第十一話 没落貴族、歴史の陰 2
再び現れたリドヘイム兵をハインツらに任せ、
「入口……あれだ!!」
ぽっかりと空いた穴から内部へと侵入する。
僅かに遅れてステラとシャパリュ、さらにはレイチェルとメイファンも到着したようだ。
「ステラさん、三人も連れて大丈夫だったか?」
「いえ、私が連れてきたのはこの……シャパリュだけですが」
「え? じゃあどうやって――」
「私は首だけの状態なら飛行可能だ。飛んでいる首に自らの胴体で掴まり、さらにレイチェル様を抱きかかえてお連れした」
メイファンの返答を聞き、
突入に集中するあまり後ろの様子を確認する余裕もなかったのだが……見ていなくて正解だったのかもしれない。
「――さて、突入組は皆揃ったかの」
「王様!?」
「そう驚くこともあるまい。精神体 《アストラル》じゃからな。どこへでも自由自在じゃ」
そういえばそうだった。行動を共にするうちすっかり忘れていたが、王はいまだに囚われた状態のままである。
「王様の本体って……今どこにいるんだ?」
「もとは王城内に閉じ込められておったんじゃが――今回の騒動でわしの身柄もこの世界樹に移送されておる」
王の言った『ヨギストフトの監視の目が厳しくて』というのはまさに王城から世界樹への移動が行われていたタイミングであったのだろう。
王の案内で世界樹内部に作られた通路を進む。
内部に警備の兵士などはおらず、少々拍子抜けの感があるが……これは侵入されることを想定していなかったのか、それとも何かの罠なのか――。
いずれにせよ、ここまで来たら進む以外の選択肢はない。
「ヨギストフト!!」
「……おや、驚きました」
大臣はいたって穏やかな声で
「アレ、倒したんですね。アークデビルが無事という事は……気付きましたか」
「お前!! やっぱりわざと――!」
「うふふ……なかなか面白い趣向だったでしょ?」
そう言って
「……みんなを返してもらうぞ」
「はい、どうぞご自由に。もう十分にその役割を果たしてくれましたからね。――見なさい、あれを」
大臣が指し示した祭壇の上には緑色の光を放つ球体が据えられていた。球体の大きさは直径一メートル程度で、内部で何かがうごめいているのが透けて見える。これが架空種なのだろうか。まだ完全に覚醒はしていないようだが、これを解き放てば世界が――危ない。
「国王陛下もご覧になるのは初めてでしょう? これが私の心血を注いだ結晶、架空種です」
「ヨギストフト――お主それが何であるか、わかっておるのか」
「わかっています。わかっていますとも。だからこそ私は今、喜びに打ち震えているのです」
「何が目的じゃ。そもそもお主に制御できるようなものでもあるまい」
「いいのですよ。私はおろか誰にも制御は出来ない。――それでいいのですよ」
大臣はうっとりとした表情を浮かべながら祭壇に歩み寄る。
「そもそも私が大臣という地位まで昇り詰めたのも、国王陛下を幽閉したのも、良質な魔力を持つ国民を集めていたのも……全てはこのため、一族の無念を晴らすためだったのです」
「一族の……?」
「そう、我が『オルリック家』の、ね――」
リドヘイム王国大臣ヤズ・ヨギストフトは本名をヨハン・ルードヴィヒ・オルリックと言い、セレニア出身のダークエルフである。
その昔、リドヘイムの隣にはエルフの治めるダーメリア王国とダークエルフの治めるヨズワナ公国という二つの国があり、オルリック家はこのヨズワナ公国で代々君主を務める家系であった。
ヨズワナは国境を接するダーメリアに幾度となく侵略戦争を仕掛け、ダーメリアは都度これを跳ねのけてきた。
ある時ヨズワナはダーメリアに決定的な敗北を喫し、これをきっかけとして両国は統合、エルフの統治するセレニア王国が誕生した。
「――そしてそれ以降、オルリック家は長年にわたり虐げられてきました。土地や財産は取り上げられ、屋敷は僻地のウサギ小屋に変わり……私の先祖はセレニア王家により、泥を啜って生きるような生活を強いられたのです」
「――待ってください」
レイチェルが口を開いた。
「私も王家の血筋を引く者として国家の歴史については学んでおります。それによればセレニアの建国後も王家はオルリック家に対し十分な配慮を行い、その地位を保証するとともに新国家における要職も用意したはず――」
大臣の耳がピクリと反応する。
「しかしオルリック家はそれを固辞し、あくまで王家に敵対する立場を取り続けた。そしていつしか一族は没落し、その家系も途絶えたと――」
「ほら!! ほらほらほらほら!! ほら!」
突如発せられた大声にレイチェルが思わず口をつぐむ。
「ほらそれだ。そうやってすぐ都合の悪いことに蓋をしようとする。見ないようにする。姑息な種族。低俗な種族。――私はエルフが憎い! セレニアが憎い!」
一族の歴史を知り、隣国であるリドヘイムを内部から操ってセレニアを潰すことを思いついた大臣は、周到な準備をもってその計画を進めた。
「計画は順調に進みました。しかし、しかしですよ……何かが違う。何だ!? 何なんだ!?」
大臣は自らの言葉に酔うように、芝居がかった口調で大げさな身振りを交えながら話を続けた。踊るような足取りで架空種に歩み寄ると、接続された管に手をかける。
「――そして私は気付いたのです。全て無に帰してしまえばよいのだと。セレニアだのリドヘイムだのちまちまやるのはもう面倒くさい。だったらいっそひと思いにこの世界の全てを消し去ってしまえばよいのです!!」
架空種に接続された管を次々と外し始める大臣。それに呼応するかのように、架空種周辺に渦巻く波動が強くなる。
「ここまで来たらもう誰にも止めることは出来ません! 架空種は覚醒し、この世界を丸ごと葬り去るのです! そう!! 我が名はヨハン・ルードヴィヒ・オルリック!! ダークエルフの王でありこの世の王となる――」
パシュン
大臣の姿が一瞬にして掻き消えた。
「えっ?」
「――近付くでない!! 存在と非存在の衝突による対消滅じゃ。単なる消滅ではなく、その概念ごと消え失せるぞ」
架空種の周りにはまるで放電現象のように波動がうねっている。たった今大臣はこれに触れた瞬間消え失せた。架空種をこのまま放ってはおけない――大臣がいなくなったところで状況は何ひとつ好転していないのだ。
「クソッ、大臣あいつ――何だっけ、名前」
「大臣……??」
「さっきまでそこにいた奴だよ」
「あー、え? 誰かいた?」
「いや――そんなことよりも!! 今はこの架空種を何とかしなきゃ!」
架空種の発する波動はさらに強さを増し、ついには触手のように実体化した波動が内部から球体を突き破る。二本、三本と数を増やしながら暴れ狂う触手は、今にも拘束された銀翼メンバーたちに届きそうだ。
「あっ!」
触手の一本が祭壇の一番近くに位置するメロウの目の前をかすめた。
反射的に飛び出したメイファン。逆方向から別の触手が伸びる。
「危ない!!!!」
バチュン
触れたのは――
メイファンに体当たりし、回避させた反動で自分はそのまま架空種の本体に真っ直ぐ突っ込んだのだ。
「
瞬間、
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