第九話 軍人としての道、或いは 2
ノーザンライツの本拠地に突然現れた謎の老人。老人はハインツに『
ハインツとは旧知の仲なのだろうか……いや、それ以前に『王』とは――?
「王って……リドヘイムの王様!?」
「そうじゃ」
「でも今朝、城にいた王様は――」
「あの玉座にはここ十年来、誰も座ってはおらんよ」
王と名乗った老人の話によるとヨギストフトは人を惑わす幻術の類にも長けており、その術により各々が思う『王』の姿が見せられているだけ、ということらしい。
「お主らはもとより王の姿を知っておる。これまで通りわしが座っておるのが見えていたであろう?」
老人の問いかけに顔を見合わせるノーザンライツのメンバーたち。老人は
「お主は――何を見たんじゃろうの。それがお主の中での『王』のイメージであるはずじゃ」
「本当に、王なのですか――」
呆然自失のハインツが呟くように問いかける。
ここにいるのが本物の王だとすると、
ハインツはゴールドランク討伐隊のリーダーとして葛藤していた。
「……本当じゃよ。ただし精神体 《アストラル》じゃがな」
ハインツは眉間に皺を寄せて考え込む。
「精神体……という事はつまり『実体ではない』ということ。それは幻術の類と本質的には違いがないのではないですか? 大臣が使うという『人を惑わす術』、それがまさに今、俺たちにかけられてるとしたら……」
「ふむ、疑り深いのはいいことじゃ」
老人はしたり顔で頷くと部屋の中央へ進み出ると、とうとうと話し始めた。
「――昔のお前さんは手の付けられない悪ガキじゃったのう。徒党を組んで暴れまわり、軍もだいぶ迷惑を被っておったわい」
「――??」
老人の語り出した内容に、皆が呆気にとられる。
「一体何の話を――」
「まあまあ、じじいの話は黙って聞くもんじゃよ」
リドヘイム領内、北部森林地帯。西部の山岳から続くこの広大な森林には、獣人族の村が数多く存在している。ハインツの生まれ育った人狼 《ワーウルフ》の村もまた、その中のひとつだった。
首都ルメルシュから遠く離れ、また他との交通手段や交流の機会も乏しいこの地域は、いわば技術や文化の発展から取り残された陸の孤島。村は決して裕福とは言えず、狩猟や採集に頼る原始的な生活が営まれていた。
若き日のハインツにとって、この退屈極まりない村社会の一員として生きることは耐え難い苦痛であった。若さゆえの万能感と自己肯定感に溢れるハインツは、自らの理想と現実の生活とのギャップに不満を募らせていく。
やがて――ハインツは自分と同じような境遇の若者を集めたチームを立ち上げた。自らを
ある時、たまたま付近を通りがかったリドヘイム軍部隊から武器をくすねようとして小競り合いとなったことによりチームの存在が中央部の知るところとなる。
軍はハインツらによって奪われた武器類の奪還と周辺地域の治安確保のためという名目で制圧部隊を編成し、村周辺へ派遣することを決定した。
しかしこの当日、制圧部隊の兵士たちが山中に張り巡らされた罠に次々とかかるという事態が発生する。
罠は他チームの襲撃を想定してハインツらが設置したもので、部隊は壊滅的な被害を受けてそのまま撤退、後からそれを知ったハインツは飛び上がって喜んだ。
その後も複数回にわたり制圧部隊が送り込まれることとなるのだが、ハインツらは地の利と獣人ならではの運動能力を活かして、ことごとくそれを撃退した。
このあたりになると、もはやこの制圧部隊との闘争がチームの存在意義とも言えるような位置付けとなり、仕掛ける罠や作戦行動の内容も洗練されて高度なものとなっていた。それはさながら統率の取れた軍隊そのもので、小隊規模で編成されていた制圧部隊では全く歯が立たない程であった。
しかし――ハインツたちが有頂天になっていられたのもここまで。
幾度目かの派兵。見張り役からの報告を受けたハインツたちの間に混乱が生じる。
「オイ! どうなってんだ!!」
「わッかんねェよ!! なんか知らねえが罠が作動しねぇ!!」
「メンテはッ!!」
「してたよ!! 今日だって午前中に確認して回ったばっかりだ!」
用意した罠が次々と突破されていく様子に、ハインツたちは言いようのない恐怖を覚えた。奇襲も完全に読まれ、逆にハインツたちの逃げ道となるルートはことごとく塞がれている。
何が起こっているのか全く理解できないまま、気が付けばハインツたちの拠点は兵士によって完全に取り囲まれていた。
あまりにもあっけない幕切れ。あまりにも鮮やかな攻め手。
これまでの制圧部隊と比べて頭数が多いわけではない。兵士個別の練度が殊更に高いわけでもない。
ただ、その部隊の指揮を執っていたのが――
「ふぉふぉ。まさか地方の悪ガキ制圧に王自らが出向くとは思ってもおらんかったじゃろ」
「ええ……まあ。しかしそのあたりの事は今のメンバーたちにも包み隠さず話しています。そんな昔話が証明になるとは――」
「だからじじいの話は最後まで聞け」
そう言って老人は懐から何かを取り出し、ハインツに差し出した。
「それは――――!」
リドヘイムの国章をかたどった金属製の徽章。その表面には大きくバツ印の傷がついている。
「三年の兵役を全うしたあの日――こいつを突き付けながら、お前さんはわしに何と言ってくれたかの」
捕らえられたハインツたちに罰として課せられた三年間の兵役。その最終日、彼らは玉座の間に集められた。
既にそのまま軍に残ることが内定している者もおり、対象者が順に王への忠誠を誓う。
もちろんハインツに対してもその話はあったのだが、ハインツはその返答を保留していた。
一番最後にハインツの名が呼ばれる。
この三年間を品行方正に務め上げ、目覚ましい活躍を見せたことで軍人としての将来を嘱望されていたハインツ。
しかしハインツは軍章を王へと返すと、そのまま城を去った。
体制に従い、規則に縛られていては自分の信じる道を進むことができない。それがハインツから王への返答だった。
「軍隊ってのは――」
ハインツが口を開く。
「入ってみるとなかなか……居心地がよくてね。うっかりするとそのまま軍人の道を選んでしまいかねなかった」
ハインツは老人の手から軍章を受け取り、目を細めて眺め入る。
「そんな甘ったれた考えを、あの時俺は完全に潰しておきたかったんですよ」
軍章の表面に刻まれた傷。それはハインツが自らの爪で刻んだ覚悟の表れであったのだ。
「道を踏み外した俺たちがぎりぎりのところで踏みとどまることができたのは王――あなたのおかげです。そしてあの時、俺のわがままを聞き入れてくれたおかげで俺は今、信念に従い為すべきことを為している」
ハインツは兵役期間の満了後、今度は自分が道を示す立場になりたいと考えた。
生まれついた種族や金銭的な問題などから道を閉ざされ情熱を持て余している若者たちに、表に出て活躍する道筋を示してやりたい。そう思ったのだ。
ハインツは故郷に学校を建て、同時に王都内での働き口を斡旋する仕組みを作りあげた。そこには魔法などの技術職も含まれており、それはこれまで肉体労働しか働き口のなかった獣人族にとって大きな変革をもたらすものとなった。
その実現に至るまでの技術の習得や人脈の形成、これはハインツがに長年にわたりリドヘイム各所を飛び回りながら積み上げてきたもので、軍に所属したままでは到底成し得ない事である。
「俺は……どこを向いていたんだ。守るべきはゴールドランクの看板じゃない。『自分の信念』だ。そしてその信念に沿うならば――俺は自分の恩人や、友人に害をなす者を許さねえ」
ハインツはメンバーの方へ視線を向け、姿勢を正して声を張り上げた。
「ノーザンライツは現時刻をもって解散する。――いや、セレニア討伐隊という肩書きを捨てて再出発する! これからも俺に……ついてきてくれるか?」
メンバーたちから賛同の声が上がり、皆に笑顔が戻る。それを確認すると、ハインツは
「すまなかった、
「ハインツ……!」
次に、ハインツは王に歩み寄ると深々と頭を下げた。
「王。あなたにはこれで二度、進むべき道を示していただきました」
「いやなに。昔も今も、己の進むべき道を決めるのはお主ら自身じゃよ」
「でもなんで今まで――俺たちにも手伝えることがあったはずです」
「お主らの優秀さは知っておったのだから、わしももっと早くに声を掛けるべきだったんじゃが――」
その気になれば自身で大臣を打ち破って国政を奪還することも可能なはずの王が、おとなしく大臣による拘束を受け入れていたのには理由があった。
大臣は城内に魔力砲システムを構築し、いつでもリドヘイム全土に向けて攻撃が行える状態を整えていた。
その魔力砲のエネルギー源となっているのは捕らえられた国民たち。魔力量の大きいサマナーを中心に多数の国民が装置に繋がれて、常時魔力を吸い上げられている。
「膨大な魔力じゃ。常に充填され続けておるため民の消耗も激しい」
実力では対抗できないことを認識した上での大臣の策。
王の行動を抑止しつつ、さらに精神的な苦痛も与えようという卑劣な策である。
「ただな――この魔力砲に関してはもう対処済みじゃ。もうヨギストフトがその気になっても発射はされん」
「はっ?」
「発射されたものを防ぐだけなら簡単じゃったんじゃが……装置に繋がれておる者たちの事を考えるとそもそも発射できなくする必要があった。これがなかなか大変での。対応にかなりの時間を要してしまった」
「でも――それならもう何も気にせず大臣を倒せるんじゃ……!?」
「他にも捕らわれている国民は多数おる。お主らの仲間たちの所在もわかっておらん。迂闊に動いてヨギストフトを刺激することは避けるべきじゃろう」
王の話によると捕らえられた国民はサマナーとエンティティに分けられ、サマナーは魔力砲システム内に、エンティティは地下牢のさらに下層にそれぞれ収監されるのだという。メイファンや銀翼メンバーがそこにいてくれればよいのだが……。
「地下収監施設には魔力障壁が設置されておって中の様子を知ることは出来ん。またわし自身も自由に動くことはできん。ヨギストフトが常に魔力のアンテナを張り巡らせておってな」
魔法を得意とするあの大臣のことだ。魔力検知による監視はお手の物といったところだろう。
「しかしここのところ、どうもその監視が緩くなっておるようなのじゃ」
「緩く?」
「左様。正確に言えば『魔力検知が完全に解除される時間帯がある』ということになる。もともとは常時、奴が城を離れていようと就寝中であろうと魔力検知は有効であったのだが……最近夜更けに奴が城を出るのに合わせて数時間ほど途切れるようになった。これに関しては奴が裏で何かやっておるのではないかと探っておるところじゃ」
あれほどの魔力を持った大臣が、監視にまわす魔力まで止めて行っている『何か』――それが何であるにせよ、よからぬ事であるのは確かだろう。
「お、噂をすれば……ヨギストフトが城に近付いておるようじゃ」
「そんなことわかんのかよ」
「わしの方でも魔力検知を展開しているからの。奴は気付いておらんじゃろうが」
「王様すげえな……」
一体この王は何者なのか。『大臣を倒すほどの力を持つ』どころかこの子供扱い。
天使階級最上位の熾天使や神であるオニャンコポンといった種族を自らのエンティティとして使役し、王城に幽閉されながらも自由にアストラルを飛ばす。
そういえば――
「さて、ヨギストフトは城へ戻れば魔力検知を張り直す。わしはこのあたりで退散するぞい」
残念ながら今はその時間はなさそうだ。
王の姿が消え、ハインツが虚空を見つめながら溜息を漏らす。
「俺は今……あの日以来初めて本物の王に会ったのかも知れないな」
「全部見てたさ。あの王様だぞ」
それ以上の言葉は不要だった。
二人は視線で互いの結束を確かめ合う。
それぞれの顔にもう先程までのような迷いはない。
「さあみんな――」
ハインツが全員の顔を見渡して口を開いた。
「これからの話をしようか!!」
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