持っていた。また、銀髪を短く刈り込んでいた。背は高く、ガタイも良かった。愛想のない性格もあって、女性よりも同性の人気が高かった。
「ゼンさん! 相談に乗ってください」
そう言って部屋にノックもせず飛び込んできたのは、聖騎士ヒューゴ。ゼンの名を呼ぶ数少ない人間だ。
「ヒューゴ。ノック」
そう言って雑に蹴り出す。ヒューゴはめげずに、今度はノックをきちんとした後に部屋に入り、同じことを言った。
「ゼンさん! 相談に乗ってください!」
部屋は、ゼンに割り当てられた執務室。あまり書類仕事はしないゼンは、各種武具の手入れをしていた。
ヒューゴは作業台と化した机に手をつき、訴える。
彼なりに虚勢を張っているつもりだろうが、ゼンにとっては可愛い子犬にしか見えない。毛並みは茶色だろう。しっぽまで見えてくる気がする。
「ゼンさん、ちゃんと聞いてますか?」
「ああ。とりあえず座れ」
しかし、そこには椅子はない。床に素直に座って聖騎士ヒューゴはこちらを見上げてきた。
称号授与式の時に、彼はついでのように正式に『剣聖』の称号を受けた後、聖騎士ヒューゴの後見人となっていた。
同じく称号を受けとったカサンドラと二人のヒューゴはしばらくの間、辺境に購入した古城に住んでいた。旅に出ることも多かったが、この国を拠点と決めたようだ。
国にいる間はカサンドラは聖騎士ヒューゴを騎士学校に行かせた。そしてその騎士学校に入るためには信頼できる、この国に国籍のある後見人からの契約が必要だった。その後見人としてカサンドラはゼンを指名した。
そのうち、カサンドラと勇者ヒューゴの間に子供アレクサンドリアが生まれた。その一報は国中を駆け巡り、厄災後の最大の慶事だとして国を上げて祝っていたが、当事者たちはあまり気にしていないようだった。
赤子連れでもよく旅をしていたようだったが、ある日、勇者の訃報が届いた。旅の途中ではなく、古城に滞在している時のことで、ただの風邪が原因だったと聞いた。
更にしばらく経った後。
カサンドラは娘と共に二人旅に出た。その間ゼンにヒューゴを託していった。
ヒューゴはカサンドラと勇者の娘に惚れていたので、結婚するためにちゃんとした身分がほしいと言った。その為、ゼンが鍛え直すことにした。
ヒューゴは懸命に訓練に取り組み、十六歳になると同時に見事騎士職に就任。
旅に出たカサンドラの魔力が消えたと国中の魔法使い達が騒いだ。その知らせはヒューゴの耳にも入っていた。
それでも取り乱すことなくさらに、階級を上げていく。過酷な環境とゼンの指導によって鍛え上げられたその格闘技術によって、一年後、忖度抜きで一個中隊の隊長になった。更に翌年、辺境の精鋭騎士団を与えられ騎士団団長となった。現在十九歳。最年少だった。
「お師匠様の英雄譚を、ちゃんと読んだんだ。綺麗事ばかり書いてあった。隊員たちにも聞いてみたんだ。そうしたら、これは国の都合でそうなったって聞いた」
ヒューゴは正座しながらポツポツと話し始めた。犬だったら耳としっぽが垂れ下がっていることだろう。
「だから。本当のことを広めたいんだ」
キッと目に気合を入れてこちらを見上げてくる。
「ヒューゴ、職場では敬語を使え」
叱られた子犬のように首をすくめながら、しかしめげずに言う。
「お願いです。どうすればいいのか、相談したいんです。あと、ゼンさんから見たお師匠様のことを教えてほしいです」
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