第5話 閑話 騎士の杞憂

 アレクサンドリアの夫は、妻をとても愛していた。


 妻のアレクサンドリアはとても美しい。


 まるで、神の国から遣わされた人形彫師が作った人形のように、完璧なる美を備えていると思う。


 小さな輪郭の中に、丁寧に、完璧な位置で配置されたパーツ。控えめな唇は、その切れ込みから薄っすらと朱がのぞく。


 父親譲りの儚げな美しさは庇護欲を掻き立てる。


 全体的に色素が薄く、そのまま消えていってしまいそうな、妖精の国に連れて行かれそうな危うさを感じさせる。


 しかし、母親譲りの豊かな髪の毛と、大きな瞳が、彼女から生命力を感じさせる。



 母親は毛量が多すぎると感じるほどの豊かな、しかもウェーブのかかった、腰を超えるほどの長さの髪をしており、アレクサンドリアもそれを真似て伸ばしている。


 ただ違うのは髪の色で、母親は力強い漆黒、アレクサンドリアは父譲りの毛の細い銀髪だった。光の加減で青みがかって見える。それがさらにこの世ならざる者の雰囲気をかもしだしていた。



 そんな美しいアレクサンドリアを妻にできたのは至上の幸せだった。しかし、そんな妻が学校に通うという。自分は流石に一緒に通うことはできない。


 彼は騎士の職に就いていた。仕事で遠征に行くことが多い。



 変な虫がついたらどうしよう。


 久しぶりに遠征から帰ってきて、2人で夕食を取ったあと、ソファでゆっくりくつろぎながら妻に尋ねる。


「来月から学園に通うんだね」

「ええ」

「なぜ今更学園なんだい?」


 正直アレクサンドリアは学力なら十分なほど持っていた。

 学園で使われるに彼女の著した本があるほとだ。つまり、教授たちが参考にするほどの本を書いている。教えを乞う側ではなく、乞われる側である。


「皆が通うという学園というものに通ってみたかったのです」

「ああ、僕たちはずっと旅をしていたからね」

 アレクサンドリアと両親、そして今の夫はよく各地を旅していた。


「ひと所に留まって、同じ教育を受けるのがどのような感じなのか、知ってみたかったのです」

 ほほえみながらそう語る妻の髪を優しく撫でる。

「それに、常識がないとよく言われるので」

「確かに。この国で暮らしていくのなら、この国の常識を学ぶのがいいね。学園で色々学んでくるといい。そしたら、僕にも色々聞かせてね」(特に言い寄ってくる輩がいないか)


「そうだ」

 彼は笑みを深めながら言う。

「お師匠様がよく言っていただろう」

「お母様が?」

「そう。『フードを深くかぶっておきなさい』と」


 旅の途中、その美しさからさらわれる危険があったので、アレクサンドリアの母親はよく、

「フードを深くかぶって顔を極力人に見せないように」と言っていた。


「学園でも、そうしておきなさい」

「学園でも」

 一緒に旅をしていた夫はよく道中の注意すべき所をアレクサンドリアに教えていたので、アレクサンドリアは素直に彼の言うことを聞いた。


 フードで隠しても、溢れ出る魅力で誰かに声をかけられたらどうしようと、胸を締め付けられる思いで夫は妻を学園に送り出した。

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