第四話 詠太、オトコの矜持 2
後日。暁ノ銀翼は新たな任務に赴いていた。
リドヘイム領内、ヴィムル湖周辺の山林を根城とする野盗の討伐である。
暁ノ銀翼はじめ多数の討伐隊により編成された軍勢が、各方面に散らばって包囲網を形成していた。
「くっ、みんなどこ行って……」
ガチャ、ガチャッ――
新たに買った鎧が重い。
プレートを固定するためのバンドが、肩に腕にと容赦なく食い込む。
関節の動作も制限され、この山中でこれを装備して行動するのは相当なハンデと言わざるを得ない。
暁ノ銀翼は湖西岸周辺を持ち場として任されていたのだが、そこへ向かう途中、
「まずいぞ。確か各チーム行動開始の時間がきっちりと決められていたような……」
鬱蒼と茂った木々の間を、
「……それにしてもこれ、視界が悪すぎる!!」
鎧とセットになった兜部分は頭部をすっぽりと覆い、わずかに開いた隙間から見える範囲は非常に狭い。さらに大仰な肩当てが壁となり、左右の視界はほぼゼロという状況。ただでさえ見通しの悪いこの山中において、これではメンバーを探すのも一苦労である。
「あ、でも……!」
ここで
「俺たちには召喚契約があるし、みんなの気配を感じ取れば……」
目を閉じて意識を集中させるとすぐに気のようなものが感じられた。その方向や距離も大まかにわかる。
「これは――マリアの気配? こっちか!」
カラカラカラカラ……!!!!
「!?」
突然のけたたましい音に、
「なんだ、これ!?」
足元の茂みの中を這うように、
マズい、この場から離れないと――!
既に遠方の茂みの中を、何者かが移動してくるのが枝葉の動きで見て取れる。
――マズいマズいマズい!!
咄嗟に反対側の茂みに飛び込む
ガボガボガボ……
クソッ、このプレートが――
鎧が重しとなり、まともに動くこともできない。兜、胸当て、籠手……外せるものは外して何とか浮かび上がろうとするが、もがくうちに意識が薄れていく。
あ……もう……
水面からの光が遠くなり、霞みゆく視界が漆黒に塗りつぶされた、その次の瞬間――
「ぶはっ!」
飲み込んだ水を吐き出し、不足した酸素を必死に補給する。
「あそこだ!!」
見上げた崖の上では野盗の一味が、こちらに向けて弓を引き絞っている。
「潜ります!!」
「……え? がぶぉっ!!」
謎の人物により再び水中へと引き込まれる
「あばばばばばば…………!!」
――どれくらいの距離を移動しただろうか。
「あ、大丈夫ですか!?」
「んあ……?」
「君は――」
特徴のある、この長い前髪……見覚えがある。あの時、街で屈強な男に怒鳴られていた女性。
そうか、同じ任務に就いてたんだな――
「――はっ!! すみませんっ!!」
「?」
突然謝罪を始める女性に戸惑う
「あのっ、私っ……! 生臭いですよねすみませんすみませんっ!!」
「……??」
目覚めたばかりの
「ん……」
「君は……」
女性は上半身こそ普通の人間であったが、その見た目は腰のあたりで変容し、下半身は完全に魚のそれであった。
――これは……人魚? ってやつか? 確か街で見かけた時には二本の足で立ってたはずだけど……
「私、人魚という種族で、その……」
「そうか……人魚なら知ってるよ」
「そっ、そうなんですか! すみません!」
「その足は……」
「そのあのっ、これは水に入るとこのように変化して……すみませんすみませんっ!」
女性は地面に頭をぶつけてしまいそうなほどの勢いで何度も頭を下げる。
「なんで謝るんだよさっきから!」
「いえ、癖なんです! すみません!」
「いいから、ほら。……頭を下げなきゃいけないのは、助けてもらったこっちだろ」
「いえ……当たり前のことをしただけ、です」
お互いに向かい合って座った姿勢のまま、会話は進む。
「本当に助かったよ」
「人魚、ご存じなんですね」
「……? そんなにみんな知らないもんか?」
「近年では人魚の数もかなり減っているので……」
「そうなのか!? 結構メジャーな種だと思ってたよ」
これは
かつては種として繁栄していたようなのですが、と話したところで女性の表情が曇る。
「物珍しさから、興行目的などで悪いお方に捕らえられる仲間も多く……」
見世物小屋の人魚。そういう話は元の世界でも聞いたことがあるな。もっともあっちのは本物かどうか怪しいけど……
「私たち人魚は、どこへ行っても好奇の目に晒されます。それで私も姉と二人、ネイルース地方の広大な湿地帯でひっそりと暮らしていました。そこなら他の誰かと会う事はまずありませんので……」
ネイルース……確かリドヘイム領内ではあるけど北の外れの方だったか。荒野と湿地帯ばかりが延々と続く土地だと聞いている。
「ですが……一年ほど前に姉が行方不明になってしまったんです」
女性は悲し気に目を閉じる。
「ある日私が家に戻ると姉の姿はなく、そのまま数日経っても姉が帰ってくることはありませんでした」
女性は涙を拭い、さらに言葉を続けた。
「来る日も来る日も、私は姉を探し回りました。姉の失踪から半月ほどが過ぎた頃、あの方たち――今のチームの皆さんが私の家を訪れました。これまで誰かが訪ねてくるなんて一度もなかったものですから、私はこれを天のお導きと思い事情をお話ししたんです。すると皆さん姉を探すのに協力してくれると、そしてそのために召喚契約を結び、討伐隊のメンバーになるようにとおっしゃって……」
「なんで契約を?」
「討伐隊として活動していた方が都市部への出入りもしやすくなるとか……」
「いや、だとしても召喚契約の必要はないだろ?」
「……あら? そうですね、なんででしょうね……」
人探しをするのなら召喚契約など結んでいない方が動きやすい。契約の相手がよほど熱心に協力してくれるなら話は別だろうが、果たしてあの男がそんなことをするだろうか。
『人と出会わないため』に暮らしている土地に、そんなタイミングで都合よく誰かが来ることも何か引っかかる。
「ともあれ、それ以降、私はチームの皆さんと行動を共にしていますが、姉は依然見つからず……」
「具体的に、あいつらに何か手伝ってもらえてるのか?」
「いえ、皆さんお忙しいのでなかなか……でも討伐隊の方のお仕事が忙しいのでは仕方ありませんものね」
そう言って何気なく視線を逸らす女性。
「おい、それ……!」
「あ……!」
彼女は慌てて傷を手で隠すような素振りをするが、隠しきれないのを悟ってか、諦めたように呟く。
「……仕方ないんです。だって私、チームのお役に立てていませんから……」
彼女は――騙されている。姉が失踪し、その捜索にも窮して頼った男たちに、彼女はおそらく騙されている。騙された上に、それに気付いていない。
しかし、しかしだ。ここで突然、助けたいなどと申し出たところで彼女は戸惑うかもしれない。先日のような余計なトラブルを生むかもしれない。
どうする――?
一瞬は躊躇したものの――どうもこうもない。
彼女は今しがた俺を助けてくれた。ならば今度は俺が彼女を助ける番じゃないか。いや、そもそもそんな屁理屈じみた理由付けなんて必要ない。何よりもまず人として、男として――!
「あの、すみません、こんな辛気臭い話を……! すみませんすみません!!」
それきり黙ってしまった女性に、
「あの、さ……」
どぉ……ん
「あ……! あのっ私っ! もう戻らないと!!」
「ちょっ……」
間に合わなかった。
「名前、聞いてなかったな……」
複雑な想いを胸に、
その後、
与えられた役目をきっちりとこなし、
「ったくもう……アンタはしばらくタダ働きだからね!!」
「そんなぁ~」
ルメルシュの中心部。武器防具を扱う店が立ち並ぶ、武具街区。
つい先日、件のプレートアーマーを入手した
今回新たに身の丈に合った装備を買い揃えてはもらったものの、買ったばかりの装備を失くし、任務もまともにこなせなかった隊員に対して隊長様の態度は厳しい。
リリアナの後ろをとぼとぼとついて歩く
「……なあ、リリアナ」
「なによ」
「召喚契約ってさあ、エンティティがサマナーの願いを叶えたら満了、だったよな?」
「うん、そうだけど……」
「途中で解除もできるのか?」
「……召喚に使ったグリモワールで解約の儀式も行えるわよ。でもねぇ……アンタの場合はグリモワール自体がないじゃない? 残念なんだけど――」
「いや、それだけ聞ければ十分だ」
「……?」
不思議そうな顔をして立ち止まるリリアナを追い越し、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます