第二話 神速の戦乙女 《ヴァルキュリア》 2
……ガチャ、ガチャガチャッ
「!?」
眠りに落ちてからしばらく――数時間は経っただろうか。突然の物音に
空はまだ真っ暗で、警戒用の焚き火が周囲を照らしている。その明かりの中に、見覚えのある男の顔が見えた。
――このおっさん……今日の見張り担当のチーム……だったよな。
四苦八苦する
「おっ、兄ちゃん起きちまったか。まあいいや、そこで見物してな」
男はそう言うと、手にした剣の柄を
「……っ!!」
かろうじて上体の起きかけた体勢から殴りつけられ、
額を血が伝い、反射的にそれを拭おうとするのだが、体に力が入らない。
何が――起きた!?
何とか首だけを動かし周りを確認する。
付近で就寝していたリリアナ、マリアは目を覚ましていないようだ。点在する焚き火の明かりの中には、動く影がいくつか確認できる。
あれは……他の見張りメンバーなのか?
人影は就寝中の人々の間を移り歩き、荷物を次々と物色しているように見える。
まさか――!!
目を動かして確認すると、現に
誰か、誰か起きてくれ――!!
しかし男は横たわったまま
とすれば――全員毒でも仕込まれた、と考えるのが妥当なところだ。
今夜の見張り担当のチーム、レッドファルコン。こいつらは最初から略奪を目的にこの任務に参加し、持ち込んだ毒物で皆の身体の自由を奪い、そして事が終わればそのまま逃げおおせるつもりなのだ。
「へへ、こいつも……っと」
「おぉ、こりゃすげえシロモンだ。今日一番の当たりかぁ!?」
男はひとしきり剣を眺め満足そうにニヤリと笑うと、皆の荷物を抱えて歩き出した。
「――待て」
寝ているかのように見えたマリアが目を閉じたまま静かに言い放つ。
「私の剣を……どうするつもりだ」
マリアは目を開けゆっくりと立ち上がる。
「なんだコイツ、薬が効いてねえ……? おいっ!」
男が仲間の一人を睨みつける。
「毒は全員分の食事に間違いなく入れたよ!」
コイツ……監督役の兵士――!!
何らかの手段ですり替わっていたのだろう。ならば、全員の食事に毒を盛ることなど容易だ。そして、都合よく初日の夜警担当がレッドファルコンだったのも、そういう事だったのだ。なぜならそれは、このニセ監督からの指名であったのだから。
「全員に毒を盛ったぁ? じゃあこの女は何で立ってんだ!?」
「それは……」
男がニセの監督役を責め立てる。
「生憎だが」
男の言葉を遮るようにマリアが口を開いた。
「私の体はこの程度の毒物は作用しない造りになっている」
それを聞いた男は一瞬ひるんだ様子を見せたが、すぐに余裕の笑みを浮かべて切り返した。
「……へっ、だからって丸腰の女に何が出来んだよ」
「貴様ごとき……」
マリアは傍らに山積みになった薪の中の一本を無造作に引き抜いて言った。
「これで十分だ」
薪の先端を男に真っ直ぐ向けて構えたマリアの目が、炎に照らされて赤い光を放つ。
「はっ」
男はあきれた様子で両手の荷物を地面へ降ろすと、手にしたマリアの剣を抜き、身構えた。
「そんなモンが何の役に立つってんだよ。薪ごとぶった斬ってやる!!」
男は素早く踏み込み、振りかぶった剣をマリアめがけて打ち下ろした。袈裟懸けに斬りつける剣を、マリアは手にした薪で受ける。
「無理だっ!」
一瞬の後。恐る恐る目を開けた
「避けたのか? いや……」
マリアが男の方へ向き直り、薪を構えなおすのと同時に男の追撃がマリアを襲う。
剣を振り下ろした状態から、振り向きざまの斬り上げ。その動きには一切の無駄がなく、男も剣術についてはかなりの腕を持っていることが窺い知れる。
そしてその攻撃を――マリアはやはり薪で受けている。それは確かなのだが、不思議なことに薪もマリアも一切無事なのだ。
「おおおぉぉぉぉっ!!」
焦りからか、男は立て続けに斬りかかる。しかし男がいくら斬りつけようとも、マリアはそのすべてを薪一本でいなしていく。
「くっ……なんだこの剣! ナマクラじゃねえかッ!」
「金属で出来た剣の前では薪など本来たちどころもない。しかし……剣筋に抗わず、力を外側へ逃がしてやれば――」
「おらぁっ!」
男が再びマリアに斬りかかる。
マリアは男が振り下ろした剣を薪で受け、自らも踏み込みながら体を反転させて男の懐に入り込んだ。と同時に薪、そして受けた剣を180度捻るように回転させる――いや、そのように見えるだけで実際そこには
「ぐあっ!」
踏み込んだ勢いそのままに、両腕を剣ごと上方に弾き上げられバランスを崩した男は足をもつれさせ仰向けに地面へと倒れ込んだ。
「あ……」
次の瞬間、首を起こした男の視界に映ったのは、仁王立ちで男を見下ろすマリアの姿だった。立ち上がろうとする男の眉間に薪が真っ直ぐに振り下ろされ、男はそのまま大の字にのびる。
「ア、アニキ! ……てめぇっ!」
傍で見ていたニセ監督が小振りの戦斧を振り上げマリアに襲い掛かる。
マリアは落ち着いた様子でニセ監督の方へ向き直ったかと思うと、そのまま一歩前へと踏み込んだ。
――コッ
振り下ろされた斧の刃先がマリアの頭部に触れるより一瞬早く、マリアの持つ薪の先端が斧の側面を正確に突いた。
「あっ!?」
斧の軌道がずれ、そのまま斧に引きずられるように倒れ込む男。
「何やってんだこらぁ!」
騒ぎに気付いたレッドファルコンのメンバーが集まり、マリアを取り囲む。
男たちは次第にその包囲を狭め、一斉にマリアに斬りかかった。
絶体絶命、しかし――
マリアはそのすべての攻撃を顔色一つ変えずに薪で捌きながら一人、また一人と男たちを叩きのめしていく。
「すげえ……」
「マリア……」
何とか立ち上がることのできた
「もう動けるのか。さすがだな、主殿」
「まだちょっと体が痺れてるような感覚があるけどな」
「神経毒の一種だ。一時的に体を麻痺させるが命に危険のあるものではない。じきに皆も回復するだろう」
「こんな薪一本で……なんか魔法を見せられた気分だよ」
マリアが戦いに使用した薪を拾い上げ、しげしげと見つめる
「これは正真正銘単なる薪だ」
マリアは
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