第五話 呪いのグリモワール 1
とある日、昼下がりの銀星館。
この日は任務による出動もなく、メンバーはそれぞれ思い思いにオフの一日を過ごしていた。
――
そんな事を思いながら、自分の手元を見つめる。
魔力なのか、生命エネルギーなのか――
「くぁ……」
メリッサが気持ちよさそうにあくびを漏らす。
と同時に
「ん、ありがと、ご主人♪」
満足顔のメリッサは窓際に置かれたソファの上にひょいと飛び乗ると、そのまま丸くなって目を閉じる。
柔らかな陽光が降り注ぐ中での昼寝はさぞかし気持ちのいいことだろう。どれ、自分も部屋に戻ってもうひと眠り――そう思ったその時だった。
「
どこからか小さな声で自分の名を呼ぶ者がいる。声のした方向を見ると――食堂の入口でリリアナがこちらに向かって手招きをしているのが目に入った。
うっすらと頬を赤らめ、下を向いたまましおらしくしているリリアナの姿は、普段目にしている彼女のキャラにはそぐわず、明らかにおかしい。しかし逆にその様子から、
――チャージか……
リリアナからチャージのお呼びがかかる際は、いつもこうなのだ。なぜならば――
「あの、さ……」
「……なによ」
「あ、いや……」
カーテンが閉め切られた薄暗い部屋。
向かい合って立つ二人の間には拳一つほどの隙間もない。
「な、なあリリアナ。チャージって……その……」
「あっ、アタシはっ! ……これしかやり方、分からないから……」
リリアナからの初めてのチャージ、それは
それにより、チャージをキスによって行うものと勘違いした
しかしその後もリリアナは、
普段はがさつで女らしさのかけらもないようなリリアナではあるが、こうして向かい合うと
何か香水の類を使用しているのか、それともサキュバス特有の天然フェロモンなのか……立ち上る甘い芳香が
と同時に――リリアナの腕がしなやかに伸び、
「ん……」
唇を重ねた瞬間、
リリアナの腕が背中に回り、腰に回り、
「ん……」
気が付くと
――チャージ……終わったのか?
まだ余韻がぐるぐると渦を巻き、思考がはっきりとしない。横になった状態のまま、
――!!
何気なく横を向いた
わずかに乱れたリリアナの吐息を鼻先に受け、
改めて状況を確認してみると――ベッドの上は大変なことになっていた。
毛布はずり落ち、シーツはくしゃくしゃの状態。枕などは明後日の方向に吹っ飛んでいる。さらにはその上で寝転んで無防備に四肢を投げ出したリリアナの姿――
一体何があったんだ……まるで激しくアレをアレした後のような……って実際のところは知らないけど。
「ふぅ……」
乱れた前髪を手で直しながらリリアナが起き上がる。
「んもう、激しいんだから……えーたクン♥」
だだだだだから何があったんですかぁぁーーーーーー!?
「……というのはまあ冗談として――やっぱりだいぶ持ってかれるわねー」
「え……えっ?」
「だから、チャージよ」
周囲を取り巻くこのアダルティな状況に慌てふためく
リリアナはベッドから立ち上がり、カーテンを一気に開け放った。逆光の中振り返るその姿に、
「あたたたた……やっぱ腰に来るわー」
こんな色気の欠片もない奴じゃないはずだったのだが。てか、腰使うようなことしたか?
「で」
「ん?」
「――アンタの方は、何ともないわけ? こないだ、メロウとも召喚契約を結んだでしょ? 普通はエンティティが三体もいれば、相当しんどくなってくると思うんだけど」
「え? いや、何ともない……な」
確かリリアナは以前にも
「アンタ実は魔力、強かったり……? だったら魔法もいけるかしら」
「俺、魔法使えるのか?」
意外だった。
魔法そのものはこれまでも幾つか目にしてきてはいるが、
魔法もチャージもその根源を同じとするのであれば、この世界では、
「……いいわ。今日はオフだし、行ってみましょ。魔道具屋」
「魔道具屋?」
「魔法関連を色々と取り扱ってる店よ。そこでアンタの魔法適性も見てもらえるから」
魔法、ねぇ。
期待と懐疑の入り混じった複雑な心境で、
「あ、ねえ」
唐突にリリアナが口を開いた。
「そういえば今までの契約の時、アンタみんなに何を願ったの?」
「や、暁ノ銀翼に入って一緒に行動してくれって……」
「アタシたちの時と一緒か。ふーん」
リリアナはさもつまらないといった風に鼻を鳴らすと、出発は三十分後と言い残してそのまま部屋を出ていった。
「
「ちょっ、待ってくれよ! 人が多くて……」
再び訪れるルメルシュの武具街区。リリアナの話によると、魔道具屋もそこに連なる店のひとつなのだという。
「ほらこっちよ」
見慣れた表通りを抜け、路地裏へと進み入る。
「……っと。ふぃー」
道を一本入っただけで街の喧騒が一気に遠ざかり、路地裏特有の薄暗さも手伝ってまるで別世界に入り込んだかのようだ。
その路地をひとしきり進んだ先、袋小路の一番奥に、その店はあった。
「ちわーす……っと、おおっ!!」
店内に足を踏み入れると同時に、所狭しと陳列された数々の商品に圧倒される。
書物や鉱物、怪しげな小瓶やよくわからない干物、果ては何に使うか想像もできないような道具も何点か。そのいかにもな雰囲気に
「これ、何なんだ?」
「儀式用の装飾ね。これが剣でこっちが杖をかたどってる」
「こっちの巻物は?」
「ああ、スクロール化された魔法よ。それを使って魔法を覚えるの。でも適性のない魔法を選んでも意味ないから。まずは見てもらいましょ。すいませーん!」
リリアナが店の奥に声を掛ける。
「いらっしゃい!」
野太い声と共に店の奥から現れたのはスキンヘッドのいかつい男だった。どうやらこの男が店主のようである。
「ちょっとこの子の適性見てもらえるかしら」
「あいよ。じゃあこちらへどうぞ」
奥の部屋へと通され、
「うーん……」
水晶玉を覗き込みながら店主が眉間に皺を寄せる。
「魔法の適性はだいぶ低いみたいだね。……というか、ほぼ、無いな」
「えっ!?」
「使えるとすれば炎の下位魔法ぐらいだが、それすらまともに扱えるかどうか……」
事実は残酷だった。魔法が使えるかもしれない、というのは今日初めて意識したことではあるが、しかしそうであってもやはり、それなりの期待はしてしまうものである。その期待をこれだけはっきり打ち砕かれたとなれば、今の
――ん?
不意に、玉の中に何かが見えた気がした。
実際に見えたというより、イメージが脳裏に浮かんだという方がしっくりくるのかもしれない。一瞬、ほんの一瞬ではあるが
これは……何だ? 枝分かれ……回路図――?
「――残念だったわね」
「わっ!!」
急に水晶玉の中に大きな目玉が映し出される。リリアナが反対側から覗き込んだのだ。
「そんな落ち込むことないわよ。アンタ召喚の方はそれなりに向いてそうだし、それでいいじゃない」
「あ、いや、うん……」
正直まだ水晶玉の中は気になるが、リリアナに促されて
明かりが消され、無人となった部屋の中で、水晶玉に小さな亀裂が走った。
結局、
「これ……グリモワールだろ? 普通に売ってるんだな」
手に取って眺める
「うん。基本は自分で錬成するんだけど、作ったものを売って稼ぐ錬成師がいるからね。ただ、総じて値段は高いわよ……って、これ!?」
「何だこの値段!? ……でも他のより豪華に見えるんだけど」
リリアナが見つけたのは他の商品よりも桁一つほども安い値のついたグリモワールだった。見た目には高級感があるのだが、表紙のタイトル部分は綺麗に削り落とされており、読み取ることができない。
「これ……中もご丁寧に名前のところだけ文字が消されてるわね」
「何が出てくるかわからないってことか……価格設定といいヤバそうだな」
「でもこの安さは魅力よね。すいませーん! これも買うわ」
「え、おぁっ!?」
あまりの即決ぶりに
「――お客さん、そいつは呪われてるって噂だ。召喚対象も分からないし、お薦めはしないよ」
「そうだよリリアナ、やめとこうぜ」
店主が渋い顔を見せ、
「ね、
「リリアナと俺、マリアにメリッサ、それにメロウ……五人だろ」
「討伐隊としてチームを組める人数は?」
「確か、五人まで」
「休み……欲しくなぁーい?」
「…………」
こうして二人は『呪われたグリモワール』を入手し、銀星館へと戻ることとなったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます