第三話 山中の攻城戦 2

「ここで一旦休息をとりましょう」


 陽動部隊の野営地から急襲部隊の野営地まで――本来そこまでの距離ではないのだというが、敵の目につきにくいところを選んで進んでいるために大回りせざるを得ないのと、歩きにくい山道のせいもあり三時間程は掛かるらしい。


 詠太えいたたちは大きな岩の傍に腰を下ろした。

「なぁリリアナ。なんかワイバーンとか言ってたけど……それもエンティティとして召喚されたものなのか?」

「そうよ。だけど、そういう系はどちらかというと使い魔に近いわね。アタシも呼べるわよ? ……ホラ」


 リリアナはそう言うと目を閉じ、何か短い言葉を唱える。

 何もない空間に光が灯り、その中に小さな魔法陣が浮かび上がる。次の瞬間、光の中から小さな獣のようなものが勢いよく飛び出した。


 ウサギ……? いやその頭頂部に、鹿のような立派な角がある。

「ジャッカロープのラピちゃんでーす!」

「キュキュー!」

 聞いたことがある。アメリカに生息するといわれるツノウサギ。これも一応UMAなのか……


「こいつらにもチャージするのか?」

「この子なんかは簡単なお願いごとを聞いてもらってすぐ帰してるから……チャージの必要がない場合がほとんどよ。でも――」

「キュッ」

 リリアナが喉元を撫でると、ジャッカロープは気持ちよさそうに目を細める。

 やがてその喉元を中心に光をまとい始め、次第に大きくなった光は一瞬にして弾けて消えた。


「はい終了ー」

「キュウゥゥ……」

「今のでチャージ完了よ」

 コイツなんかだとこんなもんで済むのか。でもハインツとキリエは――詠太えいたの脳裏にまたもあらぬ妄想が膨らんでいく……

「主殿」

「ひょ!?」

 突然声を掛けられ、手に持っていたお茶を取り落としそうになる。妄想に没頭する詠太えいたはマリアが傍まで歩み寄っていたことに気付いていなかった。上ずる声を必死で抑え、何とか精一杯の平静を装う。


「な、なんだ? マリア」

 詠太えいたはお茶を口元へと運び――

「私にも……チャージをして頂きたいのだが」

「ブッ!!」


 無理だった。

 家族団らんのひと時、テレビにお色気シーンが大映しになったあの瞬間にも似た空気感。

 動揺を押しとどめていた壁はこの一言でいとも簡単に瓦解し、詠太えいたは盛大にお茶を噴き出した。


「ちゃちゃちゃちゃちゃ……!!」

「大丈夫か主殿」

「まままままマリア! ととととととりあえずこっち……!」

 マリアを少し離れた物陰に誘導する詠太えいた。その後ろ姿をリリアナがニヤニヤとした表情で見送る。


「どうしたのだ主殿」

「だ、だって……チャージだろ!?」

「ああ、チャージだが……」


 どうする!?

 確かにマリアを召喚して以降、一度もチャージをしていない。

 前回の任務、そして今回の任務……マリアのエネルギーも消費されているだろう。そもそもサマナーとエンティティの関係である以上、チャージは避けて通れない。

 よし、やるぞ! 俺はやるぞ!


「じゃ、じゃあ行くぞ……!」

 詠太えいたはマリアの両肩を掴み、ゆっくりと顔を近づける。

「あ、主殿何を……」

 戸惑い、身を引くマリア。

「だってチャージだろ!?」

 さらに迫る詠太えいた

「だからっ! 何でチャージでこれなのだ!」

「えっ?」

「えっ?」


 その後、詠太えいたはマリアから衝撃の事実を告げられる。

 マリアが言うには一般的にチャージは手かざしによって行われるもので、そもそもチャージでキスなどという話は聞いたこともないらしい。

 おとなしく手かざしでマリアへのチャージを終えたところで、詠太えいたは茂みの陰に隠れたリリアナを発見する。


「リリアナお前っ! なに覗いてんだよ!」

「あれ、見つかったかー、ニヒヒ。面白いものが見られるかと思ってー。……実際いいもん見せてもらったけど。『じゃあ行くぞ……キリッ』ってプーーーー!!」

「だってオマエ俺ん時には――!」

「あーあれね……だってぇ、アタシサキュバスだからん☆」

「おまっ……!」

「あのーそろそろ出発を……」

「はーい。ホラ詠太えいた、マリア、出発よー。出発出発ぅ~♪」

 二人に背を向け歩き出すリリアナの後姿を、詠太えいたは恨めしげに目で追う。


「なんか……すまん。マリア」

「いいのだ、主殿。その……少し驚いてしまって」

 やや気まずい空気を引きずりつつも、二人は再び歩き出すのだった。



 それからしばらく。

 無事に急襲部隊の駐留場所まで辿りついた一行は、責任者の元へ案内される。

 向こうと比べて広い野営地。そしてそれだけ人の数も多い。陽動部隊が十数名しかいなかったのに対し、こちらは一〇〇名近くの兵士がいるだろうか。

 移動途中にちらりと見えた敵の砦はまさしく城と呼ぶにふさわしい巨大な建造物であり、あれを叩くに至っては相当数の人員が必要となるであろう事が予想できたが、なるほどこの人数ならばどうにかなるだろう。

 所狭しと立ち並ぶテントの中でもひときわ大きな作戦本部のテント。その中では武骨な大男が書類を前に頭を抱えていた。


「グロックさん、伝令が来ました!」

「おお、おおっ! 伝令が!! ありがたい!」

 男は詠太えいたたちの姿を見ると立ち上がり、満面の笑顔で子供のように喜んだ。

 そのいかつい外見に似つかわしくない喜びように詠太えいたたちはいささか面食らったが、それを察したのか男は照れたように咳払いを一つすると、詠太えいたたちの前に進み出た。


「――いや失礼。私は急襲部隊を任されているアルバート・グロック。ベルクール隊長率いるノーザンライツのメンバーだ」

「暁ノ銀翼リーダーのリリアナ・エルクハートよ。軍本部からの命令書と、それから指示書を預かってきたわ」


 ハインツから預かった指示書に目を通すアルバートであったが、その表情は冴えない。

「こちらへの兵の移動はあと二回……か……」

「もう少しじゃない」

 リリアナの言葉に、アルバートは伏目がちに語りだす。

「そうなんだが、実は――数日前に獣の被害に遭って在庫食料がほぼ全滅の状態でな。切り詰めてなんとかここまでやってきたが……もはやこれ以上の駐軍は難しい状況になっている」

「なんだって!? じゃあ、あと二回の兵の補充を待つなんて……」

 詠太えいたが驚きの声をあげる。


 アルバートは一度詠太えいたに顔を向けるも、再び俯いて話を続けた。

「無理……なのかも知れん。これまで兵の移動は敵に見つからぬよう日を空けて行ってきた。となればあと二回の補充のために要する日数は五日か、六日か……さっき切り詰めて、とは言ったが、こちらの兵は昨日も今日も朝に一度、簡素な食事をしただけだ」

「空腹は兵の士気を削ぐ。堅牢な城も兵糧攻めでたやすく堕ちてしまう場合もあるほどだ」

 戦闘経験豊富なマリアならではのセリフだ。

「うむ、それはまったくその通り。長期の潜伏生活と相まって皆の士気が下がることは私も懸念している。とはいえこの山中で伝令も出せず、ほとほと困り果てていたのだ」


「あの……」

 リリアナが口を開く。

「アタシたち今日から伝令として加わったんだけど、今までってどうしてたの?」

 リリアナが口にしたのは、至極真っ当な質問である。

 砦急襲のための部隊が組織されたのが一か月前。部隊を分割して作戦行動を行う上で、部隊間の連絡手段がないというのは考えられない。


「もちろん伝令兵もいたのだが……逃げ出してしまったのだ」

「はぁっ!?」

「こういった悪路を得意とする盗賊あがりだったんだが、戦場へ出る覚悟が足りていなかったのだろう。上空を飛び回るワイバーンの重圧に耐えられない、と書き置きを残してそれまでだ」

「なんなのよソイツ! ……ってか、それからは伝令なしで?」

「うむ……とはいえ伝令なしはここ数日の話だがな。この険しい山中で伝令を務められる人員はそうすぐに補充できるものではない。最悪の場合一般兵を伝令として使うことも考えていたところだ」


「……まぁアタシたちも一般兵みたいなモンだけど……」

「てかそれ以下じゃね?」

 リリアナと詠太えいたが顔を寄せ小声で呟き合う。


「ん? どうされた?」

「えっ!? ……いえいえ、何にせよ食料の問題は大きいわね!」

「そ、そーだ! すぐに戻って知らせないと!」

「ありがたい。では先程私が見ていた物資の管理表と……こちらからの報告書を書こう。しばらく待っていてくれ」


 アルバートのテントを出てしばしの休息をとる一行。詠太えいたのもとにリリアナが歩み寄る。

「ねー詠太えいた。メリッサ、知らない?」

「メリッサ? どっかその辺に……」

「それがどこにもいないのよー」

 確かにここへ到着してすぐのあたりからかれこれ一時間ほどメリッサを見かけていない。大方どこかその辺で遊んでいるのだろうとさほど気にもしていなかったが――

「まずいな。出発までには戻ってきてくれないと――」


「ご主人ー!」

 唐突に聞こえた声。


藪の奥がガサガサと揺れ、そこからメリッサがひょこっと顔を出した。見れば頭はボサボサで、その上全身のあちこちに落ち葉や泥がついている。

「メリッサお前どこ行って――」

「新しいルートを見つけたにゃー!」


 聞けばメリッサはこの僅かな時間で一度陽動部隊の陣まで行って戻ってきたらしい。詠太えいたたちが片道で約三時間かかっていることを考えると、驚異的な時間短縮だ。

「でもあのルートはご主人たちには無理にゃ。崖を越えて谷を渡って木に登って枝を飛び移らないといけないにゃ」

「敵に発見されなかっただろうな」

「大丈夫にゃ! ちゃーんと見つからないところを選んでるからにゃ!」

「にしても……アタシたちが通れないんじゃ意味ないわね……」

 詠太えいたたちは複雑な表情でメリッサを見つめるのだった。



 その後。一行はハインツ宛の報告書を預かり、再び陽動部隊の陣へと戻る。

 メリッサによる新ルートの発見はあったものの、そのルートの難度があまりにも高すぎるために結局は来た時と同じルートを辿っての帰投である。


「食料がギリギリになるのはこちらでも想定はしていたが……まさかのイレギュラーか」

 陽動部隊の面々が集まるテントの中、アルバートからの報告書に目を通したハインツが顔を曇らせる。

「あいつらにキツい思いをさせちまったな……」

「だったらなんで最初からもっと――」

 もっと余裕を持って、詠太えいたはそう続けるつもりだった。しかしそれをマリアが冷静なトーンで遮る。

「主殿。戦場の台所事情とは得てしてそういうものだ」

「いや、今回の件は指揮をとる俺のミスだ。伝令のいない状態で突っ走っちまった、それは揺るぎの無い事実だからな。そして今突き付けられているこの状況、これを打破するのが……俺の責任だ」

 そう言ってハインツは下唇を噛み締める。


「お前たちに頼んで食料を持っていってもらうことも不可能じゃないが、向こうの人数分をどうにかできるだけの食料なんてこっちにもないからな。となるとだ、俺たちのとるべき道は――」

「隊長……!」

 心配そうに見つめるキリエに視線を向け、ハインツは無言で軽く頷く。

「もう時間的な猶予はない。今日のうちに攻め込むぞ!」

 テントの中が一気に色めき立つ。


「そこで提案なんだが……猫の姉ちゃん」

「む! メリッサにゃ!」

「ああ、すまんメリッサ。さっき一度ひとりでこっちへ戻って来たんだって? 聞けば相当時間を短縮できるらしいじゃないか」

「片道三〇分もあったらヨユーにゃ!」

 メリッサは得意満面だ。

「それで、どうだろう。今回伝令にはメリッサだけで向かってもらって、他のメンバーはこっちで陽動に加わってもらえないだろうか。ここから急襲部隊の陣まで普通に行くと三時間だが、これから三時間待ったんじゃ戦闘中に日も傾いてくる。攻城戦で夜戦は避けたいからな」

 皆の視線がメリッサに集まる。当のメリッサは……目をキラキラと輝かせ、やる気のようだ。

「……わかったわ。暁ノ銀翼、アタシと詠太えいたとマリアの三名は陽動部隊に参加。メリッサは急襲部隊への伝令をよろしくね」

「わかったにゃー!」

 リリアナの指示にメリッサが元気よく応える。


「……よし!」

 ハインツが立ち上がる。

「これより当部隊は侵攻を開始する! 我々陽動部隊は敵に気付かれぬよう砦に近づいた後、急襲部隊の到着まで待機。急襲部隊到着を確認後、キリエの魔法で城門を破壊し一気に攻め込む! いいな!」

 気勢を上げ応える兵士たち。


 ハインツはさらにメリッサの方に向き直り言葉を続けた。

「いいかメリッサ、向こうへ着いたらすぐに出発するよう指示を出してくれ。そして一旦砦の上部で待機だ。俺たち陽動部隊の役目は砦の表側に敵を引きつける事。そのために必要な時間は、一〇分だ。キリエの魔法から一〇分待って急襲部隊が裏からなだれ込む、いいな!」

「任せてください! にゃ!」


 こうしてチェルモッカ砦急襲作戦は幕を開けた。

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