第六話 洋館の悪魔 4
「あのっ――!」
どこからか聞こえた声。
「抱きしめてあげてください!!」
途端、
「あがががががが――!!」
時間にして数秒。
二人の体を包んでいた化学反応のような光が収まるにつれ、周囲を包む邪悪な波動も薄れていく。やがて光が完全に消えると、そこにいたのはいつものニーナだった。ステルスも解け、顔つきも穏やかさを取り戻している。
「……えーた?」
「良かった、ニーナ……」
さっきの声に救われた。あれがなかったら――
「――メロウ! 無事だったか!!」
「ええ……屋敷内に拘束されていたのですが見張りの方が倒れられて……私、皆さんにご迷惑をかけてしまって……すみませんすみませんっ!」
「いいんだ。それよりさっきの――」
「はい……あれ、要は全身を使ってチャージを行うようなものなんです。チャージって単にサマナーからエンティティへの一方通行ではなくて、お互いの意識を繋ぎ合わせるのが一番大事というか……」
「――っ!! メロウ! 早くこっちに!!」
メロウが
「全く、どうなる事かと思いましたわ……。過ぎたる力は諸刃の剣。改めて、観念なさい」
レイチェルが一転攻勢にかかる。ニーナの暴走は止まったものの、多勢に無勢の状況は変わらない。
セレニア兵たちがじわじわと包囲の輪を狭める。
諦めるしかないのか――
……キィ――――ン
この感覚……また――!?
振り返るとやはりニーナだ。しかし――先程とは少し様子が違う。
「だい、じょう……ぶ。ちゃんと……できる……」
ニーナはしっかりと自我を保っており、拘束を受けているのも敵側兵士のみ。イレーネやリリアナには力が及んでいないようである。
「ニーナ、お前……」
「こいつらを、動けなく、すればよいのだろ……? そして、こいつらを――」
ニーナの目が光り、周囲の空間がざわめきだす。発生した魔力の渦が、禍々しいオーラとなってニーナの身体を覆い始める。
「こいつらを――こい、こいこいつらつららら――」
「待て」
「あだ!!」
「――また暴走するつもりかお前」
こんななりでもアークデビル。悪魔の元締めの一族なのだ。
この能力の真髄がどんなものであるのかは分からないが、この時点で既に目や耳から血を流している者がいる。このまま放置すればおそらく大変なことになるだろう。
「うぅ……だい、じょう、ぶ。だい、じょう、ぶ…………」
少しは落ち着いたようだが、ニーナの力は未だ不安定。
いつまでセーブできるか……そして、この力を行使することによるニーナの身体への負担はないのか。何にせよこれからの行動の方針を早急に固めなければ。
ニーナの能力により拘束を受けるセレニアサイド、決定的な活路を見いだせないリドヘイムサイド。両者ともに動きあぐねているこの状況で、膠着を打ち破ったのはレイチェルであった。
「――――アキヅキ。ひとつ、提案があります」
「……提案?」
「こちらとしても、これだけの兵を一度に失うわけには参りません。……そこでどうでしょう。指揮官である私が投降し、他の者は解放していただくという形でこの場を収めてはいただけないでしょうか。これでも隊の指揮を任せられる身。一介の民兵であるあなたがたの戦果としては上々ではありませんこと?」
レイチェルの申し出はあまりに意外な内容ではあったが、この場からの安全な離脱を望む
「……わかった。ただし兵は今すぐ退いてもらう」
ロープでレイチェルを拘束し、その上でニーナの能力を解く。
レイチェルの命令により森の中へ退いていく兵士たちの中で、あの飛頭蛮だけがその場に留まっていた。
「……メイ。あなたは私のエンティティ。私と離れてはチャージも適いません」
「レイチェル様――!?」
レイチェルが
「――アキヅキ。この者との……メイファンとの契約を解除するお時間をいただけませんか?」
「……え? ああ、まあ――」
「――――嫌です!!!!」
「レイチェル様。あなたとの契約を解除するなどあり得ないことです。どうか私もご一緒に……!」
「私が不在の間、あなたには隊の指揮を執ってもらわなければなりません。だから、メイ――」
「私は……私はセレニアの兵である前に、レイチェル様のエンティティです! もしどうしてもとおっしゃるのであれば――私はこの場で果てましょう!」
「メイ――!! 私を困らせないで……!」
このメイファンというエンティティは相当に強情な性格をしているようで、レイチェルによる契約解除の申し出に頑として応じない。二人の押し問答は長時間にわたり――ついにはレイチェルが折れた。
レイチェルに加えそのエンティティまでも捕虜になるということで、レイチェル以上の頑強さをもって飛頭蛮の拘束がなされる。
静けさを取り戻した屋敷を前に、
「一体、ここで何をしていたんだ?」
「――さあ」
「元々、ここに来た目的は館の調査だ。中、改めさせてもらうぞ」
「ええ。ご自由にどうぞ」
爆発は時間差で複数回にわたって発生し、館全体がまるで積み木のように崩壊していく。それはさながらダイナマイトによるビル解体のようだった。
「お前ッ――!」
完全にしてやられた。セレニア軍は屋敷で何かを行っていた。これは確実だ。しかもいざという時の証拠隠滅まで仕込んでいたことから見るに、よっぽど重要なものであったことが伺える。
しかし今、残ったものは大量の瓦礫だけ。これを掻き分けて調査を行うこともできなくはないが、この人数で、しかも捕虜を抱えた状態では少々無理がある。
結局屋敷の調査は断念し、暁ノ銀翼は捕虜二人を連れルメルシュへ帰還することとなったのだった。
ラットウッズを経由し、ルメルシュへ向かう馬車に揺られる一行。
来る時と違い、帰りは馬車二台の編成である。その片方に捕虜二名を乗せ、見張りとしてメンバーが交代で乗り込むこととなった。
現在はリリアナが見張りについており、もう一方の馬車には
「なあ、イレーネさん」
「何でしょうか」
「ニーナが誰にも召喚されないようにグリモワールを管理してたのってさ、あれ、良家のお嬢様だからってだけじゃなかったんだな」
「――と言いますと?」
「アークデビルに受け継がれるあの能力が悪用されるのを防ぐためでもあったんじゃないか?」
「ええ……そうですね。もちろんそれもあるのですが――」
「それ『も』?」
「……あれは本来、成人後に発現する能力なのです」
「成人後……」
「ええ、お嬢様が成人なさるのはまだ大分先のお話。ですので現時点でそれはまだ大きな理由とはなっていませんでした」
「ちなみにその『成人』って――」
「二十万歳です」
――そこはやっぱりそうなるのか。予想通りというか何というか……
しかしここで
「今、ニーナが六万歳で、イレーネさんがにじゅう……」
イレーネの表情が険しくなる。
「っと、ゴホン……どっちもすごくキリがいい」
「二人ともホントにその年齢なのか? 例えばニーナだったら六万何歳、なんてことはなく」
イレーネは少し考えた後、口を開いた。
「
「俺は十七歳――」
「ぴったりですか?」
「……ん?」
「お誕生日はいつになりますか?」
「十月十二日だけど」
「――では現在、正確には十七歳と二一八日、つまりは十七・五九七歳」
「ああいや、計算はわかんないけど、そうなるか」
「お誕生日直前までは十七・九九九歳であっても『十七歳』、それがお誕生日を迎えた瞬間に『十八歳』となるわけですよね」
「そう、だな……」
「それと同じでございます。我々はただそのスパンが延びただけのこと――」
つまり魔族というのは一万年に一回しか年齢の更新は行われないということなのだろうか。納得できたようなできないような――
ニーナが成人するまであと十三万年以上。少なくとも
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