第一話 初めての◯◯◯ 2

「採掘作業ーーー!?」

 任務に向かう幌馬車の荷台で、詠太えいたが驚きの声をあげる。

 今回リリアナが志願した任務が、ニブリム鉱山での月の石採掘であると聞かされたからだ。

 現在、詠太えいたたちは監督役の正規軍兵士に先導され、数台の馬車に分乗し採掘現場への移動を行っていた。


「そんなのまで募集出てんのかよ。民兵とはいえ王が認めた『討伐隊』なんだろ?」

「つべこべ言わない! 資源の確保だって立派な任務なんだから」

「もっとこう、派手でかっこいいのはなかったのか?」

「あのねー。言っとくけど前線になんか出たらアンタ、一瞬で戦死だからね! それに……」

「?」

 瞬間、リリアナが言い淀む。

「アタシだって……戦闘は得意なほうじゃないし。今までだって直接戦闘になりにくい斥候や伝令の任務を中心にこなしてきたわ。それに比べたって今回はさらに安全性が高いわよ? ……報酬は安いけど」


 一応、コイツなりに俺に気を使ってくれたってことか……?

 詠太えいたはそれ以上の文句を言うのをやめ、同乗者たちを改めて観察する。年老いた男性、貧相な体格の若者、普通の主婦にしか見えない女性……確かに皆どう見ても戦闘が得意、という訳ではなさそうだ。


「こうやって毎日街と現場を結ぶ定期便が出ていてね、向こうには宿泊施設もあるから普通は何日か滞在して作業を行うんだけど……とりあえずアタシたちは今日一日だけ。移動でも稼働時間が削られるから報酬はさらに安いんだけど、今回はそれで十分なのよ」

「今回の報酬って……?」

「討伐隊の報酬は現物支給よ。採掘対象の月の石――精製したものを八個。今ちょっと……どうしてもこれが必要なのよねぇ」


 詠太えいたにはその価値はわからないが、リリアナがこの任務を選び、そして他の志願者もいるということは月の石八個というのは任務の報酬としてはそれなりの対価なのだろう。

 そんな事を思いながら詠太えいたは荷台の後方に見える景色を眺める。


 ルメルシュを出てからどれ程進んだだろうか。

 日の出と共に出発し、かれこれ二、三時間は経っている。

 周りに見えるのは草原、森林、山……これらが延々とループして一切変わり映えがしない。

 サスペンションなど搭載されていようはずもない馬車は地面からの衝撃をダイレクトに臀部へと伝達し、そこに荷台の固さも相まってもはや座っているのも辛い。


「なんでみんな平気なんだ……リリアナすら涼しい顔で……ん?」

 ふと目をやったリリアナの尻の下から何かがはみ出して見える。

 あれ……クッションか!!

 俺、街に戻ったら自分用のクッションを購入するんだ――詠太えいたはそう固く決意するのだった。



 それからしばらく。

 馬車はひとつの山のふもと、きれいに整地された何かの施設の敷地に入り、止まった。

 後続の馬車も次々と追い付き横並びに止まっていく。


「お、着いたか?」

 荷台の上で歓喜に腰を浮かせた詠太えいたの耳に兵士の声が入ってくる。


「これ以降は道幅が狭くなるため徒歩での移動となる! 各自下車し施設倉庫より採掘道具を準備の上、一〇分後に集合!!」


 膝から崩れ落ちる詠太えいたに、先程の馬車で隣に座っていた男が声を掛けてくる。

「ここは定期便の発着所ですよ。あの建物が宿舎になっていて、倉庫はその奥です」

 男の指差す先を見ると、なるほどいかにもな倉庫が見える。


「そうなのか。ありがとう。よし、じゃあ行くかリリアナ――」

 詠太えいたは振り向いたが、そこにリリアナの姿はない。

「あの、お連れさんならあっちに……」

 リリアナは既に馬車を降り、ひとり倉庫へ向かって歩き出していた。

「ほら詠太えいた、さっさとしないと置いてくわよー」

「いいんだ、もう慣れた。もう慣れたよ……」

 ため息をついて、詠太えいたは歩き出すのだった。



 先程の発着所からさらに山道を登ること一時間余り。

 勾配の急なアップダウンを経て、段差をよじ登り、藪をくぐり抜け……やがて小さな川を渡った先で、ふと視界が開けた。


 両側を岩盤に挟まれた谷のような地形が縦に長く伸びる。そこが採掘場のようだった。

 全員を集めて点呼を行った後、監督役の兵士から作業についての簡単な説明が行われる。その後各々が好き好きに散開していき、作業開始となった。

 谷の長さは目算でおよそ二百メートルといったところだろうか。兵から受けた説明によると、その全域が採掘対象となる……という話だが。


「どれが月の石なんだ……?」


 詠太えいたは途方に暮れていた。

 足元には大小様々な石が転がり、壁面も誰かが掘った跡があちこちに見受けられるが、詠太えいたにはそのどれもが同じにしか見えない。

 頼みの綱のリリアナも開始早々『どうせなら宝石とか採れないかなぁー♪』との言葉を残して行方を眩ましてしまう始末。


「んー……」

「お困りかな?」

 振り返ると、ひとりの老人が立っていた。

「あんたは――」

 見覚えがある。詠太えいたたちと同じ馬車に乗っていた老人だ。


「助かった! どれが月の石か分からなくて困ってたんだ!」

 老人は詠太えいたの言葉にふむ、と頷くと再び口を開いた。

「ワシのような歳になるとこういった任務にしか参加できんでな。……しかし石に関する知識は誰にも負けんぞ。月の石というのは主に練成の材料に使うものでな、満月の夜に淡く光ることからその名がついたんじゃ。練成に利用されるようになった起源については諸説あるが、古い文献によればある時これを手に入れたひとりの神官が――」

「あの……」

「ん?」

「石の説明じゃなくて見分け方を……」

「…………若い者はせっかちじゃの」


 不服そうに詠太えいたをひと睨みし、話を続ける老人。

「見分け方は……そうじゃな、これは今採ったものなんじゃが」

 老人は袋から握りこぶし大の石を取り出し、詠太えいたに手渡した。

「これが――うおっ!」


 石はその大きさに対して、詠太えいたの想像をはるかに超えた重量を有していた。手のひらにズシリと感じる重みは、まるで高密度の金属の塊を持っているようだ。


「ふぉっふぉっふぉ。その重みも指標にはなるのう。……しかしコイツはまだ小さい方じゃ。大きい塊だと持ち上げて確かめるわけにもいかんじゃろ」

 確かにこの大きさでこれだと、人の頭ぐらいでも相当な重さになるだろう。それ以前に、月の石が通常の岩石と交じりあって存在していた場合、重さによる判別は至難の業だ。


「そこでこの石の最大の特徴じゃ。月の石というのはとても固い鉱物でな、ほれここ――」

 老人が石の一部を指差す。

「こんな風に、割れるときは鋭角に尖って割れるんじゃ。わからんかったらハンマーで割ってみるとええ。表面に結晶が浮いてキラキラ光るでの」

「ほー、なるほど……」


 上から、下から、横から……覗き込む角度を変えると、結晶はその輝きを変化させる。

 その様子が万華鏡のように美しく、詠太えいたはしばし石に見入ってしまっていた。


「そいつはお前さんにやろう。判別のために持っておくとええ」

「えっ、いいのか!?」

 ふと掛けられた声に詠太えいたが顔を上げると、そこには今までいたはずの老人の姿はなかった。

「あれ? じいさん?」


 周りを見回しても隠れられるような障害物もない開けた場所だ。

 他に作業を行っている者もいるが、老人が人ごみに紛れて見えなくなるような人数ではない。

 この短時間でどこへ――

 と同時に、詠太えいたにはもうひとつの疑問が湧いた。


「あのじいさん、どっかで……?」

 浅黒い肌に真っ白な髭、あの口調……何か既視感が……

「ま、いっか。ガンガン見つけて後で倍にして返してやるぜ、じいさん!」

 詠太えいたは石を袋へしまい込み、採掘作業を再開するのだった。


 ――数分後。


「やっぱわかんねーよ……」


 ほんの少し前に鼻息荒く採掘への自信を表明したばかりの詠太えいたであったが、やはり一度説明を受けたぐらいで石の見分けがつくようになるものではない。

 適当な石を拾っては投げ、また拾っては投げの無為な時間に、詠太えいたのナイーブな心は折れそうである。


「うーん……割ってみれば、って言ってたな……」

 ハンマーでそれらしき石を叩く。

 ――バカッ

 石は鋭角に割れ、割れた面に網状の透明な結晶が見える。

「おっ!? これって……」

 詠太えいたの顔に笑みがこぼれたその時――


「うわあーーーーーーーーーーーっっ!!」

「!?」


 不意に聞こえた叫び声に詠太えいたが振り向いた先。採掘場の奥の方から男が何かを抱えてこちらへ向かって走ってくるのが見えた。

 そして……さらにその後ろから黒く巨大なものが地響きをあげながら近づいて来ている。只事ではないその音に、皆作業を止め現場は騒然となった。


詠太えいた! 詠太えいた!!」

 リリアナが駆け寄ってくる。


「なによこの音!?」

 詠太えいたが指差した先を見ると、リリアナは驚きの声をあげた。

「ホダッグ!?」

「えぇっ!? あれが?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る