第四話 詠太、オトコの矜持 1

「おいしいお酒とー!!」

「おいしいサカニャーーーー!!!!」

「うむ……美味い」


 先日のチェルモッカ急襲作戦での働きが認められ、本来の報酬に加えて特別功労金を得た暁ノ銀翼。

 銀星館からほど近い、メンバー行きつけの酒場で飲めや食えやの大宴会の最中である。


「……っとにもーーー!! なんなのよアイツーーー!!」

 ダンッ、と派手な音をたててジョッキをテーブルに叩きつけるリリアナ。

 彼女がご機嫌斜めな原因は、戦場で出会ったセレニア軍の――レイチェルだ。


「エラッそうな口散々叩いて、あげくに何なのよあのイラつく高笑い!! アンタは何様なんだっての全く~~」

「にゃはっ、リリアナぁ、そのハナシもう十八回目ぇ~~」

「え~~、そうだっけぇ~~~~?? あはははははははは」

「にゃはははははははは」


 ――だめだコイツら早くなんとかしないと……


「あのー、みんなそろそろ……」

「あん? なによー」


 詠太えいたの呼びかけにリリアナが不機嫌そうな視線を向ける。続けてリリアナは詠太えいたの姿を上から下まで検分するように眺めると、面倒くさそうに口を開いた。

「それにしても詠太えいた、アンタ見事に傷だらけよねー」

 この言葉も今日すでに何度か聞いた内容ではある。

 しかし事実、山中の移動で多数の擦り傷を負い、さらにはワイバーンに乗っての飛行と戦闘……体はもちろんのこと、着ている服もボロボロである。


「んまあアンタ、裸同然の『布の服』状態だからねー。……よし! 体を防護できる装備と――あと武器も買いましょ」

「え? いいのか?」

 あまりに意外な提案に、詠太えいたは思わず聞き返す。


「いーわよいーわよ、功労金があるからねー」

 酔いも手伝ってか、隊長様は太っ腹だ。

「チェルモッカでは伝令の任務だったにもかかわらず、結果戦闘に参加することとなった。今後も戦闘が発生する可能性は考えなければならないだろう。……何より、今の主殿の実力ならば、もっと上等な装備で身を固めるべきだ」

 レッドファルコンの一件以来、詠太えいたの特訓を監督してくれているマリアからもお墨付きが出る。


 俺の……装備かあ……

 鎧や兜、盾に剣。これまでゲームの中でしか触れたことのなかった要素だ。

「なんか……楽しみだな」

 思わず口をついて出た言葉。この何気ない言葉に反応したのはリリアナだった。

「にっひっひー。アンタ、やっと討伐隊としての気構えが出来てきたみたいね……ぃよぉーーっし! 明日! 明日詠太えいたの装備を買いに行くわよぉー!! っと、おばちゃーん、おかわり!!」

「ってまだ飲むのかよ!!」

 酒宴はこの後もだらだらと続き、結局この日詠太えいたたちが銀星館に戻ったのは夜も白々と明け始めた頃だった。



 翌日。詠太えいたたちは防具販売店を訪れていた。とはいえ二日酔いのリリアナを起こすのに手間取り、出発は午後になってしまったのだが。

 初めて訪れる防具屋の店内。鎧や籠手などの防具が所狭しと展示されているのを物珍し気に眺めながら、詠太えいたは店の奥へと進んでいく。


「おおっ!!」

 とある一点で詠太えいたの足が止まる。その視線の先にはよく磨かれてピカピカと光るプレートアーマーが飾られていた。


「これだよこれこれ! いかにもRPGって感じの!」

「あーるぴー……何?」

 リリアナが覗き込み眉をひそめる。

「いや、ファンタジー? 中世ロマン? うーん、何て言ったら……」

「いやまあ何でもいいんだけど、ちょっと……ゴツ過ぎじゃない?」

 リリアナはいぶかしげな視線を鎧に向けたまま、プレートをコンコンと叩く。


「もうこれ以外に考えられないよ! 今はちょーーーーっとオーバースペックかもしれないけど、ホラ今後の成長も考えて? って感じ?」

「ぴかぴかー! かっこいー!!」

 熱弁をふるう詠太えいたに、メリッサの無責任なフォローも加わる。


「マリア、どうかしら」

「うむ、確かに今の主殿にはいささか過ぎた代物ではあるが……それに見合う存在となるよう己を磨くのもまた、武人としての在り方のひとつだろう」


「いいだろリリアナ!?」

「うーん……まぁ、そんなに欲しいなら……」

「ぃよっしゃー!! おやっさんこの鎧お持ち帰りで!! よーし次は盾か!」

 お目当ての鎧を手に入れ、詠太えいたのテンションは最高潮に達する。さらにその勢いのまま店内に爛々とした視線を向ける詠太えいたであったが――


「主殿」

 突然、その背中に声が掛かる。声の主はマリアだ。

「この鎧を身に着け、さらに盾まで操る体力は残念ながら今の主殿には無いとお見受けする」

「!?」

 マリアからの意外な提案に詠太えいたが言葉を飲む。


「盾を持つのであれば必然、武器は片手で扱えるものでなくてはならない。武器となれば、いかな小振りなものであろうとそれなりの重さは有する。その中で主殿が扱えるとすればナイフか、レイピアか……いずれにせよこの鎧には見合わない貧弱な武器となるだろう」

「う……それは、ちょっと……」

 理路整然と意見を述べるマリアに対し、詠太えいたはしどろもどろに返答するのが精いっぱいだ。

 先程は詠太えいたの味方に回ってくれたマリアであったが、それは結果としてそうなっただけ。マリアは単に合理的な意見を述べていただけなのである。


「で、でもさ……」

 見映え重視でどうしても盾が欲しい詠太えいたは必死に応戦を試みる。しかし――戦闘経験豊富なヴァルキュリアの含蓄ある意見に、詠太えいたは押されるばかり。


「――という訳で、今回購入した鎧が比較的強固なものである、ということも考慮し盾は不要という結論に至るのだが、いかがだろうか」

「……わかった、わかりました!」

 詠太えいたの完敗。

 結果、詠太えいたは泣く泣く盾を諦め、一行は武器を買うため移動することとなった。


「ああ……俺の盾……」

「主殿。やはり盾をご所望か。であるならばこれからは日々の鍛錬の内容をさらに厳しく――」

「あっ、いやっ! 大丈夫ですっ!」

「いずれにせよあまり大きな武器は持てないんじゃないかしら? この鎧じゃ取り回しキツいわよ?」

「ご主人もメリッサみたく爪伸ばせばー?」

 メリッサが得意気に自慢の爪を出して見せる。

 詠太えいたがメリッサに対して突っ込みを入れるべく口を開きかけたその時――


「っだよコラァァァ! まだ分かんねえのかよテメエはよおぉぉぉ!!」

 平和な市街地に不釣り合いな怒声が響く。


 声のした方向を見ると、そこには一組の集団がたむろしている。

「あのバッジ……討伐隊か?」

 男が四人、女が一人。

 その中でも一番の大男が怒声の主のようだった。


「こっちだってテメーみてーな役立たず、ただ飼っとく訳にもいかねーんだよ! オイィ!?」

 委縮して下を向いている女と、周りでニヤニヤと眺めるだけの取り巻きの男たち。

 長い前髪が顔にかかり、女の表情はよく見えない。女は聞き取れないような声で何かを喋っているようだが、男は構わずわめき散らす。


「チームの役に立つためにはいろいろあんだろうが、いろいろと! 例えば……テメーだって一応『オンナ』なんだしよぉ?」

 男が手にした酒瓶で女の胸を下から持ち上げるように弄ぶ。

「ギャハハハ!!」


 昼間の往来の只中である。行き交う人々も当然気づいてはいるが、そのあまりに異様な空気に気圧けおされてか、はたまた事なかれ主義なのか、皆視線を逸らすように遠巻きに通り過ぎて行く。


「ほんっとに使えねー女だなぁ!」

「ちげえねえや! ガハハハ!」

「おいあんた」

 詠太えいたが男に近付き声を掛ける。

「あぁ!? なんだテメェ」

 振り返った男は女を罵倒していた語気そのままに、詠太えいたに対しても威嚇のそぶりを見せた。


「その人、同じチームの仲間だろ」

 男はちらと女を見やると、詠太えいたの方に振り向きニヤニヤと下品な笑いを浮かべた。

「仲間ぁ? たしかにコイツは俺のエンティティだがさっぱり使えないお荷物でなあ。世のコトワリってヤツを教えてやってたところよ」

「兄ちゃん、なんか文句あんのかぁ?」

「ギヒヒヒ……」

 男たちが詠太えいたに近づいて取り囲み、じわじわと距離を詰める。


 クソッ、さすがに分が悪いか――


「ホラ行くわよ詠太えいた

 突然、割って入ったリリアナが詠太えいたの腕を掴んでぐい、と引っ張った。

「リリアナ……っ!? え、ちょっ……」

 驚きで目を白黒させている詠太えいたをよそに、リリアナは無表情で歩を進めようとする。


「あ!? 逃げんのかよオイ!」

 回り込み立ちふさがる男たちに、リリアナは立ち止まり強く言い放つ。

「あたしたちも討伐隊よ。討伐隊同士の争いはご法度よね?」

 リーダー格の大男はリリアナが指し示したバッジをしげしげとのぞき込み、そして吐き捨てるように言った。

「けっ、黄銅 《ブラス》のひよっこごときが出しゃばるんじゃねえよ。とっとと行きやがれ、このヘタレが」


 男たちの罵声を背中に浴びながら、その場を後にする詠太えいたたち。

「リリアナ、何で……! お前だってこういうの許せない性分じゃなかったのかよ!」

「悔しいわよ。悔しいけど……あそこで怒りに任せてアイツらぶちのめしたって、今度はアタシたちの方が規律違反の悪党になるだけじゃない」

 そう言って目を伏せるリリアナの表情に、詠太えいたは苦悶の念を感じ取った。


 討伐隊を束ねるリーダーとして、そして何より討伐隊という立場に誇りを持っているリリアナだからこそ、ここでの個人的な感情は抑える他は無かったのだ。

 彼女の内面に渦巻く激しい葛藤を、強く噛み締めた唇が何よりも雄弁に物語っている。


 ふと振り返った詠太えいたの目には、口々に文句を言いながら雑踏の中に消えていく男たちの姿が見えた。

 詠太えいたの登場によって、少なくとも今回に限っては場が収まった。しかし、あのチーム、あの女性が抱える問題の根源は取り除かれてはいない。

 そう考えると、詠太えいたの心の中にはどうにも割り切れない思いが残るのだった。



 カン、カンッ――

 夕刻。日課となったマリアとの戦闘訓練。城壁の上で互いに打ち合いながら、詠太えいたとマリアの会話は進む。


「なあマリア」

「何だ、主殿?」

「今日のことだけどさ」

「今日の? ……ああ、あの無礼な連中か」

「ああいうのって……どうにもできないの……かなっ!」


 カッ――


「主殿。今は強くなることだ。この暁ノ銀翼の討伐隊ランクが上がれば憲兵のような働きもできよう」

「それってどれぐらい上に行かなきゃならねーんだ?」

「そう……だなッ!!」


 カンッ――


 マリアの一閃が詠太えいたの木刀を弾き飛ばす。

「……ゴールドあたりまでは行かなければならないだろうな」


「ゴールド……ゴールドぉぉ!? それって今からだと何ランク上げなきゃいけないんだよ」

 その場にへたり込む詠太えいたにマリアが手を差し伸べる。

「主殿。だいぶ日も落ちてきた。今日はここまでにしよう」

「ああ」


 見上げた空に、鳥が舞う。眼下に広がるルメルシュの街を、穏やかな夕日が照らしていた。

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