第8話 閑話 騎士の心配

 アレクサンドリアの夫は妻をとても愛していた。


 愛しすぎるがゆえに、騎士職を辞めて片時も離れずにいたいとよく思っているほどだ。だが、アレクサンドリアとの結婚の条件を『騎士になってから』と定めてようやく結婚できた経緯があるので、「今辞めるのは良くない」と踏みとどまっていた。


 ちなみに師匠と呼ぶ魔女が『救国の魔女』という称号を得たとき、一緒にいた彼も『聖騎士』の称号を得ていた。しかし、職業上の階級は騎士見習いだったので、アレクサンドリアに見合うように努力の末階級を上げて騎士になれた。


「アレクサンドリア。学園で何を学んだのか、教えてくれないか」


 遠征から帰って来て、風呂にゆっくりと浸かり、愛妻と食事を終わらせてソファでくつろいでいた。


 二人は首都から遥か遠く離れた、辺境の地にそびえる古城に住んでいた。両親が気まぐれに買った城で、旅の合間の拠点として使っていた場所である。


 一番停留した期間が長かった場所なので、二人は好んでこの城を自宅として使っていた。季節によっては違う屋敷に立ち寄るが、この城が主な自宅と言えるだろう。


 維持費はかかるが、最近では騎士職の収入で安定した支払いができるようになっていた。




「皆、収納魔法をよく使うようです」


 彼の膝の上でくつろぐアレクサンドリアが、手帳のメモを見ながらそう言う。


「収納魔法ね。この国ではみんな使えるんだね」

「そうですね。魔法学園に通える生徒はそもそも優秀なのだそうです。暗記の魔法や物質再生魔法よりは簡単に使えるので、普及させるべき魔法ですね」

「そうかもね。まあ師匠はあまり使わなかったよね」

「そうですね。お母様の収納空間をのぞかせてもらったことがありましたが、広大すぎて不便そうでした。人には向き不向きがあるのですね」


 二人して笑う。


「短距離の移動なら、収納魔法も便利そうでした」

「それを言うなら、師匠は空も飛べるしどこへでも一瞬で行けるのに、徒歩も多かったよな」

「よく歩きましたね」

「そうそう。それに俺だけ荷物が多かったから、かなりしんどかった。収納魔法を使ってたら楽だったろうな」


 アレクサンドリアが同情の目を向けてくる。それもまた可愛くて、愛しくて、たまらず抱きしめる。


 旅の途中もよくこの表情で彼を心配してくれていた。


「旅のこと、思い出すな」

「そうですね。よく行きましたね」

「そうだな。他には? 何を学んだの?」


 見上げる妻の頬をなでながら、続きを促す。


「そうですね。授業でパキバラについて質問したのですが、笑われてしまいました」

「どうして?」

「パキバラは伝説上の生き物だと」

「ああ、この国ではまず見ないからな。そう思うのだろう」


 二人顔を合わせて苦笑する


 パキバラとは大型のげっ歯類の動物で、よく集団で現れる。人々の食料を狙い、嫌がられている。ただの大きなネズミなだけではなく、魔法を使ってくるので、とても厄介な害獣として、遠くの地では知られていた。


「お母様はよくパキバラを火炙りにしていました」

「火炙り。僕といた時は僕任せだったから、それは知らなかったな。二人旅の時には仕方なくやってたんだろうね」

「そうですね。動きがとても早いので、始めのうちは一体一体倒していたのだけど、そのうち面倒になったのか、方法を変えました」


 アレクサンドリアは昔を思い出しているのか、暖炉をぼんやりと見ながら話す。

 その妻の髪を撫でながら、彼は静かに話を聞く。


「まず、あたり一帯を氷漬けにするのです」

「え?」

「そうすると、全ての生き物の動きが止まるので、パキバラだけに狙いを定めて燃やしていました。その後一帯に温風を吹かせて氷を溶かすのですが、中には心停止してしまっている生き物もいるので、一帯に電気を走らせて蘇生してました」


 妻の髪をなでる手が止まる。


「この方法だと周囲がとても悲惨な状況になるので、正しい対処方法があるのか知りたかったのです」

「周りに人間がいるときもその方法?」

「はい。皆目が覚めた時に驚いていました。温風で色々なものも吹き飛んでますし」

「……師匠は魔法が雑だからな」


 夫も再び妻の髪をなでながら、遠い目で暖炉を見つめる。


「授業では、「パキバラが出たらすぐに教えてくれ、軍を出動させる」と言っていました」

「軍を」

「はい。以前読んだ本にこの国はパキバラの生息区域だと書いてあったので、話題に出して大丈夫かと思ったのですが。実際に現地を調査してからでないといけませんね」

「そうだね。失敗から学べることもある」


 彼は夫でもあったが、長い旅の生活の間アレクサンドリアの指導役でもあった。しかし、彼自身もともに放浪生活をしていたので、この国の常識は教えられない。逆にアレクサンドリアに聞くことで彼も常識を覚えていく。


「他にはもう無いかい?」


 仲良くなったハレキソスのことや、上級の図書室と普通の図書室との違い、ライオネル少年のことなど色々と話をした。


 途中、ライオネル少年のところで夫の表情がかわり、何度も『どんな人物か?』と訪ねてきたことに、妻は気が付かない。


「上級の図書室の本ね。僕は見てみたいな。それで、ライオネル少年はどんな子なんだい?」


「唐草模様の入れ墨か。それは扱いが難しそうだな。それで、ライオネルというのはどんなのなんだい?」


「…を教えてくれる、か。それで、そいつはどんなやつなんだい?」


 立て続けに夫が聞くも、妻の返事は適当だ。


 特にライオネルに興味がなかったアレクサンドリアは、夫が興味を持っているとは露とも知らず、学園での様子を話し続けるのだった。

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