第3話 魔法学園

「えっ、第2王子が庶民の女の子をエスコート!?」

「なんでも、その女の子、聖女候補らしいよ!」


 見習い3人組がヒソヒソと、しかしそれなりの声量で盛り上がっていた。


 そちらにアレクサンドリアが目を向けていると、それに気がついた上司が話しかけてきた。


「今年の学園はにぎやかそうだな」

「はい。そうですね」


 アレクサンドリアはそのまま作業に戻り、

「私も学園に行きたかったな」そうつぶやいた。

「アレックス、学園に行きたかったの!?」驚き慌てる上司はすぐさま行動にうつった。




 上司であるパトリックは、かつての仲間の忘れ形見であるアレクサンドリアをとても大切にしていた。


 それは仲間のためでもあるが、アレクサンドリア自身がとても素直でいい子だったからである。


 親を失ったアレクサンドリアを保護した時、どのような暮らしをしたいか本人に尋ねた。どんな暮らしでも叶えてやりたかった。


「どこか働ける場所を教えてほしいです」


 そう言われたパトリックは、アレクサンドリアが安全に働ける職場を紹介した。そう、目の届く自分の職場である。


 軍部の研究部門なら、安全だし平和だし、アレクサンドリアの豊富な知識も活かせるだろうと考えた。


 そして、それは正解だった。


 アレクサンドリアはその経験と知識によって、次々と研究の成果を上げていく。


 そして、パトリックのいる軍部はとても安全だ。なぜなら彼女の母親が救国の魔女だと軍部は知ってたし、救国の魔女の性格も知っていた。つまり、アレクサンドリアに手を出そうという不埒な輩はまずいなかった。


 美しい娘だったので皆興味は持つものの、遠巻きに見つめるだけで終わっていた。


 そんなアレクサンドリアが学園へ通いたいという。


 保護した当初は、それどころではなかった。そして、落ち着いてきた頃に「仕事をしたい」と言い出したのだ。そのころにも学園に通ってもいいと伝えたが、それよりも働きたいと答えた。


(今考えてみると、アレクサンドリアも必死で自分の居場所を探していたのだろう。また、責任感で働かなければと思っていたのだろう。学びたいとも言い出せず、かわいそうなことをした。

 そんなアレクサンドリアが学園に行きたいというのだ。なんとか行かせてあげたい)

 そうパトリックは思った。



 その日からパトリックはあちこちを駆け回った。


 既に入学している第2王子の学年になんとかねじ込めないかと学園長に掛け合ったが、同じような話を持ちかける貴族も多いようで、にべもなく断られた。

 その下の学年でいいと思ったが、それも難しいということが判明した。驚くことに彼女の両親はどちらも爵位を持っていなかったのだ。


 国の英雄なのだから、当然何らかの爵位を叙勲していそうなものだが、両親とも叙勲を断っていた。なんなら、母親は外国籍であり、しかも空から飛び込んで来ているので実は不法侵入者でもある。


 また、夫も国の英雄として扱われていたが、救国の魔女にならって叙勲を断っていた。


 実はパトリック自身も同じく国の英雄として扱われている。将軍なのだが、傍目にはそうは見えない、ひょろっとした容姿をしている。背が高く、筋肉もあまりなく、顔は好々爺というのがピッタリな、優しげな微笑みを常にたたえている初老の男性だ。


 筋骨隆々とした各部隊の将軍が居並ぶ中、パトリックだけが場違いに見えるが、他の軍人からの信頼は厚かった。智の将軍と呼ばれ、主に策士として目を見張るような活躍を見せる。


 そんな智の将軍と言われるパトリックも、身内のこととなると周りが見えなくなるようだ。

 (かわいい我が子(我が子ではない)の入学手続きもできないとは)と、とても落ち込んだ。


 そして、困ったパトリックは素直にアレクサンドリア本人に相談してみた。


 すると、問題はすぐに解決した。


「私が行きたいのは、魔法学園の、です」



 アレクサンドリアは社交界に出るわけではないので、今更貴族の通う上級魔法科での花嫁修業的科目も必要なかった。魔法に精通しているので、上級魔法を習う必要もない。


 それより、長い放浪生活のせいで常識がないと言われていたので、普通科にて常識を学ぶことにしたのである。生活魔法にも興味があったので、ちょうどよかった。


 普通科は、貴族ではなく一般市民も通うことができる。


 アレクサンドリアが学園に行く話はすぐに職場の皆に伝わった。


「アレクサンドリア様、お仕事やめちゃうの?」

 見習いの3人組が、目に涙を湛えながら入口から顔を覗かせる。

 

 古書の解析作業をしていたアレクサンドリアはその手を止め、3人の方へ振り向く。

「あら、辞めないわよ」

「でも、学園へ通うことになったと聞きました」

 3人の中で一番背の高い少年が聞く。

「学園へは週に3日通うの。ここへも週に3日通うのよ」

「そんなことができるのですか?」

「そうね。貴族の子も商人の子も、家の手伝いをしながら通う子がいるので、そのような制度もあるようなの。ちょうどよかったわ」

 

 それを聞いた3人は、嬉し涙に変わった涙をこらえ切れず、泣き笑いながら見つめ合って『みんなに伝えてきます!』と走っていってしまった。


 こうして、アレクサンドリアの学園通いと職場通いの勤労学生生活が始まった。


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