第9話 貴族の娘
今日のハレキソスの占い『思わぬ誘いがあるでしょう』
ライオンヘアーのライオネルは、アレクサンドリアに会った日から
教室にいるフード二人組を見つけては、大きな声で声をかけてくる。騒がしいライオネルは教授に、最初の頃は丁寧に、数回目からは乱雑に追い払われていた。
何度目かにようやく、声を落とすと追い払われないことを覚えたライオネル。本人にとっては小声、周りにとっては普通の声量で話すことで、アレクサンドリアに話しかけることに成功した。
ライオネル少年は、アレクサンドリアをどこかに誘いたかったようだ。しかし、なにしろアレクサンドリアは多忙だ。週に3日は学園、週に3日は仕事場、残りの1日は夫と過ごす日。
学園から帰った後に時間はあるといえばあるが、国の風習の現地調査や古書の研究で忙しく、ライオネル少年が誘う場所には行く気が起きなかった。(知り合い貴族のお茶会や、流行のドレスを仕立ててくれるお店など)
ハレキソスには、『私は行く気はありません。また、この国では若い男女二人が遊びに出かける場合、今後特別な関係になると周囲に思われる場合があります。気をつけたほうがいいです』と言われていた。
周囲に何かを思われることについて特に気にしていないアレクサンドリアは、この国の新たな一般常識を知るとともに、ライオネル少年の今後を慮って、ハレキソスの行けない所には行かないようにしようと考えた。
「アレクサンドリア、学年末にダンスパーティーがあるのを知っているかい?」
「そうなのですね。知りませんでした」
この日も何とかアレクサンドリアに話しかけることに成功したライオネルが、目をキラキラさせながら告げる。
「上級の方ではダンスの授業は必須科目なんだけど、学期末ごとにもテストと称したダンスパーティーがあるんだ。普通科の人たちも見学できるから、是非おいでよ! きっと勉強になるよ!」
「お誘いありがとうございます。ですが申し訳ございません。普通科の学年末ダンスパーティーの参加は任意となっております。そして、参加予定はありません。なので、見学は必要ありません」
そう言われた連敗続きのライオネル少年は、移動授業にむかうローブ二人組に別れを告げられ、哀れひとり取り残された。
しかし、そんなことではめげないライオネル少年。アレクサンドリアがダンスパーティーに行かないのは、ドレスがないからだと勝手に思い込む。
「そうだ、僕がドレスをあげよう」
しかし、そこ(廊下の邪魔な位置)で考え込む。
「パートナーならあげられるんだけどな。断られてるし」
サプライズでドレスを勝手に作ろうにも、ローブ姿で体型はわからない。
「…そうだ」
金銭的に恵まれない平民などにもドレスを支給するよう、生徒会で企画してみてはどうか。
独り言にしては大きな声なので、周りの通行人はびっくりして彼をみる。そしてライオネルだとわかったら、いつものことかと横を通り過ぎていった。
目をまたキラキラさせて、名案をすぐ実行しようかと走りかけ、はたと止まる。(廊下は走ってはいけない)
「アレクサンドリアを見た殿下が興味を示さないかな……」とわずかに心配したが、「今は彼女(男爵令嬢)持ちだから大丈夫か!」と思い、また走り出した。
ダンスだけでなく、基本的に上級魔法科と普通科では受ける授業内容が異なっていた。
上級では、基本的に生徒は
社会科は法律の元となる大綱の概要と諸外国との立ち位置。国語は貴族で必要とされる言い回しと人を従わさせるのに適した言い回しの学習。生活科はお茶会の開き方。数学は領地を収めるのに必要な税額徴収の計算方法と大きな額の扱い方。
そして、魔法は敵対国との戦いを想定した戦闘用魔法と、国内の反乱を収めるのに必要な束縛魔法。
対して普通科は、一般市民または後に一般市民になることが予定されている貴族の子息などを対象とされている。日常生活の中では通常簡単な魔法以外は使う場面がないが、貴族の関係者や町長などの貴族代行者、貴族を対象とした商いを行う上流階級の一般人の子息がこの学園の門を叩く。
その授業内容は、社会科では特殊地域の慣習や土地土地の条例、国語は各地域の言語、生活科では手続きや祭事などの一般常識。そして、数学は一般的な商業簿記。
そして、魔法は貴族などが関わる特別な場所で使われる特殊な魔法の基本的知識と生活魔法。
そして、この普通科の授業内容こそアレクサンドリアが求めていたものだった。
ある日の数学の授業では、アレクサンドリアはフードの下で目を輝かせていた。授業で使われる
そこでの算盤は、肘から指先くらいまでの長さの正方形の木枠に、等間隔に鉄芯を渡し、そこに粒を通して動かせるようにしてあるものだった。
そして、そこに使われている算盤の珠が、透き通るような緑の
アレクサンドリアも今までにその粒を見たことはあったが、それはどれもとても巨大なもので、粒も不揃いだった。
揃いの粒はアクセサリにしやすかったので、旅先では小粒で粒が揃っているほど高値で取引されていた。
ハレキソスとは席が離れているので、隣の席の生徒に問う。
「この算盤は、高価なものではないのですか? こんなにも粒が揃っています」
それを聞いたその生徒は驚く。なぜなら、この国ではとても安価なものだったから。
後になってわかったのだが、野生の土貝は巨大化しやすい。生命力のあるもののみが残るので、巨大化できるものが生き残るとも言える。そのため、野生では巨大なものが多く、小さなものが少ない。
反して、養殖のものは管理が行き届いているので、生命力のないものも生き残る。生命力がないもののほうが卵を多く生むので、より小柄な物が多く生き残る。また、半端な大きさのものは破棄される。そうして、この国では小柄な土貝が溢れ、小粒な物は安価となる。
こうして国の中と外では価値の反転現象がおきていた。
そうとも知らず、小粒な珠を高価だと言ったアレクサンドリアに対して、皆は勘違いをした。
――この算盤も買えないほど貧しいのだ――と。
授業の後、教室では皆が思い思いに話をしていた。仲がいいものはどことなくその外見が似ていることが多いのだが、その中でも特に似ている三人の娘がいる。
ひとりは黒の長い髪を細い縦のロールに巻いている、装いも豪華な子爵令嬢アンナ。子爵家の5番目の子どもなので、上級魔法科へは行かせる必要なしと判断され、教養として普通科へと入学した。この学年で一番地位が高い。
ひとりは茶色の長い髪を細い縦ロールに巻いている、装いの華美すぎる学年で一番儲けているの豪商の娘マーラ。商業簿記を学ぶために入学した。
ひとりは金の長い髪を細い縦ロールに巻いている、装いの洒落た娘レティシア。学年で一番美しいと噂される。生まれた町でより良いところへ嫁げるように、町内でお金を出し合って学園へ入学することができた。
「レティシア、上手に巻けるようになってきましたわね」アンナがそう言って微笑む。
「はい。アンナ様のようにはまだできませんが」
そうレティシアが微笑み返す。
「でも、お手伝いもいないのに、ご自分でできるのはとても凄いわ」
マーラが胸の前で手を合わせて、そう褒める。
「学園に通っているうちに色々と覚えるといいわ。社交界にでると制約も多くなりますし」
「そうですわ。私も商人の組合で忙しくなる前に色々と覚えたいわ」
アンナとマーラがそういうので、なるほどとうなずくレティシア。
「学生のうちは覚えることが多くて大変ですが、私達は幸せですわ。だって、おしゃれを目一杯楽しむことができるのですもの。ね、マーラ」
「そうですわね。アンナ様」
「でも、それもできない方たちも居ましたわね……」
「そうね、レティシア」
そう言って3人は、そっとフードの二人組を見る。
「先ほども、算盤のことを高価だと」
「あら、マーラ。仕方ないわよ。彼女達はきっと移民枠で奨学金が出ているのだわ。私達持てるものと同じと考えてはいけないわよ」
「そうでした。配慮にかけていましたわ。さすがアンナ様、どんな身分の者のこともよく考えていらっしゃる」
「貴族の義務ですもの」
そう言ったアンナは、唐突に手を合わせて
「そうだわ、あの二人に恵みを与えましょう!」と提案した。
「恵みですか?」
「そうですわ、レティシア。私の家でお茶会をして、二人をもてなすの」
「でも、正しいマナーなど知らないのでは?」
「それもいい勉強になるわよ、マーラ。自分たちが何を知らないのか、知ることができるわ」
「まあ、素晴らしいですわ、アンナ様」
「ありがとう、マーラ。レティシア、あの二人に声をかけてきて頂戴」
そう言ってアンナはまた、微笑んだ。
◇◇◇
本日のアレクサンドリアのメモ
『声が大きいと追い出される』
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