第33話 お祈り/岩と異文化交流

 ある時アレクサンドリアと母は岩場にいた。

 目の前も、両壁も、ゴツゴツした岩だった。


 どこまでも続く岩場。その所々に岩の下敷きになった骨が転がっていた。通常なら、『不運にも落石にあったのだろう』と思うところだ。


「この岩、生きてるね」

 しかし、魔法使いの母はそう言う。

 アレクサンドリアも、そう思う。


「アレクサンドリア、異文化交流の基本は挨拶だ」

 そう言うと、母は地響きのような声で岩に挨拶をする。


 岩と異文化交流すると言われても、普通なら戸惑うだろう。しかし、人外の地を行くのに慣れているアレクサンドリアは、素直にうなずく。


「あんた達、私は大魔法使いカサンドラだ。あんた達の邪魔はしない。ここを通らせてもらうよ」

 母がそう言うと、岩達が鳴動した。


 母が腰に手を当てて、不敵に笑う。

「う〜ん、とてつもなく怒っているね」


 母の挨拶は失敗したようだ。




「アレクサンドリア、こういう時は落ち着いて、周りの様子をしっかり見るんだよ」


 母がそう言うので、震える岩達を見つめる。

 するとやがてその震えもなくなり、岩の谷に静寂が訪れる。


「よくわからないね、この子達は。まあ、わからないことがあったら、躊躇せずにすぐ聞くことだ」


 母はそう言うと、また岩に怒鳴る。


「あんた達、挨拶のし方を教えてくれ」


 途端に、岩が一斉に襲ってきた。


 勿論稀代の魔女相手だ。岩は弾き飛ばされ、何もなかったかのように母娘は立っていた。


「岩どもめ、粉微塵にしてやろうか」

 母が今晩のご飯はパスタにしようかと言うときと同じノリで殲滅予告をしているが、アレクサンドリアは何かに気がついて母の袖を引く。


「お母様、岩の言葉はわからないの?」

「そうだねぇ、こいつらの言葉は面倒だからね」

「もう少しお話を聞いてみようよ」



 そう言う娘の案で、母と娘は岩のそばに静かに座って耳を澄ませた。


 常人では到底無理なほどの時間微動だにしないでいると、やがて岩の鳴動は止み、また静寂が訪れた。


 更に時が経つと、小石たちがアレクサンドリアの元に転がってきた。


「静寂がこいつらの挨拶か」

 母は苦笑する。

「岩らしいね」

 アレクサンドリアが笑う。


 岩との交流は成功した。小石たちとしばらく遊んだあと、母娘は岩の谷を、何事もなく抜けていった。






 夜。


 母は自分の研究部屋をいつも旅先に

 母がそこで研究をしている間、アレクサンドリアは魔法陣でお絵かきをしている。


 昼間は明るい母だが、夜になると口数が少なくなり、研究部屋に引きこもってしまう。


 部屋からは時折、父の名を呼びながら、「何故逝ってしまったの」「行かないでほしい」と言う母のつぶやきがきこえてくる。


 父は、母にとって生まれて初めて大事にしたいと思った存在なのだそうだ。


 そんな父を失った母の気持ちはどんなものだったのだろうか。


 母の悲しいつぶやきを聞きながら、アレクサンドリアは眠りにつく。

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