第32話 お守り/長い影の家族

 母との二人旅は楽しかった。

 旅は好きだ。面白いものがたくさん見られる。


 ある時アレクサンドリアと母は、砂漠地帯にいた。

 どこまでも広がるひび割れた大地。背面には乾燥した大地でできた絶壁。見あげると微かにてっぺんが見えるくらいの高さがある。


 二人はその絶壁中腹の出っ張りに腰を掛けて、お茶をしていた。

 母がどこからか取り出したポットで、どこからか取り出したカップにお茶を注いでくれる。


 湯気がきれいだ。


 少し寒いので両手でカップを包み込み、湯気越しにぼーっと景色を眺める。


 すると、遠くに人の影が見える。何人かいる。家族連れだろうか。


 夕暮れ時なので、影がとても長い。


 ……いや、長すぎる。


 巨大な絶壁の半分くらいの背丈がある。そして、ただの影ではなく、何だか実体があるように見える。足音もする。


「お母様。あの影は何?」


「ああ、あれは『長い影』だよ」

 母は興味のないものには適当に名前をつけるので、これもきっと適当につけた名前なのだろう。


「あれは生きてるの?」


「ああ、生きているよ」


 ふ〜ん、とアレクサンドリアは言いながら、再び景色と『長い影』を眺める。


 絶壁と絶壁の隙間に、『長い影』の家族が消えていくのを見送った。






 アレクサンドリアの母は、父を亡くしてから少しおかしかった。


 たくさんのお守りを集めてくるのだ。


 お守りや面白そうなものを集めるのは前からよくあった。

 しかし、その頻度がとても増えた。


 あちこちに収集に出掛けては、帰って来てを繰り返していた。


 自分で作らないのか? と聞いてみたことがある。

 思いを込めて作られたものは、なんか違うと言っていた。

 そういうものなのかと思った。


 母はアレクサンドリアの首にお守りをかけながら、「これがあれば、あの人も死ななかったのだろうか」そうつぶやいていた。


 そんな時は、目の前にいる母が遠く感じて、少し寂しかった。


 しかし、母の愛情を疑ったことはなかった。母はアレクサンドリアを暑苦しいくらいに構い倒す。だから、悲しくはなかった。


 父のいない寂しさをモノで埋めながら、母娘の二人旅は続く。

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