第十二話 暁ノ銀翼 1
「あぁ……あ…………」
息が詰まるような沈黙。
絶望が場を支配し、べっとりと張り付くような重苦しい空気が流れる。
「クッ……!」
いち早くその状況を脱したのはメイファンであった。拘束された銀翼メンバーに素早く駆け寄ると、その枷を手際よく外していく。
シャパリュもそれに続き二人体制での救助となったが、うねる触手を避けながらの作業は簡単ではない。
「よし、任せろ」
皆を守るように王が魔法障壁を展開、同時にステラとレイチェルからは架空種本体へ向けて連続して魔法が射出される。攻撃として効いているのかはわからないが、少しずつ皆から遠ざけることは出来ているようだ。
「ニーナちゃん、だいじょうぶ?」
「あ……シャパ……リュ」
「……えっ!?」
うわごとのように発せられたニーナの言葉に、シャパリュは耳を疑った。
シャパリュはこれまでニーナと共に決して短くない時間を過ごしてはきたが、それはエルバッキーの姿を取った上でのこと。ニーナ相手に本来の姿を見せるのはこれが初めてである。
「え、あ、ボク、その……」
「わかる――お前は、シャパリュだな……ありが……と」
「ニーナちゃ……う……うわああぁぁん! ニーナちゃああぁぁぁぁん!!」
囚われていたメンバー全員を救い出し、架空種から距離を取る。ひとまずの危機は脱したものの、触れることすら許されないこの相手にどう対処していいか全く見当がつかない。
「王様! そのまま障壁で封じ込められないの?」
「無理じゃ。封じ込めるどころか逆に押され始めておる。この先いつまで持つか……」
危険にさらされているのはこの場にいるメンバーだけではない。やがて覚醒すれば世界そのものを危機に陥れるこの架空種を、なんとかこの場で封じなければならない。
「何か――何か手は……!」
リリアナは苦悩の表情で架空種を睨みつける。そのリリアナに横からレイチェルが声を掛けた。
「サキュバスさんあなたそれ――どうなさいましたの?」
「えっ? ……あ」
何を言われているのか解らなかったが、すぐに理解した。
自分でも気が付かないうちに、一筋の涙が頬を伝っている。
――あれ? アタシ、何で泣いてるんだろう。
何かとても大事なものを失った気がする。
漠然とした喪失感と強烈な虚無感がリリアナを襲う。
――誰か……足りない?
国王とステラ、それにシャパリュ。レイチェルとメイファンがいて、そして自分自身。メンバーが固定されていた台座は五つで、救出したメンバーは五人――。
全員、いる。
しかし――。
何か、大切なことを忘れている気がしてならない。
とても大切な、忘れてはいけない何か――。
「……え、い……」
「……
「……
堰を切ったように感情が溢れ出す。
何でこんな大切なことを忘れていたのだろう。
リリアナにとって唯一無二の存在、何ものにも代え難くかけがえのない人物。リリアナは声の限りにその名を叫ぶ。
「
「……ご主人!」
「主殿!」
「
「
「えーた……」
…………。
…………なんだ? 俺、どうなって――
満ち溢れる光の中で、目を覚ます。
――ここはどこだ? みんなは? 架空種は?
周囲には広大な空間が広がり、おびただしい数の光の玉が無秩序に漂っている。
「俺……」
手を伸ばして触れたもの。それは無数の光のうちの一つ。
無意識に掴んでたぐり寄せたその瞬間、意識の中に流れ込んできたイメージがあった。
“
「…………??」
困惑する
“
ドクン
光と光を結ぶ線は分岐を繰り返しながら猛烈な速さで波及していき、やがて全ての光はひと続きとなって
――――!! これって……!?
あの日、魔道具屋の水晶玉に見たイメージ。
回路図のような、樹形図のような、いくつもの分岐。その全てが
――あれは……?
一つだけ、はぐれたように浮遊する光がある。
気まぐれに飛び回り、目の前にふわりと飛来したそれを、
“ムイカチャ ウンパランガ”
――なんだこれ
新たに伸びた光の線がそこに繋がったかと思うと、空間全体がまばゆい光を放ち始めた。光は急速に強さを増し、視界の全てが真っ白に塗りつぶされていく。
「――くっ」
「――――はっ!?」
目を開ける。見えるのはさっきの祭壇と――心配そうに覗き込む皆の顔。
「
リリアナが
「心配したんだから!」
――確か……架空種にぶつかって、それから……どうなった?
「そうだ、架空種は!?」
「それが、急におとなしくなって……」
祭壇に目を移すと、そこには見知らぬ少年が座っていた。
歳は人間で言うならば十歳ぐらいだろうか。痩せ細った身体にぼろ布のような衣服をまとい、長く伸びた白い髪は床まで達している。
先程まで猛威を振るっていた姿からは想像もつかないほどに華奢で頼りなげなその少年は、膝を抱えた姿勢でこちらの様子をうかがっていた。
「もしかしてお前が――『ウンパランガ』なのか?」
「――ちょっ……!!」
何も起きない。
少年は
自然と理解できる。これはこいつの名前だ。
「みんな、安心してくれ。こいつの種族名は『ウンパランガ』。もう害はない」
「なんでそんなこと――!?」
「さっきこいつとぶつかった後、なんかよくわかんない世界が見えたんだ。そこで――こいつの種族名を知った。あと、なんか俺は『ルートサマナー』って……」
「ルートサマナーじゃと!?」
王が驚き聞き返す。
「なるほど、ルートサマナーか……わしも古い文献でしかその名を知らんのじゃが―― 《根源召喚者》とも言って、この世に存在する全ての種族の源となる存在じゃ」
ルートサマナー。いにしえの世に存在したそれはこの世界における全ての召喚契約を管理し、またそれを統べる者であったのだという。同時に全ての種族、全ての個体の根源でもあり、グリモワールド全土のありとあらゆる種族が、今は
「あれ? ってことは……俺が結んでた召喚契約ってどうなってるんだ?」
「個別の契約に関してはこれまで通りのはずじゃ」
「――と、やっぱりか……」
「やっぱりって、何が?」
問いかけるリリアナに、
「俺たち二人の契約だけ、切れてるんだよ」
かつて王から聞かされた通り、リリアナとの契約内容は『リドヘイムとセレニアの戦いに加わること』、一方他の皆との契約内容は『暁ノ銀翼に加入して一緒に行動すること』、である。
微妙なニュアンスの違いだが、それがリリアナ以外との契約が切れていない理由のようだ。
「願いを満たせば召喚契約は満了する……ルートサマナー本人の絡むものであっても、それ以外であっても――召喚契約のあり方そのものに変化はないようじゃな」
「そうか……で、ルートサマナーって……何をすればいいんだろ」
「そうじゃな、細かなところはわしも今後調べてはいくが、何かをするというよりも単なる
王からルートサマナーに関する情報が共有される。
ルートサマナーはグリモワールによる召喚儀式を介することなく、恒常的永続的に全ての個体の根源的存在となる。チャージなども行わず、逆に『子』から極々わずかではあるが命を預かるのだという。
「『子』と言ってもその数が膨大かつ常に新しい生命も生まれておるからの……お主、もう寿命では死ねぬぞ」
「そんな……いいのかなもらっちゃって」
「いいんじゃよ。これからお主は全ての種の管理を託されるのじゃからな。その手間賃みたいなもんじゃ」
「手間賃、ねぇ」
「まあ、本来ならばそれもかなり負担のかかる事なんじゃが……お前さんはいろいろ規格外じゃからの」
王は溜息交じりにそう言うと、ムイカチャに視線を移した。
「根源召喚者 《ルートサマナー》の力により架空種は実在種へと書き換えられた。『世界』は――架空種が現れることを予見し、その素質を持つおぬしをこちらへ呼び入れたのじゃな……」
「さあ、帰ろう!」
じっと見つめるムイカチャに、
「お前も一緒にな。ムイカチャ」
「だ……大丈夫ですの?」
ムイカチャを遠巻きに見つめ、恐る恐る尋ねるレイチェルに
「ああ、大丈夫だ。コイツはもうみんなと同じ、この 《グリモワールド》の仲間だ」
「…………ぐりもわーるど??」
皆がいぶかしげな表情で聞き返す。その中で唯一リリアナだけが、なんともきまり悪そうに顔を伏せるのだった。
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