第18話 閑話 騎士と安堵
アレクサンドリアと夫は、3人娘を自宅に招待した日の夜、二人で暖炉の前でくつろいでいた。
場所はいつもの古城ではなく、深海。
アレクサンドリアが空間を作り、海底の岩を柔らかくしてソファを作り、お気に入りの暖炉を持ってきた。
仕切りがあるわけではないので、たまに間違えて深海魚が部屋に入ってきて地面に落ちるので、二人して笑う。
落ちてきた魚を海に戻しながら、夫は言う。
「なんとかお友達をもてなすことができたね」
はずかしそうに、でも嬉しそうに笑う妻は、背景の深海の闇と室内の暖炉の光という景色の中、幻想的な美しさを
そんな美しい笑顔の妻を見て、夫はたまらず足早にソファに戻り、愛妻を抱きしめる。
「お茶も上手に淹られました」
「そうだね。とても美味しかった」
「自分の手で淹れるお茶は美味しいですし、楽しいです」
「いつもはどこか知らない空間から持ってくるからね」
夫は魔法が使えない。そのため、普段いつの間にか出てくるお茶がどこから出てきているのか知らない。
一度聞いてみたことがあるのだが、「お茶のところから出しています」という、彼の理解の及ばない回答だったのでそれ以上聞くことは諦めた。
「そういえば、私がお茶を淹れていたときは、ハレキソスと何を話していたのですか?」
一瞬嫉妬でもしてくれたのかと思ったが、そんな気配は一切なかったので、冷静になって話す。
「そうだね。アレクサンドリアの普段の様子を教えてくれた」
夫は笑いながら妻の髪を撫でる。
「あと、ハレキソスは、アレクサンドリアのために怒ってくれていたよ」
「怒ってくれていた?」
「そう」
あの時ハレキソスはこう言っていた。
『この国の、特に貴族は、自分たちこそ正しいと思っています。
他民族は、自分たちより劣った文化を形成していて、自分たちを模倣することで正しい人間になれると言うような話し方をします。
正しいマナーを学べと言います』
そして、貴重な宝石も国のものだと言う。
そう話していたと聞いて、ハレキソスにしては饒舌だなとアレクサンドリアは思った。
『怒りを鎮める方法は身につけました。
しかし、怒りが湧いてくるのは止められない』
少数民族の常で、彼女の部族も辛い目にあってきたのだろうと、夫は言う。
『アレクサンドリアも同じような扱いを受けている。
彼女が誰であろうと、そのような扱いを受けるべきではない』
「自分のために怒ってくれるお友達がいるのは、素敵なことだ」
「ええ、そうですね」
「あと、こうも言っていたよ」
熱くなるハレキソスは止まらない。
『この国にとっての"正式なマナー"があることはわかります。
そしてこの国で暮らすならそれを身につけるべきだと言うこともわかります。
しかし、我が一族も、"正式なマナー"を持っています。
決して"正しいマナー"と"間違ったマナー"ではないのです』
今まで堪えてきたことを一気に吐き出して、ハレキソスは息を吐く。
初対面なのにここまで熱くなって語ってしまったことに気づき、ハレキソスは顔を赤くしていた。
『すみません。話しすぎました。
普通は、怒っていいのです。アレクサンドリアは、怒っていいのです。それを伝えたかったのです』
彼女は一族を代表して学園に来ていた。そのため、家族にも弱音は吐けなかった。学園の生徒にも、勿論。
アレクサンドリアの夫はとても話しやすい人物だった。ハレキソスの内情も理解してくれる背景もあった。そのため、つい話すぎてしまったのだろう。
そんなハレキソスに伝える。
『そうだね。僕らも旅人だ。その感覚はよくわかる。ありがとう。アレクサンドリアのために怒ってくれて。
でも、アレクサンドリアには怒る理由がないのだよ』
ハレキソスは、よくわからない、というような顔をしていた。
『アレクサンドリアは、とてもふわふわとした雰囲気だが、彼女は絶対的強者なんだ。誰も彼女を害せない。
たとえば、
でも、そんな相手にもしっかりと耳を傾けて話を聞くんだ。彼女はとても強くて、そして優しい』
自慢の妻なんだ。ハレキソスにそう伝えた。
「そう言えば案内状をもらっていたね。ダンスパーティのドレスに関するものだっけ? アレクサンドリアは参加はしなくていいのかい?」
深海で、妻の手を取りソファから立たせる夫。ダンスをするフリをする。
「出なくていいです。あなたが居なくてはつまらないです」
そんな夫に微笑んで付き合う妻。
「卒業の時には家族も参加していいと聞いた。2年後には一緒に出よう」
「出てくださるのですか?」
「勿論」
妻を抱き寄せて頬を撫でる。
「それなら、考えていたのですが、2年後までまたず、もう卒業しようかと思います」
「もう飽きたのかい?」
まだ3ヶ月だよ? と笑いながら彼は聞く。
「いいえ、色々なことを知ることができて、とても面白かったです。
でも、そのおかげでいろいろな人と繋がりができて、更にこの国のことが知りたいと思うようになりました。
この国の中を旅して回りたいのですが、学園に通っていては時間が足りません」
「そうかい。では、もう卒業なんだね。僕も皆にお礼の挨拶にいこう」
そう言いながら、妻の唇にそっと口づけた。
深海での二人のダンスパーティは続く。
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