第7話 図書室と近道
ハレキソスは占いができた。
今日の占いの結果は、『空からライオンが落ちてくる』
アレクサンドリアとハレキソスは授業後図書室へ向かっていた。
ハレキソスとは何かと一緒に行動することが多い。ローブ仲間と言うのもあるが、わりとハッキリ物をいうハレキソスは、アレクサンドリアにとって意思がわかりやすかったのだ。感情の機微を読み取るというのは、同じ文化圏で育っていないと少し難しい。
クラスメイトからは、ローブのハレキソスとローブの魔女の娘と呼ばれていた。
入学式の日の放課後、何人かに話しかけられてわかったのだが、同じ学年にアレクサンドリアは5人いるようだ。
「今年も魔女の娘はたくさんいるのね」話しかけてくれた女子生徒はそう言っていた。
一般に、アレクサンドリアの名を持つ子は魔女の娘とあだ名されることが多かった。
「上の学年はもっと多いわ」
「わけがわからないくらい」
口々に、集まった女子生徒達がそう言った。
「他のクラスには、赤髪のアレクサンドリアがいたわ」
「長身の魔女の娘もいたわね」
全員の特徴はわからないが、それぞれすでに冠言葉を持っているようだった。
「上の学年は、魔女の娘もつけなくなって『金時計の』とから『田舎貴族の』とか呼ばれてたわ」
「省略しすぎ」と皆笑っていた。
「あなたはローブの魔女の娘ね」
女子生徒に優しく微笑まれてそう告げられた。
そんなわけで、晴れてお揃いの冠言葉をもらった二人は、図書室へ向かう小道を歩く。
おとなしい割に好奇心旺盛な二人は休み時間ごとに学校を探索し、すぐに図書室へ向かうこの近道を発見した。
木漏れ日のあたる素敵な道だが使う人が少なく、のんびりと図書室へ向かうことができる。
通常のルートでは、運動部の部室棟前を通らなければならず、大柄な部員で混み合う道を通らなければならなかった。小柄な二人には少し大変だったので、この道を発見してからはもっぱらこちらを使っている。
ハレキソスと仲良くなったアレクサンドリアは、彼女の容姿を見せてもらっていた。
宗教によってローブを被る理由は色々あるが、彼女の部族のラグドが信仰する宗教は、彼らが入れる入れ墨が理由だった。
入れ墨には祈りや呪いなどいろいろな思いが込められており、それが他者の目に触れて不用意な災いを及ぼしてしまうのを危惧して、全身を隠すようにローブで覆うのだそうだ。
アレクサンドリアはいくつものお守りや呪具を身に着けているのだが、その一つにラグド産のお守りがあった。
そのお守りがあれば災いは及ばないと考えられるので、容姿を見せてもいいと二人は判断したのだ。
何日か前、ハレキソスの学生寮に立ち寄り、ローブを脱いでもらった。
ハレキソスは褐色の肌、美しい黒髪、切れ長の眼をしていた。すらりとした手足は、遠目に見ると背が高いように感じさせる。
肌に刻まれる入れ墨は、所々で渦を巻く、植物のようだった。
「容姿を褒めてもいいのかしら?」そう聞くアレクサンドリアにハレキソスはうなずく。
「入れ墨がとても美しいわ。どれも意味をよく考えて思いが込められている。素敵だわ」
そう言われてハレキソスは静かに笑う。
次いで、アレクサンドリアもローブを脱いだ。
ハレキソスは信用に足りる人物だと判断したためだ。
その美しさにハレキソスは息を呑んだ。
「母君が過保護なのもうなずける」そう苦笑した。
美しさもさることながら、ハレキソスにそう言わせるほど、アレクサンドリアはお守りだらけだった。
「私も過保護だと思います」
首飾りをいくつか持ち上げる。
「母が残してくれた大切なものなので、いつでも身に着けているようにしています」と、少し寂しげに笑った。
お互いの容姿を知ったことで、更に親しくなった。
図書室への小道で二人はお互いのお守りの意味や、授業のことなどを話していた。
「ここでの授業は座学が多いのですね」
「そうですね」
「私は旅の途中で
「
「そう言えば、アレクサンドリアは時折メモを書いています。何を書いているのか聞いていいですか?」
「こちらでの常識を書いているのです」
「本は内容を覚えられるのに、メモは書くのですか?」
「そう言えばそうですね。母がよく書いていたので、習慣です」
そのような会話をしているとき、目の前に空から何かが落ちてきた。
警戒したハレキソスは、アレクサンドリアを手で制して下がらせる。
目の前に落ちてきた――正確には2階から飛び降りてきた――のは、ふわふわの金髪逆毛の少年だった。
まるでライオンみたいだな。アレクサンドリアはそう思った。
その少年がこちらを見上げて、逆に驚く。
「うわ、すっっごいきれいな女の子! 人形みたいだ!」
少年が見上げた時、ちょうどフードの中が見える角度だったのだ。アレクサンドリアの顔が見えた。
「こんなきれいな女の子、ちょっと見ないなー。俺知り合いに美形が多い方だと思うけど、その中でももしかしたら一番かもな〜!」
少年は息つく間もなく喋りかける。
「何? 留学生? その格好はラグドの娘かな? でもちょっと違う気もするな〜。あ、そうだ、もしよければ、校舎の案内をしようか? 俺と居れば上級魔法科の校舎の方もまわれるよ。これからどこ行くつもりだったの?」
アレクサンドリアとハレキソスは音もなく顔を見合わせ、アレクサンドリアが答える。
「図書室へ行こうとしていました」
「そう? じゃあちょうどいい! 上級魔法科の図書室の方に連れて行ってあげるよ! 普通科とは規模も質も違うんだ!」
もう一度顔を見合わせ、今度はハレキソスが答える。
「是非」
上級魔法科へは一般の生徒の立ち入りが制限されていた。
しかし、一定の用件がある時や、教授または生徒会の案内がある時は立ち入りできると、少年は言う。彼は生徒会の一員らしい。
少年の名前はライオネルと言った。
ローブの二人は『見た目そのままだ』と思ったが、口には出さなかった。
案内されて行った先の上級魔法科図書室は確かにとても大きかった。そして、一般の者が目にできないような特別な書籍も置かれていた。
ハレキソスは素直に驚いていた。
「すごいですね、アレクサンドリア」
「そうですね。でも、これだけの量があるのに、残念ですが読んだことがない本がありません」
それを聞いたライオネルは、『君は本の虫なんだね!』と言っていた。図書室で出していい声量ではない。
「そうだ、いいこと思いついた!」
普通科の図書室の方が、むしろ庶民の地に根ざした書籍が置いてありもの珍しかったので、戻ろうかとローブの二人が話していたところに、ライオネルが声をかける。やはり声が大きい。
「君たちは貴重な留学生だ。この機会に、第2王子に会えるように掛け合ってあげるよ!」(正確にはハレキソスは留学生ではない)
とうとう司書から図書室を追い出されたライオネルについてきたら、そんなことを言っていた。
「ありがたいお気遣いですが、お断りします」
「え!?なんで!!」
「なんでと言いましても」
「マナーとかは大丈夫だよ。文化が違うということもちゃんと伝えておくし、なんならちゃんとした礼儀作法が身につくようにサポート期間を作ってあげるよ!」
「いえ、お断りします。特に会う理由がありません」
押し売りを断るには、とにかく自分の意思をはっきりと伝えること、そして断るのに理由はいらないことと夫に言われていたアレクサンドリアは、はっきりと断る。
何かまだ叫んでいるライオネルを置いて、ハレキソスとともに来た道を戻っていった。
◇◇◇
本日のアレクサンドリアのメモ
『2階から飛び降りてきた人がいた時は、驚いたほうがいい』
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